52話 小さな英雄
クローゼットの中から出ると、蒸し暑さが無くなり新鮮な空気が感じられた。
出る時に左肩を動かしてみたが、やはり動きが鈍いし痛みで使えそうにない。
まずは教会で子供の安否確認。
それから可能なら教会の鐘を破壊する。
もう夜が明けている。
ホンザは恐らくライナスと合流して事の次第を伝えに行っているだろうし、わたくしに万が一のことがあってもライナスがホンザとのやり取りを証言してくれる。
彼らが戻って来るまで子供がそのまま無事とはいえないから、今行くしかない。
「フゥーーー」
目を閉じて、細く、長く息を吐きだし、切り替えて目を開ける。
微かな風は感じたら最後、居所がバレてしまう。
でもそれが人の意思が介在するものなら必ず僅かな気配はあるはず。
集中して外の様子を伺っていると、カササッと外に見える木々が揺れた。
何となく異様な気配と共に風は過ぎ去っていく。
今ね。
わたくしは家の窓から飛び出して物陰に隠れた。
そっと様子を伺うと昨日と同じで町は閑散としている。
そして、偶に土を掘りだす魔物が出入りしている。
魔物が家屋に入ったタイミングで駆け、教会を目指す。勘に従い家のクローゼットや棚の中に隠れ、風が通り過ぎるまでやり過ごす。
あと、もう少し。
教会の前までやっとの思いでたどり着き、時刻はもうお昼近い。
どこから入ろうか考えあぐねていると不意に微かな風が吹いた。
「誰か来た‼‼誰か来たよ‼‼そこに白い髪の女の人が‼‼」
それは紛れも無い昨日の叫んでいた子供の声。
予想していなかったわけではない。
でも、助けに来たのに……。
一瞬悲しみが心を支配した後、不自然に周囲に影が差す。
気がつくと目の前に合った教会の外壁が形を変え、肉食獣の様に大口を開けて今にも石壁から抜きでようとしていた。
わたくしはすぐさま飛びのき、外壁から抜き出た石の獅子の口から逃れた、が。
「痛っ‼」
体は避けたのに、動かない左腕が避けきれず、牙が左腕に縦に長い傷を作った。
激痛と共に白い団服は赤くじわじわと湿っていき、そこから体温が流れ出ている様な感覚に襲われる。
「あらあら噂の悪女じゃない?生きていたっていうのは本当みたいね??」
石で出来た獅子が抜けた分、その奥に教会の内部が見える。
内部は長椅子を敷き、奥にパイプオルガンを置いた通常の礼拝堂。
教会内ではわたくしに手をかざしている、薄水色の髪と瞳をした線の細い幻想的な男が立っていた。ちなみに女性的な言葉で話したのもこの男。
その隣には金の髪に緑の瞳をした10歳くらいの少年が、オドオドと荒れた手をさすりながらわたくしを見つめている。
どう見たって二人とも人間。
おかしいとは思っていた、実際に戦ってみると普通の魔物なのに鐘の音を鳴らした者は明らかに知能がある。
魔物はこの二人、いえこの男に統率されていたのだ。
わたくしは石の獅子を見据えながら、剣を抜き、構えた。
「この町の人間はどこに行ったの?そこの子供は貴方の子供かしら?」
「ヤッダー‼アタシそんなに年食ってないわよ‼この子はこの町の子供よ?可愛いし使える魔法だから傍に置いてみたの!町の人間はこの子が一生懸命お墓を作って埋めていたわぁ~
健気な子ってなんだかいじらしくて可愛いわよね!」
コロコロと男は妖艶に笑い、更に二頭の石の獅子を作る。
獅子達はわたくしを徐々に取り囲んで行く。
子供が脅されているだけなら助けたいわね。
慎重に狙いを定めながらもジリッと後ろに下がるとそれに合わせて獅子も距離を詰めてくる。
「ねぇ??貴方って役目をもつとかいう英雄予備軍なんでしょう?あの方から聞いているわ!うふふ、アタシってなんて幸運なのかしら、貴方の首を持って行けばどれだけの金額になるかしら」
男が突き出していた手を払うと一斉に獅子は動き出し、わたくしめがけて襲って来た。
わたくしは手負い、左腕は完全に動かないし邪魔以外の何物でもない。
血が滴り落ち続け、このままでは失血死してしまう。
でも。
「フフフ!」
わたくしは笑って一頭目の獅子が襲いかかって来るのをひらりと躱し、その首の隙間に剣を突きたて体重をかけて無理やり斬った。
首を落とされた獅子はピシッと全身にひびが入り、魔力が断ち切られたせいで細かく砕け落ち始める。
「少々作りが荒いのではなくって?わたくしの首はそんなに甘くなくってよ‼‼」
クスッと笑って呆けている男の元まで一目散に走る。
男の操作が追い付いていないのか、他の獅子の動きは鈍い。
