56話 欠点も含めて
「…………カイゼル、ごめんなさい…………わたくし、貴方と添い遂げる勇気が無いわ」
「え…………あ……」
わたくしが手を引くとカイゼルの顔は絶望そのものに変わった。
「ま……待ってセイラン‼‼俺は確かに弱虫で泣き虫だけど、本当に今ならセイランを守れる‼‼ケビンの方が何でも出来るのは分かってる‼‼でも‼‼俺は」
「ケビン皇太子の方が良いとかそういうことじゃないの……カイゼル、わたくしは最低最悪の傲慢悪女でしてよ?どれだけ頑張っても万人に好かれる性格ではないわ。
もう公爵令嬢でも無い。例えわたくしの処刑が無かったことになってもお父様がわたくしを快く受け入れるかも分からないわ‼
こんな条件の悪いわたくしを、いつまでカイゼルが愛してくれるかなんて分からない‼‼
いつか、もっと素直で愛そうが良くて、条件が良い令嬢が現れた時、もしも万が一カイゼルに捨てられたらわたくし…………耐えられないわ」
そう、ウィリアム殿下のことで学んだこと。
どれだけこちらが愛そうと示しても、全ては向こうの心次第。
追いかければ追いかける程、ウィリアム殿下の心は離れていった。
もう、あんな思いは嫌。
わたくしが自分を抱きしめるように腕を抱え込むと、そこにカイゼルの温かい手が添えられた。
見れば、彼はちょっと泣いている。
「……あの、さ。俺の勘違いであれば言って欲しいんだけど、セイランは俺が兄上の様にセイランを振るかもしれないから、そうなったときに耐えられないから俺と結婚したくないってこと?」
じっと下から覗き込むように期待に満ちた眼差しを向けられて、わたくしは思わずのけぞった。
わたくし、重傷だわ。
離れていた分耐性が無くなったのか、カイゼルが変わったからか、以前よりもずっと彼のその仕草が素敵で、それでいて好きだと思ってしまった。
「そ、そうね」
「じゃあ、俺のこと嫌いじゃないってことでいいかな?」
「そ、そうね」
「俺のこと好き?」
「…………」
うっ、そう直接的に言われると途端に口が動かなくなる。
わたくし本当に素直じゃないし、愛想も無いわ。
カイゼルが一歩ずつ近づいて顔を寄せてくる。
わたくしが赤面して顔を背けると、彼は満足そうに笑った。
なんだか、カイゼルのペースに吞まれてる。
やっぱりカイゼル変わったわ。
「分かった、俺はどんなことがあってもセイランとしか結婚したいと思わないけれど、セイランに安心してもらえるように何か考えるよ‼‼セイラン‼期待して待っていてほしい‼‼」
言うと共にわたくしが自分を抱きしめていた手を軽く解いて、手の甲にキスをしてきた。
そして、ふわりと笑う。
…………様になってきているわ。
その様子に求婚を断っておきながら、他の誰かで練習していたら容赦しないと思ってしまった。
翌日の朝、わたくしはやはり素振りから始まる。
本日は休日のため素振りが終われば後は演習場の裏で魔法の練習。
未だにどの魔法で魔法陣を抜くのか、そもそも自分に合った魔法がどれなのか決まっていないのだ。
「……集中出来ないわ」
魔法陣をいくつも描きながら、どうにも昨日のカイゼルとのやり取りがちらつく。
わたくしは本当はカイゼルが好き。
でも、彼のことを信用しきれないわたくしが結婚するのは違うと思うし、妻になると言うなら完全にカイゼルのことを信用するべきなのに、それが出来ない。
かといって、他の誰かがカイゼルと結婚することを考えるとどうしようも無い怒りが沸々と沸いて来る。
「なんだ苦戦しているのか?」
「ヒィヤアアァァ‼‼」
後ろから突然声がしてわたくしは思わず飛びのき振り返るとそこにはケビン皇太子、彼はわたくしの様子に目を丸くしていた。
当然だ。
