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第二十話 仇

 鹿威さんに腕を引っ張られた。

 気がついたらわたし達は木の上にいた。

 わたしが落ちそうになったから鹿威さんはわたしの腕を引っ張ったのだ。

「ここは?」

「見ろ。ついたぞ」

 わたしは鹿威さんが指さしている方に向いた。

「誰かと闘っている」

 わたしは葉っぱの茂みから良く見えないので、少し鹿威さんの方へずって目を細めた。


「あれは……」

 身の覚えのある着物。あれはたしか……

 わたしは一緒に夕餉を食べた一人の少女を思い出した。

「お恵ちゃんだ!」

「お惠?今回の依頼者か?」

「どうして」

「待ちきれなかったんだろう?復讐に」

 父を義総さんに殺されたと言うお惠ちゃん。それが本当のことかはわからない。

「おかしいな」

 鹿威さんが不思議そうにボソッと呟いた。

「何がです?それより、早く助けに」

「あの娘、少し変だぜ?」

 変と聞いてわたしは改めてお惠ちゃんを見た。


 確かに動きが変だった。何か……狂っているような‥…。

「匠ちゃんはあの娘ごときで剣術でおされている。匠ちゃんは剣術は下手の方か?」

「いえ、上手い方です。少なくとも浪人や人切りごときで負けるとは思いません」

「……あいつ何者?」 

「はい?」

「いや、何でもない。ところでオレ思ったんだが、あの二人の周りには陰獣と何か別のモノが闘っているぞ?」

「えっ?」 

 わたしは首をのぞかせて見た。

「本当だ。あれは確か……匠次郎さんの式神の白黒だ!ということは」

 わたしは彼の手を見た。刀が握られていて傷は見えないが血が滴り落ちていた。


 わたしは再びお恵ちゃんを見た。偶然、顔が見えた。しかしそこには驚くモノがあった。

「チッ、あの小娘陰獣に憑かれたか!」

 鹿威さんが急に強くそう言った。

「憑かれた?」

「陰獣は負の心から生まれ、負の心に住まう生き物だ。つまり、陰獣は性根の腐った野郎には憑きやすいってことだよ。見ろ、あの小娘、左目が変わっているだろう?」

 確かにそうだ。

「だからか。マズいな……」

「何がマズいんです?」

「陰獣に憑かれた人間は生きた肉を喰らう。そいつの意識に関わらず、生きたままの肉を喰らうんだ。だから匠ちゃんは危な……」

 わたしはそれを聞き終わる前に前に飛び出した。彼を助けるために。


 わたしは懐から扇子を取り出した。この扇子は付喪神といって、わたしの力の影響で自在に形を変化できるモノだ。

「ガグツチお願い」

「はい。お嬢」

 ガグツチは刀に変わった。

 わたしは彼の元に駆けつけようかと思ったのだが、陰獣の数が多すぎてそうはいかなかった。

「ぎゃあきゃっぁきゃ。おめぁてぇのものぉあらわれぇた」

「ぉまぇいぃにぉい」

「ぅまぞおまう。ぎゃぁきゃきゃじねにぃくぅい。ぁいつぅにくい」

 沢山わたしの方に寄ってきた陰獣達。

 わたしどんな匂いがするのだろう?

