54話 悪夢再び
残酷と言っていいか分かりませんが、それに近い表現があります。
ご注意ください。
「セイラン‼‼セイラン‼ライナス‼セイランは」
「今は気を失っているだけですから大丈夫です。落ち着いてください」
ライナスの馬に乗せられたセイランは血だまりの中から助け出された様に髪も、頬も団服も赤く染まっている。
それなのに、顔や見えている肌は血の気が無い。
「主、案ずるな‼少々血を失い過ぎてはいるがこの赤髪が止血を行っておる!毒にも侵されていたが死ぬようなものではない‼‼」
「うっ……」
コーディから聞いた毒に驚いていると、セイランは薄っすらと目を覚ました。
「セイラン‼‼」
「…………フフ、会う度に…………泣いてばかり、いるわね」
ついさっきまで意識も無かったのに、俺を心配させないようにセイランはぎこちなく微笑んだ。
あぁ、情けない。
助けに来たのに気を遣わせて、本当にごめん。
俺が弱いせいでいつもいつもセイランに負担をかけている。
そう思っているのに、目の前の彼女が生きていることが嬉しくて、会話できることが嬉しくて更に涙はポロポロと流れてしまった。
「ごめん……生きていて本当に良かった。愛しているよ俺の毒花」
出来る限り優しく、傷に触らない様にそっと手を握り、指の腹で撫でると彼女は気持ちよさそうに目を閉じてまた眠ってしまった。
「はいはい、そこまで!本当に姫さん死んじまうんで帰りますよ‼‼動かないからって魔物をそのままなのは本当にヤバいですし!」
「あぁ、そうだな」
セイランから離れ、俺はドミニクの手を借りて彼の後ろに乗った。
「魔物が動かないとはどういうことですか?」
馬で駆けだしながらベルトルドが聞いた。そこにはちゃっかりベア隊長から子供を引き取って乗せている。
「教会の鐘の音が鳴らない限り、ここの魔物達は穴を掘り続けているらしいんだよねぇ。そこの子供が言うには。実際目の前を通っても何も見えていないみたいだったからなぁ」
ベア隊長がのんびりと告げた。
良かった、大柄だし無口だったし怖い人かと思っていたがどうやらセイランのことが心配だったみたいだ。
ドミニクの後ろにしがみついていると、ベア隊長が馬を近づけてきた。
「カイゼル殿下、俺は貴方のことを噂だけで判断していたようですね。魔法のご助力ありがとうございました。おかげで大事な部下を失わずに済んだ」
「あ、いや……役に立てたならよかった」
コーディは魔力が切れてさっきの言葉を最後に消えてしまったが、今までの積み重ねでセイランを助けられたのなら、これほど嬉しいことは無い。
セイランの上司という人にお礼を言われ、セイランも無事に助け出せて、子供も無事に救出。
他の町の人間の話をしないところを見ると、ベルトルドが見ている子供以外助からなかったのかもしれない。
とても悲しいが、犯人は捕まり、なんとかなったようで良かった。
セイランが起きたらきっと町の人の追悼をしたいと言うだろう。
その時は一緒に行こう。そして彼女にちゃんと謝って、ケビン皇太子の元から……。
俺が希望いっぱいにこれからの事を考えていた時、突如として教会の鐘はけたたましく鳴った。
いつも気配など分からない俺にも分かる。後方の町で一斉に何かが動き出し、森が危険を感じて鳥たちは羽音を立てて逃げて行った。
町の魔物達が動き出したのだ。
「うふふ、馬鹿ねぇ?たった一人で町を守るなら自分が負けた時の策くらい残しておくのが定石でしょう?」
ベア隊長の後ろで手足を縛られた男がコロコロと妖艶に笑った。
そして次の瞬間、地響きをたてて教会は崩壊した。
「なっ…………」
俺が放心状態になっている間に、ベア隊長とライナスは視線を合わせた。
「ライナス、通常の魔物の条件は生きてるんだったな?」
「はい、ホンザさんの中を見た時に魔物を斬った姫さんの所にだけ他の魔物達が追っかけて行くのが見えたんでそれは間違いないと思います」
「うん。じゃあライナスと俺がその辺の魔物を斬って囮になろうかぁ。殿下、護衛を一人お借りしても?」
「え、あ、あぁ。ベルトルド、ベア隊長の指示に従って欲しい」
「かしこまりました」
俺が驚いている間に冷静に物事は決まり、結局ライナスとベア隊長が囮、ベルトルドが近隣の町や都市に注意喚起、俺、ドミニク、子供、セイラン、敵の男は近くの洞穴に隠れていることになった。
ライナスとベア隊長で時間を稼ぎ、ホンザというすれ違った騎士が援軍を呼ぶまで待つらしい。
ちなみに敵の男はベア隊長に軽くひねられ、気絶させられた。
洞穴の中、俺は血だらけのセイランの隣で震えていた。
洞穴の出入り口はドミニクが見てくれている。
だが、先ほどから偶に地響きがして近くで戦っていることがまざまざと感じられる。
怖い。
セイランのためなら何でも出来ると言ったがやはり怖いものは怖い。
コーディを出そうにも、戦っている最中などに魔力切れを起こしたら最悪なので、襲われるまでは出すことが出来ない。
俺はセイランの手を握り、必死で平静を保った。
