29話 ライナスの真意
※ カイゼル視点です
セイランが死んで一ヵ月が経った。
「殿下、お食事をお持ちしました」
控えめに扉のノックが聞こえたが、俺は無視をした。
もうどうでもいい、どうでもいいと思っているのに……。
『あら、わたくし殿下とどこでお会いしたかしら、記憶にございませんわ』
『貴方‼今日からポンコツは卒業なさい‼そして誰よりも良い男になってわたくしを褒め称え、わたくしを羨望の眼差しで溢れさせ、わたくしを社交界で一番の女になさい‼』
寝室でいじけていると、彼女の強い凛と響く声が聞こえる。
耳をふさいでも、布団を被っても何をしても聞こえてくるそれから逃げるように俺は部屋を出た。
「あ、殿下!」
「……ごめん、放っておいてくれ」
心配するサマンサを放って厨房へ行く。
今は昼時、シェフ達は居るが彼らはいつも一角だけ俺の場所を作ってくれている。
厨房に行くと案の定、いつもの俺の場所だけ空いていた。
ここなら、厨房ならセイランはほとんど来たことが無い。
そう思って来たのに……。
『カイゼル、貴方もしかしてわたくしの婚約書類の証拠のこと知ってたのかしら?』
『黙っていたことを悪いと思うならわたくしを慰めなさいな!』
屈強な騎士達と渡り歩いているとはとても思えない様な細い体で抱き着いて来て、あの時は本当に驚いた。
セイランの良い匂いにドキドキする反面、強い彼女をこんなに怯えさせるのは何なんだととても困惑した。
話を聞いて、それがケビン皇太子のせいだと知って俺は絶対にケビン皇太子だけにはセイランを渡してはいけないと思った。
彼がどれだけすごい人間なのかは知ってる。
引きこもりの俺の所にも噂が届くほどに彼は優秀でずば抜けた王者の資質を持っている。
でも、セイランを傷つけたり怖がらせる人間に彼女を渡してはいけないと思った。
だから、社交術も暗記もダンスもこれまで以上に頑張ったのに……。
「ハハッ!俺のところに居る方が彼女には良くなかったのに、さっさと婚約なんて無かったことにしていればよかったのに!」
厨房で何を作るでもなく、ただしゃがみこんでしまった。
普段なら邪魔そうにしてくる使用人達が今日はそっとしておいてくれる。
『やっぱ殿下菓子作りの才能はありますねー、甘いのに甘いだけじゃない!』
……そういえば、婚約が幻だったとライナスに言われたのもここだった。
のそっと立ち上がって振り返ると、思ったとおり護衛のドミニクはただ静かに控えていた。
「ドミニクさん、ライナスはなぜ懲罰房に?今どうしていますか?」
「はい、セイラン様を牢から逃がそうとしたところをアスラン騎士団長に見つかり、折檻を受けた後に懲罰房に入れられました。現在は騎士団から除名処分を受け居所は分かりません」
「そうですか……」
特に驚きも何も無かった。
彼はセイランを妹の様に大事にしていた。
そんな彼女を処刑から逃がそうとするのは当然だ。
ライナスは軽薄な印象だったが、気が利き、気さくで良い奴だった。
「本当に全部、幻だったらいいのにな」
初めて人を好きになって、友達の様な護衛が居て、叱咤してくれる侍女が居て、勉強もダンスも難しいことばかりだったけれど俺はすごく幸せだった。
本当にそのほとんどが幻だった。
『どういうってそのまんまの意味ですよ?今の殿下の幸せは全部幻です。
いやーこれ言うつもり無かったんですけど、俺殿下のこと結構気に入っているみたいで、このまま姫さん搔っ攫われたら殿下ヤバいかなーと思っての忠告です』
……?
あの時ライナスは幻だとしつこく表現していた。
出会って数か月、彼は他愛も無い嘘やごまかしはしょっちゅうするが比喩の様な言い方は珍しい気がする。
それに、今思い返せばやけに強調していた気もする。
『殿下、俺は別に今すぐどうこうしてほしいわけじゃないんですよ。
例えば、容姿、権力、優秀な頭脳を持った完璧なヤツが出てきて、運よく姫さんのことを見初めたらそこは引いてくださいね?って話です。
殿下が傷つき過ぎない様に忠告しただけなんで、もし殿下が引かなくてもあの方が本気で気に入ったら勝手に奪うんで問題無いです』
あの方……ケビン皇太子はライナスの予想通りにセイランを気に入っていた。
夜会で会ったとき、彼のセイランを見る目は明らかに執着そのものだった。
それなのに、セイランの処刑の時彼はにやついていた。
惚れた女性が死ぬのに?
