25話 あら、歩けるじゃない
「???いや、私は……」
カイゼルにお礼を言われたウィリアム殿下はきょとんとしている。
カイゼルは公の場では私、私的な場では俺と使い分けることにしているらしく、彼が一人称を私と言っていると違和感しかないが、思いのほかカイゼルの対応が落ち着いて王族らしいためわたくしも嬉しくなってしまった。
周囲では先ほどよりもざわめきが大きくなっており、カイゼルの発言が瞬く間に広がっている。
フフフ!順調ね‼
さっきのリリアンのカイゼルに対する態度は殺意を覚えたが、今日は光の魔力をもつケビン皇太子が来るため闇の魔法はバレない様に使わないはず。
カイゼルが何度も練習したやりとりにわたくしが水を差すわけにはいかない。
もし、使ったとしても今回わたくしは全力でリリアンを警戒している。
いくら闇の魔法は見えなくとも誰かを害しようとした瞬間に気配は揺らぐものだ。
この状態でわたくしに気づかれずに魔法を使うなど騎士団長のアスランでも至難の業。
「小芝居?さっきからお前は何を言っているんだ??私はその女が悪女だったから」
「えぇ、分かっています。お優しい兄上のことですから否定されると思っていました。でもお礼だけは言わせてください!おかげで私はこんなにも美しく、気高い最高の女性の婚約者になれました」
ウィリアム殿下に話しかけながらも最後の方はうっとりとわたくしを見つめる。
ちょっと今は止めて頂戴な!集中が切れてしまうわ!
心の中で思いながらもカイゼルに微笑み返し、ウィリアム殿下にも目を向ける。
「そうですわね、お芝居だとは知らず驚きましたけれどカイゼルは最高の男性でしてよ。今ではわたくしもカイゼルが婚約者でよかったと思っております。お礼を申し上げますわ」
わたくしが片手はカイゼルに添えながら、少し膝を折り曲げて淑女の礼をするとウィリアム殿下は目が零れ落ちそうなくらいに見開いて驚いている。
そんなに驚くなんて失礼じゃないかしら‼
わたくしだってお礼を言うときくらいありましてよ!
……あら?でもウィリアム殿下には言ったことが無いかもしれないわ?
もちろん、ウィリアム殿下がわたくしとの婚約破棄をしたのはカイゼルのことなんて関係ない、真っ赤な嘘だ。
「やっぱ姫さんが殿下に押し付けられたって感じが印象良くないですよね」
もう三か月も前の話、ライナスが社交の暗記練習中に言った。
「そうだな、俺としてはセイランには悪いけど最高の結果だったと言える、ただ周りはそうは見ないな」
「ウィリアム殿下が教室で言わなければ、ここまで話が広がらなかったかもしれないけれど、今なっては訂正することは不可能ね」
ビターチョコチップマフィンを頬張りながら言うと、ライナスはにやりと笑った。
「ところがどっこい!こういう時こそ話題づくりに最適なんだよな!」
「「?」」
「ウィリアム殿下は姫さん達も知る通り、成績優秀なうえに人柄がとても良く人望がある。
そこを逆手に取るんだ!……例えばそうだなぁ、カイゼル殿下が以前から姫さんのことを好きでそれを知ったウィリアム殿下が一芝居打って身を引いてやった!とか??」
「いいな!それ‼」
カイゼルはわたくしの婚約破棄の件を気にしていたらしく、下手をすれば兄の婚約者に懸想していたふしだらな男になってしまうのにすぐに承諾してくれた。
そして、この現在のやり取りに至る。
おかげで周囲も、婚約破棄の件がウィリアム殿下の優しさからきたものだと勘違いしてくれている貴族もちらほら出てきている。
それに、この流れでお礼を否定しようものなら……。
「え?何それ‼セイラン様が悪女だったからウィルは婚約破棄したんでしょ??騙されちゃだめだよカイゼル‼」
全く空気を読めていないリリアンがまたしても呼び捨てにし、更にカイゼルに触れようとしてきたためわたくしは扇を閉じてその手をピシリと撥ねのけた。
「痛っ!見た⁉皆見たよね?セイラン様が私に」
「お黙りなさいな‼一度ならず二度までもわたくしの婚約者を呼び捨てにするなど!あまつさえ許可なく触れるなどマナーがなっていないのではなくって⁉」
「そうだな、それに今の聖女様の話だとまるで兄上が、マナーが行き届いて既に妃教育も進んでいるセイランを自分の好みだけで婚約破棄したみたいに聞こえますよ!
