32話 毒を薬に
窓からはさんさんと陽光が降り注ぎ、気温も適温、木々は青々と茂って清々しいことこの上無い朝に俺の気持ちはどん底だった。
「……学園に行きたくないな、試験だけ受けに行っては駄目かな」
「王位を目指すとか言っている方が何をおっしゃっているんですか‼ほら、支度をしましょう‼‼」
「うん……」
サマンサに叱咤され、メリーが無言で手際よく準備をしていく。
いや、だって人前に一人で出たことなんて子供の頃に数える程しかない。
その時だってまともに貴族連中の顔を見ることが出来なかったんだ、夜会の時はただセイランだけを見て彼女のために……って俺は想像以上にセイランに負担をかけていたのかな。
俺だって行かなければならないことは分かっているんだ。
だからこうして手を動かして着替えている。
「はぁぁぁ~~~~~」
深く、深く、地の底まで深いと思えるほどのため息をして、サマンサはクローゼットの中を漁った。
そして、一つの箱を取り出した。
「殿下、こちらを」
「うん?真珠のカフスボタン??」
中には純白の真珠に、留め具が金色のカフスボタンが入っていた。
話ながらサマンサはつけてくれる。
「殿下は今まで、セイラン様と一緒に居れば何も怖くなかったのでしょう。なら難しいかもしれませんがこれをセイラン様の代わりと思って自信をつけてはいかがでしょうか?」
自信……。
真珠を見つめているとセイランの言葉を思い出した。
『瞳が紫なのが気になるということなら、わたくしが祝福して差し上げてよ!感謝してその祝福を糧に自信をつけなさいな』
袖についたカフスボタンを見てフッと俺は笑ってしまった。
「別に!お気に召さなければ外していただいて構いませんが⁉」
「あぁいや、気に入らないとかじゃないんだごめん、すごく嬉しい、ありがとう。……なんだか学園に行くだけで怖気づいているのが馬鹿馬鹿しくなってしまったんだ。
俺はセイランに祝福してもらった綺麗な瞳をもっていて、サマンサとメリーが身なりを整えてくれて、袖にはセイランを思わせるカフスボタン、それにライナス直伝の社交術もある
何が怖かったのか分からないくらい平気になってきた」
学園の制服であるジャケットをビシッと正し、俺は立ち上がった。
大丈夫、俺を信じられなくても俺を助けてくれている皆を信じれば良い。
皆が自信をもてというならそのまま、ただ単純に自信をもてばいいんだ。
支度を終えて馬車に乗り、学園に向かった。
馬車を降りるとザワリと周囲がどよめく。
馬車には王家の紋章が入っているため、夜会に出ていた者もそうでない者も全員俺が誰なのかを察したらしい。
その様子につい心臓がズキズキ痛み、昔の俺が恥をかく前に引き返せと叫ぶがそれを無視して顎を上げ、肩を広げ、ゆったりと尊大に歩く。
護衛のドミニクは学園の門まででお別れだった。
ここから先聖女以外は護衛をつけてはならず、一人で頑張るしかない。
確かケビン皇太子はこんな感じの歩き方だったな。
人を待たせることに慣れたゆったりと、それでいて威厳のある歩き方。
近くの男子生徒と目が合い、優しく、それでいて尊大に笑顔を作る。
「おはよう、今日から私も登校することになったんだ。よろしく頼むよ」
「は、はい!よろしくお願いいたします‼」
俺が笑うとキャーッと女子生徒が悲鳴を上げた。
挨拶をした男子生徒も顔が赤い。
一瞬何かおかしかったかと内心焦ったがどうやら嫌な意味合いは無いらしい。
「お、お前……」
聞き覚えのある声で振り返ると、そこには腹違いの兄上ウィリアムが居た。隣には聖女が縋りついている。兄上は動揺しているのか、姿勢は引き気味で顔が強張っている。
良い機会だな。
俺はまた何度も練習した、尊大な笑みで軽く会釈をした。
「おはようございます兄上、聖女様。今日から私も学園に編入しますのでどうぞよろしくお願い致します」
本当の編入は一ヵ月前だったのだが、都合の悪いことは軽くごまかす。
ライナスがよくやっていた手だ。
ケビン皇太子の真似をしていると、丁寧に話しているのにこちらが上の様な雰囲気が出てくるから不思議だ。
「あ、あぁよろしく頼む」
引きつっている第一王子に対し、余裕のある第二王子。
まぁ、始めの印象作りとしてはこれぐらいでいいかな。
王立学園の生徒はそのほとんどが貴族で占められている。それはすなわち、貴族の縮図ともいえる。直接的な勝負以外にも、俺と兄上は比べられ見られているのだ。
それにしても……。
聖女リリアンは相変わらず、キラキラとした瞳で俺のことを見てくる。
夜会の時も少し思ったが節操が無さすぎないか?
それとも帝国の皇太子をふるセイランが珍しいのか?
