50話 異変
魔法大会でカイゼルが優勝し、喝采を浴びたその二週間程あとのこと、純白の悪女セイランはというと……。
「チッチッチッチッチ!」
時計の様に執拗に舌打ちをする赤髪赤目の同僚ホンザと、涼しい顔で馬を乗りこなすライナスに挟まれながらパース帝国の最南端まで南下していた。
「ホンザ!もう諦めなさいな‼ライナスはホンザが思っているほど弱くなくってよ⁉」
「うるせぇ‼‼ただの様子見の任務なら俺とお前だけで十分だろうが‼‼なんだってケビン皇太子はこんなゴマすり野郎をつけたんだ‼」
「あーそれはバランスの問題ですね。ホンザさんは経験豊富、姫さんは索敵要員、俺は頭脳要員っていう感じだと思いますよ?だからホンザさんが今回は指揮していますし」
「うるっせぇ‼‼てめぇに聞いてねぇんだよゴマすり野郎‼‼」
飄々と答えるライナスにキレるホンザ。
先が思いやられるわ……。
ライナスは本来結構強いのだが、それは人間相手に限る。
魔物では心を読むことが出来ないらしく、上手く動けず、そして闇魔法を使っていることがバレない様に魔物と戦うことの多いパース帝国では、人相手に手を抜いて戦っているため弱い印象を与えてしまっている。
通常は部隊ごとに動き、どこの隊にも所属していないとはいえライナスが同行してこの3人編成は異例と言える。
この任務の発端はパース帝国最南端の町から連絡が途絶えたことから始まった。
パース帝国ではグラス王国とは違い、鳥を使った手紙のやり取りが盛んに行われている。
それが一ヵ月前から最南端の町ではぱったりと途絶えてしまった。
魔物に全滅させられたのなら、近くの町から助けを呼ぶ連絡が入る。
それなのに先に様子を見に行った騎士も戻らず、近隣からも異常はうかがえない。
魔物は知能というよりも決められた条件を守って行動している。
近くに居る者から襲う。
弱者から襲う。
味方がやられたら、やった敵から皆で襲う。
基本的にこの条件に沿って行動している。
一か所に留まって近隣の村や都市を襲いに行かないなどありえない。
「本当に何が起こっているのかしらね。皆生きていると良いのだけど」
「そーだな。でも今回はあくまで偵察が目的だから被害者が居ても場合によっては見捨てろよ?姫さん」
「テメェが決めんな‼だいたいテメェはどうやってケビン皇太子に取り入ったんだ‼」
嫌な予感がしつつ、三人でやりとりをしていくと不意に上空から魔物の気配がした。
「ホンザ‼前方の空から一体魔物が来るわ‼」
わたくしの言葉に喧嘩というか、一方的にライナスに突っかかっていたホンザが止まり、軽く手で指示をしてくる。
わたくしとライナスは頷き、指示通り大きい木の陰に馬ごと隠れた。
しばらくすると、鳥型のカラスの様な魔物がわたくし達の上空を通過していく。
通過した後、大きく旋回してまた戻って行った。
「……悪女、どう思う?」
「多分ホンザと同意見よ。あの魔物、動きがおかしいわ。あれじゃまるで……」
「見回りをしているみたい、だな」
わたくしの言葉をライナスが引き継いだ。
ホンザは嫌そうな顔をしながらもこくりと頷き馬を走らせた。
「嫌な感じだ急ぐぞ。悪女先頭走れ。魔物に気がついたら止まるんだ」
「分かったわ」
しばらく馬を走らせると、木々に剣や爪痕など戦闘の跡が伺えた。
そして正面下から大量の魔物の気配。
わたくしは愛馬シルクを止め、ホンザに手で合図を出した。
「正面より少し下、かなり距離は空いているけれど大量の魔物が居るわ……でもなんだかいくつかの塊になっているみたい」
「地図で見るとここからもう少し行くと町だな。ギリギリまで近づくぞ。魔物に異変があったら言え」
馬を降り、手ごろな洞穴があったためそこに馬を隠してわたくし達は進んだ。
「……なんだか、見た目は普通ね。人の気配がほとんどしないわ」
町を少し離れて崖上から見ると、そこにあったのは時計のついた大きな教会を中心とした普通の町。
ただし、人の姿は全く見えない。
「ほとんどってことは、少しはあんのか?俺には魔物の気配しか感じられないが」
ホンザの問いにわたくしは首を振った。
「距離が空き過ぎているし、魔物が多すぎてよく分からないわ」
「見た感じ魔物は見えねえけど、姫さんどの辺?」
「家屋の下の三か所、それと教会に一か所に分かれているわね」
「…………ライナスはここで待機、悪女と俺で町を見てくる。日が落ちても戻らなかったらライナスだけ戻れ」