兄上はお優しく、誰にでも公平な人格者です。その兄上が王族の婚姻に自分の好みを入れるなんてあるわけが無い‼
ですよね、兄上?」
カイゼルにしては珍しく、眼をギラギラさせてウィリアム殿下を睨んでいる。
そしてこう言われてしまうと、ウィリアム殿下は肯定するしかない。
「そうだな、カイゼルには気づかれない様に事を進めていたのだがバレてしまったか」
「いえ、気がついたのは偶然です。セイランの婚約者になるなんて私には都合が良すぎるし、親切な友人が教えてくれたもので……」
実際のところこの話は作り話だし、親切な友人とはライナスのことなのだが、これを外側から聞いている人間には、違った様に聞こえる。
カイゼルが学園、もしくはウィリアム殿下陣営に間者を気づかれずに送っているやり手なのでは?といった印象を与える。
ウィリアム殿下は歯を食いしばり、ギリッとカイゼルを見た。
カイゼルは内心緊張していそうだが、傍から見るとウィリアム殿下の反応などどこ吹く風だ。
フフフ!いい調子ね‼‼
リリアンもウィリアム殿下に裏切られたのがショックなのか、固まっている。
会場がまたざわめき、陛下が入場された。
「陛下も参られたことだし、私達はこれで失礼する」
「え?でもウィル!」
ウィリアム殿下は余程逃げたかったのか、すぐに話を切り上げると陛下の元にむくれているリリアンを連れて挨拶に行ってしまった。
わたくし達もその後に続く。
「ウィリアム、よくぞ聖女を見つけた。やはりお前は出来が違う」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。これも全て父上の教えの賜物でございます」
ウィリアム殿下の挨拶が終わり、次はいよいよわたくし達の番だとカイゼルと共に前に進んだ途端、陛下は立ち上がりわたくし達を無視して後ろの宰相子息に話しかけた。
「宰相から優秀だと聞いている、そのまま精進するように」
「は、はい!精一杯尽力させていただきます‼」
その様子にわたくしはカッと頭に血が上り、陛下に進み出ようとした瞬間にカイゼルに腕を引っ張られた。
「いい、大丈夫だからやめてくれ…………陛下相手じゃ俺はセイランを守れない」
ボソッと小さく暗い声で告げると、そのままわたくしの手を引いて陛下と真逆の場所まで来てしまった。
「カイゼル‼‼貴方はあれでいいのかしら⁉」
周囲もカイゼルに対する陛下の反応を見てまたこちらを見下し始めている。
カイゼルも唇を噛んで俯いてしまった。
「………………」
しばらく無言のままカイゼルは壁を背に俯いていた。
陛下への謁見も終わり、ダンスの音楽が鳴り響く。
「カイゼル、貴方夜会が終わるまでそうしているつもりかしら??」
イライラとしながら話しかけるとカイゼルはビクリと肩を揺らした。
「…………やっぱり俺はポンコツなんだ、セイランもライナスもサマンサも皆協力してくれたのに……ごめん……」
「……そう、もうどうでもいいわ」
わたくしはカイゼルの足を引っかけて派手に転ばした。
驚愕の表情でわたくしを見つめる彼を思い切り見下す。
「貴方を信じたわたくしが馬鹿でしたわね。気分が悪いわ!わたくし、適当にその辺の男と遊んで帰るから貴方はさっさと帰りなさいな!目障りでしてよ‼」
言い放つとわたくしはさっきからいやらしい目線でこちらを見ていた男の元に歩いて行く。
「ま、待って‼セイラン‼」
「あら、歩けるじゃない」
「……え?」
振り向くと、カイゼルはわたくしを追いかけて立ちあがり2,3歩、歩いている。
わたくしは少し戻り、カイゼルの頬にそっと手を添えた。
「カイゼル・ハイドラント!貴方は一度の失敗で折れる程の弱者かしら??