「貴様、危ないぞ!」

 黒い大きな犬が血みどろになりながら来た。

「助太刀いたす」

「……感謝します」

「おめぁてぇのものぉ」

 豺鬼がいきなり飛びかかってきた。わたしは慌ててよけた。そしてわたしは刀を構えた。


「必要に応じてワシやぁ、姿を変えますわ」

「ええ。お願い」  

 わたしは足を一方前に踏み入れた。怖くなかった。いや、怖くなんかないとずっと心の中で唱えた。

 そうでないと足がすくんで動けなくなるからだ。わたしは唾を飲み込んだ。

 多分、瞳が青くなっているのだろう。体の奥底から熱くなってきた。

 この感じは何だろう?燃えるように熱くなってくる。


「きゃぇきゃきゃ」

 陰獣が再び飛びかかって来た。

 わたしは何の躊躇いもなく刀を振り下ろした。その直後に血が飛び散ってきた。

 衣服や面にかかる。鉄の臭いが鼻を突く。

 臭い……

 それからも陰獣が飛びかかってきた。一瞬の隙があったら殺される。わたしはそう思い。ただひたすらに刀を振りかざしていった。

 血が体中にかかる。

 一つ、前と違ったのが、動きやすいことだ。袴は足に着物が引っかかっていて余り機敏な動きは無理だった。


 しかし、膝下の片足が出る状態の着物は動きやすかった。足が自由に動く。そして、履き物もそうだった。少し高さがあるのは難だが。

 陰獣は次々と襲いかかってくる。わたしは自由な足と刀を使い、何とかやっていける。

「ああああああっ!」 

 大きな悲鳴のような砲口。わたしは少し驚いてお恵ちゃんをみた。

 彼女は叫びながら右目だけ涙を流していた。その苦しげな表情に胸が痛んだ。


 が、この一瞬の隙がいかなかった。わたしの後ろと左右、真上か陰獣が同時に襲いかかってきたのだ。

 何が起こったのかわからなかった。ただ、本当に一瞬だったから。  

 気が付いたら血を吹きながら陰獣が地面に落ちてゆく。

 フッと後ろに風を感じた。振り向いて見ると鹿威さんがいた。

「コラッ!上司の言うことも聞かないで勝手に行動するな!」

 わたしをビシッと指差し、小声でそう怒った。それからくどくどと小さな声で文句を言い始めた。


「分かるか!お前に!?自分が親切に説明してやってんのに何時の間にか消えていたこのショック感が!分かるか!お前に?あのあと、沢山の陰獣が後ろから襲って来て一人で闘っている孤独感を……分かるか!お前に?急いで駆けつけてやったのにたいぶ片付いてきている出遅れ感が!?」 

「はぁ」

「はぁって、もっと謝るとか慰めるとか、そういう慈悲ってんのが無いのか!?お前は!」

「そんなこと言われても」

「何なんですかね?お前は!面を被ると性格キツくなってないですかね?」

 そろそろ鬱陶しく感じた。


「鹿威さん」 

「何?」

「五月蝿いです」

「えぇ!ちょっ、かなりショック!」

「あああああっ」

 また大きな砲口。わたしは彼の元に駆け寄ろうとした。

「まて」

 鹿威さんがわたしを引き止めた。

「何ですか?」

「オレ達のここでの呼び名は、オレはムイでお前は小原(こはら)だ。わかったか?」

「はい、わかりました」

「あと、敬語は無しな」

「はい」

「ちなみに、声は面で違うが呉々もバレるな」 

「わかっています」

「オレは残りの陰獣を片付ける。お前はアイツの助太刀に行け」

 小声且つ早口でそう忠告した。


 わたしは彼を助けに駆け出した。

「ああああああっ!」

 お恵ちゃんが大きく刀を振りかざした。力が強かったのか、匠次郎さんは刀を受け止めた瞬間後ろに飛んだ。

 隙が出来た彼にお恵ちゃんはとどめを刺そうと走り出す。

 わたしはお恵ちゃんに向かって走る。

 そしてわたしはギリギリの所で彼女の刀を受け止めた。


 驚いて目を見張るお恵ちゃん。

「あなたは……」

「我はそなたの依頼を受けた者」

「だったら何故あたしの邪魔をする!?そこを退け!」

「我はこんな復讐の仕方をしない」

「五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!お前はただ依頼人のあたしの指示に従えばいいんだ」

「……だったら我はそなたの依頼を破棄しよう。我はそなたに人殺しなどさせぬ」

 わたしはこんな話し方で良いのか迷った。でも、バレていないか迷って後ろをチラリと見た。


 彼は頭から血を流し目をしかめていた。そして、ゆっくり立ち上がるとわたしに言った。

「どなたか存じませんが、そこを退いて下さい。コレは私の兄の事情。他人のあなたを巻き込むわけ行けません。そこを退いて下さい」

「そんな……そんな傷でそなた闘えるのか?」

「傷なんてどうでも良い。そこを退いて下さい」

「退いて。コレは父の仇。あたしはコイツを殺すっ」

「陰獣に憑かれているそなたに人殺しはさせぬ」

「憑かれている?ふっ、なにを言っているのあなた?」

 お恵ちゃん……あなたは自覚が無いの?どうして……片目がそんなになってるのにどうして気づかないの!?

