第二十一話 約束の日
真っ黒だ。
ああ、わたし、どうなったんだろう?
死んだのかな?………彼はどうなったのだろう?お恵ちゃんも。
そうだ、お恵ちゃん。あなたに謝らないといけない事があるの。
復讐なんて、仇なんて下らないなんて最初は思っていたわたしだけど、あの男が義総さんを殺したと分かった途端に復讐に走ってしまった。
ごめんなさい。
でもね、お恵ちゃん。わたしも同じ立場になって分かったことがあるの。
復讐なんて下らないってことを。
あの時わたしはあの男を倒すと誓った。でもそれは復讐としてはなく、敵として。
わたし、感情が制御出来ないから時々鹿威さんや霪馬さんに注意されることもあった。あの時も鹿威さんは自前にわたしに注意をしていた。
でも、わたしは感情を制御出来ずに敵陣に入り込んで今に至っちゃった。
バカだな……
匠次郎さん。わたしの本当のこと分かって気持ち悪いとか化け物とか思っています?
それとも、わたしが言ったことは嘘だと思っていますか?
────小春
ああ、誰かがわたしの名を呼んでいる。目を覚まさなきゃ……目を
「おーい、小春。目が覚めたか?」
鹿威さんが顔を覗かせた。
「え………ここは?」
わたしは辺りを見渡した。
「新しいオレ達の住処だよ」
「わたし……何日気を失っていました?」
「えーと……何日だっけ?霪馬分かるか?」
「三日だ。日数ぐらい覚えとけ。どアホ」
「三日………」
何かを忘れている気がした。何を忘れているんだろうか?
「お恵ちゃんと匠次郎さんは?」
「あの二人は昨日帰ったよ。匠ちゃんの方はお前をずっと看病してたんだが、あの娘も目覚めたし、何か命日が近いとやら、あの娘と一緒に家に帰ったよ」
命日………。そうだ、命日。義総さんの命日今日だ。行かないと。
何故か今日は会える気がするのだ。義総さんに。
わたしは立ち上がろうと起き上がった。
「まだ起き上がらない方がいい。アイツ、お前の固い神衣を毒で溶かし、お前の中には穢れが入ったんだ」
「わたしはコレくらいで死なない」
「分かっている。だが、まだ歩けるような状態じゃないし、今回は傷の治りが遅い」
「それでもわたしは行く」
行かないと。行かないと。わたし伝えたいことがあるの。彼に……
鹿威さんは呆れたと言わんばかりに溜め息をついた。
「そんな顔しても今回ばかりは駄目だ」
鹿威さんはそれだけ言うと部屋から出て行った。その後を続くように霪馬さんもだ。
菖蒲さんもいるのだが、彼女はわたしの見張り役らしく、ずっと居た。
わたしは寝たふりをした。彼女が油断し、厠に出るのを。
障子が開けられ、人が出て行く気配がした。わたしは急いで起き上がった。途中、お腹に激痛が走ったが何とか箪笥まで行き、その中から目に付いた帯と藍色の着物と黒い羽織りを掴み、急いで着替えた。
足袋を履く余裕などなかったことで、急いで草履に足を通し外に出た。
しかし、外は風が少し吹き、大雪だった。
わたしは見つからないように鳥居をくぐり、階段をゆっくり駆け下りた。とりあえず道端に出たがどっちの方角が彼の家なのか、解らなかったが、左に進んだ。
さすがに大雪が降っているなか、道行く人々の姿は余り見当たらない。
風が次第に止んできたが、大雪で左足首と右腕がまだ痛む状態では前に進むのは困難だった。
わたしは腹の激痛にも我慢しながら足をビクつかせながら前に進んだ。
ようやっと見覚えのある店構えが見えてきた。
「おや?小春ちゃん?」
前に彼の両親が傘をさし、提灯を手にして来ていた。
「どうしたんだい?顔色が悪いよ?」
昔は良く匠次郎さんとわたしで彼の仕事を邪魔していたものだ。その代わり、良く怒られていたのが義総さんだが。
「あの、匠次郎さんは?」
わたしは羽織りの開いている隙間から寒さを凌ぐ為、自分自身を抱きながら彼らに聞いた。
「あの子ならまだお墓にいますわ」
おっとり系の婦人。彼女はここの後妻だ。
「そろそろ雪が強くなってきたから帰るぞっと言ってやったんだが、聞かなくてな。匠はどうやら反抗期らしい」
遅い反抗期ですね。
わたしは彼の居場所が分かったので、彼らにお礼を言って墓場に向かう。
「おい。ちょっと待て。そんな格好でこんな大雪の中出歩いたら危ないぞ。こっちで帰りを待てないのか?」
「わたしも彼の墓まえりに行こうと思いまして。宜しいですか?」
「それは嬉しいんだが、大雪が止んでからなしなさ……あっ、ちょっ」
わたしはまた再び歩き始めた。
やっと寺の壁が見え始めた。墓場はこの寺の壁を右に曲がり、階段を上がった所にある。
わたしは右腕を庇いながら寺の壁に手をつき、よたよたと進み始めた。
さっきよりも腹の激痛が増し、心なしか?血が滲んできているように感じた。
目立ちにくい着物色でよかった。
しかし、寒さで足の感覚が無くなってきた。
痛い……
やっとのことで壁を曲がった。
彼は今どこに居るのだろうか?もうこちらに向かって帰って来ているのだろうか?
