22話 恐怖と安心
「殿下、負けをお認めになったらいかがかしら??」
わたくしが悠然と見下ろすと、殿下はただハクハクと口を動かしただけで言葉になっていない。
「何かしら?はっきりおっしゃいなさいな‼」
「……嘘だ、何かの間違いだ…………私の魔法が…………また卑怯な手を」
「プ!アッハッハッハ‼往生際が悪いなぁウィリアム!素直に負けを認めたらどうだ?」
豪快に笑いながらケビン皇太子はゆっくりと歩いて来た。
「う、うるさい‼違う‼‼この勝負は無効だ‼私の魔法が‼‼王族の魔法が剣一本で女に防がれるなど」
「黙れ」
ウィリアム殿下が喚き散らす中、地を這うような低い声で一言ケビン皇太子が告げた。
大きい声では無いのに不思議と耳に入り、ウィリアム殿下はもちろん、わたくしまで一瞬ビクリと肩を揺らしてしまった。
ケビン皇太子はウィリアム殿下を冷たい視線で一瞥する。
「俺は今最高に気分が良いんだ、害するな。お前は実戦でも同じことを言うのか?」
「…………」
驚愕の表情で固まってしまったウィリアム殿下を確認すると、またケビン皇太子はまたニヤついた顔に戻り、わたくしに向かって歩を進める。
王族としての格が違うわ。
異様な緊張感の中、わたくしは不意に後ろに気配を感じて飛びのくと、後ろにはパース帝国の騎士団長と思われる男が立っていた。
男はわたくしが飛びのいたことに驚いたのか目を見開いている。
「ハッハッハ‼やっぱり最高だな‼セイラン!」
すっと隣まで来ていたケビン皇太子が右手を差し出してきた。
「な、何かしら?」
手を置いて欲しいことはなんとなく分かるがする意味が分からない。
「いいから手を出せ」
言われて、はい分かりましたと差し出す性格ではないが、いくら待ってもケビン皇太子はそのまま動こうとしない。
根負けして恐る恐る左手を出すと、するりと手袋を外されて手の甲にキスをされた。
ビクリと震えると、それを見たケビン皇太子の瞳が光りそのままペロリと手の甲を舐められる。
「ニギャアアアア‼‼」
「アッハッハッハ‼‼何だそれは!もうちょっと色っぽい声は出ないのか?」
突然のことに動揺して令嬢とは思えない声が出てしまった。
訳が分からず勢いよく手を引くとその左手にはケビン皇太子の瞳と同じ水色の宝石がついた指輪がはまっていた。しかも薬指に。
「運命を感じた、結婚してくれセイラン」
運命⁉本の中ではあるけれど素で言っている人は初めて見たわ⁉
「貴方、頭は大丈夫??わたくしカイゼルの婚約者でしてよ?」
間の抜けた声で返し、すかさず指輪を外そうとするが手を握られてそれを防がれる。
普段なら手を掴まれることなど無いが、いかんせん動揺しすぎて注意力が散漫になっていた。
「ちょっと‼‼離して頂戴な‼」
真っ赤になって手を引こうとするわたくしを、ケビン皇太子の瞳と手が離さない。
「まだ婚約の実態に気がついていないのか??純粋というかなんというかちょっと心配になるな………なぁ?ウィリアム??」
完全に気を抜いてこちらの様子を見ていたウィリアム殿下は名を呼ばれて我に返ったらしい。
だらしなく空いていた口をグッと噤んで何も言わない姿勢をとった。
「……婚約のことで王家にはめられたことなら知っていましてよ。でも証拠が」
「ある、と言ったらお前は俺と結婚するか??」
ニヤリと悪い顔でケビン皇太子は笑った。
「え……」
…………証拠が、ある?
わたくし、カイゼルと結婚しなくてもいいの??
そんな可能性などとうの昔に頭から消し去っていた。
でも心の中で呟いた瞬間に自分の思いに気がついた。
わたくしはケビン皇太子の手を握り返して、思いきり引き寄せる。
グッと顔を近づけてその美しい瞳を睨みつけた。
「見くびらないで頂戴な‼‼‼例え始めがどうであれカイゼルはもうわたくしの唯一無二の婚約者‼婚約がもし無くなるというならわたくしから申し込むまででしてよ‼‼」
カッと目を釣りあげて言うが、ケビン皇太子には効果が見られない。
彼はただ目を瞠り、ククッと笑って手を離した。
「ハッハッハ‼‼流石は俺の女だ!そうこなくてはな!」
「誰が貴方のものですか‼わたくしはカイゼルの婚約者でしてよ‼」
「今は、な。だが〝役目〟を果たすためにはどうしたって俺と関わることになる。それが最善の道だからな」
更に顔を近づけて耳元でぼそっと言われた役目という言葉に驚き目を見開くと、彼は満足そうに眼を細める。
「やっぱりな、だから言っただろう?運命を感じたって」
役目……わたくしの役目はグラス王国を壊すこと。
そんなことするわけないと思って倒れてから考えることを放棄していた。
だって、いくら王家が嫌いでもわたくしはこの国が好きだ。
この国の騎士団の皆に育ててもらった様なものなのに、わたくしが本当に国を壊す存在なら……。
ザワリと嫌な生暖かい風が吹いた。
わたくしが何も言えないでいると、ニヤニヤしながらウィリアム殿下に聞こえない様に小声でケビン皇太子が続ける。
「セイラン、自分で気がついていないのか??