「退け」

「え?」

 急に一変した彼女の声。低くなっていた。


「退け退け退け退け退け退けぇっ!」

「クッ」

 力が更に強まった気がした。

「退け。憎い。父の仇。憎い憎い憎い。殺す殺す殺す殺す。ソイツ殺す。お前も邪魔するなら……殺すゾ」

「何言っているの!?」

「うるさァァい!黙れェェエ」

 彼女は力強く横に振りかざした。何とか受け止めた。

「ぅまぞおまうなニオイ。お前ぅまぞおまうなニオイ。憎い憎いアイツ憎い」 

「面の方、その子は陰獣に半分支配されている」

「その通り」

 鹿威さんが陰獣を全て倒し終わったのか、血をべっとりつけていた。


「小原。手を引け。今、我らが陰獣だけを斬ろうとしても無駄だ。小娘まで斬ってしまう」

「助けることが出来るのですか?」

 彼は鹿威さんに詰め寄った。

「我々がなんとか出来る。が、完全に陰獣に心を喰われたら無理だ」

「どうすれば」

「彼女の心を揺らせ」

 揺らす?一体どうやって?そもそも本当の真実なんて解らないハズじゃ。

「おーい。調べてきたぜ、ディアさんよ」

 ディアさん?

 林の向こうから見知らない男性が来た。

「おっ、ありがとう。猿真」

「一体何が解ったって言うんです?それより何方ですか?」

 匠次郎さんが聞いた。

「真実よ。ちなみにオレの名前はムイでアイツは猿真だ。ああ、後あの陰獣に憑かれてる娘はお恵だ」

「えっ?」

「えーと、どれどれ?」

 鹿威さんは紙に書かれているものを読み上げた。それはある事件が起きた所の木の精霊から聞いたことらしい。


 ある事件とはお恵ちゃんのお父さんが殺されたという事件だ。

 この内容は何故か、精霊の言葉のように……書かれていた。

 大体の内容はこうだった。



 見るからに狂った三十路の男性がある人と対人していた。

 その三十路の男はある連続殺人の犯人だった。夜になると人が変わったようになるその男は、人の生き血肉を求めうろうろしていた。(この情報も別の木の精霊から)