ホンザは真面目になったため、ライナスをちゃんと名前で呼ぶようにしたらしいがわたくしは悪女のまま。
これは、悪女を愛称みたいなものと思っているのかしら。
「へいへい了解。けどホンザさん、人が居た場合には一度こっちに戻ってきてください。それが人質であれ何であれ……頼むから姫さんを傷つけないでくださいよ」
「チッ‼誰がテメェの言うことを聞くか‼行くぞ悪女‼」
「えぇ、ライナスそんなに心配しなくても大丈夫よ。ちょっと見てくるだけだから」
わたくしが安心させるように笑いかけると、いつも上機嫌な彼が眉間に皺を寄せた。
「だといいけどね…………姫さん、生きている人間も状況によっては見捨てろよ」
「……状況によっては、ね」
口で言いながらも、そんなことわたくしに出来ないことはもう分かっていた。
わたくしは甘い。
グラス王国でも薄々感じていたけれど、わたくしは目の前の人をどうしても放っておけない性格だ。
でもだからこそ。
もし状況によって捨てなければならない命があるのならそれはわたくしの命。
状況判断も出来ず誰も見捨てられない騎士なんて、それこそ状況によってはいらない。
連絡にはホンザが行ける。
わたくしは何が何でもホンザを生き残らせる。
町の中に入るとそこは閑散としていた。
土の山だけが家屋の前に積み重なっている。
「……どういうことかしら??なんで土を?」
じっとホンザと物陰に隠れて見ていると、人間よりも一回り程大きい二足歩行の魔物が一体出てきた。大袋に土を持ち、外に土を置いてまた戻って行く。
魔物達の動きに集中すると、見えないが彼らは家屋の下を通り真っすぐ東へ向かっていく。
「おい悪女、まさかこいつら穴掘ってねぇか⁉」
「……みたいね」
真っすぐ東へ向かうとそこには少し大きい都市がある。
もちろん都市の警備は厳重。だが穴を掘り続け、都市の中心から魔物達が出ればどこに逃げれば良いのか分からない人々であふれかえり、被害は甚大なものになることが予想出来る。
「チッ!戻るぞ、予想よりやっていることが大きい‼すぐに王宮に報告だ」
頷き、ホンザの後について歩いた瞬間、ふわりと微かな風が吹いた。
外に居るので風が吹くくらい当たり前のなのだが、気になり後ろを振り向くと突如として教会の鐘が鳴り響く。
ゴーンゴーンとけたたましく鳴る鐘の音はわたくし達を呼び止める様に徐々に大きくなる。
「……ホンザ、魔物がこんなに規則正しく鐘を鳴らすかしら…………もしかして、まだ人が……」
周囲に遺体は無い。
魔物は埋葬なんてことしない。
ザワザワと体の内側は警告を発しているのに、わたくしの頭の中はただ一つの事柄に縛られた。
生存者が居る。
ふらっと教会に一歩近づいた途端にホンザに手を引かれる。
「おい待て‼何考えてんだ、罠だ‼‼生存者が居たとしてこんだけ大きい音がして魔物が向かわないなんておかしいだろうが‼‼」
「~~~っ‼でも!ここの魔物達の動きはおかしいわ‼もしかしたら音を出しても来ないから‼いつか来る救助を待っているのだとしたら‼」
魔物の気配が多すぎて未だに人の気配は分からない。
「いいから来い‼言い争っている暇はねぇんだ‼」
「わたくし……でも‼」
「いいか‼今お前があの教会を調べに行くというなら俺の命が危険にさらされる。不確定な居るかも分からない人間か、俺の命、どっちが大事だ?それとも罠にはまりに行って俺を殺すか??」
グッと顔を近づけてホンザはわたくしを睨んできた。
これがわたくしの命とまだ見ぬ人間の命ならわたくしは迷わず後者を選ぶ。
だが大事な仲間の命と、罠かも居るかも分からない人間の命と言われるとそれは……。
「…………ホンザに従うわ」
たった数か月、それなのにベア隊長もホンザもわたくしの扱いをわたくし以上に分かっている。
それほどまでに、わたくしをよく見てくれている大事な仲間。
絶対に失いたくはない。
わたくし達が居るのは町の外れ。
そこから魔物に見つからないように駆けていくと、またふわりと微かな風が吹いた。
けたたましく鳴り響く鐘の音は突然止まり、代わりに教会からは人の鳴き声が聞こえた。
「うあぁぁぁぁああん‼あぁぁぁあああ‼助けて‼‼誰か‼誰か‼‼」
少年とも少女ともつかないその切実な声にホンザも足を止め、わたくしと目を合わせた。
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