お前のその気配を読む勘の鋭さは剣とは関係なく異常だ。まるでずっと戦場に身を置いているようだな?
それに強くなることへの執着もいきすぎている、ただの令嬢がドラゴンに笑いながら向かっていくか?
まるで、途方もない強敵でも倒す予定がありそうだな?」
「貴方……何を知っているの?」
何かに急き立てられている様に早く強く心臓が鳴り響く。
自分の行動が全てこの皇太子には見透かされているようで恐怖を覚えながら、わたくしが掴まれていた手を握ると、ケビン皇太子はフッと笑って手を離した。
「さぁな、セイランが俺の妃になるなら思い出すかもしれないな」
「…………そんなことありえなくってよ。これも返すわ」
指輪を抜き取り、ケビン皇太子に渡すと彼は案外すんなり受け取ってくれた。
「俺は今日国に帰るが気が変わったらいつでも言え!ウィリアム!帰るぞ‼」
ウィリアム殿下はもたもたと立ち上がり、ケビン皇太子についていったが途中でピタリと止まって振り向いた。
「…………私の負けだ」
あら、そういえば言ってもらってなかったわね。
何となくの恐怖を感じながら湯あみなど朝の支度を行い、学園に行った。
そしていつもの様にリリアン達が近づいて来る気配がすると、それに合わせて離れる。
『セイラン、自分で気がついていないのか??
お前のその気配を読む勘の鋭さは剣とは関係なく異常だ。まるでずっと戦場に身を置いているようだな?』
…………。
今朝のケビン皇太子の言葉が思い出されて、わたくしは思わず自分の両腕を抱きしめて蹲ってしまった。
とても、言い表せないくらいの実態の無い恐怖。
まるで自分のしてきたことが全て誰かに操られているかの様な嫌な感覚。
何とか学園を終えてカイゼルの居る王宮に向かうと、なぜか通されたのは厨房だった。
入ってみると焦った様子でライナスがこちらに駆けてくる。
「姫さん!殿下を止めてくれ‼昨日の夜からずっとあの調子なんだよ」
ライナスの後ろをひょいっと除くとそこではカイゼルが作業台一面にお菓子を並べ、甘い香りを漂わせながらお菓子作りをしていた。
ただし、号泣して独り言を垂れ流しながら。
「うぅっ、グスッ!……エグッ‼うぅ、絶対嫌われた、嫌われた……でもセイランが居ないのは無理だ……うぅ‼」
…………懐かしいわね、この感じ。
布団に包まっていないだけ成長したのか、はたまたわたくしのために大量のお菓子を作ってくれているのか。
思わずクスッと笑ってしまって、一瞬にして緊張が解れたのが分かった。
わたくしは悪戯心が芽生えて、カイゼルに見つからない様に音と気配を消して近づく。
「グスッ‼うぅ……嫌われた、絶対嫌われた」
「あら、嫌っていなくってよ?それよりもお菓子に鼻水が入らないか心配だわ」
「うぅ!……絶対嫌われたんだ‼鼻水はちゃんと気をつけてる……え??セ、セセセセイラン⁉」
カイゼルは振り返った拍子に作業台にぶつかり、かき混ぜていたボウルを落としてしまった。
すかさずわたくしは中身がこぼれないように空中で受け止め、台に置く。
彼の顔は本当に徹夜でお菓子作りをしていたのか、一日で隈が出来ている。
「カイゼル、貴方もしかしてわたくしの婚約書類の証拠のこと知ってたのかしら?」
わたくしに不利なもので、カイゼルがどうしても言えなかったこと。
そして今日のケビン皇太子の話をつなぎ合わせて聞いてみると、分かりやすくカイゼルは狼狽えた。
「あ……その…………」
最後までカイゼルの言い訳を聞かずにわたくしは彼に抱き着いた。
「セ、セセセセイラン⁉」
「黙っていたことを悪いと思うならわたくしを慰めなさいな!」
「え⁉慰める⁉何が……」
「いいから慰めなさいな!悪女の命令でしてよ‼」
カイゼルはまだ訳が分からないといった状態だったが恐る恐るわたくしを抱きしめて頭を撫でてくれた。
慣れていないせいで、頭に触れるのが不規則でちょっとくすぐったい。
しかも湯あみもしていない様で汗臭いし、どれだけお菓子を作っていたのか鼻をつくほどに甘ったるい匂いが汗の匂いと混じってちょっと変な匂いになっている。
でも、その腕の中はドキドキする反面どうしようもなく安心して居心地が良かった。
やっと落ち着けた気がするわ。
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