俺が怪訝な目をしているのに聖女は目を潤ませて俺に近寄って来る。
チラリと兄上を確認すると、兄上も心境的には嫌そうだ。
……というか、昔は兄上が完璧な人間に思えていたが今こうして見ると、表情が顔に出過ぎている。ケビン皇太子が揺るがなさ過ぎるのか、基準がよく分からなくなる。
「よろしくお願いしますぅ‼あの、分からないことがあれば私に何でも聞いてください!セイラン様から解放されてやっと自由になれて良かったですね?」
「あぁ???」
思わず低い声が出てしまって聖女は肩を震わせて、兄上にまた縋りついた。
「だ、だって!カイゼル様もセイラン様が婚約者で大変だったでしょう??大丈夫です!私が癒してあげます!」
セイランが婚約者で大変??
私が癒してあげる??
俺は怒ることがほとんど無い。
だが今回は腹の底から怒っていた。聖女はセイランの処刑にも立ち会い、その首が飛ぶさまを見ている。
それなのに、それなのに‼‼
セイランが婚約者で大変⁉
私が癒してあげる⁉
本当は聖女でも無いだろうお前が⁉
表情を出さないように口の中を噛みしめて痛みで正気に戻し、周囲の様子を伺うと周囲も同情の眼差しで俺を見ている。
あぁ、俺はどれだけ馬鹿で愚かだったんだ。
セイランがこんなにもつらい場所に居たのに気がついてやれなかった。
守る以前に知ることさえ、知ろうとすることさえしなかった。
聖女の闇の魔法にかかることを恐れていたが、怒りのせいか今はかかる気がしない。
変えたいな。
セイランへの意識を変えたい。
そして、彼女がこれ以上無いくらいに素晴らしい女性だと知らしめたい。
夜会、そして昨日のことで学んだことがある。
それは自分のペースにもちこみたいときは、意表をつくのが一番だということ。
夜会会場でケビン皇太子は俺とセイランの話に拍手で割って入り、わざと興味を引く場にそぐわない発言で空気を変えた。
昨日、ケビン皇太子に対しても態度を変えたことで一気に流れを変えられた。
ならここでは何が状況を変える?
気持ちのままに怒る?
いや、感情的になることは貴族にとって品が無いとされている。それに普通過ぎる。
聖女に嫌味を言う?
ここは闇の魔法もあり、彼女の場所と言っても過言ではない。そんな場所で彼女を糾弾すれば追い詰められるのは俺だ。
だったら俺は……。
「え⁉ちょっカイゼル⁉」
「カイゼルお前……」
聖女が驚き引いている。
兄上も引きつっていた顔が更におかしなことになっている。
当たり前だ、さっきまで王族としての顔を崩さなかった人間が〝号泣〟しているんだから。
俺はセイランが死んだと思った時のことを思い出し、泣いた。
今でもあの光景は忘れられないし、死にたくなるくらい最低な記憶。
それを思い出せば泣くなんて簡単に出来る。
「失礼、セイランのことを思い出してしまって……。あんなに、あんなに綺麗で理想的な女性は居なかったから。
彼女は気が強かったけれど、無意味に他者を傷つけることは無い。
いつも自身か、自身の大事な人や物を守るために戦っていた。
王国を救う聖女様、どうかその慈しみの心でセイランの冥福を祈ってくれませんか?
貴方も本当の彼女は真っすぐで純粋で、心根の美しい人だと分かっているんでしょう??」
「え……はい…………」
こう言われると聖女は何も言えない。
愛した婚約者を亡くしたばかりの男に、さらに追いうちをかけるなんて所業は聖女とはかけ離れ過ぎている。
にっこりと俺は懐かしむ様に笑った。
「これは王家の使用人から聞いた話ですが、アーヴィン公爵家の使用人は皆セイランを慕っているそうですよ。
誰もかれもが彼女に危機を救われ、彼女の元に居る限り公爵家ではいじめも起こらないんだとか!それも使用人の間では有名な話らしい。
良かったら皆さんもご自身の侍女に、侍従に、執事に!聞いてみてください‼
きっと彼女の本来の姿が分かるはずですよ」
我ながら、泣くなんて情けない方法でやり口も腹黒いと思う。
でもセイランのためなら俺のプライドなんてどうでもいいし、愛した女性のために泣くことを笑う者が居るならそんな人間に俺は好かれようとは思わない。
袖口についた純白の真珠と金の装飾のカフスボタンを見て、今は遠い彼女に心の中で語りかける。
いつも心の底から愛しているよ、俺の毒花。
どうやら君の毒は彼らには強すぎるらしい。
だからここで、セイランを苦しめたこの学園で俺が毒を薄めて薬に変える。
俺は君の毒が薬に変わるならなんだってする。
滑稽な道化にも、悪魔にも、王にもなる。
だから迎えに行ったとき、この手をもう一度取って欲しい。
俺の望みはセイランの傍に居ることだけなんだ。
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