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60話 鈴の音

パース帝国演習場、今日もまた剣のぶつかり合う金属音と共に怒声や声援が響き渡っていた。


「っ‼あー!もう‼‼本当に何が違うのかしら⁉」

「ほらほら、イライラしな~い」


わたくしがどれだけ剣を振りまわしてもベア隊長は軽く躱していく。

剣の空を切る音と、6個の鈴が不規則に鳴る不快な音だけが積み重なっていく。


鈴をつけ始めて既に一週間が経ったが、進展無し。

まったくもってわたくしとベア隊長達との差は分からない。


「これでイライラしないというのは無理ではなくって⁉」

「そうかなぁ、じゃあ一旦仕切り直そうか」


言うと共に、ベア隊長は勢いよく斬り込んできた。

恐ろしく鋭い突き、でも、これくらいなら‼‼そう思い避けた瞬間、後ろから襟首をつかまれ吊るされた。


チリリリリン‼と鈴もけたたましく鳴り響く。


「ギャハハハ‼‼悪女‼やっぱそれ笑えるわ‼」

「お黙りなさいな‼ベア隊長!もう一勝負お願いしますわ‼」


「はいはい、いくらでもかかっておいで」


ベア隊長は余裕綽々でわたくしをゆっくりと降ろす。

試しに降ろしてもらっている最中に剣を振ってみたが防がれた。


「やっぱり、何が違うのかしら」


明らかに上位三人とわたくしとでは何かが違う。でもその何かが分からない。

まるで……そう、見えている世界が根本的に違う様なそんな感じ。


「セイランちゃんは良い線行っているから心配しなくてもその内俺達に追いつくよ」

「その内では嫌なの。今‼わたくしは追いつきたい‼でなければ意味が無くってよ‼」


わたくしは剣を構え直し、今度は追い風の魔法を使ってより早くベア隊長めがけて駆けた。

が、やはり簡単に防がれてしまった。





「セイラン、お疲れ」


夜、皇女教育も夕食も終わってからわたくしとカイゼルは屋根の上で会うのが日課になっていた。

でもそれも今日で終わり、明日カイゼル達は帰国する。


カイゼルは厨房を借りて作ったクルミ入りクッキーを包みから出して渡してくれた。


「ありがとう。フフフ、カイゼルのおやつもこれでしばらく食べられなくなるわね」

「そうだね。でも今度は二カ月経ったらまたすぐに会える」


カイゼルは柔らかく微笑んでわたくしを見つめてくれた。


本当に変わったわ。


自信なさげなポンコツの時も優しかったけど、今は内に秘められた強さがある。

でも屋根の上に上がるときは腰が引けていて、それはそれでポンコツの時みたいでとても懐かしくて愛しい。


「カイゼル、わたくしが行くときにはチョコのタルトが食べたいわ!」

「分かった、チョコはカカオ多め甘さ控えめ、生地のバターは多めにしておくよ」


「あら、分かってるじゃないの!」

「セイランには俺の作った物が一番おいしいって思っていて欲しいからね!」


カイゼルのチョコタルトは、チョコはかなりビターで、タルト生地はバターが多い分ホロホロと崩れやすいが二つの味のバランスがとれていてとても美味しい。


幸せな時間はこういうことを言うのかしら。

口の中いっぱいにクルミのいい香りのするクッキーを頬張りながらわたくしはカイゼルの肩に頭を預けた。


ここ二、三日はよくこうしているためカイゼルも特段驚きもせずわたくしを支えてくれる。


特に何を話すでもなく、こうして一緒に風通しの良い屋根の上で星を眺めているこの時間が本当に好きだった。


「カイゼル、わたくし次会うまでにもっと強くなるわ。もう何があっても、誰にも負けないくらいに」


「うん、セイランだったらなれるよ。俺ももっと誰もが俺を王だと認めてくれる様に頑張るよ。聖女様と兄上の説得も必ずやり遂げてみせる」


聖女様と聞いてわたくしは心臓の下あたりがチリチリした。

カイゼルの肩に顎を乗せて見上げると、カイゼルは顔が近いせいかちょっと困った顔をしながら不思議そうにこちらを覗いている。


「カイゼル、もしも浮気したら……」


「アハハ‼大丈夫、聖女様の魔法は俺には効かないよ。俺実は一度聖女様の魔法にかかったけど、俺自身の治癒の力が作用したのか平気だったんだ。大丈夫、俺が好きなのはセイランだけだよ」