セイランの手は心配になるくらい冷たい。
その体温にまた心配になり強く握ると、ほんの少し体温が移ったのか温かくなってくる。
「ご安心ください、命に代えてもお守りします」
ドミニクは人を慰めるのは不慣れだろうに、少しぎこちない笑顔を見せて剣を抜いた。
でも、俺は知っている。
彼は優秀とはいえ新兵から上がったばかり、実戦経験などあるはずも無い。
「ありがとう、でも無理はしないでく」
俺からも安心させる様に言おうとしたとき、洞穴の奥の方からピシッと何かが割れる音がした。
音はビシビシと瞬く間に大きくなり、それに伴って洞穴全体に亀裂が走る。
「殿下‼逃げてください‼‼」
ドミニクが今まで聞いたことも無い程の声を張り上げた次の瞬間、凄まじい音をたてて洞穴の中に巨大な魔物が落ちてきた。
俺は咄嗟にセイランを抱き上げ、子供を見ると、子供は一目散に自力で走っていた。
ドミニクは敵の男を抱え上げ、全員命からがら洞穴から抜け出る。
でかい……。
夜会会場ではセイランが言うから魔物がそこに居るんだと言う認識はあった、だがその姿を見たことは無かった。
今まで俺達が居た洞穴から出てきた魔物は、人の大きさなど優に超え、俺の十倍はある巨体で立ち上がった。
黒い姿で上半身の筋肉が多い、そして4本指の鋭い爪をぎらつかせている。
息が乱れ、俺が呆然としているとドミニクに腕を引かれた。
「殿下‼逃げますよ‼‼」
「あ、あぁ‼」
咄嗟にポケットに入れていた魔法陣を描いた紙を落とし、魔力を注いでコーディを作り出した、が。
「主よ、我は……」
「分かってる‼‼逃げる手助けをしてくれ‼‼」
「心得た‼」
コーディは魔物の視界を邪魔するように、飛び始めた。
俺達は振り返らずに、走って逃げる。
馬は繋いであったのに魔物に驚いて逃げてしまっているし、一人で馬に乗れるのはドミニクしかいない。
今、コーディが魔物を倒すわけにはいかない。
恐らく他の群れからはぐれただけの魔物だが、万が一にも他に魔物が近くに居て、一体を倒したせいで集まってこられたら俺達にはどうすることも出来ない。
ゼェゼェと息が上がり、森の中をあても無く駆ける。
最早どっちが町の方角なのかも分からない。
敵の男も気絶しているが、いつ目を覚ますのかも分からない。
目を覚ませば、ドミニクだけで見るのには限界があるし、だが敵の男が持っているであろう情報的にも、心情的にも、置いていくなどは出来ない。
このまま近くの町へ逃げる⁉
でも魔物がもし追いかけてきたら……。
「殿下‼‼そちらは崖です‼‼」
ドミニクに叫ばれて初めて気がついた。俺は崖スレスレの場所を走っていた。
そして横から追って来た魔物の爪を避けようとした瞬間‼
足元が音を立てて崩れた。
このままじゃ、セイラン諸共落ちて死ぬ。
さっきまで何も考えられなかったのが不思議な程に頭は急激に冷えて、全てがゆっくりと見えた。
俺は本当にポンコツだ。最後の最期までごめん。
セイランに心の中で謝り、腕の中の彼女を投げようとしたすると、襟ぐりを掴まれてセイランは軽い動きで俺の背後にまわると思いきり蹴ってきた。
「気にしないで頂戴な」
背後の彼女から優しく小さい声が聞こえると、俺は彼女に蹴られた反動で陸地に戻った。
「……え?セイラン?…………うあぁぁぁぁああ‼‼セイラン‼セイラン‼‼」
俺が崖から降りようとするとドミニクに腋を抱えられ、抑え込まれる。
「離してくれ‼‼セイランが‼セイランが死んでしまう‼‼」
「無理です‼諦めてください、もう……」
「違う‼俺が‼俺が代わりに‼‼」
俺達が押し問答している間にも巨大な魔物は近づいて来る。
「主‼逃げろ‼こやつ我を敵として見ておらん‼足止め出来ん‼逃げろ‼」
ドミニクもコーディも叫ぶが俺にとってはもうどうでもいい。セイランが死んでしまう。
ただそれだけしか考えられない。
下は霧が深く何も見えない。
なら‼生きている!絶対にセイランは……。
視界が一気に暗くなり、頭上を見上げるとさっきまで恐怖していた鋭い爪が怪しく光っていた。
そしてそれは何の感情もなく降り下ろされ…………る前に、眼を開けていられないほどの下から突き上げる激しい突風が吹いた。
目を瞑った黒い視界の中、隣に何か落ちた音がして見るとそこにはさっきまで頭上で怪しく輝いていた魔物の爪。
「ちょっとカイゼル⁉貴方、聖女なら聖女と言いなさいな‼‼分かりにくくってよ‼‼危うく死ぬところだったわ‼‼」
何度も何度も恋焦がれた、凛とした強い声が後ろから聞こえた。
振り向くと、そこには既に魔物の首を討ち取った愛しいセイランの姿。
血に塗れているのに血色が良く、魔物の上に立ちながらその黄金の瞳を強く光らせている。
「セイランが……生きてる………生きてる‼‼うあぁぁ‼いぎでる~~‼‼」
俺は鼻水を垂らし、小さい子供の様に心のままに泣いて彼女が生きていることを喜んだ。
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