19話 モヤモヤするわ
朝、早めに起きてわたくしはいつも以上に素振りをしていた。
何だかモヤモヤするのだ。
「セイラン様―、朝ごはんが出来ましたよ、先に湯あみになさいますか?」
「えぇ、湯あみが先だけどもうちょっとだけ……」
侍女のハンナが呼びに来たが少し待たせてその後100回素振りを追加してわたくしは湯あみした。
「最近いつにも増して素振りされますね、何かあるんですか?」
わたくしの皿にパンを置きながら、ハンナが聞いてくる。
わたくしは朝は素振りから始まるし、お父様は早めに仕事に行く、お母様は朝が遅いためどちらにしろ個別になるのならと部屋で朝食はとっていた。
「別にそういうわけじゃないの……ただこう、誰かと打ち合っていないとモヤモヤするのよ。その解消」
倒れてから2週間騎士団の皆は公爵家に来ていない、その間はアスランが来てくれていたがカイゼルの教育に力を入れるためにそれも昨日から断っている。
10年以上誰かと打ち合い、稽古をする習慣がついているのにダンスで体を動かしているとはいえ剣を持っていない時間が長いとモヤモヤしてしまう。
平日の昼は学園、夕方から夜にかけてはカイゼルとダンス。
休日は学園が無い空き時間でカイゼルの勉強をみて、また夜までカイゼルとダンス。
わたくしの空き時間は朝しかないが、騎士団員は朝から稽古がある、朝から公爵家に来て相手をしてくれる人なんていない。
夜会が開かれる3か月後までの我慢だと割り切っているが、それでもモヤモヤしてしまう。
「そうよハンナ‼アレは出来まして?」
「はい!私の知る限りの情報を書き加えました!」
ハンナは喜んで書類の束を渡してくれた。
そこには夜会に出席するであろう貴族たちの情報が事細かに記載されている。
わたくしは昨日帰ってきてから、自分の知る限りの貴族の情報を書き出していた。
ライナスの言う通りやっぱり社交は暗記から始まると思う。
わたくしがそれを暗記しやすいように問題形式に書き換えようとしたところ、意外や意外!
ハンナの方が貴族の好みなど細かい情報に精通していた。
元伯爵家の愛人の子供で社交はしていなかったが、いつでも出られる様にと暗記させられていたらしい、さらに彼女は侍女同士のやり取りを頻繁に行っているらしくそこからの情報も豊富だった。
そのため、ハンナに書き加えてもらってわたくしも暗記しつつ学園の空き時間に問題形式に書き換えていく。
学園が終わり放課後、急いでカイゼルの元に向かうと彼は頭を抱えながら勉強をしていた。
使用人には勉強しているならわたくしが私室に行くと言ってライナスに入れてもらい、そのまま入ったのだが、彼はわたくしが来たことに気がついていない。
そして明らかにペンが止まっている。
わたくしは扇を閉じてピシリとカイゼルのうなだれている机を叩いた。
「殿下、いえカイゼル‼勉強はよろしいですがペンが動いていないわ‼いつまでも分からない問題に取り掛かっていても意味はなくってよ‼」
「えっ!あ‼セ、セイラン‼来てたのか」
「声はかけましてよ‼さぁ立ってダンスの練習を‼‼」
「あ、あぁ」
「クイッククイック!スロースロー‼…………カイゼル‼‼」
わたくしは思わずダンスを途中でやめてカイゼルを睨みつけた。
彼は昨日のやる気はどこにいったのか、ダンスの間も心ここにあらずといった状態だ。
「ご、ごめん……」
シュンとカイゼルが頭を抱えてしまう。
「まぁまぁ姫さん、殿下はちょっとお疲れみたいだからさ休憩しよう」
ライナスが宥めてくれるがわたくしはモヤモヤが苛立ちに変わってくる。
カイゼルを椅子に座らせるが、彼はどうにも変だ。
まるで初めの頃に戻ってしまったよう。
「カイゼル‼何かありまして?昨日のやる気はどこに行ったの⁉貴方、ウィリアム殿下に勝つのでしょう⁉」
カイゼルはじっと隣に座るわたくしの顔をすがる様に見つめて膝に置いた手を握ってきた。
「……セイラン、やっぱり夜会への出席はやめないか?……その、次の夜会でも……」
はぁ⁉
何を言っているのかしらこのポンコ……いえ、この男は‼‼
「弱気になるのは早すぎましてよ‼まだ三か月ありますわ‼‼」
「……あぁ、あと三か月しかないんだ、実際はもう三か月も切っているし……」
「まだ‼約‼三か月ありましてよ‼‼さぁ立ちなさいな!わたくしの婚約者ならこれくらい軽くこなしてみなさいな‼‼」
握られた手を引っ張り立たせようと、いつも通りに言ったはずだったが、カイゼルは何かに傷ついた様に泣きそうな顔になった。
何よわたくしが悪者みたいじゃないの。
あら?わたくし悪女だったわ!