「そ、ならよくってよ‼」


間近で満面の笑みで、直球の言葉を言われると流石に慣れてきたとはいえ恥ずかしい。

わたくしはカイゼルから離れてツンとそっぽを向くと、後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。







翌朝、カイゼル達がハンナも含めて帰国する日が来た。


「じゃあセイラン、グラス王国で待ってるよ」

「えぇ!最高に気高い悪女は更にいい女になっているから、楽しみに待っていなさいな」


「ハハ‼分かった‼愛しているよ、セイラン」


カイゼルがそっとわたくしの手を掴もうとすると、わたくしの隣に居たケビン皇太子がカイゼルを蹴り飛ばした。


「セイランのことは譲ったとはいえ、目障りだ、とっとと行け‼それと忘れるな?半年だ」

「あぁ分かってるよ」


蹴り飛ばしてはいるが本気では無いし、やっぱりどこかケビン皇太子はカイゼルが気に入っているらしい。

わたくしのこと、というよりも自分に構って欲しい感じが少しある。






カイゼル達を見送り、わたくしは皇女教育のために出来る限りはしたなくならないように急いだ。マナーの授業に遅れ気味になっていたのだ。


本当ならわたくし、マナーなんてしている場合じゃないんだけど‼


まだこの不快極まりない音を奏でる鈴の意味のとっかかりも掴めていない。

わたくしの心情としては、ちょっとでも長く、ちょっとでも多くあの上位三人と手合わせをしていたかった。


「お待たせしましたわ‼」


部屋に入るとそこには厳しい顔つきで、茶色い髪に黒い瞳、三角眼鏡のリンダ先生がわたくしをじろりと睨んだ。


「30秒遅刻です。それとその汗はなんでしょうか?淑女は汗をかきません。息切れもしません、恥じらいで赤面しても走って顔を赤くなどしません」


相変わらずとんでも無いわね‼‼


彼女にとって淑女とは精巧な人形であり、現に彼女が汗をかいている姿など想像出来ない。


「先生、それは人間である限り不可能なことでしてよ‼それに見送りがちょっと長引いてしまって」

「言い訳は結構。さぁ、ここに」


リンダ先生が室内中央に置いてある椅子を指さした。


彼女は言い方はきついが不思議と怒りは沸いてこない。むしろ直接的に言ってくれる分、わたくしは接しやすかった。


リンダ先生の言う通りにわたくしが椅子に座ると、チリリリリン‼と不快な鈴の音が鳴り、先生の眉がピクリと動く。


「では、立ってください」

「はい」


立ち上がるとまたしてもチリリリリン‼と鈴がけたたましく鳴った。

鈴は鳴っているが、マナーとしては申し分無く静かに座り、静かに、そして優雅に立ち上がったはず。…………が。


「もう一度座ってください」

チリリリリン‼


「立ってください」

チリリリリン‼


「座ってください」

チリリリリン‼


「立ってください」

チリリリリン‼


…………いつまで繰り返すのかしら。


「先生、鈴の音はもう仕方が無くってよ!」

「座ってください」


「……はい」


有無を言わさない先生の言葉にわたくしは従い、またしても鈴は鳴る。



数時間後、既に日は落ちマナーの授業終了時間はとうに過ぎていた。

それでも先生はこの立って座ってを終了しない。


「あの、リンダ先生?そろそろ……」

「立ってください」


「…………はい」


これ、わたくしでなかったら足腰が既に立たなくなっているわね。

普通の淑女では、このとうに千を超えている上下運動に耐えられるはずはなかった。


わたくしが考えごとをしながら立ち上がったその時。


カロン!


今までのけたたましい鈴の音ではなく、鈴の中身が少し転がっただけの軽い音が鳴り響いた。


「え??」

「これで終了します。お疲れさまでした」


わたくしが驚いているとリンダ先生は仕事は終えたとばかりにさっさと部屋から出て行ってしまった。


「偶然???」


わたくしが放心状態のまま椅子に座ると鈴はまたけたたましく鳴った。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>


既にしていただいた方、ありがとうございます‼


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