11話 侍女は恋バナが好きでした
目を閉じると、誰よりも情けなく弱虫でいじけてばかりのポンコツが綺麗な紫色の瞳をギラつかせている光景が浮かぶ。
『セイラン・アーヴィン公爵令嬢、僕は……今日戦う貴方に見惚れていました。
剣を振るい、己よりも大きい男達をあしらうその姿は、僕が今まで見てきた数少ない記憶の中で何よりも美しかった。
僕は、そんな貴方の婚約者でよかったと心底思った。一目惚れに近い様な恋をした女性が将来妻になるなんて嬉しい……だからここに誓う。
貴方の隣に立って遜色無い男に僕はなる!例えどんなに歳月がかかっても必ず貴方に追いついて見せる‼誰よりも愛すると誓います‼‼』
「ヒャァァァァ‼‼」
「セ、セイラン様‼どうしました⁉お気を確かに‼」
思わず湯あみ中に恥ずかしくて叫んでしまうと、侍女が血相を変えて心配してくれた。
ど、どどどどどうしましょう⁉
いえ、どうすることも無いのだけどわたくしは絶世の美女なのだから‼
わたくし何思っているのかしら⁉
あぁもう!あんなことを言われたのは初めてでどうしていいか分からないわ‼‼
チラリと横を見ると、挙動不審なわたくしをまた心配している侍女の顔があった。
年は20後半といったところ。
侍女に聞くのも……いえこの際誰でもいいわ。
「あ、あの……」
「はい、どうされましたか?お加減でも悪くなりましたか??」
「あ、貴方……名前は何だったかしら?」
「はい、ハンナと申します」
「そう……ハ、ハンナは、その男性からその……愛します、みたいなこと、言われたことあるかしら??……あの、男性というかもっと気弱で駄目な感じで全然非力なんだけど……」
わたくしが聞くとハンナはカッと目を見開き、次の瞬間とてつもなく笑顔になった。
「うふふふ‼きゃあセイラン様‼告白されたんですか⁉誰ですか⁉ライナス様⁉それとも新しく入った……」
き、急に押しが強くなったわね‼
「わ、わたくしの話はよくってよ‼それよりハンナはどうなの⁉」
ハンナはわたくしの髪をゆっくりと洗いながら物思いにふける。
「そうですねー、夫とは恋愛結婚だったんですけどそんな正直に愛していますなんて言われたことは無いですねー。うふふふ、意外と勇気が要るんですよ‼素敵な方ですね!」
「そ、そう……」
素敵⁉あのポンコツが⁉…………。
た、たしかに、跪かれた時はちょっとドキドキしたけれど……それにあの瞳も綺麗だなとか、意思が宿ると全く雰囲気が変わるなとか…………何を考えているのかしら……。
「ハンナ、もしも、よ?もしもそんなことを言われたらその…………どうすればいいのかしら??」
「どう、とはどういうことでしょうか?言われた相手にもよります。セイラン様は婚約者もいらっしゃいますし、どなたに言われたのですか?」
どなたって言わないといけないのかしら⁉
あぁ、でも言わないと解決しないわ‼
わたくしは両手で顔を伏せて赤くなるのを必死に抑えた。
「どなたって、ほらあの、あれよ……」
「申し訳ありません、あれでは分かりかねます」
殿下……だとウィリアム殿下と混同するわね。
「カ、カイ……いえ‼あのポンコツよ‼ポンコツ‼‼」
「きゃあ!セイラン様‼婚約者の王子殿下からその様なことを⁉」
ハンナの驚き様にわたくしは思わず振り向いてしまった。
ハンナは髪を洗ってくれていたので水しぶきがそのまま服についてしまった。
「あ、ご、ごめ」
途端にぎゅううとハンナに抱きしめられた。
「ハ、ハンナ⁉濡れてしまうわ!」
「セイラン様‼わたしは嬉しいです‼‼お嬢様にも春が‼春がやってきたのだと‼‼‼」
「は、春⁉」
「はい、恋の季節!春です‼‼」
言い切られてしまうと、途端に恥ずかしくなってくる。
「わ、わわわわわわたくしは別に殿下と恋なんて……」
「うふふ‼そうですね!でも言われて嬉しかったんですよね‼」
嬉しかったかと聞かれて、嬉しくないわけなんて無い。
ずっと、パートナーには愛してほしいと思っていたのだ。
でも、顔がどうしても赤くなってくるのは恥ずかしい。