カイゼルが握る手に力を込める。
ぎゅうと力強く握られているのに手は冷たいし震えている。
本当にどうしたのかしらこの男。
どうにもカイゼルがただの怠け心でこうなっている訳でないことが分かり、わたくしの怒りも少し下がってくる。
「…………セ、セイランは……パース帝国の皇太子と面識があるのか?その……どう思ってる?」
パース帝国皇太子 ケビン・マルティネス。
銀色の髪に水色の瞳をもつ18歳の美男子として有名。
貧民街の治安改善、仕事の斡旋、教育などに力を入れて実績を積み、切れ者で3人の皇子の中で一番年下にもかかわらず、皇太子となった。
剣にも秀でているらしく、極めつけは希少な光属性の魔力を持つ。
魔力も王族らしくその量は多い。
年齢のわりに、婚約者などはいないらしく現在探し中だとか。
「面識はないわ、どうと言っても会ったことないのだから特に何もないわね」
「……その……きゅ、求婚されたりしたら、どう思う??」
カイゼルは真剣そのものの顔でわたくしを見つめてくるがわたくしは目を瞠った。
「フフフ!カイゼル貴方大丈夫??いくらわたくしが絶世の美女だとしてもわたくしは貴方と婚約しているのよ?」
「婚約していなかったら?やっぱりマルティネス皇太子の様な人がいいのか?」
「…………貴方、わたくしとの婚約を破棄する気?」
わたくしの中でとてつもなく嫌な思い出が蘇ってくる。もう二度とあんなにみじめで悔しい思いはしたくない。
思わずカイゼルに対して殺気を放ってしまった。
カイゼルはわたくしの殺気に怯えながらも強く首を振る。
「違う‼俺はそんなことしない‼頼む、答えてくれ!俺と婚約していなくて皇太子に求婚されたら……やっぱり受け」
「受けないわ」
握られている手を強く握り返すと、カイゼルはビクリと震えた。
「わたくし、貴方を大切にすると言ったわ‼この傲慢悪女をどこぞの尻軽女の様に考えないで頂戴な‼汚らわしい‼」
握っていない方の手をカイゼルの頬に添えて、彼の揺れる瞳をじっと見据える。
「カイゼル・ハイドラント‼貴方が愛を誓ったのは!傲慢で強くて綺麗でカッコいい、最高に気高い悪女ではなかったかしら⁉
貴方の思うわたくしは言ったことも叶えられない弱者かしら⁉」
「……違う……違うよ」
なぜだかカイゼルは泣き出し、立ち上がった。
そしてぎゅうぅと抱きしめられた。
カイゼルのくせに男物の香水をつけているのかちょっと良い匂いがする。
いつも彼を弱い存在だと思っていたが想像よりも力があり、抱きしめられると緊張して心臓は跳ね上がるがそれと共に不思議な安心感があった
わ、悪くないわ‼‼
顔が熱くなり、誰も聞いていないのにわざわざ偉そうなことを思ってしまう。
でも、本当に温かくて安心感がある。
「ごめん……ごめん、俺は君を離してあげられそうにない、ごめん、本当は分かってるのに……」
カイゼルはずっと独り言か聞かせているのか分からない声量でごめんと謝り続ける。
なぜこの男は泣きながら懺悔しているのかしら。
本当に皇太子からの求婚なんてあると思っているのかしら、しょうがない人。
わたくしを必死に抱きしめるカイゼルが何だかまた愛しくなってしまい、背中をさすってやるとさらに抱きしめる力は強まった。