わたくしがこの数か月見てきた貴方はダンスも勉強も剣術も!どれだけ転がろうとも失敗しようとも、立ち上がり挑戦して成功を重ねてきた強者に見えたわ!
わたくし、弱者の婚約者はいらなくってよ??」
「……セイラン、やっぱり君はかっこいいね」
カイゼルが泣きそうに眼を潤ませて微笑んだ。
「当たり前でしてよ‼わたくしは傲慢で強くて綺麗でカッコいい、最高に気高い悪女なのだから‼‼」
「うん、そうだね」
カイゼルは零れ落ちそうだった涙を拭き、わたくしに跪いた。
「誰よりも純粋で美しく、強く気高い私の毒花、私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
ふわりと笑ってカイゼルの差し出した手に自身の手を添えると、周囲の人間は固まって沈黙した。
何かしら?こんなこと前にもあったわね?
訝しんでいると、カイゼルが囁いてきた。
「セイランはそういう笑い方をすると悪女というより天使みたいで本当に綺麗だから、驚いているんだよ」
うっとりとしてわたくしを見つめてくる。
「あら、調子出てきたじゃない??」
「おかげさまで」
カイゼルのエスコートでそのまま中央の空きスペースに行き、ダンスの姿勢で組み合う。
「準備は良くって?」
「あぁ!多少失敗はしたけど、ダンスの成果を見せよう!」
二人で音を聞いて、区切りの良いところから踊りだす。
わたくしが周りを見つつ、軽やかにステップを踏む。
彼の腕の中を通り、回ると男性陣の視線が強まった。
すかさず、カイゼルがまたがっちりと腰に手を当てて引き寄せてくる。
「セイラン、頼むからこれ以上男を夢中にさせないでくれ」
「あら!無理な話ね‼だってわたくしは」
「「絶世の美女でしてよ‼」」
カイゼルが声を被せてきたことに驚き目を瞠ると、彼はいつもの調子で優しくはにかむ。
やっぱりわたくし、カイゼルのことが好きだわ。
どこが、と言われても一つには絞れない。
それだけ彼は欠点も多いけれどそれ以上に美点も多い。
楽しく、周りを上手く魅了出来たダンスが終わると、カイゼルはなぜかわたくしの後頭部に手を当てて引き寄せてきた。
そして、額に柔らかな彼の唇が押しつけられる。
「えぇ⁉カ、カイゼル???」
「ハハ!この様子のセイランを他の人に見せるのは惜しいけど、これくらいで赤くなる君を誰も男好きなんて思わない。
君は気にしていない様に見えて嫌な噂だったんだろう?
セイランが俺を助けてくれる様に、俺もセイランの助けになりたい。いつも、心の底から愛しているよ俺の毒花」
じんわりと喜びか幸せか、温かい何かが広がる。
あぁわたくし、今だったら言える気がするわ。
「フフフ!わたくしも」
〝愛しているわ〟
言おうとした瞬間、音楽も、カイゼルとの温かい空気も全てを切り裂く様な乾いた拍手が聞こえた。
拍手をしているのはたった一人、気配で誰かは既に分かっているがわたくしは振り向いた。
そこには尊大な笑みをたたえた銀髪に水色の瞳の美男子、ケビン皇太子が居た。
「やぁ、偽物の婚約者とはいえ素敵なものを見せてもらった。では次は俺と踊ってくれるかな?俺の運命の姫君」
にっこりと嫌味なほどに女性受けする顔でケビン皇太子はわたくしに手を差し出してきた。
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