 男はある男性に斬られたと思ったのだが、違った。ある男性は男に憑いていた陰獣だけを斬ったのだ。

 しかし、男は涙流しにこう言った。

「何人もの人の生き血肉を食べた。俺は鬼だ。生きている価値などない。殺してくれ」

 っと。ある男性は拒否した。しかし、男は急にある男性の刀の刃の部分を持ち、一気に心の臓を刺した。

 ちょうどその時、幼い娘が見ていた。

 ある男性は父を助けられないことに、幼い娘に謝った。



 そう、伝え終わった鹿威さんは匠次郎さんの顔をみた。

「お前とあの娘が知りたかった真実だ。満足か?」

「……ええ。でも、彼女の耳には真実は届いていないそうです」

「だろうな。アイツは陰獣に心を奪われかけているからな……」

「私が片を付けます」

 匠次郎さんはそう言ってわたしの方に振り向いた。

「小原さん。私がやります。退いて下さい」

「しかし」

「小原退け」

 鹿威さんが強めの口調でそう言ったのでわたしは従った。

 わたしは彼女の刀を払って後ろに飛んで引いた。


 直ぐにお恵ちゃんの目の前に立ちはだかる匠次郎さん。彼の目は悲しみを含んでいた。

「お恵さん。もうやめにしましょう」

「ああああああっ!五月蝿いっ!憎い、お前が憎い!」  

 直ぐに刀を振りかざすお恵ちゃん。  

 それを受け止める匠次郎さん。

「お前のせいだ!父が死んだのは!」

「私のせいでも何でも良い。しかし、お恵さん。陰獣に心を奪われるな!目を覚ませ!本当の事に目を向けろ」

「五月蝿い黙れェェエ!お前が憎い憎い憎い!全てが憎い!殺す殺す殺すお前を殺すああああああっ!」

 何度も何度も同じことを叫ぶお恵ちゃん。彼女の左目はすでに変わり果て、右目は涙を流していた。  


「結局私を殺さないと気が済みませんか?」

「喰わせろ」

 涎を垂らしだした彼女は正に陰獣そのものだった。

「お前の血肉を喰わせろ。内臓を喰わせろ。心の臓を喰わせろ……喰わせろ喰わせろ喰わせろォォオ」

「陰獣に成りはてるのか?あなたは弱い。心が弱い。だから陰獣なんかに憑かれる」 

「血肉血肉血肉。お前ぅまぞおう」

 そんな言葉しか言わなくなった彼女。匠次郎さんは何を思ったのだろうか?刀を構えなくなった。両腕をダラリとした。


「何をっ!?」 

 お恵ちゃんは何のためらいもなく襲いかかる。

「あなたがそんなに成ってしまったのは、“私達”のせい。早く誤解を解くべきだった」

「ああああああっ」

「前々からあなたは私の店の周りをうろうろしていた。私は不思議に思った。けど、見て見ぬ振りをしていた」

 目を伏せ、そう言っている彼。

 そんな話している場合じゃないのに!

「口では父の仇と言っているあなた。本当は苦しかったんじゃないですか?お恵さん。あなたは知っていた。兄が既に亡くなっていた事を。でも、父の仇が生き甲斐だったあなたは弟である私に執着していった」

「うああああああっ」

「私が死なないとその思いは晴れませんか?」

「喰わせろォォオ」

「私はあなたにこのまま刀に突き刺されて死ぬ……」

「止めてェ!」 

 わたしは走り出した。

 彼女の刀は真っ直ぐ心の臓の方に向いていた。


「いや」

 彼は一言呟いた。

 刀の刃が心の臓に突き刺さる瞬間、彼は右手で彼女の刀の刃を握り、そのまま横にずらした。

 刀は彼の手を斬りながらそのまま肩に突き刺さった。

「クッ」

 肉が斬れる音。

 彼は右手に力を入れて、肩に深く刺さらないよう刀を止めた。

 肩と右手から血が滴る。

「私はまだ」

 伏せていた目を開いた。

「死ねないっ!」


「喰わせろ」

 刀に力を入れるお恵ちゃん。 

「私はまだ死にたくない。あなたもそのはず。そのまま自我を失うのか!?復讐だけにその生涯を閉じるのか?」

「ああああああっ!」

「負けるな。陰獣に心を奪われるな!あなたは自分の意志で道を歩め。もし、本当のあなたも復讐を望むのならば私は受けて立とう!」

「五月蝿い五月蝿い黙れっ!」

「……お恵さん。あなたには好きな人がいますか?」

 刀に力を入れていたお恵ちゃんの動きが止まる。

「私にはいます。愛している人が、好きな人が。でも、私はその好きな人にまだ想いを伝えていない」

「……」 


「私は死ねない。兄の約束がある。好きな人がいる。家族がいるから!」

「お前に……お前に何が解る!家族を失ったあたしの気持ちが!独りぼっちのあたしの気持ちがお前に何が解る!」

「あなたは独りぼっちではない。あなたが住んでいる長屋にいる皆が君を心配していた」

「何であたしの住んでいる所が」 

「一昨日式神に調べさせたから。それに、私も君が心配だ」

「嘘をつくな!」

「嘘ではない」

「嘘つけ。嘘のくせに」

「では生きろ」

「……へ」

「生きて、私の言ったことが本当か嘘か君の目で見極めれば良い」

「黙れ」

「それからも生きろ。何かを目標に立て、それに向かって生きろ。そして何時か幸せを掴んで、天にいる家族に言ってやれ」

「五月蝿い!」


「私は思うよ。君の父が何故自害したかを」

「黙れ黙れ黙れ黙れっ!」

「あなたの父はあなたを何時か喰い殺してしまうと恐れていたんだ。だから自ら命を絶った」

「五月蝿い黙れ」

「私ももし、彼と同じ立場ならそうしていただろう」

「何も解らないヤツが黙れっ!」

「私も目の前で兄を殺されている」

「えっ?」

「私を守る為に」

「そ……」

 匠次郎さんはお恵ちゃんの肩を右手で掴んで強く言った。

「私は兄の分まで生き抜こうと思う。だからお恵さん。あなたも家族の分まで生き抜きましょう!」

「ああ……」


「負けるなお恵さん。陰獣なんかに負けるな!『お前にあげる心などない』っと言ってやれ!『復讐なんて止めた』と『この心は生涯愛する人の為のモノ』と言ってやれ!私は……あなたに生きて欲しいと思っているから!幸せになって欲しいと願っているから……独りなんかじゃない!これからは私がいる!」

