21話 素敵な贈り物
早朝、剣の相手が居ないモヤモヤと、昨日のカイゼルやライナスに対する苛立ちを抑えようと素振りをしているとハンナが慌ててやってきた。
「セ、セセセセイラン様‼‼来客です‼‼」
「は??この時間に?」
皇太子(仮)とはいえ、常識が無さすぎないかしら??
普通の令嬢は起きているかどうかも怪しい時間よ?
今度は身元保証人も連れてくると言っていたから、いくら怒っていても彼の対応をしなければならない。
わたくしが剣を握れるのは朝しかないのに‼‼‼
沸々と怒りに燃えながら屋敷に戻ろうとすると、ハンナが待ったをかける。
「セイラン様‼昨日の方パース帝国の皇太子でした!セイラン様がここで素振りをされているのも知っていてここで待つようにとのことです、そのままの恰好で!」
「はぁ?わたくし男物の服を着ているのだけどこのままでいろと?」
ハンナは強く頷くと共に、時間が惜しいのかわたくしの髪だけを大急ぎで丁寧に結びなおし、汗を拭いてくれた。
「それとですね!一緒に来た方がなんとウィリアム殿下だったんですよ‼」
「は??ウィリアム殿下⁉」
驚き過ぎて、さっきからハンナの話に『は?』とばかり返してしまっている。
しばらくすると、昨日の自称ケビンが今日は美しい銀色の髪を煌めかせながら笑顔でやって来た。
隣にはわたくしと同じ様に、動くことのみに注視した格好で刃を潰した剣を持ちながら歩いて来る仏頂面のウィリアム殿下、その後ろを昨日の男が団服を着てついてきている。
「昨日ぶりだなセイラン、今日からは名無しの男ではなくパース帝国の皇太子ケビン・マルティネスとして会おうと思う。〝今まで通り〟気軽にケビンと呼んでくれ」
「……どこからツッコんでいいのか分かりませんが、まずわたくしは名前で呼ぶことを許した覚えはなくってよ?マルティネス皇太子」
通常ファーストネームであるケビン皇太子と呼ぶのが当たり前だが、わたくしはあえてマルティネス皇太子と呼んだ。
「セイラン・アーヴィン‼お前ケビンにまで迷惑をかけているらしいな、リリへの謝罪にも現れないし、いい加減に令嬢らしくしたらどうだ!」
ウィリアム殿下は憎々し気にわたくしを見た。
「は?」
本日4回目のは?である。
さすがにこの短時間でここまで言ったことは無い。
というか、迷惑をかけられているのはこちらであって、わたくしは迷惑をかけた覚えは無い。
多少の反撃はしたが、それは彼がカイゼルを馬鹿にしたからで迷惑の範疇ではない。
学園でリリアンに、先日の一件を謝罪するなら全て水に流すとして呼び出されていることに関しては確実に罠なので丁重にお断りして、彼らの気配がするとさっさと逃げている。
「まぁまぁウィリアム、彼女も事情をよく分かっていないみたいだ。少し素振りでもして体を温めてきたらどうだ?」
「あぁそうだな、ではそちらの準備が終わったら言ってくれ」
ウィリアム殿下は少し離れて素振りを始めてしまい、ケビン皇太子がさらにわたくしに近寄って来た。
「いやぁ、驚かせてすまない!先ほども言ったが俺のことはケビンと呼んでくれ、敬語敬称も必要無い」
「わたくし、貴方と親しくなるつもりはありませんわ。お引き取りを」
流石に今回は皇太子として来ているので丁寧に言うと、ケビン皇太子はククと笑って耳元に囁いてきた。
「まぁ聞け、俺が一年前からセイランに剣を教えてことになっている、そして最近強くなりすぎて困っているからウィリアムに灸をすえて欲しいと頼んだんだ」
わたくしは目を瞠った。
令嬢が剣を扱うというのも問題だが、公爵家の令嬢に剣を教えたなど周囲から反感を買う可能性がある。
女、しかも令嬢に剣を持たせるなど何事かと。
