58話 普通と傲慢
「セイラン、おはよう」
翌朝、朝食の時間になるとカイゼルが迎えに来てくれた。
突然皇女となったためわたくしの騎士としての処遇は現在検討中。
長めの休暇を与えられている様なもののため、騎士職をどうするのかをケビン皇太子や騎士団長、その他重役の面々が決定するまでわたくしは皇宮で皇女として過ごす手はずになっている。
「お、おはようございますわ‼」
扉をハンナが開けるとそこには黒髪褐色肌、紫色の瞳を輝かせ、優しい微笑みを浮かべた王子らしい王子が居た。背後にはベルトルドが控えていた。
相談と甘えるということが頭の中でグルグルと周り、上手く普通に出来ない。
どこかぎこちない挨拶になってしまった。
カイゼルは少し訝しみながらもエスコートしてくれてそれについていく。
…………相談。
正直こう、相談しよう!と思って相談したことが無いのよね。
ハンナには何となく聞いてしまうからいつも何も考えていないし…………わたくし、そもそもこういったことを考えるの苦手だわ。
何と言って切り出せばいいのかしら?
それにこれって本当にカイゼルに聞くことかしら?
自分で考えることではなくって?
それにいくら相談とはいえ、もっと考えてから。
「……ラン?セイラン?」
「は、はい⁉何かしら⁉」
気がつけばカイゼルはわたくしの顔を覗き込んでいた。
わたくしの手を取り、温かい手で包み込んでくれる。
「体調が悪いのか?昨日の疲れもあるだろうし、朝食は部屋で取った方が……」
カイゼルの言葉を聞きながらも、わたくしの体は驚くほどに軽くなっていった。
目には見えないけれど治癒の力を使ってくれているのだ。
「大丈夫、少し考えごとをしていたの…………ねぇカイゼル?こ……今夜、時間あるかしら?あの、相談したいことが……あるのだけど……」
カイゼルは治癒の練習と、まずはケビン皇太子から近しい人間から徐々に治癒を施していっている。彼に午前も午後も時間は無いので夜を指定した、けど。
あぁ、わたくし本当に可愛くないわ。
考えても仕方が無いのに、リリアンだったらもっと素直に、いえリリアンでなくてももっと素直に普通は言える。
チラリと恐る恐るカイゼルを見ると、彼は満面の笑みで瞳をキラキラさせていた。
「カイゼル??」
「あ‼その、ごめん。もちろん相談に乗るよ!セイランに相談してもらえるくらいになったんだって嬉しくて……抱きしめても良い?」
「へ⁉よ、良くってよ⁉」
皇宮の廊下だというのに、ぎゅうぅと強く抱きしめられ、わたくしもカイゼルの背中に手を伸ばし、抱きしめ返すと、彼はビクッと揺れた。
「プッ!フフフ‼」
「仕方が無いだろ、慣れてないんだから」
「フフフそうね、わたくしも慣れてないわ。これから慣れましょ」
「ハハ!そうだね」
早く出たとはいえ、朝食の時間が迫ってきているのにわたくし達はギリギリまで抱き合っていた。
カイゼルに相談しない理由は全て吹き飛び、そこには安心感だけが残った。
大丈夫。カイゼルなら、どんなにくだらない相談をしても受け止めてくれる。
夕方、わたくしは男物の服を着て皇宮の屋根に乗って夕陽を眺めていた。
結局わたくしの魔法はカイゼルが施してくれた魔法陣の追い風。
おかげで今では屋根から落ちたとしても無傷で屋根に戻ってこられる。
「……綺麗ね」
季節は秋。
視界の植物のほとんどが紅葉し、夕日に照らされて建物も道行く人も赤く照らされている。
何人か目の良い使用人が遠くからわたくしに気がついたため手を振ると、嬉しそうに振り返してくれる。
こんなこと、今まで無かった。
グラス王国ではずっと自分を押し殺して生きてきた。
わたくしはよく男物の服を着るけれど別に男になりたいわけじゃない。