「ああ……う、うわあああああああ」

 いっぱい涙を流し、大きく声をたて、泣き出したお恵ちゃん。

 何故かわたしも泣きそうだ。


「うわあああああああ!ごめんなさい……ヒック……ごめんなさい……許して……」

 刀から手を離して涙を拭うが、大量に溢れ出る涙は拭いきれなかった。

 しかし、泣いている彼女の影から別のモノが動いた。 

「うぎゃ、やだ、ゃだ。こんなのぃごこちわるぅい」

 あれは何だろう?

「小原っ!あれを斬れ!あれがとり憑いていた陰獣だっ」

 指をさしてそう叫ぶ鹿威さん。わたしは言われるがままにその陰獣を斬るべく、彼女の背後に回った。


 その陰獣は黒い影そのものだった。わたしは刀でそれを突き刺した。

「きゅげぇやだぁじにぃたくな」

 そのまま砂のように消えていった。

 一瞬沈黙になったのだが、お恵ちゃんの倒れる音で皆が動いた。

「小原、お前はアイツを診ろ」  

「はい」

 お恵ちゃんは鹿威さんと猿真というヒトが駆け寄った。

 わたしは匠次郎さんの方に駆け寄った。彼はひざを突き、右手で刀を抜いた。


「止血を」

「ああ。ありがとう」

「小原殿、これを使え」

 白い大きな犬は口に小さな箱をくわえていた。治療箱だ。

「ありがとう」

 わたしはそれを受け取り、箱を開けた。随分と物が揃っていた。

「白使、黒使以外の他の者は?」

「九淡は気絶し、柊は何とか生き延びておるが、白の姿が見当たらない」

「何だと!?」

 動こうとした彼だがわたしが慌てて止めた。

「白さんなら大丈夫だ。その者が我らに助けてを求めた。今は我の仲間が治療している」

 とりあえずわたしはどれが止血止めなのだろうと思った。


「その左の一番奥にある黒い筒が止血止めです」 

 彼に言われたモノを取り出した。

 わたしは先ず出血の多い肩に治療に当たることにした。しかし、わたしは迷った。それは、彼が着ている着物をどう脱がせるかだ。

 一、自分で脱がせるか。

 二、わたしが脱がせるか。

 三、脱がせるのを手伝うか。

 の三つの選択に迷った。

 まず、一はいけない。重傷の彼に一人で脱いで貰うわけにはいけない。

 二は……これもダメだ。なんかエロいし、面を被って顔はバレていないが、自分が恥ずかしい。


 結果的に三だった。

 左手が使えない彼は右手で何とか脱ごうとする。それをわたしがちょくちょく手伝う。

 上半身裸になってもらった。ひょろひょろだっと思ったのに意外に筋肉がついていた。余りジロジロ見てしまうと気恥ずかしいので、傷に集中した。

 わたしは血を拭い、血が少し止まるまでそこを押さえた。 

「助けてくれてありがとう」

「えっ?ええ、礼なんて」

「今気付いたのですが、あなた女性何ですね」

 今更かよ!

 っというか、彼は片足が出ている方を見て言った。


「薬塗ります」

 わたしは薬を手に取り、彼の傷口に塗った。雑かどうか解らなかったが、塗えるところは塗った。

 包帯を取り出し、傷口に包帯を当て、ぐるっと肩上から背中、右の脇から出るように巻いた。巻くとき膝立ちになった。

「どうして面を?」 

「わ、我は幼い頃、家が大火事になってな、その時、顔に大きな火傷をしってしまったからだ」

「そうですか。単刀直入に言いますとあなたは何者ですか?」

「何者?」 

「多くの陰獣を倒し、陰獣に憑かれていて力の強くなったお恵さんと普通に対峙していた。普通の女性ならばありえない」

「我は鬼と人の半妖でな。その大火事も実は半妖の私を嫌って起こったことだったのだ」

「だったら、人が憎くないですか?恨みとか」

「え?」


「あなたに傷をおわせた人間が憎くないんですか?」

 作り話だけども彼は何を言ってるんだろうか?