ましてやウィリアム殿下はケビン皇太子から見れば別の国の人間だ。
不名誉になりかねない情報をわざわざ作るなどどうかしている。
わたくしが凝視していると、ケビン皇太子はフッと不敵に笑う。
「俺くらいに権力と人脈を作ってしまうとそんな他愛も無いこと、いくらでも賞賛に変えられるのさ。
公衆の面前で婚約を破棄されたそうじゃないか、思う存分叩きのめすと良い」
美しい水色の瞳は愉快そのもので、わたくしがウィリアム殿下をどう潰すのか早く見たいと言っている。
思わずその様子に笑ってしまった。
「フフフ!貴方、友人を生贄にする気??」
「友人とは時に利用しあう仲のことを言うものだ。それにこれは単なる贈り物、生贄とは物騒なことを言う」
ククッとケビン皇太子は悪い顔で笑った。
昨日は怒りを覚えた顔が、今日はそうでもなく見えてしまうのだからわたくしの単純さには呆れてしまう。
「俺が教えたことになっているんだ、中途半端は許さない!いいな‼」
「あら?わたくしを誰だと思っているのかしら」
フフンと顎を上げて言い放つとそれを見た水色の瞳がまた目を輝かす。
「騎士団の亡霊、最低最悪の傲慢悪女、そして俺の妃になる女だな」
「は?」
最後の部分に否定しようとしたところで、ケビン皇太子はさっさと歩いてウィリアム殿下を呼びに行ってしまった。
『……その……きゅ、求婚されたりしたら、どう思う??』
二カ月前のカイゼルの言葉が思い出された。
……いえ、無いわね。わたくしはカイゼルと婚約をしている。
彼以外を選ぶ気は無いし、彼も婚約を破棄したりはしないと言っていた。
今のは冗談、そう自分に言い聞かせてウィリアム殿下と向かい合った。
「殿下‼わたくしには魔法有りでよろしくてよ!勝敗はそうね、負けを認めるか寸止めでいいんじゃないかしら??」
「……ケビンの言う通り調子にのっているらしいな、勝敗はそれでいい。来い!現実を教えてやる‼」
ウィリアム殿下は剣技に関してとても優秀だと言われている。
……ただしそれは、あくまでも『王族として』と前置きがつくぐらいだ。
わたくしは一足飛びで距離を詰め、力を込めてウィリアム殿下の剣を弾いた。
キィン!と軽い金属音が響いて、軽やかに殿下の手から剣は飛んでいく。
殿下は起きた出来事が受け入れられないのか、剣を構えた状態のまま剣がさっきまであった手を見つめて呆然としてしまっている。
「あら?殿下、剣はちゃんと握っていませんと!基本中の基本でしてよ‼‼」
わざとらしくコロコロと笑い、弾いた剣を指さす。
「取ってきなさいな!まだまだ勝敗はついていなくってよ‼」
何度かそのまま打ち合い、完全に攻守は逆転していた。
ウィリアム殿下が力任せに振りぬき、それをわたくしが小さい音しか鳴らないほどに全ての力を受け流し、足を引っかけるなどして軽く体勢を崩させる。
「クソッ!クソッ‼っ何で‼‼‼」
汗を流し、焼け野原に転がされたことで美しい姿が泥まみれになってしまっている。
いくらでも首や胴を狙えるタイミングはあるのだが、わたくしは彼が起き上がるまでただじっと見下ろして待つ。
まだ、決定打は与えない。
「卑怯だぞ‼‼これは剣の試合だ‼足をかけたり避けるなど卑怯者のやることだ‼‼ちゃんと打ち合え‼‼力で勝負しろ!」
「あら、これは剣術ではないのね、師匠から教えてもらった通りにやったのだけど、師が悪いのかしら??」
チラリとわたくしがケビン皇太子を見ると、ウィリアム殿下は真っ青になった。
そう、わたくしの剣術を否定することはケビン皇太子を否定している様なものだ。
「いや……その……」
「プッ!アッハッハッハ‼‼‼やっぱり最高だなセイラン‼‼」
