26話 最低最悪の傲慢悪女
ザワリと会場内がどよめいた。
「今運命って!」
「偽物の婚約者とも言っていたな、どういうことだ?」
めんどうなことをしてくれたわ。
どうしようか考えていると不意にカイゼルに腰を抱き寄せられた。
「ケビン皇太子でよろしいでしょうか?私はグラス王国第二王子カイゼル・ハイドラントと申します。セイランは今のダンスで少し疲れていまして、申し訳ないですが遠慮していただけませんか?」
「ハハ!本人は全く疲れているようには見えないが??一曲踊るくらい許容したらどうだ、器の小ささがこれ以上露見してはお前も困るんじゃないのか?それに……」
ニヤリと笑ってケビン皇太子は更に近づき、声を潜めた。
「もし、今お前達の婚約を無かったことにして俺が求婚したらどうなると思う?
片や王家かも疑わしい無能、片や隣国の皇太子、セイランが無能を選んだらこの国の貴族連中は国同士の軋轢を考えてどう思うだろうな?」
「…………」
ケビン皇太子は余裕綽々で、カイゼルは崖っぷちといった状態で睨み合った。
まずいわね。これ以上カイゼルの心象を悪くするわけにはいかないわ。
会場の真ん中を陣取ってしまっていることもあり、かなり目立っている。
そんな中、ケビン皇太子と睨み合うカイゼルに不信感をもつ貴族達の声も聞こえる。
「カイゼ」
「うわぁ!やっと来た!ケビン‼」
まさか、彼女に助けられる日が来るとは思わなかったわ‼
聖女リリアンが目を輝かせてウィリアムを置き去りにし、会場を突っ切ってくる。
わたくしは初めて晴れやかな気持ちで聖女リリアンがすぐに来ることを願った。
「フフフ!あら??聖女様ととっても親しいようですわね?お邪魔になるといけないわ、行きましょうカイゼル」
「あ、あぁ」
リリアンを怪訝そうな目で見るケビン皇太子を残しわたくし達は中心から移動した。
会場の中心から移動すると、早速貴族達が声をかけてきた。
「カイゼル殿下、お初にお目にかかります。私はグレシャム・レナスと申しまして」
「グレシャムと言うとあの国境付近に城を構えられているレナス卿でしょうか?」
「おや、私のことをご存じで?」
「はい、卿の領地にあるブドウは品質が良く、まだあまり知れ渡っていませんが品種改良されたロゼワインは格別だと聞いております」
「これは嬉しい!なんとそんな情報までお持ちとは‼いやはや、カイゼル殿下は眠れる獅子だったといったことでしょうか!」
「いやいや、そんな!」
「カイゼル殿下、私もご挨拶を――」
暗記の甲斐あって、カイゼルは淀みなく貴族達の情報を元に会話を進めていく。
多少の失敗はあったがまぁ、これでもうポンコツとは言われない。
ただ単に、今まで陛下に嫌われて人前に出なかったという認識になる。
あとはこの後、学園に編入してどこまで出来るかね!