かしこく、優秀ならどんな手を使っても処刑をさせないんじゃないか?
処刑をむしろ陛下に唆す様なことをするだろうか?
……。
ゴトリと何かが落ちる音がした。
一ヵ月前に聞いた音に酷似していて、俺は飛び上がり近くにあったフライパンや鍋を盛大にひっくり返しながら転んでしまった。
「あー、すいません」
料理人見習いらしき青年は俺の様子を気怠そうに見て、足元に転がってきたかぼちゃを拾った。
「か……ぼちゃ??」
「はい、そうですけど?他に何に見えるんですか?」
「……かぼちゃに見える…………かぼちゃに、そう!ハハハ!かぼちゃだ‼かぼちゃに見える‼‼」
見習いは、気持ち悪い物を見る顔で俺を見た後、逃げる様にそそくさと走っていった。
そう、そうだ‼‼
何で気がつかなかったんだ‼‼
ケビン皇太子は光の魔力を持つ!
光の魔法は闇の魔法を打ち消すだけじゃない!
光の魔法には幻覚を見せる物もある‼‼‼
「殿下大丈夫ですか??医者を呼びますか?」
ドミニクが手を差し伸べてくれて、俺はその手を勢いよく掴んだ。
「ありがとうございます‼それとドミニクさん!今夜一緒についてきて欲しい所があるんですけど、護衛頼めますか⁉」
俺の勢いにドミニクはちょっと眉をひそめたが、軽く頷いてくれた。
「えぇ、職務ですから」
久しぶりにまともに夕食を食べると、サマンサや他の侍女を下がらせて俺は目立ちにくい黒い服に着替えた。
扉を開けると、ドミニクは既に準備が整っているようで静かに待っていてくれた。
彼は一般騎士の中でも新兵から上がったばかりなので、ライナスが言うには優秀らしいがまだ新兵と同じ黒い団服を着ている。
「お待たせしました!行きましょう‼」
「はい」
俺が元気よく話しかけるとまたドミニクは眉をひそめた。
完全にいかれてしまったと思われているらしい。
衛兵や他の騎士、使用人に見つからないように王宮を出ると辻馬車を捕まえて乗った。
目的地を告げてそこまで乗せてもらい、俺達は降りた。
「墓地……ですか?」
「はい、今からセイランの墓を暴きます‼」
「……それは……どういう??」
怪訝そうに見てくるドミニクを無視し、俺はセイランの墓へと突き進む。
貴族、それも公爵家ともなれば通常は自前の墓地を持っている。
だがセイランは悪女の汚名を着せられ処刑されたのだ。
そのため、彼女は罪人たちが葬られる集団墓地に埋められていた。
いつもの俺なら夜中に墓地に訪れるなんて怖くて無理だ。
でも今はそんなことどうでもいい。
俺はセイランの墓地の上に手早く指で土に魔法陣を描き、大きなゴーレムを作った。
ゴーレムを作った分の土が消え、セイランが居ると思われる棺が見える。
ゴーレムは俺の指示通りにただ真っすぐ歩いて行き、他の墓標に当たりそれでも前へ進もうとして身動きが取れなくなっている。
ゴーレムをもっとうまく動かせたら、棺を出させるんだけどな。
考えても仕方がないので、微妙な顔をしているドミニクの手を借りて棺を取り出し、開けた。
中の様子を見て、俺もドミニクも目を見開いた。
「ハハハハハハハハ‼‼かぼちゃだ‼‼かぼちゃだったんだ‼‼‼」
棺の中にはかぼちゃ、囚人服を被せられた野菜、それだけだった。
「やった!生きてる‼俺ははめられただけだったんだ‼‼‼アッハッハッハ‼‼」
夜の墓地で最愛の人の墓を前に、俺の笑い声はいつまでも響いた。
もしも途中からその様子を見た人間が居たら俺を狂ったと思っただろう。
でも俺はこんなに嬉しいことはないと思ってしまった。
ライナスが言っていた通り、セイランは掻っ攫われた。
昔だったら絶対に思いつかない言葉が俺の頭の中を駆け巡る。
生きているなら何の問題も無い。
奪われたのなら奪い返す‼‼
「絶対に取り戻すよ。セイラン‼‼」
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