20話 隠しごと
「貴方にお会いしたかった、愛しい人」
ケビン・マルティネスと名乗った美男子はにっこりとわたくしに笑いかけた。
「…………わたくし達、初めて会うのではないかしら?どなたかとお間違いでなくて??」
じっとケビンを見つめると彼は突然笑い出した。
「プッ!アハハ‼いや失礼、貴方が私の護衛ばかりを見るものだからつい遊んでしまいました。本物の皇太子はたしかに水色の瞳ですが髪は銀色ですよ」
ほらと彼は自身の髪を持ち上げるが、わたくしは彼に対してさらに不信感が増してくる。
笑って冗談を明かしている様に見えて彼は嘘をついている。
彼の髪は緑色には見えているが本来緑ではない。
わたくしも偶に使っている染髪料の匂いがほのかにしているのだ。
皇太子の名前を偽証するのは不敬罪にあたる、そんなことを初対面の人間にするなど気が触れているか、本人と親しいか、本人しか考えられない。
それについ喜んでしまったが後ろの護衛の男の強さで茶色い髪に黒い瞳、そしてこの年齢、確かパース帝国の騎士団長がそんな見た目らしいと聞いたことがある。
それに立ち方も団服を着ていないだけで騎士のそれだ。少し、崩そうとしているがそれでも傭兵や腕に憶えがあるだけの者達とは違う無駄に綺麗な立ち方をしている。
自称ケビンもかなり上等な服を着ていて、冗談の様に言っているが本当に皇太子かもしれない。
「……そう、どちらでもよくってよ。わたくし忙しいのお帰り下さいな」
わたくしが扉を開けて促すが自称ケビンは動こうとしない。
「おや?私の本当の名前だとか、来た目的を確認しなくてもよろしいので??」
「かまわないわ、今父は家に居ないから仕事の話は出来ないし、何よりわたくしの勘がこれ以上貴方と居てはならないと言っている。出てお行きなさいな〝名無しの男〟」
一応、本人の証言通り皇太子とは思っていない体で接する。
でないといくら公爵家の令嬢でも不敬罪になってしまう。
ふむ、と自称ケビンは顎に手を当ててわたくしをじっくりと上から下まで見つめた。
「……申し訳ない、貴方を侮っていたわけではないが少々遊びが過ぎたな。突然訪れたということもあるし今日は帰ろう。明日、身元保証人も連れてまたこちらに来る」
「結構よ、わたくし忙しいの」
自称ケビンはフッと笑ってわたくしに顔を近づけてきた。
さっきまでの嫌味な程に女性受けしそうな笑いではなく、今度は尊大で不敵な感じの笑いだ。
「無能な婚約者の教育で忙しいのも分かるが、そうつれないことを言わないでくれ。貴方も俺が誰なのか薄々分かっているんだろう?断ることは許さない」
水色の瞳をぎらつかせて自称ケビンは言った。上に立つことに慣れた者特有の有無を言わさない雰囲気。
普通なら彼の顔の良さから頬を染めるか、ただ頷くか、頭を下げるだけだろう。
ただわたくしは頭にきていた。
カイゼルは無能の極み、ポンコツ王子と呼ばれている。
でもそれは少し前の彼の話だ、今はもうわたくしの唯一無二の婚約者であり、わたくしにとって大切な人になっている。
それを何も知らない人間が外側から嘲るなど許せるはずもない!
わたくしは最低最悪の傲慢悪女、皇太子(仮)であろうと舐められてそのままの大人しい性格ではない‼
彼が通り過ぎる瞬間、わたくしはこの自称ケビンの体重がかかっている膝裏を軽く足で押した。
「うぉっ‼」
一気に体勢を崩し、バランスを取ろうとして自称ケビンが後ろに引こうとした足の裾を軽く踏みつけて動けなくすると、彼は呆気なく受け身も取れずに派手な音をたてて倒れ込んでしまった。
そこにカッ!ヒールの音を高らかに鳴らして近寄り、呆けている自称ケビンを見下ろす。
「フフフ無様ね、名無しの男。よく覚えておきなさいな!わたくしはわたくしのものを傷つけられるのが嫌いなの。
蔑むのも虐めるのもそれはわたくしの特権‼わたくしの婚約者も!使用人も‼わたくしのもの全て傷つけることは許さなくってよ‼‼」
自称ケビンはぶるっと震えてわたくしをしばらく凝視したかと思うと、突然腹を抱えて笑い出した。
「アッハッハッハ‼自分の身を守れる女なら何でもいいと思っていたが……これはいいな‼面白い‼」
ひとしきり笑い転げると自称ケビンはすっと立ち上がり、胸に手を当てて芝居がかった調子で軽く頭を下げた。
「それはそれは!大変失礼致した。お詫びといっては何だが明日来るときはちょっとした贈り物をお送りしよう」
「要らないわ!わたくしは来るなと言ったの聞こえなかったのかしら??」
自称ケビンはまたしてもニヤリと笑い、新しい玩具を得た様に目を輝かせる。
「聞こえてはいるが俺が従う必要はないな、贈り物もきっと気に入る、そう事を急くなよ」
手を伸ばして髪の毛を触ろうとしてきたので、その手を弾き飛ばすと自称ケビンはさらに目を輝かせる。
この男、被虐趣味なのかしら。
「じゃあ、俺は帰るがくれぐれもカイゼル殿下によろしく伝えてくれ」
