16話 役目
「姫さん、本当は姫さんが聖女じゃねぇの??」
「わたくしが……聖女??」
ライナスに問いかけられた途端ドクンッと体中の血液が一気に脈打った気がした。
違う、わたくしじゃない。
違う、違う違う違う‼‼
ドクドクと焦りにも似た感情が押し寄せてくる。
違う、聖女はわたくしじゃない!わたくしは……。
わたくしの焦りなど気がつかずに、目の前のカイゼル殿下はうっとりと見つめてくる。
「あぁ!セイラン嬢が聖女だったら頷ける。確かに傲慢だけどこんなにも綺麗で純粋な人が聖女だったら」
「違う‼‼‼」
思わず金切り声を上げて叫んでしまった。
「姫さん⁉どした?」
「セイラン嬢⁉」
突然キィン‼と頭が割れる程に痛み、その場でカイゼル殿下に寄りかかりながら崩れ落ちてしまう。
「わたくし……わたくしは…………わたくしの役目は……」
「役目???姫さん大丈夫か、ちょっと落ち着け」
「セイラン嬢大丈夫か‼」
頭の痛みがどんどんひどくなってくる。
ライナスが急いでホール外に居た使用人に、医者を呼んでくる様に言っているのが見える。
思考が真っ白い霧がかかったように何も考えられない。
でも感じる。
「わたくしの役目は……このグラス王国を…………〝壊す〟こと」
「セイラン嬢?何を……セイラン!そんな、どうすれば‼医者を!早く医者を‼‼」
もう何度も見たポンコツ王子の泣き顔を見ながら視界が霞んでくる。
わたくし、呼び捨てを許可した覚えはないわ。
ブツン!とわたくしの思考はそこで途切れ、意識を失った。
手がとても温かい。
誰かが手を握ってくれているのだ。
わたくしよりも大きくてゴツゴツした手、でも剣士ではない。
その温かさが心地よくて思わず握られた手を抱き込むと相手はビクリと震えた。
「セ、セイラン嬢?」
呼ばれてゆっくりと目を見開くと、意識が途切れる前にも見ていたカイゼル殿下の泣き顔があった。
「貴方、泣いてばかりね」
「姫さん!気がついたか‼今医者を呼んでくるがその前に悪いちょっと見るぜ」
ライナスはわざわざ目の前に手をかざして親指と中指をこすり合わせた。
魔法を使っているのだ。
周囲を見まわすと見たことも無い部屋だが、調度品から見て王宮の一室だろう。
「姫さん、気を失う前のこと思い出せ」
「ライナス殿‼なんでそんなことを!」
「……聖女の洗脳……かもしれないから、でしょう?」
わたくしの言葉にライナスは重く頷いた。
意識を失う前、わたくしはこのグラス王国を〝壊す〟と言った。
なぜそう言ったのかは分からないが、今でもそれが自分の役割の様な気がしてならない。
そしてもう一つ、聖女がリリアンでもわたくしでもなく別に居ることも何となく分かる。
「ライナス、わたくし洗脳されているのかしら??」
「……いや、姫さん今思考が上手くまとまってないだろ?洗脳されてたヤツらはもっと思考が整ってたから違う、とは思うが悪い俺もよく分かんねぇ」
「そんなことよりも今は医者だ!聖女かどうかも全てどうでもいい‼ライナス殿が呼んでこないなら僕が行く‼いいな‼」
珍しく怒気をまとったカイゼル殿下の声にわたくしもライナスも驚いて固まってしまった。
カイゼル殿下は沈黙を了承ととったのか、部屋を出て医者を呼びに行く。
「ポンコツも怒るのね」
「だな、姫さん愛されてんな……それはそうと」
「えぇ、分かってるわ」
意識を失う前に話していた偽聖女のこと、わたくしの不自然な言動、全て口外するわけにはいかない。
頭がおかしくなったか、反逆者だと思われてしまう。
カイゼル殿下が呼んできた医者に診てもらい、診断は貧血だろうとのこと。
まぁ、そうなるわよね。
倒れてからしばらくカイゼル殿下に会っていない。
あのポンコツは本気で心配してくれているようで、毎日手作りらしきお菓子と共に手紙が届いている。
内容は、大事をとって学園は一週間、王宮に来るのは二週間は休むこと、無理はしないこと。
その他は近況報告や他愛ないやりとりで、ライナスが不在にするときの護衛騎士探しと社交の練習台として最近は騎士団に行っていることなど。
学園を一週間はどう考えても長いでしょう!