「匠次郎さんっ」
名前を呼んでみた。返答がない。わたしは壁に手をつきながら少しずつ歩みながら名前を呼んだ。
「匠次郎さん」
風がまた吹き始めた。声が風によってかき消されている気がして何度も彼の名を呼んだ。
「匠次郎さんっ匠次郎さんっ匠次郎さん!」
「小春さん?」
やっと返答をくれた。
彼は驚いていた。わたしは彼の元に行こうとしたのだが、腹の激痛と足の痛さに倒れそうになった。しかし、彼が受け止めてくれた。
「小春さん、何でそんな重傷のあなたがそんな格好で来たのです。それも素足で」
わたしは彼の着物を掴んで、立ち上がった。
「わたしも……わたしも行かせて。彼の墓まえりに」
「それは別に良いですが、震えているあなたをこれ以上雪の中に居させたくはありません」
「行かせて、行かせて。おねがい」
わたしは子供みたいに彼に追いすがった。
「会える気がするの」
「はい?」
「義総さんに。今日だけは会える気がするの」
「兄はもう」
「わたし、意識は正常です。狂ってる何て思わないでください」
「そんなこと何も思っていません」
「おねがい」
無言になった彼は大きな溜め息をした。そして自分が羽織っている羽織りの紐を解き、その羽織りをわたしに被せた。
「そんな薄い羽織りと着物でこんな大雪名中、長時間歩くバカがどこにいるんですか?」
彼はほんの少し微笑んだ。
「コレを着て下さい」
「匠次郎さんは?」
「大丈夫。私はもう一枚着てますから」
本当だ。もう一枚着ていた。金持ちのすることは解らない。
彼は閉じていた傘を開き、それを手前に下ろし、わたしに背を向けてしゃがみ込んだ。
「乗って下さい。私が向こうまで連れて行きます」
「でも、匠次郎さんも両手の平の傷と肩の傷がまだ治っていないんじゃ?」
「私より重傷のあなたに遠慮は無しです」
仕方なくわたしは彼の背中に負ぶさった。ふんわりといい匂いと暖かさが感じた。
彼は傘を肩に預けるとわたしを背に立ち上がった。わたしは傘が落ちないように持った。
「重くないですか?」
わたしは恐る恐る聞いてみた。コレでも一様乙女なのだ。
「そうですね。小春さん、最近太りました?」
「ひっ、酷い!」
「はははっ。冗談ですよ」
「世の中には言って良い事と悪い事があるんですよ?」
「すみません。それより小春さん。ちゃんとご飯食べてきましたか?太ったというよりも、軽いですね」
「急いできたから」
「だったら後で私の家で食べましょう」
「鹿威さん達が心配するので止めときます」
「では家まで送ります」
久しぶりだ。こんなに彼と話すのは。それから鹿威さん達の話題で話しが盛り上がったのだが、墓の前まで来るとわたし達は無言になった。
そしてやっと義総さんの墓の前に着いた。わたしを下ろした匠次郎さんは腰をトントンと叩いていた。
わたしは墓の前でしゃがみ込んだ。
「……何も感じない」
「はい?」
匠次郎さんが聞き返した。
「何も感じない」
ただ、新しく備われた供物があるだけだった。
わたしは何故か泣きそうになった。会えると思って来たのだから。
「会えない……何でかな?」
わたしは上を向いた。雪がさっきよりも止んできた。
「そう簡単に会えるわけねーよ」
「えっ?」
鹿威さんが後ろで傘をさしながら来た。その後ろからは霪馬さんや菖蒲さんに久しぶりの千景さんまでもがいた。
見つかってしまった。怒られる!
「恥ハゲはお前の探索に手伝って貰ったんだ。本当はオレ達だけでするつもりだったんだが、コイツがオレ等に用があるっつてな」
「えっ?何気に俺の名前間違えてない?」
「あなたは確かあの時の青鬼では」
匠次郎さんが手を顎にやった。
「ゲッ!いつかの祓い屋!?」
千景さんは驚いていた。
「あれ?私、言いませんでした?人里に下りないようにと」
どうやら彼らは面識があるようだ。
「約束を破ってすまない!が、今回だけは許してくれ!実は我々は今日、雪合戦をするのだが、道束様から彼らも誘って来いと言われて、それで」
「良いでしょう。今回だけですよ?」
何かを感じ取った匠次郎さんは納得したようだった。
「た、助かる!」
千景さんは匠次郎さんに合掌をした。
「で、行こうか。小春」
鹿威さんがきびすを返した。
「でも、わたしまだ会ってない」
立ち止まった鹿威さん。彼は後ろを向きながら言った。
「会えるさ……お前達の約束のモノを成し遂げたら」
「え?」
「あるんだろう?約束したこと」
霪馬さんが聞いてきた。
約束したこと………あっ!