単純に動きやすいただそれだけ。
ドレスも美しく着飾るのも宝石も好き。
ぼんやりと考えていると下の方で何やら騒ぎが起こり始めた。
気配からして、騒いでいるのはカイゼル、イバン、ライナス、ベルトルド。
「ちょ‼ちょっと待ってください殿下‼‼無理ですって‼姫さーん、聞こえるか⁉姫さんちょっとこっち来てくれ‼‼」
ライナスの声に従いわたくしは斜めになっている屋根を最後まで駆け下り、躊躇なく空中に飛び出した。
空中で軽く身を翻しながら開いている窓の窓枠を掴み、部屋の中に身を乗り出した。
「…………ライナス?どういう状況かしら?」
中を見ると屋根裏の様な所でカイゼルは腰にロープを巻き付け、その先端をライナスが持ち、カイゼルの腕をベルトルドが真っ青な顔をして抱えていた。
「殿下が自分も屋根に上るって聞かないんだ!姫さんこのロープ上のとんがった所に巻き付けてくれ、下でも別のロープを持っているからこれで落ちないはず」
わたくしはため息を吐いた。
「カイゼル早く来てくれたことはお礼を言うわ。でも言ってくれればわたくしの方から来ましたのに」
「セイランは屋根の上が好きなんだろう?だったら俺も行くよ。セイランの好きな場所でセイランの話を聞きたい」
カイゼルに紫色の瞳で真っすぐ見つめられ、わたくしは思わず目を逸らした。
何となく、その瞳はずるいと思ってしまう。
「殿下は普段素直過ぎるくらい素直ですが、セイラン様のことで一度決めたことは曲げません。申し訳ありませんがこれを上に繋いで来てもらえませんか?」
イバンがこれでもかというくらいに丁寧にロープを差し出してくる。
というか貴方、ウィリアム殿下の側近候補ではなかったかしら?
いつの間にわたくしのことを悪女からセイラン様と呼んでカイゼルと一緒に居るようになったのかしら。
「ハァ、分かったわ。ちょっと待っていて頂戴な」
屋根の上に上り、頑丈な部位にロープを括りつけ、カイゼルが必死で一歩ずつロープを伝って登って来た頃には既に日は完全に落ちて、月と星が輝いていた。
「ゼェ、ハァ……お待たせ、遅くなってごめん…………お、思ったよりも高いんだな」
カイゼルは完全に腰が引けながら、ズルズルと不格好に座り直した。
「……カイゼル、もうわたくしに合わせるのは止しなさいな。わたくしに合わせていると、せっかく得た人気も地位も泡となって消えてしまうわ」
「…………セイラン、グラス王国民が怖い??」
「は?」
突然何を言っているのかしらこの男は。
わたくしが……怖い???
「馬鹿言わないで頂戴な‼わたくしは最低最悪の傲慢悪女でしてよ⁉だから‼だから……っ!」
だから怖くなんてない、その一言がどうしてもカイゼルには言えない。
そう……わたくし、怖いのね。
「……カイゼル、わたくしどうすればいいのか分からないわ。わたくし……せっかく頑張っている貴方の足を引っ張りたくないの。でも、わたくしがグラス王国に行けばまた‼」
「足を引っ張るどころか、蹴り飛ばしてくれていいよ」
「……はぁ??」
カイゼルが真顔で言うため、わたくしは若干引いてしまった。
「……カイゼル、貴方そういう趣味が」
「違う違う違う‼‼俺はセイランの自由を奪うつもりは無いから好きにしてくれていいってこと‼‼俺を思うなら‼セイランはセイランのまま、自由に生きて欲しいんだ
俺はセイランの普通じゃない、常識を壊すところが大好きなんだ。そもそも俺も普通じゃないし、今更だよ」
カイゼルは手を繋ぎ、額をコツンと当ててきた。
朝とは反対にわたくしの方がビクッと跳ねると、カイゼルはクスクスと笑う。
「今、結構真面目な話をしていましてよ?」
「ごめんでも可愛くて、じゃなくてセイラン、少しこのまま俺の話をしてもいい?」