わたくしは小さく、それはもう凝視しないと分からないくらいに小さく頷いた。
「あぁ‼‼セイラン様可愛い‼‼」
ハンナが一度緩んだのにまたきつく抱きしめてくる。
「ちょっとハンナ!離れなさいな‼」
「もうちょっと‼この可愛いセイラン様をもうちょっとだけ‼‼」
「貴方何を言ってるの‼‼」
そんなこんなで、ドタバタな湯あみも終わり、就寝前。
「ハンナ、結局わたくしどうすればいいのかしら?」
「うふふ!どうもしなくても大丈夫ですよ‼‼セイラン様はセイラン様のままで可愛いですから‼」
「でも……わたくし、最低最悪な傲慢悪女でしてよ??それにそこらへんに居る衛兵よりもよっぽど強いし淑女としての行動だって……魔法だって使えないわ」
自分で言っていて、どうしたのだろうかと思ってしまった。
今まで騎士になりたい、愛されたい、一番になりたい、ただそれだけで、自分の悪女ぶりなど気にしたことなんて無かったのに。
ハンナはまたしてもぎゅうぅっと抱きしめてくれる。
「大丈夫ですよ。セイラン様はセイラン様のままで。セイラン様は殿下の前でご自身を取り繕っていたのですか?」
「いいえ?そのまま悪女だったわ」
わたくしの言葉にハンナはクスリと笑った。
「でしたら大丈夫です、殿下はそのままのセイラン様が好きになったんですよ。それにわたしはセイラン様を悪女とは思えません、ただ不器用で真っすぐで恥ずかしがりやの可愛い女の子です」
ハンナはわたくしの頬をはさみじっくりと瞳を合わせた。
茶色い髪に茶色い瞳、そしてそばかすだらけ。
「セイラン様、セイラン様は気にもされていませんが貴方様は私と夫とのキューピッドなのですよ?」
「???」
言われてもピンと来ない。
この侍女の名前すら今日初めて知ったくらいだ。夫の顔なんてさらに知らない。
困惑しているわたくしに、ハンナはゆっくり語りだした。
ハンナの話によると、ハンナは実は伯爵家の愛人の子だったらしい。
政略結婚が嫌で恋をしたいと家出をし、この公爵家で働いていたところ実家の使用人に見つかり危うく連れ戻されそうになったのだとか。
それを見たわたくしが〝わたくしの〟侍女に何をするのかと怒り、実家の使用人をいじめぬき、最後には肥溜めに突き落として撃退したのだという。
そのおかげで今の夫と出会い、結婚出来たのだとか。
…………全然記憶にありませんわ。
「ハンナとしては得でも、やっていることは悪女そのものだわ」
「うふふ、そうですね。セイラン様は外から見ると悪女です。
でも、一度自分の内に引き入れた者は決して誰にも傷つけさせません。だからこそ、わたしたち公爵家の使用人はセイラン様が大好きなんですよ」
ハンナはとても暖かな眼差しでわたくしを見る。
「そ、そう…………」
「実感が湧かないなら更に追加しましょう!
メイドのアンもセイラン様が大好きです!
彼女が新人の時、男爵家のお嬢様に粗相をしてしまい鞭で叩かれそうになったことがありました。
そこにお嬢様が割って入り、男爵令嬢を叱り飛ばしたことで暴力は振るわれず、彼女は教育し直しという適正な処分に至りました。
あの時、鞭を片手で受け止めたお嬢様はカッコよかったです‼
あと、この公爵家の使用人は絶対にいじめを行わないことで有名です!
全員が〝セイラン様の〟使用人であり、同じ使用人同士だとしても傷つけたり何かすればセイラン様が怒ってくださいますから‼
……まだ続けますか?」
「……も、もういいわ。わたくし眠くなったわ‼おやすみなさい!」
「うふふ!はい、おやすみなさいませ、セイラン様」
本当は眠くなんて無い。
ハンナの言葉にとても嬉しくなっているわたくしが居た。
ただ、嬉しくて仕方がないのを悟られたくなかったのだ。
たくさん、こんなにもわたくしを好きだと言ってくれている人たちが居た。
……これからは、もっと使用人にも、いえ、人にも優しくしてみようかしら。
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