「「大きな雪兎!!」」
わたしと匠次郎さんは声を合わせて言った。それが少し可笑しくて、わたしと匠次郎さんは顔を見合わせて微笑んだ。
「その前に、ホラッ」
霪馬さんは巾着袋から小さな粒を取り出しわたしに差し出した。
「ん?何ですか、これ?」
「秘薬品だ。お前、今傷口が少し開いて血が滲み出しているだろう?」
「あ、ありがとうございます」
皆に迷惑をかけていることに申し訳なさを感じた。
「今回は特別に神の道、神道を使わせてやる。本来はオレと霪馬、小春しか入れないが、今回だけは特別だ。お前ら、オレ達の服を強く握りな。でないと、途中、どこかの時空に飛ばされるぞ」
「分かった」
千景さんは霪馬さんに、菖蒲さんは鹿威さんの服を強く握った。
「あの、わたしまだそれを実行した事がありません」
「えー……。俺達に付いて来い。それが無理ならオレの名を念じとけ。確実にオレの所に来れるから」
そう鹿威さんは言って消えた。霪馬さんも消えた。わたしと匠次郎さんは二人ポツーンとなった。
「えっと、どこかに着いたらごめんなさい!」
わたしは先に謝っておく。
「いいえ。お構いなく」
わたしは彼の手を握った。服ではもし破けた時が怖いからだ。
一瞬、匠次郎さんは驚いたが、優しく握り替えしてくれた。
「行きます」
わたしは強く念じた。
鹿威さんの所!鹿威さんの所!鹿威さんの所!
地面の感覚がなくなり強い風が一瞬だけ感じたかと思った。しかし、再び地面の感覚が出来て目を開けてみると皆の所にいた。
「やった!着けた」
しかし、一人足りないのに気がついた。
「あれ?鹿威さんは?」
霪馬さんは呆れながら、下を指差した。そこにはわたしに踏みつぶされている鹿威さんがいた。
「ひゃっ!ごめんなさい!」
わたしは慌てて、そこをどいた。
「おぇ。マジ……一人の上から舞い降りてくる奴がいるか!?」
彼は立ち上がった。
「鹿威さんが強く念じろって」
「念じろっつても、一回で弱くで良いんだよ!」
「今度から気をつけます」
わたしは謝った。
「それで、ここは青鬼邸の裏山の竹林何だが……我々は代々ここで雪合戦をすることになっている」
竹林っといっても、周りが竹林でここは広く円をかくように空き地になっていた。
「っしゃぁ!早速、雪合戦を始めようじゃないか!」
鹿威さんが目を輝きさせながら拳を握り締めた。やけにやる気である。
「で、チーム編成はどうするんだ?オレと霪馬は離した方が良いぜ?強いから」
「大丈夫だ。それはこちらで何とかした」
千景は袖口から紙を一枚取り出して、そこに書かれているチーム編成とやらを呼んだ。
結果的にわたしと匠次郎さんに鹿威さんとその他の青鬼が仲間に。
千景さんと菖蒲さんと青鬼部下。
霪馬さんと……見覚えのある青鬼さんに青鬼部下の半分。
「あれ?お前……どこかで会わなかったか?」
霪馬さんが見覚えのある青鬼を指差した。
「あ、兄上ー!チェンジ!チェンジしてください!マジ本当!コイツ、青鬼の俺様より鬼なんです!雪合戦どころか、内部戦争起こっちゃいます!」
見覚えのある青鬼さんは千景さんに詰め寄った。
「は?何を言っておる?もうチーム編成は決まったんだ。今更代えることは出来ないぞ?」
「おねがいします!どうか!兄上は俺がどうなっても良いんですね?」
「いや、どうなってはいかんが、もう……皆戦っている」
「早っ!」
「それに、千秋はお兄ちゃん離れをしなさい」
「お兄ちゃん離れって、俺はあの白髪が嫌いだけ!あいつ以外……いや、あの黒髪女白髪以外なら誰とも組めるから!」
「ダメダメ。もう遅い。お前は今、敵なんだぞ!」
そう言って千景さんは千秋という青鬼に雪を投げた。
「うわぁぁあ」
千秋は何とか逃げたが、そこからは本当に雪合戦ですら感じない合戦だった。
「受けてみよ!オレのスーパーハイパースノウボールを!」
何を言っているか良く分からない呪文を唱えて鹿威さんは雪を投げた。
「ハハハハッ!残念だな鹿威よ。そんな甘っちょろい雪の魂じゃ、俺は倒せないぞ!受けてみよ!俺のミラクルハイパースーパースノウボールを!」
またまた変な呪文を霪馬さんが言いながら雪の魂を投げた。二人して何をやってるのやら……。
