13話 悪女への罰
「だから退学だと言っている‼貴方はこんな悪女の肩をもつのか‼」
バン!と学園長の机をウィリアム殿下が叩いた。
「い、いやだが、彼女は公爵令嬢だし、公爵が来るまで……」
「王国を救う聖女を害したんだ‼退学、いや、極刑になってしかるべきだろう‼‼」
2人が言い合っているなか、リリアンは濡れたハンカチで顔を押さえていた。
その周囲には宰相の息子含め、数人の男子生徒が付き従っている。
わたくしはというと、リリアンの護衛の騎士に腕を掴まれて学園長室の隅でそのやりとりをただ眺めている。
正直、今のこの状況がよく分からない。
わたくしはさっきまでは聖女を殴っていないことを自信をもって言えたのに、今は怒りのためについ自分の意思で殴ってしまった気がする。
その記憶もまるで今、この状況に合わせて作りあげられているかの様に時間が経つごとに鮮明になってくる。
考えられるのは闇の魔法。
精神に作用する闇の魔法であれば、わたくしがおかしくなったことも説明できる。
でもそれはあり得ない。
魔力は産まれたと同時に平民も含めて全員計測され、王国に報告される。
そして今、この学園には闇の魔力を持つ人間は居ない。
聖女リリアンは光属性だし、殿下は火属性だ。
周囲の人間も全員違う。
わたくしが考えていると慌ただしく学園長室の扉がノックされた。
「失礼します!騎士のライナス・マーティンと申します。騎士団長より先に現状の確認をと仰せつかり参りました」
学園長は扉付近に控えていた秘書に指示し、ライナスを招き入れたがその顔は浮かないものだった。
諜報の事情を知らないものからすれば、ライナスに対する周囲の評価は親の七光りそのもの。
小隊長でもないのに特別に新兵とも一般騎士とも違う団服を与えられ、その仕事はどこの隊にも属さずにいつもフラフラしていて低評価しかない。
学園長は薄くなった頭を掻いてライナスを見た。
「騎士様、騎士団長と公爵はいつ頃来られますかな?」
今回はわたくしの保護者である父のアーヴィン公爵と、護衛の騎士が聖女を守りきれなかったとして騎士団長が呼ばれている。
ライナスの評価が低いとはいえ、まるで相手にしないかのようにそれを聞くのは失礼じゃないかしら??
「ライナ」
「うわぁ‼生のライナスだぁ‼画面で見るよりカッコいい‼‼」
わたくしがライナスに説明しようとすると、それよりも早く反応したのは聖女リリアンだった。
ナマ?ガメン??とは何かしら?
……というか貴方、さっきまで泣いていなかったかしら???
リリアンは目を輝かせてライナスの前に行き、彼の顔を凝視している。
「あー、聖女リリアン様……で合ってますかね。俺とどこかでお会いしたことが?」
「あっ!いえ‼初めてなんですけどぉ、騎士団長の息子さんってことで噂になっていて……それよりも聞いてください!私何もしていないのにあのセイラン様が‼」
うぅっとまた頬にハンカチを当ててリリアンは泣き出し、なぜかライナスの胸に飛び込んだ。
「おいお前!私の婚約者に何をしている‼‼」
「は??これ俺が悪いんですかね??」
ウィリアム殿下が怒鳴り、ライナスがそれとなく逃げようとするがリリアンは彼にしがみついて離さない。
何をやっているのかしら……。
先ほどまで緊迫した雰囲気だったのに、今はもうただの痴話げんかになってしまっている。
学園長も唖然として置き去りにされている。
「いい加減離れないか‼‼」
ウィリアム殿下がリリアンを引きはがし、その肩を抱く。
リリアンは仕方がないといった風にそれに従ったが、目はいまだにライナスを捉えて離さない。
「グスッ!ライナス様ぁ‼助けてください!私何もしていないのに急にセイラン様に殴られて怖い思いをして……」
潤んだ瞳でリリアンはライナスを下から見つめた。
女のわたくしでも庇護欲がかきたてられるくらいに絶妙な角度で、とても可愛い。
周りの取り巻き男子生徒も、ウィリアム殿下も、学園長でさえ眉を下げてリリアンを慮った表情をしている。
わたくしはこういった茶番が大嫌いだ。
可愛く被害者になり周囲の男子生徒を骨抜きにしていく、その様子になぜ他の生徒もウィリアム殿下も気がつかないのか。
だが今回の相手のライナスは大人だ。
しかも、言ってはなんだが諜報活動で色々と経験があると思う。
だからこんな小手先の演技に騙されるなんて…………。
「え??」
ライナスを見ると、彼の顔は見たことが無い程に赤くそして緩んでいる。
うわ!ヤベェ凄ぇ可愛いじゃん‼‼と心の中で思っていそうなのがありありと分かる。
「……ライナス??」
思わず名を呼ぶと、ライナスはこちらを見たがその顔は初めて会った時のようにわたくしのことを嫌悪している。
どういうこと?