この距離まで近づかれて気がつかなかったことなど今まで無かった。
「……カイゼルのことを考えていたな?」
「…………」
速攻で図星をつかれて思わず黙ってしまった。
ケビン皇太子はフンッと鼻を鳴らして、近くの岩に腰かける。
「そんなにアイツが良いか。どこが良いんだあんなポンコツ」
「ポンコツじゃないわ。カイゼルはもう立派な王子よ」
「セイランと夜会に出ていた時は少なくともポンコツに片足を突っ込んだままだったろう。俺の方が条件的も良くてセイランを傷つけさせない。自由にしてやれる。俺のどこが不満なんだ??」
自信過剰とも思える言葉はケビン皇太子だからこそ言えるし、似合っている。
というか、そういえばそうね。
ケビン皇太子は条件面で見ればこれ以上無い程の優良物件。
でもわたくしはカイゼルが好き。なぜなら。
「カイゼルはわたくしがどんな立場だったとしても、好きだと言ってくれると思えるから、かしら??わたくし自身を見てくれているようで、それが嬉しくて安心するの」
カイゼルがわたくしに初めて告白した日は、単純にわたくしの剣技に感動した様な感情だったと思う。
でも、次になぜわたくしが好きなのか聞いた時、彼はわたくしの生き方そのものを肯定してくれていた。
それが愛おしくてたまらなくて、そこからカイゼルのことをちゃんと見るようになったと思う。
カイゼルは例えわたくしが役目を与えられていなくても、もしかすると公爵令嬢でなくても愛してくれたのではないかと思う。
「カイゼルは確かにすぐに何でも出来る人では無いけれど、でも欠けている部分を必死で補おうとする彼の姿はとても魅力的だわ」
自分でも驚くほどにスルスルと本音が出てくる。
言ってみて気がついた。わたくし、カイゼルのひたむきな姿が好きなのね。
「欠けている部分を補う……たしかに俺には無いな」
「フフフ、ねぇケビン皇太子?わたくし達、お友達になれないかしら?」
わたくしの言葉にずっと眉間に皺を寄せていたケビン皇太子が目を見開いた。
わたくしはケビン皇太子が嫌いじゃない。
むしろ、初めの印象とは打って変わって今では結構好きで、仲間意識の様なものもある。
だから、ケビン皇太子を振るとしても全く彼と関わらなくなってしまう、というのは寂しくなってしまうし、わたくしには彼の孤独が分かる。
ケビン皇太子の様に役目に対して強烈な影響を受けていたわけではないが、令嬢でありながら剣を扱うというのはとても孤独だった。
騎士団の皆のことは好きで、わたくしのことを大事にしてくれていたがそれでも心の底では彼らとは違うという意識があった。
「贅沢過ぎる提案かしら?でも、ごめんなさい。わたくしがケビン皇太子を異性として好きになることは無いわ。
愛情は恋愛だけじゃないと思うし、貴方には友愛みたいなものは感じているの。嫌だったら断って頂戴な」
「…………考えておく。…………あのポンコツ、いやカイゼルが居ないから言うが、俺も存外あの男が嫌いじゃない、と思い始めている。
俺に食って掛かり、意見をするくせに敵にはならない対等な感じがな……新鮮だ。
だからか……お前らとは魔物のことが無くなった後もこのまま、縁を切りたくない」
ケビン皇太子らしくもなく、ポツポツと途切れて話した。
「フフフ‼カイゼルに絆されたわね!」
「……かもな、何よりセイランは俺に見せる顔とアイツに見せる顔が全然違うからな。諦めもつく」
「そ、そんなに違うかしら……」
「ケビン‼セイラン‼‼」
ケビン皇太子がククッと笑う中、カイゼルが必死の形相で走って来た。
その後ろにはもちろんベルトルドが居たが、わたくしの姿を見ると身を引いた。
何かしら、護衛二人の間でわたくしが居る時は護衛をしないとでも決めているのかしら?