「ちーかーげちゃーん!」
そう呼びなら城から来たのは久しぶりの道束さんだった。初めて会った時よりかなり顔の色がよい。
「み、道束様!?何故ここに!?」
「私は千景ちゃんを応援をしに来たの」
「しかし、道永様が起きられたら」
「大丈夫よ。あの子なら乳母に頼んだわ。それより、頑張ってー。私、応援しているから」
片目を瞑った。千景さんは狼狽えた。
「あ、あ……」
「道束様ァ!恥ハゲ隊長だけ応援とはズルいです」
「な、何だとお前達!何気に俺の名前間違えてるから!!わざとだろ?」
「痔ハゲ隊長より俺達に応援を!」
「痔って、俺の名前は“ち”に濁点などつかぬわ!」
「やだもー。私は皆を応援し・て・る・か・ら」
「道束様ァァァァァア!?」
「ヒャッホーイ!皆の者、この雪合戦は道束様の為に戦うぞっ」
「オオオオオオッ!」
青鬼さん達は何か別の方向に向かっていた。
「くせ者ーー!」
っと叫びながら青鬼さん達を張った押しているのは菖蒲さん。彼女もどこか別の方向に向かっていた。
敵味方関係なくなってきた雪合戦。わたしと匠次郎さんは隅でポツーンとしていた。
「皆、楽しそうですね?」
匠次郎さんは彼らの方に顔を向けながら微笑んだ。
「そうですね。既に雪合戦とは違いますが」
彼は辺りを見渡した。わたしも辺りを見渡した。すると急に腕を引っ張られた。
「しょ、匠次郎さんっ?どうしたんですか?」
彼はどこか落ち着きが無くなっていた。さっきまでの落ち着きぶりはどこにいったのだろう?
「聞こえたんです。兄の声が向こうから」
「えっ?それって」
わたし達は楽しんでいる彼らを置いて、林の向こうに消えた。
竹林を抜けたら、そこは懐かしい場所だった。
「ここは……」
「あの時、私と兄と小春さんで約束をした地ですね」
「わたし達、さっきまで別の場所に居たはずなのに」
「どこかの空間からこちらに来たのでしょう。先ほど通った道に亀裂が入っていたから」
「よく観察したな。匠」
物陰の向こうから来たのは、義総さんだった。
「兄さん!?」
「義総さん?」
「久しぶりだね。こうして三人揃うのは」
彼は静かに微笑んだ。
「空間を開いたのは兄さん何ですか?」
義総さんは静かに首を振った。
「違う。空間を開いたのは別の人。私は少し空間をいじらせて貰っただけ。その証拠に亀裂が入っていただろう?」
「義総さん。義総さんはお化け?幽霊?……あれ?お化けと幽霊って一緒だっけ?」
わたしは頭がごっちゃんになってしまった。
「私は成仏しきれずにここにいる。簡単にいうと、未練ある霊かな」
「触れる?」
わたしは一つ聞いてみた。彼は首を傾げた。
「どうだろう?私自身それはまだ分からない。だから、君達で試してみて」
彼はホラッと手を差し出した。わたしと匠次郎さんは迷ったが、一緒にその手を触ってみた。
「あっ、感触がある」
彼の手はまるで生きているように少し暖かった。しかし、次の瞬間腕を引っ張られたかと思ったら義総さんのにわたし達は抱きしめたられていた。
「逢えて……また三人でこうして逢えて良かった」
声が微かに震えていた。
「私も、兄さんにまた逢えて嬉しいです」
匠次郎さんも声が震えていた。わたしは彼らが泣いているのか、少し気になった。
だが、匠次郎さんと義総さんはちょうど同じ背の高さ。わたしは義総さんの肩にやっと頭のてっぺんが届くくらい。だから、わたしは顔を上げないかわり彼らの顔は見えない。
「二人とも成長したね」
わたし達をそっと解放した。
「私自身、変わっていないと思うのですが」
「はははっ。自分ではそう思うもんだよ。だけど、他の人から見ればお前は随分強くなった。私は誇らしく思う」
「ありがとうございます」
「……二人とも、あの時の約束の大きな雪兎、作ろう。楽しく」
そう言った彼だが瞳は潤んでいた。約束を果たす。それは彼の成仏を意味していた。
「そうですね」
「わたし、雪いっぱいかけ集めてくる!」
「私と匠は大きな雪兎を作ろう」
そしてわたし達は雪兎を作り始めた。わたしは雪を腕いっぱいに抱えながら思った。
不思議だ………。傷が痛まない。先ほどの秘薬というものを呑んだからだろうか?