もちろん、そろそろ出席日数が気になるので王宮には行かずともカイゼル殿下には伝えずに学園には通っている。
「うふふ、セイラン様本当に愛されてますねー」
侍女のハンナがちょっと下品な笑いを浮かべて手紙とおやつを持ってくる。
「……わたくしに愛すると誓ったのだから当然よ」
ツンと言い放って届けられたクッキーを頬張るとハンナはまた更に嬉しそうにする。
頬張ったクッキーは紅茶風味。甘さ控えめで少々強めな紅茶の香りとシナモンがたまらなく美味しい。
毎回お菓子も届けられるため必然的にその感想も添えていると、徐々に彼はわたくしの好みを把握してきているらしい。
毎日のお菓子と手紙がちょっと……いえかなり楽しみになってきているのが何ともくすぐったい。
あ、愛されるってちょっとソワソワするわね。
わたくしの周囲の人間はわたくしを純粋だとか真っすぐだとか言うけれど、わたくしは嬉しい気持ちを伝えるのが苦手だ。
次に会ったとき、ありがとうございます、嬉しいわ、とか言える気がしないわ……。
騎士団の皆もカイゼル殿下に止められているのか、アスラン以外公爵家に来ない。
アスランだけは通常運転でやってきては、他の人が居ないのを良いことにいつも以上にしごいて帰っていく。
二週間が経ち、学園から帰ってきて久しぶりにわたくしは王宮に行く。
「ハンナ!わたくし変なところは無いかしら?」
「うふふ!はい‼いつも通りお美しいですよ」
ハンナが含みのある笑いで返してくる。
「……何かしらその顔、わたくしに何か言いたいことがあって??」
「うふふ、セイラン様が自信なさげに恰好を気にされるのは初めてですね‼殿下との久しぶりの時間、楽しんできてください‼」
ハンナの言葉にわたくしはカッと目を見開いた。
恰好を気にするのは初めて⁉そうだったかしら⁉
「なっ‼わ、わわわわたくしは‼別にあのポンコツのダンスの練習に付き合うだけで‼‼ポンコツから脱出させないとわたくしが困るからで……」
「はいはい、ほら時間が無くなりますよ、いってらっしゃいませ!」
ハンナに押されて玄関まで向かう。
「ハンナ‼貴方最近生意気でなくって⁉」
「うふふ、お嫌でしたら悪女っぽくお仕置きでもしてください!」
「……しないわ」
何となく、そんな気分では無いのだ。
口では色々と言いたくなるけれど、殿下のことから始まり学園のことも話せるようになってハンナのこの気安い感じが嫌いではない。
むしろ、ちょっとやりとりが楽しい。
そんなこんなで二週間ぶりに殿下に会う。
お菓子と手紙のお礼、言えるかしら。
と、応接室で新たに置いてあるお菓子をつまみつつ考えていた。
軽いノックがあり、返事をするとライナスと共にカイゼル殿下が入って来た。
「…………殿下、お久しゅうございますわ。その顔は……というかこの二週間で何がありまして??」
初めて会った時は前髪がうっとうしかった。
次に会った時は服が全身赤かった。
その次はとても格好よくなっていたのに……。
今は顔中痣だらけで、頭には包帯を巻き、全身の動きも角ばっている。
「プハ‼姫さんそんな嫌そうな顔してやんなよ‼殿下の努力の賜物だぜ、コレ‼」
カイゼル殿下はわたくしと目が合うと顔を赤くして俯いた。
「セイラン嬢体調は大丈夫か?」
「えぇ問題無くてよ、ご心配おかけしました。それよりも殿下その様子は何がありまして?」
殿下は恥ずかしそうに首をさすった。
「えっと、その…………気にしないでほしい。それよりもライナスの言う通り3ヶ月後に夜会が決まった。パース帝国の皇太子が二ヵ月間の留学に来るそうだ。僕……いや〝俺〟も出席するから君さえ良ければダンスの練習をしよう」
ライナスのことを呼び捨てに、しかも一人称が俺になっているわ。
手を差し出されたので乗せると、その手はだいぶ傷ついていた。
まだ固くはなっていないが、剣を持つ人の手の第一歩といったところだ。
「もしかして、ライナスにしごかれたのかしら??でもその頭と顔の怪我は?」
いくらしごくと言っても、ライナスもここまでの怪我を王族にはさせないだろう。
わたくしが聞くと殿下はまた俯いて蚊の鳴く様な声で言った。
「あ、あぁそう。ライナスに剣を教えてもらっていて、この怪我はその……魔法の練習をしていて…………」
「そう」
カイゼル殿下は角ばった動きのままわたくしをエスコートする。
この動き……。
つい悪戯心が芽生えて脇腹をツンとつつくと殿下は悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
その様子がおかしくて、大声で笑ってしまう。
「アハハハハ‼貴方その動き筋肉痛ね⁉頑張っているようでうれしくてよ‼‼」
久しぶりに会ったカイゼル殿下は相変わらずどこか情けない。
でもその表情には今まで無かった自信と強い意志が見え隠れしている。
ポンコツからまた一歩成長かしら??
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