51話 もしも魔法が使えたら
罠だ。
少年とも少女とも区別がつかないその泣き声に、罠だということはわたくしもホンザも分かっている。
でも泣き叫んでいる子供を見捨てるの?
その、一瞬の迷いが良くなかった。
気がついた時には物陰から鋭利な炎がホンザめがけて飛んできていた。
「ホンザ‼右よ‼‼」
叫びながら勢いよく体当たりをして、ドンッとホンザにぶつかった音と共に左肩に強烈な痛みが走る。
「グッ‼……」
痛すぎて言葉にもならない声が漏れ出る。
ホンザは目を見開くとすぐさまわたくしの胴を掴んで走り出した。
腕を振り上げ、ホンザの周囲に小さい炎が無数に出現するとそのまま家屋から出てきたばかりの魔物達に降り注ぐ。
ホンザの魔法は広範囲ではあるが、小さい魔物でなければ牽制くらいにしかならない。
わたくしは歯を食いしばって痛みに耐え、ホンザの腕から抜け出た。
剣を抜き、物陰から出て正面に立ちふさがった牛の様な魔物を一刀両断にする。
一体斬ったところで状況は変わらない。
ぞろぞろと魔物達は姿を現し始める。
このままじゃ二人とも……。
チラリとホンザを見ると目が合った。
ホンザも同じことを考えているのだ。
「分かれるぞ‼‼」
「えぇ‼」
言うと共にわたくしは剣を収め、近くの魔物を踏み台にして屋根に駆け上がった。
そしてホンザもわたくしが離れたことを確認すると、所かまわず自身の周囲に火の雨を降らせる。
わたくしとホンザでは逃げ方が違う。
お互いに遠慮してしまうならいっそのこと、二手に分かれた方がどちらかが生き残れる確率が高い。
二手に分かれると、すぐさまほぼ全ての魔物達はわたくしに向かって来た。
条件が生きているのかしら。
わたくしはさっき一体を斬り捨てた。
通常の魔物であれば、一体がやられたらやったヤツを全員で襲う。それが条件。
ホンザが急いで手近な魔物を斬ろうとしたためわたくしは叫んだ。
「ホンザ‼わたくしが囮になるわ‼行って頂戴な‼‼」
自分で言うのもなんだが、わたくしは少し前からヴィルベルト騎士団長と手合わせしているおかげで、逃げる、避けるに関しては誰にも引けを取らない。
それにホンザよりもわたくしの方が身軽。
叫んだせいでズキズキと左肩が痛む中、わたくしがホンザに笑いかけると、遠目の彼は悲痛な顔をしてそのまま森へ走って行った。
左腕は痛みでほとんど使い物にならない。
教会の子供も助けなければならない。
周囲は魔物だらけ。
でもなぜかしら?
背筋がゾクゾクして危機感とも高揚ともつかない感情が押し寄せる。
こんなとき、わたくしは本当におかしいのだと自覚してしまうと共に、この性格で良かったと思ってしまう。
だってこれなら、例えどんな結果に終わったとしても誰も恨まなくていい。
自分の進みたい道をただ突き進んだだけだと言えるもの。
ホンザの気配が遥か後方に遠ざかっていく中、わたくしは安心して教会に走り出した。
「フフフ!さぁいらっしゃない‼遊んであげましてよ‼‼」
「フッ…………グッ…………‼」
息が最高潮に上がる中、わたくしは必死の思いで息を殺した。
一体の魔物が家を爆破してくれたおかげで、煙で辺りが見えなくなっている。
このまま、逃げきれれば‼‼
爆破された家から数軒先のクローゼットの中に体を縮め、息を殺す。
なんて無様なんだろう。
魔法が使えれば、この魔物の群れを一掃することも出来たのかしら。
わたくしが考えても仕方が無いことを考えている間にも、魔物は部屋の中に侵入してきてわたくしを探している。
開けられたら、音も無く斬る。もし音が出たら一目散に窓から逃げる。
とうに日は暮れており、どれくらい自分が逃げていたのかも分からない。
もう体力も底をついており、全身汗だく、いつもならどうとも思わない魔物一体一体に苦戦してしまっている。
出来るだけ音を殺したいのに、その思いに反して心臓の鼓動は早く強く鳴っていく。
ガタゴトと部屋を荒し、魔物がクローゼットの目の前まで来た。
わたくしが覚悟を決めて剣を握り直したその瞬間‼
鐘の音がけたたましく鳴った。
すぐそこまで近寄っていた魔物の気配はピタリと止まり、そのまま窓を割って部屋を出て行く。
「どういうこと??」
頭の中では今起きたことを整理しなければ、ここから出るのか、このままじっとしているのか考えなければと思うが、わたくしの意識は徐々に薄れ、左肩の激痛と共に眠りに落ちた。
「俺は本気でセイランが好きだ。俺の隣に立ち、共にこの国を守っていって欲しいと思っている」
銀髪に水色の瞳を煌めかせたケビン皇太子が、わたくしの手を握りながら言った。
あぁこれは夢ね。
頭の片隅で夢だと認識しつつも数か月前の会話が目の前で再現されていく。
この時、わたくしはすぐに断ろうとしたけれどケビン皇太子はそれを遮って別の話をし始めた。
「それはそうと俺達以外の役目をもつ者の話だが、聖女が見つかっていない」
「あら、貴方のことが大好きなリリアンが居るじゃない」