雪を彼らの元へ持って行く。形が微妙に出来始めていた。雪兎の大きなモノはかなり大変だ。雪集めが。
「だいぶ出来始めたね」
その言葉にわたし達の作業が遅くなった。完成すれば義総さんとはお別れだ。
しかし、時というものは残酷で、作り続ければいずれ完成するもなのだ。
「そうだ、コレが完成したらもう一つ、それぞれの雪兎を作ろう」
義総さんがそう提案した。だが、コレが完成してしまえば彼は成仏してしまう。
だからわたし達は目と耳を付けた大きな雪兎の頂上に小さな三つの穴を空けた。コレだとまだ完成していない事になる。この穴を埋めるまでは……。
「あの時のように成ればいいな」
義総さんは自分の雪兎を作りながら言った。
あの時とは、今日のように雪が積もって、わたし達それぞれが手の大きさに合わせて作った雪兎の事だ。
義総さんの雪兎が一番大きく、中が匠次郎さん。一番小さいのがわたしだった。
「なりますよ。絶対に」
わたしは強く言った。
「だといいね」
彼はまたほんの少し笑った。
それからはわたし達は雪兎作りに夢中になった。
「出来た」
わたしは雪兎を完成させた。二人も出来たようだった。
わたし達はあの時のように並べた順番に雪兎を大きな雪兎の頭にある三つの穴に置いた。
「変わらないな……」
そう先に口に出したのは匠次郎さんだった。それにわたし達が賛成する。
「本当だ。やっぱり一番大きな雪兎は義総さんのだね」
「確かに。匠は私より少し小さいが……小春のは前より少し大きくなっただけだな」
「それ、前と変わらないっと言うことですよね?」
わたしは義総さんを横目でみた。
「えーと、別にそんな意味で言った訳じゃ」
「別に気にしませんよ。わたし、小さいままですから」
「ご、ごめん。小春も背伸びたと感じるよな?匠」
話しを匠次郎さんにふっかける。匠次郎さんは慌てた。
「え、まあ……そう……だと思います」
目をそらした匠次郎さん。
「………別に気を使わなくたって良いよ。気にしない。わたし、コレから背伸びる気満々ですから」
一瞬目をキョトンとした彼ら。しかし、急にプッと二人して吹き出した。
「アハハハハッ」
わたしは首を傾げた。胸を張って誇らしく言ったつもりなのだが、かえって彼らの笑いをとってしまったようだった。
十分に笑った後、義総さんは真剣な眼差しになり、雪兎を見た。
「やっと」
「「完成した」」
わたし達三人は声を揃えて言った。するとわたしの横からピキッという音が聞こえた。
わたしは義総さんを見た。彼は光ながらゆっくり消え始めていた。
彼は消え始めている自分の指先をみた。
「ああ。もう、お別れか……」
その指先を見ながらゆっくり目をつぶった。そして再び目を開けた時は匠次郎さんを見ていた。
「匠次郎。お前に伝えたいことがある」
その真剣な眼差しに匠次郎さんも顔を真剣にした。
「はい」
「お前の内(体)にいる私の式神の白黒との契約は解除しよう」
「えっ?」
急にそんなことを言われて、彼は驚いた。
「あれは元々、私がお前のことが心配だからしたことなんだ。お前が傷ついて、血を大量に流すような事が起こったら、出るように」
「そんなことを私に?」
「ああ。だが今やそれは必要ない。お前は強くなったしもう彼女は守らなくてもいい」
匠次郎さんは目を見開いた。
「何故?」
「お前も知っているように、小春は神擬なんだ。神擬は私達より遥かに強い力を持つ。そんな彼女は自分の命だって守れる。だから、お前はもう戦わずに済む。コレからは父の手伝いだって出来るしな」
「私は」
「もう、私の約束だとかそんな事気にせずにお前の自由にすればいい。自由に好きな人の傍に居ればいいし、それはお前の自由だよ」
「えっ?」
匠次郎さんは再び驚いた顔をした。
ほおー。なる程。匠次郎さんには誰か好きな人がいるのか。あっ、そうだ。前も言っていたな。
はて、それはどんなお相手なのか、後で聞いてみようかな?