自称ケビンは嫌な笑いを浮かべて、40代の男はただ頭を下げて公爵家から出て行った。
……カイゼルに、ね。
そういえばカイゼルもケビン皇太子をやたらと気にしていたわね。
自称ケビンが帰ってからすぐにわたくしはカイゼルの元に向かった。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「いいよ、何かあった?」
カイゼルは勉強中だった本を閉じて柔らかにほほ笑んだ。
先ほどまで油断出来ないような嫌な感じの男と共に居たからか、その笑顔にとても安心してしまう。
彼はこの二カ月でまた雰囲気が変わり、体が少しだけがっしりしてきてそれに伴い自信と余裕が出てきたようだった。
カイゼルは弟とはいえ、腹違いなのでウィリアム殿下と同じ18歳。
本来の性格もあってか年相応というよりは、時折年齢以上に落ち着きを見せるときがある。
時間が惜しいのでまずはダンスホールに向かい、そこで踊りながら話をした。
「…………ケビン皇太子に会ったかもしれないわ」
「なっ‼は、え⁉」
落ち着きが出てきたといっても、まだまだすぐに何かあると元のカイゼルに戻ってしまう。
でもどことなくこの落ち着きの無い感じも最近は好きだったりする。
彼はわたくしを真っ青な顔で凝視してきた。
あら、カイゼルステップ間違えたわ。
「……セ、セイラン……あの、どう思った?やっぱり」
「嫌な感じの男だったわね、尊大な物言いに人を食った態度」
わたくしの言葉にライナスが後ろの方で噴き出した。
「姫さん、そりゃ姫さんもだぜ‼」
「わたくしはあそこまで性格悪くないわ」
不安そうに揺れる瞳で見つめてくるカイゼルをわたくしも見つめ返す。
「カイゼルによろしく、とのことよ……カイゼル、皇太子と何かありまして?」
「あ……それは……」
「俺が殿下に話したんだ、姫さんが皇太子の好みど真ん中だってな!」
視線を泳がせるカイゼルに対し、ライナスは上機嫌に話した。
「皇太子は自分の身は自分で守れるくらい強くて、美人で、さらに他と違う個性があればなお良しって人だからな!姫さんにピッタリだろ?」
「よく知っているのね」
「諜報が本業なもんで」
……何かしらこの感じ。
ライナスは多分本当のことを言っているけれど、嘘を吐かれている様な変な違和感。
チラリとカイゼルを見ると、眼を逸らされた。
そう、カイゼルもおかしい。
「カイゼル、わたくしに何か隠し事でもあるのかしら??貴方、皇太子の話になるとおかしいわ」
「…………」
カイゼルは真っ青な顔で床を見つめてひたすら黙りこくっている。
わたくしは一旦踊ることを止めて彼の頬を両手で挟み、無理やり視線を合わせた。
「カイゼル・ハイドラント、その隠し事はわたくしの不利になるものかしら?それとも知らないことで利益になるものかしら??前者なら容赦しなくてよ」
彼がわたくしに対して何か悪いことをしているとは思えない。
そんな器用な方ではないし、この数か月でその性格はよく知っている。
わたくしを愛しているというのも本当だと思う。
多分、わたくしが知らない方が良いことだとは思うのだが、念のため聞いてしまった。
カイゼルは泣きそうな顔になりながら縋るようにわたくしの手を握ってきた。
「…………ご、ごめん……セイランの不利、だと思うけど…………もう少しだけ、もう少しだけ待って欲しい、夜会が終わったら全部話す。その時はセイランの決定に従う」
チクリと胸が痛んだ。
カイゼルがわたくしの不利になることをわざと黙っているなんて、ありえないと思っていたのに……。
驚きで目を見開きながら、わたくしが思わず握られた手を引くと彼もまた絶望したような顔で見返してきた。
「……練習を再開しましょう、もう時間が無いわ」
「あ、あぁ、ごめん……」
微妙な雰囲気でダンスの練習が終わり、珍しくカイゼルは部屋に残してライナスが見送りをしてくれた。
「姫さん、殿下を責めてやるなよ?どっちかっつーと俺の言った時期がよくなかった」
「あら?珍しいのねライナスがわたくしの味方をしないなんて」
「あー、今回ばっかりは俺の責任だからなぁ。俺本当に殿下のこと結構気に入っているし」
頭を掻いてライナスはどうしようか考えあぐねているようだ。
「ライナスもわたくしに何を隠しているのか言ってくれないのかしら?」
「まだ言えないね、でも姫さん俺は姫さんの幸せを願って行動してる。これだけは絶対に信じていい」
珍しくじっと真剣な顔でライナスが見てくるが、わたくしはそれを無視して馬車に乗り込んだ。
なんだかわたくしが関わっていることなのに、わたくしだけが蚊帳の外の様で嫌なのだ。
そういえば明日、皇太子(仮)が来ることを伝え忘れてしまった。
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