しばらくカイゼルが泣いた後、ライナスに引きはがされダンスの練習が再開された。
その後のカイゼルは元のやる気が戻り、ダンスの練習も、わたくしが渡した暗記表も勉強も本気で取り組んでくれた。
2か月が過ぎ、夜会まであと一ヵ月。
カイゼルのダンスはだいぶ形になり、わたくしのリードの賜物でもあるがかなり見た目に良い状態になってきている。
勉強も社交用のわたくしが作った暗記も順調そのもの。
受け答えも3人で練習して良くなってきている。
魔法は上手くいっていないらしいが、元々そこはあまり期待していない。
剣術も…………まぁ、体力づくりには役立っているわね。
そう、カイゼルは概ね順調で想定通りに進んでいる。
想定通りに進んでいないのはわたくし。
わたくしの剣の相手が居ないモヤモヤは解消されない。
……というかモヤモヤはこの2カ月でさらに強まってきている。
一度カイゼル相手にやってみたが、実力差がありすぎて欲求不満なわたくしは怒りが爆発してしまってから、彼の剣の稽古は遠慮している。
ライナスとやっても、その間カイゼルは時間が空いてしまうし、陛下がこちらの動きに気がついてきているのでライナスの本業の護衛も外すわけにはいかない。
学園の帰り道の馬車でわたくしはずっとモヤモヤを抱えたまま帰ると、公爵家には来客があった。
「誰が来たの?」
ハンナに聞くと、ハンナは頬を染めて嬉しそうに答えた。
「それが亡霊に会いたいと言えば会えると聞いてきました、としかお答えいただけず、お名前を教えてくれないのです」
ハンナ、話の内容と顔が一致していないわ。
それにしても亡霊、ということは騎士団がらみね。
チラリと時計を見る。本当はもうカイゼルの元に行かなければならない。
でも来客なら仕方がないわよね!
騎士団から噂を聞いた傭兵や腕に憶えのある者達はたまに公爵家にやってくる。
わたくしはあわよくばどころではなく、このモヤモヤを解消出来ないか期待してしまう。
応接室に行ってみるとハンナの反応の正体が理解できた。
応接室に居たのは10代後半か20代前半の緑の髪に水色の瞳の超美男子とその後ろに40代くらいの厳つい顔をした茶色い髪に黒い瞳の男。
応接室内のメイドはチラチラと美男子を見ている。
でもわたくしは40代の男の方に目が釘付けになってしまった。
この男、相当強いわ‼‼
ただ立っているだけなのに全く隙が無い。
恐らくは大隊長と同格かそれ以上、わたくしのモヤモヤ解消にはもってこいの相手だ。
彼なら本気になっても大丈夫、わたくしが負けるかわたくしが勝っても彼が死ぬことは無い。
思わず熱のこもった瞳で厳つい男を見ていると、美男子はコホンとわざとらしい咳払いをして、近づいて来る。
「突然の来訪をお許しください、私はケビン・マルティネスと申します」
美男子の言葉に思わず彼を凝視してしまった。
「ケビン・マルティネス??……まさかパース帝国の皇太子の??」
ケビンはにっこりと女性受けしそうな笑顔で微笑んで、わたくしの手をとって口づけしてきた。
「貴方にお会いしたかった、愛しい人」
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