ライナスはある程度女慣れしているし、ウィリアム殿下の婚約者に懸想するほど馬鹿ではない。
それなのに……。
ライナスは紅潮した頬に恍惚とした表情でリリアンの前に跪き、手を取った。
「聖女リリアン様ご安心ください、俺は騎士です。美しく可憐な貴方を傷つける悪女から俺が貴方を守ります」
言い終わるとその手の甲に口づけして、とろける様な顔でリリアンの少し腫れた頬を優しく撫でた。その手にリリアンは自分の手を重ねてこれ以上無い程に顔を赤くして見つめ合っている。
殿下は2人の空気に押されているのか、隣に居るのに注意もしない。
「ライナス様ぁ……」
「それにしてこんなに可愛い女性の頬を殴るなんて酷い悪女だ…………殿下、悪女への罰はもう決まっているのですか?」
「あ、あぁ退学させて牢屋にでも入れようかと、王国を救う聖女を傷つけたんだそれくらいは妥当だろう」
ライナスに話しかけられて我に返ったウィリアム殿下は告げた。
あら?いつの間にか退学は決定事項になって、牢屋が追加されているわ?
殿下の言葉にライナスは神妙に頷いた。
「殿下、女性の顔に傷をつけることは大罪だと思います、それがこんなにも愛らしくて可憐な聖女様ならなおさらだ‼良ければ俺に罰を下させてもらえませんか?
退学させても牢屋に入れても反省するかなんて分からないじゃないですか‼」
「?何を言って」
「聖女様はどう思われますか?俺に罰を与える権限をくださいませんか?どうしても貴方の力になりたいんです‼」
殿下の言葉を遮り、許しを請う様にライナスはリリアンの手を取り切々と訴えた。
「そんなこと」
「はい‼セイラン様への罰はライナス様にお願いします‼‼ウィルもいいよね!」
これまた殿下の言葉を遮り、勝手にリリアンが許可を出したが、殿下はリリアンに潤んだ目で見つめられると悩みぬいた末に許可を出した。
「ありがとうございます‼‼」
殿下の存在が小さく感じるわ……。
一国の王子であり、王太子確実と言われているウィリアム殿下がまるで蚊帳の外になってしまっている。
ライナスは2人から許可を取ると、わたくしに向かって無表情でゆっくりと歩いて来た。
騎士に片腕を取られているが思わず後ずさってしまう。
リリアンに惚れたライナスは、わたくしに何をするつもりなのかしら。
退学なら学園長に言う、牢屋なら今わたくしを捕まえている騎士に命じるはず。
それなのに近づいてくるのは……。
チラリとライナスの腰に下げている剣を見る。
まだ手はかけていない。ただ彼は時に拷問などもするほどに容赦が無いところがある。
たかだか頬を殴ったぐらいで、罰は丸腰のまま抑えられて剣で斬りつけられるなどわりに合わない。
そもそもわたくしは殴った記憶が……今はある気がするけれど多分本当は無い。
一縷の望みをかけてわたくしはライナスに話しかけた。
「ライナス、わたくしは本当に殴った記憶なんて無いの。だから罪なんて無くってよ‼」
ライナスはわたくしの言葉を聞いても、嫌味なくらいのゆっくりとした足取りを止めない。
とうとう正面に立ち、その青い瞳で無表情にわたくしを見下ろす。
どれくらいそうしていただろう。
誰も何も言わずに沈黙し、ライナスの行動を全員で凝視していた。
すると、部屋の外に複数人の気配を感じた。
足音や歩き方、気配からして複数人の騎士達と恐らく父が到着したようだった。
「〝姫さん〟ちょおっと歯ぁ食いしばれな!」
「え?」
パン‼とまだ歯を食いしばっていないのに強くライナスに頬をぶたれた。
ヒリヒリとした痛みと共に目を見開いてライナスを見ると、その顔はいつもの上機嫌なライナスだった。
「はい!喧嘩両成敗っつーことでこの件は終わり‼あー、そこの扉に近い人、親父達が来たみたいなんで開けてもらえますか?」
「え?あ、はい」
秘書がドアを開けると、そこには騎士団長と騎士数人、それとお父様が居た。
「親父!まずは城での聖女様の身の安全の確保。それから各人完全に個別での事情聴取が必要。姫さんへのお仕置きは終わったから姫さんは事情を聴いたらもう帰って良し!」
ライナスの言葉にアスランのみ、さほど動揺することなく部下たちへと指示をしていく。
わたくしの腕をずっと掴んでいた騎士もアスランの指示で退出していった。
リリアンは殿下と共に騎士達に退出を促されるがそれを振り切ってライナスに縋りついた。
「え、ちょっとライナス様??悪女への制裁がこれで終わりってことじゃ無いですよね?」
「あれ、聖女様は自分の言葉を撤回するんですか?それに変だなー、俺が聞いた限りじゃあ聖女っつーのは慈しみの心を持った優しい女性だって聞いてたんですけど、違うんですかね?」
「っ!そ、それは‼」
「さー、聖女様は護衛の騎士と一緒にどうぞお帰り下さい!」
さぁさぁとライナスは聖女リリアンと殿下を退出させた。
殿下も何か言いたげだったが大人しくついていくようだ。
一緒についていこうとする取り巻きは事情確認が必要だからと足止めをしている。
「ライナス、貴方……」
「プハ!姫さん顔が凄ぇ間抜けになってんぞ‼」
「…………お黙りなさいな」
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