「小春も……」
「は、はい!?」
いきなり話をふられてビックリした。
「自分の運命に負けずに生きて、幸せに生きるんだよ」
その爽やかな笑顔に胸が締め付けられた。
もう見れない。この笑顔が見れない。
「……はい」
わたしは涙を浮かべながら頷いた。声をあげて泣きたい。
「おいで」
彼は両腕を広げた。わたしは少し狼狽えた。そして匠次郎さんを見た。彼は静かに潤んだ目を閉じ、頷いた。
それが合図のようにわたしは駆け出し、彼の胸の中に飛び込んだ。直ぐにわたしの背中に腕を回し、強く抱きしめた。
わたしは彼の首に顔をうずめた。
好きだよ……小春
そんな言葉が聞こえた。次の瞬間、彼は消えた。わたしは地面に膝をついた。
雪がパラパラと降り出した。わたしは空を見て静かに涙を流した。
「わたしもです。義総さん」
わたしの横で静かに彼も空を仰いで、目を瞑って白い息をはいた。
どのくらい時が経ったのか、匠次郎さんがわたしの肩に手をおいた。
「行きましょう小春さん。鹿威さん達の所へ」
「はい」
わたしは立ち上がろうと足に力を入れた。しかし、足の感覚が寒さでなくなっていた。
「立てないのですか?」
彼が心配しらながらわたしに聞いた。
「はい。寒さで感覚が……」
匠次郎さんはわたしの前にしゃがみこんだ。
「乗って下さい」
ここで断ると申し訳ない気がするので、素直に従った。
「匠次郎さん」
「はい?」
彼はゆっくり歩きながら返事をした。
「お兄さんに会えて嬉しいですか?」
「それは嬉しいですよ。余り話すことは出来ませんでしたが。兄はようやく成仏する事が出来ましたから……。小春さんは嬉しいくないのですか?」
「嬉しい……けど、寂しい」
「何故?」
「もう、逢えないんだなって。あの日のように三人で笑える日々はもう無いんだなって。改めて実感させられちゃったから」
「そうですね」
「わたし、前に進むよ。過去は思い出の中に閉じ込めます。コレからは自分の運命に立ち向かいます」
「余り無理はしないでくださいね」
「………」
話しはここで終わった。わたしはずっと気にかかっていたことを言った。
「匠次郎さん。怒ってます?」
「えぇ?何で?」
「わたしが神擬だっていうことを。ずっと隠していたってことを」
「貴方が神擬なのは何故か薄々気づいていました。だけど、それをずっと隠して、私より付き合いの短いあの赤毛の女性に先に打ち明けてたのは腹も立ちましたし、嫉妬もしましたよ」
「えぇ!」
「でも、これでやっと貴方達と対等に向き合える。対等に話し合える。何よりもそれが一番私にとって嬉しい事です」
「わたしのこと、怖いとか、気持ち悪いとか、化け物とか思わないんですか?」
「何故?私は逆に誇らしく感じますよ。二百年に一度しか生まれてこない神擬と知り合いになれて」
「………変人?」
「えぇ?変人って、そんな酷いことを」
「えへへへっ。でも、嬉しい。匠次郎さんが変わり者でも、わたしの存在を認められたって感じだ」
わたしは彼の首に回していた左腕に力を込めて彼の肩に顔を置いた。
「こ、小春さん?」
彼は狼狽えた。
「わたし、嬉しい」
わたしはそれだけを言って、ずっとそのままの体制をした。途中、彼の首が苦しくないように、腕の力を緩めたが彼の肩に顔を置いていることには変わりはなかった。
そして、やっと時空の亀裂を出、元の世界に戻ったとき、その亀裂の入った時空の扉は崩れながら消えた。
「限界だったんですね。この時空の扉」
「私達も、出るのにもう少し遅ければ向こうに取り残されていましたね」
「まるで……」
「おーい。小春に匠ちゃーん!」
わたし達の後ろから鹿威さんが手を振りながら来た。その後ろには霪馬さん、菖蒲さんに青鬼の皆までも。
「あれ?どうして皆ここに?」
「急に居なくなったお前らを探し回っていたんだよ。このボケチンが」
鹿威さんがわたしのオデコにデコピンをした。
「でも、二人が見つかって良かったな」
霪馬さんがため息をついた。その彼の言葉に皆が頷く。
「そうだ、雪合戦は止めて今は雪だるま大会をやっているんだが、君達も参加するか?」
「千景の弟、千秋がなかなか五月蠅いから変えてやったんだぜ」
「嘘つけ。鹿威は俺に負けそうだったからやめたんだろう?」
「うっさい」
「でもわたし、足が寒さで動かなくて」
「んなもん、もう動くよ。さっきのデコピンはこの為にもあるんだぜ。オレに感謝感謝」
「はあ、ありがとうございます」
わたしは匠次郎さんの背から降りた。
本当だ。立てるようになっている。さっきのデコピンに一体どんな効果があるのだろう?