わたくしが少し冗談めいて言うと、ケビン皇太子はあからさまに嫌そうな顔をした。
「あれは偽物だ……というか、恐らくなりそこないだな」
「なりそこない??」
こくりと頷いて、彼は一口チーズケーキを頬張った。
そして目を瞠る。
「意外だな、美味い」
「フフフ!でしょう??」
カイゼルが褒められたようで嬉しくて、上機嫌に返事をするとケビン皇太子はまた機嫌を悪くする。子供の様に少しむくれて話始めた。
「さっきも言ったが俺達みたいな強力な魔法の影響を受けて、魔法を壊すことを役目とする者が発生するのはいわば自然現象みたいなものだ。
稀に異常事態が加わると形を変えてしまう」
「???意味が分からないわ?」
「まぁ今回の場合でいくと、リリアンは魔法の影響を完全に受け止めるだけの器が無かったんだろうな。あの女はこの世界が物語の世界だと思っている」
「はぁ⁉」
ケビン皇太子の言うことをまとめると、リリアンは確かに魔法の影響を受け役目を担うはずで魔力が大きいが、影響の強さに耐えきれず心を壊してしまったと。
そして、リリアンが受け止めきれなかった治癒能力は他の者に受け継がれている可能性が高い、ということだった。
「こ、心を壊すって……そんな風には見えなかったわ」
「だが事実だろう。少し脅してなぜ聖女の真似事をしていたかを聞くと自分は別の世界からやってきた人間だと言っていた。
この世界に来て、自分の知るはずの無いことを知っていたり、全て自分の思う通りに事が運ぶのだから間違いない、とな。
だが詳細を確認すると、あの女が知るはずが無いと言っていたことは無意識に目に入れることは可能な情報だった。
例えば俺やウィリアムの見た目は絵姿でそこかしこに出回っている。逆に誰も知らないカイゼルの姿はあの女も知らなかった。
それに自分の思う通りに事が運ぶのも、闇の魔法を持っているんだから当たり前だろう」
ハァとため息を吐くとケビン皇太子は長椅子にもたれかかった。
彼はさらっと少し脅して、と言っているがケビン皇太子の少しは少しでない気がして、思わずリリアンに同情してしまった。
「じゃあ肝心の治癒の能力を持つ聖女は……」
「分からない、今まで通り桃色の瞳なのか、慈しみの心を持つのか、そもそもその力を扱えているのか、実際にそんな人間が居るのかも何も分かっていない」
「……そう」
だが見つからなくても、正直さしたる問題はない。
魔物の討伐の方法が確立されている現代では、聖女の存在が無くとも魔物を押し返すことは可能だと思う。
「安心しろ、居るなら必ず見つけてやる。そうすればセイランも魔法を使えるようになるだろうしな」
「わたくしも……魔法を?」
「あぁ、セイランが魔法を使えないのも影響を受けるだけの器がギリギリだったからだろ。俺の予想ではあるが、聖女の力ならそれを治せる」
魔法……わたくしも魔法が使えたらどんなにいいだろう。
パース帝国に来て、平民も魔法を使えると知り己の無力さをとても悲しんだ。
強い魔力をもっているのに誰でも出来る魔法がわたくしには出来ない。
『セイランはいつも常識を壊して突き進む。そんな君が一生魔法を使えないとは俺は思えないんだ』
わたくしはカイゼルからもらった黒いネックレスを握りしめた。
魔法が使えるようになったら、カイゼルが入れてくれたこのネックレスの裏側の魔法陣をまず試してみよう。
「フフフ‼」
嬉しくなって笑っていると、それを見ていたケビン皇太子がまた不貞腐れてしまった。
パース帝国に来てから本当にちょっと子供っぽいわね。
朝、クローゼットの隙間から日が差してわたくしは目が覚めた。
「フフフ、魔法を使えたら、なんて考えていたからこんな夢を見たのかしら……ライナス達の後を……いえ、子供を……」
子供を助けに行く。
そう思った瞬間に疑問に思う自分が居た。
あの時、子供の泣き声はタイミングが良すぎた。
まるでわたくし達の姿だけでなく会話まで聞いているように。
「…………風、かしら」
教会の鐘の音が鳴る前も微かな違和感のある風が吹いていた。
風で人の動きや居場所、会話を感じている。
それならば、魔物が去って行ったのも理解できる。
クローゼットの中は密閉とまではいかないけれど、大量の風が通るまでの隙間は無い。
「厄介ね」
でも、それ以上に厄介なのは魔物の群れ。
尋常じゃない量の魔物がこの町には隠れている。
でもそう、昨日のことを思い返せば魔物の起点となっていたのは教会の鐘の音。
魔物が襲ってきても、鐘の音をもう一度鳴らして壊してしまえばもしかするとまた止まるのかもしれない。
「やってみるしかなさそうね」
どれだけ願っても今のわたくしでは魔法は使えない。
ならこの体で、この頭で、最大限助けられる人間を助けて生き延びるしかない。
わたくしは決意してクローゼットの扉を開けた。
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