じっと綺麗な紫色の瞳が視界いっぱいにわたくしを見つめてくる。
居心地が悪くなって少し後ろに逃げると、それに合わせてカイゼルもすり寄って来た。
「駄目と言っても聞かなさそうね。勝手にしなさいな」
「ハハ!ありがとう……俺はさ、セイランが居なくなってからケビンの真似を何度もしていたんだ。それなりには上手くいった時もあったけど本当の意味ではうまくいかなかった。
ケビンのやり方はケビンみたいに完璧な人間だからこそ合っていて、付け焼刃のポンコツがやっても上手くいかないのは当たり前だったんだ。
そこからミックに完璧なだけが王様じゃないって教えてもらって、周り皆の意見を意識的に聞くようにしたら協力してくれる人が増えた。
俺は自分がポンコツだったことを一番よく知っているから誰かに聞くことに抵抗なんて無い、だからこのやり方が一番性に合っていたんだ」
何が言いたいのかしら。
今日はわたくしの相談に乗ってくれるという話合い。
謎の自慢話にチリチリと苛立ちが募っていくと、カイゼルはふっと力を抜いて笑った。
「セイラン、俺はセイランが好きだよ。不器用で真っすぐで、俺の常識を壊していく普通じゃない傲慢悪女の君が、心の底から好きだ。
俺がポンコツから抜けて学んだことは二つ。
普通じゃないことは磨けば光る、それと普通は何にも勝てない。
俺が普通のゴーレムを作れるようになっても、兄上には勝てなかった。セイランを助けられなかった。ケビンを説得して偵察部隊を追いかけるなんて夢のまた夢だった。
セイランが無理をして変わる必要なんて俺は無いと思う。
でももしも、変わりたいと願うなら普通とは逆方向の、セイランが好きな方向に突き抜けた方が俺は良いように思う、どうかな?」
……普通じゃ何にも勝てない。
今まで考えたことも無かったけれど、確かに普通にわたくしが剣で力の勝負をしていたら勝てない。それと同じ、ということかしら。
「でも、わたくしの普通じゃない部分は傲慢さでしてよ??」
「ハハッ!そうだね、それだけじゃないけど傲慢さを磨くのは全然アリだと思う。少なくとも俺は好きだよ」
「カイゼルは何だって好きだと言いそうだわ」
「セイランがしたいって言うことならそうかな」
「駄目じゃないかしら」
「駄目かなぁ?」
「フフフ」
「ハハ!やっと笑った」
二人で訳も分からず、クスクスと笑った。
笑いどころなんて一つも無いのに、わたくしのそのままを何でも受け入れてくれるカイゼルがおかしくて笑ってしまう。
「わたくし、グラス王国でも純白の悪女様と呼ばれたい」
「うん」
結局のところ、カイゼルが好きだと言ってくれた、傲慢で強くて綺麗でカッコいい最高に気高い悪女というのがわたくしは気に入っている。
「今以上に他者を見下して高見へ行くわ」
「ハハ‼楽しみだな、頑張って追いかけるよ」
「フフフ!そうして頂戴な‼」
わたくしはカイゼルと繋いでいた手を外し、勢いよく屋根の上を駆け、先端まで来ると振り向いた。
「カイゼルありがとう。気分の良いまま少し散歩をしてくるわ」
言うと共に、躊躇なく屋根の上から空中に身を投げ出す。
瞬く星を落下しながら堪能し、魔法で作った追い風にのって体を翻し、近くの木に降り立った。
そのまままた追い風を作り出し、次の木へ、民家の屋根へと跳んで移動する。
カイゼルのくれた追い風の魔法はわたくしにとても合っていて、代替動作無しで使える。
「フフフ、風が気持ちいいわね‼」
カイゼルを屋根に残し、わたくしはしばらくの間、数々の人間を見下ろしながら夜の空中散歩を楽しんでいた。
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