「っで、雪だるま大会に参加する?しない?」
鹿威さんの問いにわたしは困った。だから匠次郎さんと顔を見合わせた。
「やりましょう」
「そうですね」
意外に匠次郎さんもやる気だった。
それからはわたし達は雪合戦をやっていた場所に戻った。
「小春、例の許婚さんに会えた?」
霪馬さんが隣で雪を転がしながら訊いてきた。
「え?まあ、はい」
「そうか。よかったな」
彼は雪を見ながら微笑んだ。そしてわたしは初めて気づいた。
ああ、皆気を使ってくれたんだ。あの雪合戦もわたし達をどこかで再会させる為の細工。
今の雪だるま大会もわたし達を元気づけるためだったのか。
何か嬉しい。皆、ありがとう。
「よしっ、オレ達のチームは青鬼チームに負けないために早く雪を組み立てるぞ!」
組み立てる?って何を?
わたしは鹿威さんと菖蒲さんが何かに乗って作業してるのを見た。それはドデカい初代徳川家康将軍の雪の肖像画だった。ちなみに目玉は無かった。
「えっ?え、ええええぇ!何かクオリティー高過ぎやしません!?これっ!」
わたしは鹿威さんの言葉を真似しながら叫んだ。
「さあっ、目玉班っ!早く目玉をくっつけろ」
鹿威さんがそう言った途端に霪馬さんは丸く固めた雪を持ち、家康さんの目の辺りまで高く跳びその雪を投げつけるように付けた。しかし────
「えっ?ええええぇ!何か目玉飛び抜けてません!?眼球が瞼よりオープン何ですけどォ」
「細かい所は気にするな小春。さあ、小春の雪も貸せ」
わたしは素直に丸くした雪を霪馬さんに渡した。しかしそれも見事、目玉が飛び出る事となった。
「ちょっ、せっかく、実画みたいに上手く家康さんを造れているのに、目玉のせいで台無し何ですが!?」
家康のあの肖像画に目玉が飛び出した状態を思い浮かべて見よう。完全に変である。
「千景さん、出来ましたよ。何か変な物体」
「あれ?匠次郎さんはあっち側なんですか?」
今まで姿を見かけなかった匠次郎さん。
「いえ、私はお手伝いです。なんか、青鬼さんが造って欲しいというものを造りまして」
「へぇー。一体何を造ったんで………!何とんでも無い下品な物体造っているんですか!?」
「えっ?とんでも無い下品な物体?これ、そんなモノ何ですか?」
彼は下品な物体を指差して首を傾げた。いや、知らないのは当然なのである。
そもそもわたしもつい最近、鹿威さんから学習した言葉なのだ。
「そうですね。それはなんか、便と言ってう○こです」
「う………なに?」
言葉の意味が分からなかったらしい。わたしは彼がコレは一体何なのかを理解出来るまで説明した。
説明の終わりには、彼は一時硬直していた。
「おっ、祓い屋。出来上がったか?」
上から声が聞こえた。わたしはその方向を向いた。
「あれ?青鬼さん達は仏を造って……!?」
仏は仏でも、螺旋状になっている髪の毛が何故か、無数の下品の塊に埋め尽くされていた。
「な、何てことしているんです!?それ、東大寺にあるデッカい仏像ですよね?本物に近い等身大に造っているのに、頭にとんでも無い下品な物体をくっつけて罰当たりますよ!?ブッダに打たれますよ!?」
このブッダという存在も鹿威さんから教わった。
「小春ー。つまらないギャグ言ってないで、こっち手伝えや」
「少しは黙っていて下さい鹿威さん!」
「私は……とんでも無い取り返しのつかない下品なモノを造ってしまったー!!」
頭を抱えてうずくまる匠次郎さん。疲れて慰める気力すら無くなっていた。
「まっ、時代が時代だし、肖像権の侵害は先ず心配いらないな」
千景さんが一人納得した。
「いや、そもそもその方も神様ですからね!」
「確かに超有名な三大信教の一つだけど」
「信者さんに怒られます!宗教戦争起こりますから!」
「まっ、ここだけの出来事だし、良いだろう?」
「何を言っちゃっているんですか、千景さん!」
わたしは彼らにツッコムのも疲れてきた。結局、わたしは彼らのツッコミでその場を終えてしまった。
「よし、帰るか。小春」
「あ、はい」
わたしは帰る霪馬さんの後を追った。
「今日は楽しかったぞ鹿神」
「楽しい行事は必ず呼んでくれ」
お互いの肩を叩き合う千景さんと鹿威さん。その横では道束さんと菖蒲さんが手を握りあって話に花を咲かせていた。
「ミッチーちゃん、お久しぶり!」
「あら、菖蒲ちゃん!」
「最近、調子どう?」
「良いわよ。あなたはどう?良い男見つかった?」
「やだー、ミッチーちゃん。アタシが男嫌いなこと知ってるくせに」
「ふふ。でも、いつか良い男見つかると良いわね?」
「それより、子供は元気?」