「に、憎いなどない。確かにそういう人もおるが、違う人もおる。だから、我は憎い何て思わないし、それが人間の性だと思うから」

「優しいんですね?」

「はい?」

「いいえ、独り言です。それより、お恵さんはずっと前から憑かれていた気がします」

「何故そう思う?」

「闘っている時、彼女の目を見たんです。とても疲れていた……衰弱していた目でした」 

 すごい観察力だ。そこまで目がいくとは。でもあの時はそんな感じしなかったような……。


「ずっと我慢していたんでしょう。寂しさに。しかし、一月前、その我慢がきれた。これは後から思い出した事なんですが、彼女、一月前にたった一人の家族である御婆様をお亡くなりになられたそうです」

 そんな大事なこと何故今思い出す?


「ずっと憑かれていたが、今まで侵食が進まなかったのは御婆様が居たからでしょう」

「これからどうするのです?彼女の事」

「そうですね?ちょうど今、女中に空きがあるんですよ。ですから彼女は私の所で住み込みで働かせようかと思います」

 おいおい。仮にもあなたの命を狙ったお方なんですが。  

「終った。次は手だ」

 っの前にわたしは彼に着物を着せた。別に全ての治療が終わってからでも良いのだが、今は冬だ。風邪引く。


「先ずは傷の深い右手からだ」

 彼は右手を差し出した。深い傷が刀の刃を握った時のもので浅いのが白黒を喚んだときのものだろう。

「随分前にこんな風にある女性に治療して貰った事があります」 

 はい。それわたしです。 

「血が苦手なのに、治療してもらって悪いな……なんて今でも思うんです」

「相手の女性は案外平気だったり」 

「そんな事ない。だって泣きそうだったから」

 わたし、そんな顔していたの?