しどろもどろになっているウィリアム殿下とは正反対に豪快に笑い転げるケビン皇太子。
……やっぱり師が悪いと言った方がいいかしら。
わたくし、呼び捨てを許していないわ。
気を取り直して、わたくしは本気でウィリアム殿下に構えた。
「殿下!わたくしを卑怯だと言うのなら魔法をお使いなさいな‼始めに言いましてよ‼わたくしには魔法有りだと!」
ここまで殿下を生殺しで虐めていたのはただの弱い者いじめからではない。
いえ、鬱憤を晴らすためというのもあるけれどいくら憎い相手だからと言っても剣に関して弱者をいたぶる趣味は無い。
わたくしは強者だ、そんなことをする必要は無い。
それでもここまで引き延ばしたのはウィリアム殿下の魔法を潰してみたかったから。
王族の魔法を受けるなど滅多にない機会だ。ぜひ体験して叩き潰したい‼
ウィリアム殿下はしばらく考えた後に意を決して腕を軽く振り上げた。
彼を囲う様に炎がパチパチと舞い、その炎が渦を巻いて大きくなる。
公爵家の屋敷よりも大きくなった渦は殿下の頭上で球体になり、中から一気に弾け飛んだ。
「ハッ!規格外ね‼‼」
弾け飛んだ火の粉を避けながら、わたくしは球体から出てきたそれを凝視した。
授業では何度か見たことがあったが、この至近距離で見るとその存在感に感動すら覚える。
殿下の頭上では炎で作られた一頭のドラゴンが強く羽ばたき他者を威嚇していた。
ゾクゾクゾク‼と全身に震えが走る。
どうすればアレに勝てるかしら⁉
出来れば殿下の集中を削ぐ以外の方法で倒したいわね‼
狙うとすれば首、腕、翼の付け根といったところだろう。
炎や水や土で作られた高密度の物体は往々にして斬られると、そこから魔力の流れを断ち切られて一瞬崩れてしまう特徴をもつ。
ただしわたくしが持つ剣は鋼。
炎を斬ればそれだけ熱が伝わってくる。
勝負は一瞬、それもすぐに剣から手を離さなければ火傷をしてしまう。
危機的状況なのに思わず笑みがこぼれてしまう。
最近のモヤモヤが全て吹き飛ぶほどに高揚して、心からわたくしはこの戦いを楽しんでいた。
「来なさいな、叩き斬って差し上げましてよ‼‼」
グッと剣を持つ手に力を込めて殿下に告げると殿下は目を瞠った。
「いかれているのか⁉この魔法が見えるだろう‼‼君は魔法が使えない‼」
「問題無くってよ‼‼今ここで止めるなら代わりに殿下の大切な聖女を斬りますわ‼‼」
殿下は忌々し気にわたくしを見て、振り上げていた手を前に突き出した。
ドクドクと心臓が脈打つ。
狙うは首!その一点のみ‼
ドラゴンは正面からわたくしめがけて地面すれすれに滑空してきた。
わたくしは姿勢を普段よりも低くして、ドラゴンの大きく開いた口を避けその下に潜り込む。
大きな顎が通り過ぎたその瞬間!一気に足に力を込めて首を叩き斬る。
剣からはすぐに手を離すと次にはもろく崩れたドラゴンの胴体部分の火が襲い掛かってくる。
「フフフ」
楽しすぎて笑ってしまう。
こんな意思の無い崩れかけの火、我が敬愛する師匠、アスランの炎に比べれば弱い所を見つけて潜り抜けるなど朝飯前だ。
わたくしは目の前が燃え盛るなか、弱い箇所を見つけて一気に走り抜け、ウィリアム殿下の元までたどり着くと、呆けて力の入っていない殿下の剣を蹴り飛ばした。
全身に力が入っていなかったのか殿下は剣を蹴られた反動で尻餅をついてしまった。
わたくしは悠然と女王の様に彼を見下ろす。
「殿下、負けをお認めになったらいかがかしら??」
面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>
既にしていただいた方、ありがとうございます‼