教会内の椅子を踏み台に上から男の頭を蹴り飛ばし、馬乗りになって剣を突き立てる。
「魔法を解きなさいな‼さもないとこの首斬り落とすわ!」
「はいはい、参ったわ。降参よ」
脅すと、男は降参の姿勢を取り、軽く腕を振ると残り二匹の獅子も崩れていく。
…………呆気ないわ。
何となく、従順過ぎる男の姿勢に違和感を覚えながらもわたくしは子供に向き直った。
もちろん男の方には意識と剣を向けたままで。
「怖かったわね、もう大丈夫よ。ロープか何か持ってきてもらえるかしら?それとこの男以外に人間は居る?」
わたくしが聞くと、子供はビクリと体を震わせ俯いた。
そしてポツッとただ一言。
「……ごめん……なさい」
「?わたくしの位置を知らせたことならもうよくってよ、気にしていないわ。従うしかなかったんだもの。それよりもこの男のほかに仲間は……」
わたくしがさらに問いかけると子供はポロポロと泣きだしてしまう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼‼」
「だから!それよりもこの男の仲間は居るの?居ないの?答えなさいな‼」
子供の様子にわたくしが焦って問いかけると、降参の姿勢を取ったまま下の男がコロコロと笑い出した。
「安心してよ、ここに居るのはアタシと魔物とその子だけ…………ねぇ?それよりも貴方、気配を読むのが得意なんですってね、うふふ!」
「……それが何かしら」
ザワザワと嫌な予感が心を蝕んでいく。次第に息が荒く、腹の底が気持ち悪くなってきた。
「そこの子供からねぇ、女騎士の話を聞いてアタシ思ったの!貴方を仕留めるなら、普通の攻撃じゃ駄目。どれだけ追い込んでも逃げられてしまうかもしれないもの。
だから、ここの壁に毒を塗らせたの。そうすれば、たった一撃入れられれば勝てるでしょう?うふふ!」
妖艶に笑う男の顔が突如歪み、その声も遠く変質して聞こえ始める。
ごめんなさいと謝り続ける子供の声も徐々に遠のいていく。
まずい‼
体の力が抜けていくのを感じ、覚悟を決め剣を握り直した。
わたくしは人を殺したことが無い。
でも、今やらなければ誰も助からない。
わたくしの無駄死にになってしまう。
力を込め、突き立てていた剣を振り下ろしたその瞬間‼
右から来る新しく出来上がった獅子に気がつかず、右肩に爪を刺されながら押し倒された。
手放してしまった剣はカラカラと音を立ててわたくしの手を離れて固い教会の床を転がっていく。
「アッ……グゥ‼」
爪を深々と刺され、その巨体に乗られると骨がミシミシ音を立てているのが聞こえる。
「うふふ!バイバイ‼純白の悪女ちゃん♡」
男の言葉と共にわたくしの上に乗っていた獅子が口を開けた。
わざとらしい程ゆっくりと喉元に迫って来る。
まずい、まずい、まずい‼‼
嫌よ‼‼まだカイゼルに‼カイゼルに思いも伝えていない‼
騎士になるからにはいつか思い半ばに死ぬことも覚悟の上だったのに、いざその時が来たと思うと嫌でたまらない。
視界は歪んでいるが見える。
でも体がどれだけ動かそうとしても動かない。
獅子の牙がわたくしの首に触れようとしたその瞬間、空いた壁から赤紫色の小さな何かが侵入するのが視界の端に入った。
赤紫色の小さな何かは侵入した速度そのままに、男の顔面に直撃し男を吹っ飛ばす。
男の集中が途切れ、わたくしの上に居た獅子は音を立てて砕け散った。
「間一髪であったな‼勇ましき嫁御よ‼‼」
赤紫色の何かはわたくしの目の前にひらりと舞い降り、しげしげと顔を覗き込んできた。
「……小さな…………ドラゴン??」
見た目は赤紫色のルビーらしいその可愛らしいドラゴンは、白い布を首元に巻き、自信満々に小さな胸を張り、名乗った。
「左様‼我は小さいながら雄々しきドラゴン‼そして希代の英雄‼コーディ・エマーソン‼‼我が主、カイゼルの名のもとに其方のことを探しに参った‼我が来たからには安心するが良い‼」
小さな可愛らしいドラゴンはなぜか英雄の名を名乗り、会いたくて仕方がなかったカイゼルの名まで口にする。
こんな人間臭いドラゴンを作る魔法なんて聞いたことが無い。
毒がかなり効いてきて幻覚を見ている。
それを理解しながらも、わたくしはその小さな英雄が起き上がった男に追い打ちをかけ、気絶させたのを確認して安心して意識を手放した。
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