「……俺は戻る。また来るからな」
ケビン皇太子が立ち上がると、それに待ったをかけたのはカイゼルだった。
「ケビン‼‼一生のお願いだ‼‼本当に悪いと思うが俺とセイランの婚前契約の仲介をして欲しい‼‼ケビンの心を思うと本当に申し訳ないと思っている!お詫びはする‼俺に出来る限りのことをさせてもらうからどうか‼‼」
「あぁ⁉婚前契約の仲介⁉」
ケビン皇太子には珍しく、ガラの悪い声と共にカイゼルが渡した書類を一瞥した。
「俺がどんな状況にあろうとも、どれだけの力をつけようとも破滅に追い込める人間はケビンしか思いつかなかったんだ‼申し訳ないが引き受けてもらえないだろうか?」
「破滅って……カイゼルどういうことかしら?」
カイゼルに詳しく話を聞くと、カイゼルが持っていた書類は彼自身が作った婚前契約書。
内容は。
一つ、もしもカイゼル・ハイドラントが浮気をした場合は即刻その時点での地位を返上し、また全財産をセイランに受け渡すこと。
一つ、カイゼル・ハイドラントはセイランが不審に思う行動を起こした場合、全ての情報を彼女に無条件で開示すること。
等、わたくしに有利なことばかりが記載してあった。
そして最後に、もしこの契約書に違反した行動をとった場合実力行使にて全ての財産、また地位を失うこと、とあった。
「この違反したらの部分、俺はこれから王位を取るつもりだ。
その時に俺から全てを奪えるのはケビンしか居ないと思うんだ‼だから‼頼む‼引き受けてもらえないだろうか‼」
「…………随分と俺は舐められているらしいな?」
「ケビンが怒るのはもっともだと思う。けど‼どうか‼‼」
カイゼルはガバッとケビン皇太子に頭を下げた。
「…………」
「頼む‼俺に出来ることで国や他の人間に迷惑をかけないことなら何だってする‼」
ケビン皇太子はカイゼルの頭をじっと眺めながらポツリと言い出した。
「………………新魔法の情報、全ての開示」
「分かった‼」
「治癒の力を一刻も早く扱えるようになり、定期的に無償での治癒」
「あぁ!もちろんだ‼」
「その際に俺の名を出し、帝国民の俺に対する尊敬を集めること」
「分かった‼」
「…………ハァ、俺も甘くなったな。最後にセイランを必ず幸せにしろ」
「‼‼約束する‼‼絶対に!セイランを幸せにする‼‼」
…………二人で話がまとまりそうだけど、わたくしの思いはどこへ行ったのかしら?
少々怒りが沸いてきて、カイゼル達を見ていると、彼はケビン皇太子が書いた書面をそのままわたくしに渡してきた。
「セイラン‼俺はどんなことがあってもセイランと結婚したいと思っているし、セイランが俺を信じられないというならこの書面とケビン皇太子を、それで足りないなら署名を集めてくるから‼どうか‼俺と結婚してくれませんか?」
「わ、わたくしは……フギャァ‼」
どう答えれば良いのか目を彷徨わせたとき、ケビン皇太子と目が合い、彼がニヤリと笑って軽く手を振るとカイゼルの頭の上に文字が浮かび上がった。
〝貴方はわたくし自身を見てくれているようで、それが嬉しくて安心する。
欠けている部分を必死で補おうとする貴方の姿はとても魅力的だわ〟
ケ、ケビン皇太子‼‼
カイゼルの頭の上にある金色の文章は、少々変えてあるが紛れも無くついさっきわたくしが言った言葉。
「??セイラン?上に何か……」
「な、ななな何でも無くってよ⁉」
急いでカイゼルの頬を両手で挟み、こちらだけを見させる。
ケビン皇太子は文章の幻だけ作るとさっさと歩いて行ってしまった。
そう、そうよね。
ほんの少し癪だけど、カイゼルは己の全てを賭けてまで言ってくれている。
今、ここで‼言うしかないわね!
「カ…………カイゼル、一回しか言えないからよく聞いて頂戴な…………その、わたくしも…………わたくし自身を見てくれているところとか、貴方の必死過ぎて泣き虫なところとか、すぐに弱気になってしまうけど、それでも頑張ろうと奮闘するところとかが……その、好きよ。
その求婚、お受けします」
「セ‼セイラン~~~~~‼‼」
カイゼルは突如、ダバダバと泣き始めてわたくしを抱きしめた。
彼の腕の中はきつく抱きしめられているのに苦しくなくて、ドキドキするのにずっとこのままで居たいと思う不思議な感じ。
あぁ、やっぱりわたくしカイゼルが心底好きだわ。
始めはお互いに絶望した、ポンコツ王子と傲慢悪女の書類上の婚約。
けれど二人は噂に左右されず、お互いを見ることで惹かれ合った。
そして書類が無くなった今、自らの意思で口約束の婚約をして、かけがえのない幸せを手に入れたのでした。
チャンチャン!
これで第一章ポンコツ王子成長期編終了です!
長い話なのにお付き合いありがとうございました‼‼
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既にしていただいた方々、ありがとうございます‼
とても励みになりました‼‼
第二章はいくつか番外編を挟んでから始まります。
ちょっと構想練るのでお見せできるまでにもしかすると2週間程空くかもしれません。
また気長にお付き合いいただけたらと思います‼