「もう元気元気よ。わたくしの愛しの道永ちゃん」
「あら、男の子なんだ」
会話の内容はどうでもよっかた。でも、ミッチーちゃんって………。
「おい、待て」
わたしと霪馬さんをあの千秋というお方が呼び止めた。
「はい?」
「お、お前ら、俺様のこと覚えていないのか?」
わたし達二人は首を傾げた。
「お前、誰?」
「わたし達、面識とかありました?」
「ある!お前らは忘れているかもしれんが、俺様は忘れていないわ!」
「何勝手に怒っているんだ?お前。つか、誰?」
「あの時!お前らが!ボッコボコにしてくれた鬼だ!」
最初はピンッとこなかったわたし達。だが「あー!」と声をあげて思い出した。
「あの生意気な口のアホ鬼か」
「だれがアホ鬼だ!クソが」
「あぁ?何?誰がクソだって」
身長が千秋という鬼より高い霪馬さんは彼を見下ろした。
「ギャァァァァア!また、ボコられる!」
一目散に逃げて行く千秋さん。それより、仮面が変わっていた為、誰だか全然わからなかった。
「逃げるのならば挑発すんなよ」
「まあまあ」
わたしは彼をなだめた。
「おい、鹿威!早く帰るぞ!」
「イエッサ!」
わたし達の元に来る鹿威さん。わたし達は来たときと同じように戻った。菖蒲さんと匠次郎さんを連れてだ。
「お前の家の前だ」
鹿威さんが家を指差した。
「ありがとうございます」
匠次郎さんがわたし達にお礼をした。
「じゃあな、匠ちゃん」
手を振って彼らは消えた。わたしを残して。
まあ、帰れるから一人でも。
わたしも帰ろうとしたら彼に呼び止めたられた。
「小春さん」
「はい?」
「ずっと渡し損ねたんですが、これを」
それは何時もわたしが身に付けていた義総さんから貰った簪だった。
「ああ、無いと思っていたら」
「私の部屋の隅に落ちていました」
「あの時か」
「小春さんの大事なモノでしょう?」
わたしの手を握って、それを手の平に載せた。一度は握り締めたが、わたしはそれを彼に返した。
「うんん。違う」
「え?」
驚いた匠次郎さん。わたしは簪を渡して、その彼の手を両手で包み込んだ。
「この簪はもうわたしのではありません」
「いえ、これは貴方が兄から貰った簪で」
「その簪はあなた方二人の母の簪です」
「私の?」
「はい。コレを義総さんから貰う前に聞きました。この簪は母の片見であり、男性が好きな人にこの簪をあげるという代々続くものらしいです。あなたの母は一度、父に渡してから貰ったそうですよ」
「そんなことが」
「それに、わたしはこの簪を着ける意味など、もうありません」
「兄のことを愛しているはずでは?」
わたしは静かに首を振った。
「確かにわたしは彼のことを愛してます。しかし、彼は過去の人。何時までも過去を振り返っちゃいけないと思うのです」
「………」
「わたしは前に進みます。でも、簪があるとついつい過去を見がちになってしまう。だったらいっそのこと“持ち主”に返しちゃえば良いっと。義総さんの事はもう、淡い恋心に浸っていた幼い頃の自分の思い出にします」
「小春さん……」
「この簪は匠次郎さんのモノ。いつか、匠次郎さんが愛する人にあげて下さいな」
「私は……」
彼の手が震えていた。わたしは彼の顔を見た。
ああ────何でそんな切ない顔をするの?そんな顔、しないで下さいな。わたしまで、切なくなってしまう。
わたしは彼の手をソッと離し、二、三歩後ずさった。そして、彼に向かって手を振った。
「匠次郎さん。さようなら」
何かを言って近寄る彼だが、わたしは何言っているのか、聞き取れなかった。
そのまま目を開けた。ここは、わたし達の新しい家だ。
匠次郎さん、わたしとあなたじゃ、住む世界が違う。だからいっそこのままわたしに関わらないで欲しい。
だけどあなたはここを見つけてしまうでしょう。わたしは何も言わない。わたしが口出すことはもう無い。あなたがわたしに関わるならばそうしよう。
わたしはあなたを全力で守り抜きます。
ガラララ
玄関の扉が開いた。そこから顔を覗かせたのは鹿威さんだった。
「ああ、小春おかえり」
「ただいま」
「飯、もう直ぐだから、手ぇ洗って上がってろよ」
「……はい!」
わたしは草履を脱ぐ。
「もう……」
鹿威さんが玄関口から外の風景を見ながら呟いた。
「元の生活には戻れないぞ」
彼は外を見ながら白い息を吐いた。
「ええ。覚悟は出来ています」
「そうか……」
彼は目を伏せた。その綺麗な横顔で、瞼の裏では何を見ているのだろう?
わたしは彼を置いて自分の部屋へ向かった。
もう後戻り出来ない。あの楽しい日々が頭を横切る。わたしは───
もう逃げない。