わたくしが微笑みながらカイゼルを見ていると、ゾクッと背筋を撫でつける様な悪寒がした。
殺気とは違う、もっと異質な感じの気配。
嫌な気配がした方を向くと、丁度陛下が座っている目の前の広いスペースだった。
バチン‼パチパチ!と何かを強く弾く様な音と共に陛下の目の前に巨大な光る魔法陣が浮かび上がった。
ザワワワ‼と全身の毛が逆立つ嫌な感触の直後、魔法陣から何かが出現した。
いや、出現したと思う。
それは目には見えないが気配で分かる。
人よりも4,5倍大きく、うねうねと触手の様な物がついた何か。
「まさか……魔物⁉」
魔物は通常人の目に見える。
強い魔物だと魔法を使う場合もあり、この魔物は透明の魔法をもつのかもしれない。
ただ、物体を出現させる魔法なんて聞いたことが無い。
少なくとも今出現した魔法陣をわたくしは初めて見る。
わたくしが叫ぶと客達はカイゼル含めて不思議そうにこちらを見ている。
「セ、セイラン⁉どうしたんだ?」
「何を言っているの⁉魔法陣から何か出てきたじゃないの‼‼カイゼル!貴方は何も感じないのかしら⁉」
わたくしが怒鳴るとカイゼルは困った様に頬を掻いた。
「えっと、ごめん。分からない」
周囲を見まわしても、騎士数人、警備の衛兵も居るのに誰も気がついていない。
魔法陣は既に消え、見えない魔物だけがそこに存在し、会場の人間はわたくしに注目している。
次の瞬間、魔物がウィリアム殿下やケビン皇太子と一緒に居る聖女めがけて触手の様な物を放った。
「リリアン‼逃げなさいな‼‼」
「へ?何、バグ?」
リリアンはまた訳の分からない単語を言って、全く逃げようとしない。
わたくしはヒールを履いていてこの距離では間に合わない。
ふと、リリアンの後ろに静かに控えたオスカーと目が合った。彼も魔物には気がついていないがわたくしの様子に異常事態であることを察知しているらしい。
「オスカー‼防ぎなさいな‼‼」
オスカーに叫ぶとともに、近くにあったフォークをひっつかみ聖女に向かって投げる。
「は⁉ちょっ亡霊ちゃん⁉」
オスカーが剣を抜きわたくしが投げたフォークを防ぐが、同時にフォークよりもはるかに重い触手が彼の剣に当たりオスカーを吹っ飛ばす。
「これで分かったでしょう⁉魔物よ‼魔物がそこに居ましてよ‼」
わたくしは魔物の中心が居るところを指さしたが、オスカーの様子に周囲が静まりかえり、次の瞬間には招待客の誰もが金切り声を上げ、叫び、四方に逃げる大パニックになってしまった。
本当に誰も魔物の存在を分かっていないらしく、魔物に向かって逃げようとする貴族達も居る。
彼らは触手に捕まり、徐々に絞められている。
まずい、まずいわ!
「違う‼出口に逃げなさいな‼魔物はそこに居ましてよ‼‼」
魔物が出口付近を触手で壊したせいで、さらにパニックは広がる。
「悪女の言葉に従うな‼俺達をはめようとしているんだ‼‼」
出口付近が壊された拍子に誰かが叫んだ。
「違うわ‼わたくしは本当のことを言っていましてよ‼出口に向かって逃げなさいな‼」
どれだけ声を張り上げても、もう誰もわたくしの声を聞いてくれない。
不意にカイゼルに手を掴まれた。
「セイラン‼逃げよう‼」
「逃げる⁉でも今魔物の居場所が分かるのはわたくしだけ」
「お前を悪女と蔑み、馬鹿にしてきた連中だろう。自業自得ださっさと逃げるぞ」
ケビン皇太子は、元居た場所の方が出入口に近いのにわざわざこちらに来たようだ。
その後ろにはちゃっかり先日の騎士団長らしき男がくっついている。
流石というかなんというか、わたくしでさえ驚いているのに彼らは急いではいるが冷静そのものだ。
ウィリアム殿下や聖女、陛下は先に逃げられたらしく、外の護衛にまわっていた騎士達も室内に入り避難誘導しているが、彼らも魔物の気配は感じられていない。
ざっと見た限り、大隊長のアーロンやシリルなどはその存在くらいは気がついているが細かい触手などは直前で避けるので精いっぱいらしい。