「次は左手だ」

「綺麗な手をしてますね」

「鬼の女性は皆、こんな感じだ」

「そうですか。彼も鬼ですか?」

 彼とは鹿威さんの事を言っているのだろう。

「彼は妖怪、パンツだ」

 適当に彼が下に履いている物の名前を言っておいた。

「ええっ?何ですかそれ?新たな妖怪ですか?」

「そうだ。彼は滅多に人前に現れないため、余り知れ渡っていない」

「成る程」

 手の治療を終えた。次は額だ。血が流れていた。


 わたしは彼の額に薬を塗る。前髪が邪魔なので、片手で前髪を上げ、もう片方で薬を塗った。

 こういう時は髷のほうが便利かもと思ったが、前髪を上げた彼は随分幼く見えて可愛らしかった。

 流石に包帯巻く時は大変なので、自分でもってもらった。

「何故でしょう?気恥ずかしい気がします」 

 頬を少し赤らめて視線を横にした。

 いえいえいえ。気恥ずかしいのはわたしの方です。


「終わった」

「ありがとうございます」

「なに、礼に及ばぬ……それより何故自分を犠牲にしてまで戦う?」

「ある女性を守りたくて……それで」

「それだけの理由か?」

「私にとっては大切な人なのです」

「迷惑だと言われていないのか?」

「……そんな事言われたような言われていないような……?あ、でも、彼女最近何か思い詰めているようで心配なんです」

 話をかえた。


「思い詰めている?」

「鹿神と馬神がきてから、私達の関係がずれてきているような気が。私、何かしたのでしょうか?」

 いえいえいえ。わたしの事、わたし自身に相談されても困ります。それに、あなた自身は何も悪くありません。

 わたしが巻き込みたくないだけですから。

「何も心配するな。年頃の娘なのであろう?年頃の娘に悩み事はつきものだ。だから何も心配するな」

「そう……ですね」

 元気をつけるつもりが、尚更元気を無くした感じがする。


「それに」

 わたしは彼の両手を握った。

「余り傷をつけないで。彼女が悲しむ」

「あなたの言う通りですね」

 弱々しく微笑んだ。胸が痛んだ。

「全く、せっかくここまで土台を築いてやったのに、貴様らはとことん台無しにしてくれるではないか?」

 あの時の声が聞こえた。

「お前はあの時の!」 

 鹿威さんが動こうとしたのだが、動けなかった。わたし以外の皆がだ。


「動けない!?」

「オレっちさぁ、名で縛ることが出来んのよ」

 あの眼鏡の男性以外にもう一人いた。それはどこか病んでいるような、髪をボサボサにした青年だった。

「名だと?」

「人間を名で縛るのは、たやすいけど、神様を名で縛るのは大変何だよ」

「チッ、コレは神封じか」

「マジかよ。ディアさん」

 猿真という神が冷や汗をかいていた。


「お前、陰陽師か?」

「違うよ」

「おいおい。まかさ、アレが例のアレなのか?」

 彼らの後ろからもう一人顔をのぞかせた。顔に傷が付いていた。

「ああ。だが、まだ完全に目覚めていない。失望するな」

「当たり前だ。あんな力だけだったら俺はぁ、退屈だ」

「戦うことしか頭にない(あにい)がよくゆうよ」

「るっせぇーよ」

 彼はキセルをふかせた。


「ゲホゲホ。おぇー。兄い、オレっちの目の前で吸わないでよ」

「おい、眼鏡。貴様、土台っつたよな?まさかこれを仕掛けたのは……」

 鹿威さんが動こうと必死に力を込めるが全くビクともしない。

「フフッ。僕さっ!全く、せっかく三年の月日をかけて準備したのに、一瞬にして失敗に終わったよ」

「失敗に終わった?」

 匠次郎さんが首を傾げた。

「貴様だよ。お前は本来、この小娘に喰い殺されるはずだった。そして、それを見て怒り狂う神擬。その時こそ力の覚醒の時だってゆうのに、失敗に終わった。あら残念」

「貴様、許さんっ!」

 唸り声をあげ、歯をむき出しにした白黒。しかし、彼らも体は動かない。


「本当に残念。材料を探すのも大変。せっかく、父親に殺しをさせ死なせ、その娘に陰獣を憑依させたのに」

「そうだ。そこの傷だらけの男、お前俺のこと覚えていねぇーかい?」

 傷のついた男が自分を指差した。匠次郎さんは眉をひそめた。

「誰です?」

「まっ、覚えてねーわな?あの時の俺はぁ仮面をしていたんだから………ほら、二年前、てめぇを攫ってお兄様を脅して、殺した張本人だよ」

 えっ?

「お、お前が兄さんを!?何故?何故私の兄を殺した!?」

 明らかに冷静さを失った彼の目は怒りに溢れていた。


「何故?そりゃあこの作戦の一環よ。てめぇら兄弟は厄介だったからな、どちからを潰そうと思ったんだ」

 作戦の一環?じゃあ作戦の一環で義総さんは殺されたの?

「どうせ潰すなら力が強く、神擬の事を知り、勘が鋭い奴を潰せばいい。どちからを殺す選択は簡単だったな」

「ではあの時私を攫ったのは」 

「勿論てめぇのお兄様を殺す為だ。だが、そう簡単には行かなかった。アイツは俺でさせ手こずった。だが、たくさんの陰獣を仕掛ければいずれ弱る。その好きに俺はバーンよ」

 許さない。わたしも人の事言えない。こいつを許すことが

「できない」


 わたしは一気に彼らに詰め寄った。あの中で唯一動けるのはわたしだけだ。そのまま拳を振り下ろす。本来ならカグツチを使いたいが、生憎、匠次郎さんの所に置いてきてしまった。

「おっと。まだまだだな。まだ遅い」

「うるさい。黙れっ」

「はっははは。人のこと言えねーな。復讐に仇に走ちゃって」

 わたしは蹴りを入れるが当たらない。

「遅いな」

 傷の男は拳を振りかざし、わたしの腹に食い込ませた。


「ぐああっ」

 わたしは後ろに飛、木に当たって下に力無く落ちた。

「ゲホッゲホッ……ハァハァ」  

 お腹に手を当てた。痛い。

「なあ、俺はぁまだあんたと戦えねぇな。俺はぁ強いあんたと戦いたい。だからまだ殺さねぇ」

「フッ。ほざけ。クソが」

「年配に対しての言葉遣いがなってないな」

 今度は足で再び腹を蹴られた。

「ガハッァ」

 また体が宙を舞う。そのまま地面に落ちた。痛いのを我慢しながらわたしは立ち上がる。

 負けたくないっ!

 しかし、そのまままた地面に倒される。

「弱いな」

 

ボッキ


 骨の折れる音が聞こえた。直ぐに足首から激痛が走る。

「あああああっ」

 それでもわたしは木を背に片足で立ち上がった。

「成る程、根性だけはあるらしい」

 彼は不気味に笑った。男は吸っていたキセルを上に高く投げた。

 何をするのだろう?とわたしはキセルに視線を向けた。しかしコレがいけなかった。

「駄目だな。敵から視線を外しちゃ」

 男が目の前に来ていた。彼は素早くわたしの腕を片手で持つともう片方の方で肘を使い、腕を折った。


「あああああっ」


 わたしは激痛に負けそうになるもの、無事な左手で攻撃した。当たったっとそう思った。しかし、彼はビクともしなかった。

 逆にわたしの首を掴み、そのまま地面に叩きつけた。

「カハッ」 

「いいね。叔父さん、このまま殺しちゃいそうだよ」

 息ができない。わたしは彼を睨んだ。


「仮面で表情が分からないのが残念だな。今てめぇは俺を睨みつけている。その綺麗な青い瞳で……おお、ゾクゾクとするよ。早く殺したい。だが」

 彼は手を出した。爪が鋭く尖っていた。

「なあ、今回の神擬は女なんだなぁ。だったら、その柔らかなお腹に刺したらどうなるかな?」

「げ」

「げ?」

「ゲスが。死ね。お前なんかわたしが殺してやるっ」

「決行」

 彼はただそれだけを言うと腹を刺した。


「グハァッ」

「良い。美味しそうな血の匂い」

 男は血のついた手を舐めた。彼は立ち上がり背を向けて帰って行く。 

「じゃあな神擬。次会うときは楽しみに待ってるぜ」

 いつかに投げたキセルが空から帰って来た。彼はそれを掴み、口に加えた。


 ああ。行っちゃう。とれない。わたしあなたの仇とれない。

 わたしが弱いから……神擬なのに弱くてごめんなさい。義総さん。

 いつの間にか髪が解けていた。自分の長い髪が見える。起き上がれない。立ち上がりたいのに起き上がれない。お腹が痛くて痛くて苦しいの。胸が苦しい。


 次第に遠ざかって行く彼奴等。

 術が解けたのか、鹿威さんと匠次郎さんがわたしの方に駆け寄る。

「おいっ!しっかりしろ!」

 鹿威さんがわたしを抱き起こす。

「小原さん。無茶しないでください」

 違う。無茶なんかじゃない。わたしは自分の意志でしたの。

 そう言いたいのに声が出ない。痛いの。呼吸するたびに。


 涙が溢れ出てきた。悲しいしもう一つある。それは────

「く……くや………しい」

「えっ?」

「わ……たし……くや……しい。くやしくて……くやしくて、胸が……痛むの」

「こは」 

 鹿威さんがわたしの名前を言いかけた。

「悔しい……悔しい悔しい悔しいっ!」

「もうそれ以上喋るな!血が」

 匠次郎さんはお腹の傷を布で押さえていた。

 ああ。さっきと逆だな。


「ごめんなさい。弱くてごめんなさい。わたしとれなかった。仇とれなかった」

「仇なんて良いんだよ。別に」 

「義総さんの仇、とれなかった。ごめんなさい匠次郎さん。わたしが弱いばかり……ごめんなさい」

 少し驚いてわたしの顔を見る。彼は何故、自分の名前と兄の名を知っているのか?不思議に思っていそうだった。


 わたしは思った。

 ああ、もうバレてもいいや。どうせわたしの事、匠次郎さんが知らなくても狙われるなら本当の事を言った方がましだ。

 鹿威さんはその意志を感じ取ったらしい。

「オレは別に構わない。お前が望むのならばそうしよう……小春」

 その名前に驚く匠次郎さん。

 わたしは鹿威さんに支えながら静かに面をはずし、匠次郎さんと向き直った。

 彼は目を見開いていた。


「わたしが……わたしが神擬なんです。匠次郎さん」

 明らかに動揺している彼。

「今まで隠しててごめんなさい」

 本当はそのまま彼の返答を待ちたかった。しかし、意識が次第にかすれてゆく。

 わたしは鹿威さんに背を預け、意識が朦朧とした。

 完全に意識が無くなる前に鹿威さんが名を呼んだ。その後に戸惑いながらわたしの名を呼んでくれる匠次郎さん。

「こ、小春さんっ」

 ああ。呼んでくれた。小原じゃない、小春という名を。

 嬉しいな……。 




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