騎士団長のアスランや副団長なら魔物を討伐出来るかもしれないが、大隊長含めて彼らは陛下や殿下、上位貴族を優先する。
本来、カイゼルとケビン皇太子も優先されるべきなのだが手がまわっていないらしい。
「姫さん‼やべぇことになってるな!逃げるぞ‼‼」
ライナスも中に入って来た。
カイゼルとケビン皇太子に手を引かれ、ライナスに誘導されて出口へ向かう。
その間にも貴族達は締上げられ、触手で殴打されている。
その中には学園や社交界でわたくしを蔑んでいた者達も含まれているのに、どうしても目を背けられない。
……あぁわたくし、最悪なことを思いついてしまったわ。
走っていた足を止め、わたくしは2人の手を弾いた。
「セイラン?」
「おい、さっさと逃げるぞ」
「ケビン皇太子はお逃げなさいな……カイゼルごめんなさい。貴方の頑張りの全てを踏みにじってしまうわ。わたくしの最後の我儘だと思って許して頂戴な」
「セイラン?何を言って」
カイゼルがもう一度伸ばしてきた手を避け、わたくしは彼の懐に入り鳩尾を深く膝蹴りした。
「ゲホ‼」
カイゼルは唾液をまき散らし、そのままわたくしの肩を持ちながら気絶して崩れ落ちた。
「ちょっ姫さん⁉」
「ライナス!カイゼルとケビン皇太子を連れて行きなさいな!」
ライナスは目を見開いて驚き、わたくしに魔法を使った。
全てを知ったようで、渋々頷くとすぐにカイゼルを担いだ。
「姫さんこれ持ってけ、無茶はすんなよ」
彼は腰に差していた剣を貸してくれた。
こういうとき、ライナスの魔法は便利ね。
ケビン皇太子はこんな時なのにわたくしが何をするのか気になる様でその場を動かない。
逃げようとしない者にかまっている暇はないので無視し、わたくしはヒールを脱いで、カイゼルに贈ってもらったドレスに剣で動きやすいようにスリットを入れる。
そして魔物に向かって走りだし、近くにあったテーブルに足をかけて魔物の中心らしき場所に跳び乗った。
着地の反動も使って勢いよく剣を突き立てると魔物は叫びこそしなかったがうねり、掴んでいた貴族達を離した。
初めて生き物に剣を突き立てた感触は気持ちの良いものではなかったが、うねり、わたくしに向かってくる触手を避けて魔物から飛び降りる。
締上げられた貴族達は咳き込んでいるので息をしていることに安堵し、わたくしは笑った。
「キャハハハハハハ‼‼‼キャハハハハハハ‼キャハハハハハハハ‼‼‼」
出来るだけいかれた女に見える様に甲高く、異常に笑う。
その様子はこの混乱の中でも目立つらしく貴族や騎士、衛兵、貴族達の従者に使用人、全ての者がわたくしを捉えた。
今ね。
テーブルに飛び乗り、腹に渾身の力を込めてわたくしは言い放った。
「なんて素晴らしい光景なのかしら‼わたくしを蔑んだ人間が‼わたくしの魔法で逃げ惑うなんて‼‼
ほら!もっと〝わたくしから〟お逃げなさいな‼遅い者から殺していきましてよ‼」
テーブルの上で踊る様にくるりと舞い、触手の動きに合わせて手を振り上げた。
わたくし以外には見えない触手が使用人らしき男の目の前に大穴を空ける。
「キャハハハハハハ‼‼‼惜しいわね‼もう少しでしたのに!」
テーブルの上を上機嫌に跳ねまわり、舞い踊る。
「あ、悪女だ……」
誰かが言った。
「フフフ!今気がつきましたの?わたくしは他者を傷つけることを好む最低最悪の傲慢悪女でしてよ‼キャハハハハハハ‼‼」
「うわあぁぁぁああぁ‼‼悪女から逃げろ‼殺されるぞ‼」
散り散りに目的なく逃げ惑っていた者達が一直線に壊れかけの出入口を目指した。
……これでいいわ。
目的通りにことが運んでいるのにとても悲しい。
カイゼル、ごめんなさい。
こんな騒動を起こした女を愛し、婚約者にしていた貴方はもう社交界に出られないかもしれない。
でもわたくし耐えられなかったの。
だって彼らもわたくしの愛する騎士団が守るべき人達だと、気がついてしまったから。
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