第十八話 本能
「ちょっとぉ~アタシとお風呂入りたいなら最初からそう言えばいいじゃない?」
「え、えーと」
「大丈夫だよ小春ちゃん。小春ちゃんの胸、十分に揉んであげるから」
「いえ、ご遠慮します」
わたしは顔の半分をお湯に沈め、ブクブクした。ここは銭湯で沢山の人が行き交い、体を洗ったりお湯につかったり、裸で立ち話をしたりなど様々だ。
しかし、沢山の女性の裸。江戸では普通の光景であるのだが、村は違った。村では余り大勢では入らない。当たり前だ、人数が少ないからだ。
「でねー」
横の女性がわたしにぶつかった。柔らかい感触に、わたしは何とも言えなかった。
「小春さん小春さん。あの男の新しい情報掴めました?」
わたしと同じく、ブクブクしながらお恵という少女がいった。
「あんた、何でここに居るの?まさか付けてきているんじゃ無いでしょうね?」
「おーコレはデカい胸であります。しかし私は付けてなどいません。今日は偶然の出会いなのです」
「本当かしら?」
「っということで、少しその胸とやらを触っても良いですか?」
「あら、触りたい?でもアタシ的には小春ちゃんの胸の方が柔らかそうよ?」
「本当ですか!?」
お恵ちゃんが目を輝かせた。わたしは被害が及ぶ前にその場をソッと離れた。
全く、変な知識を純粋な人にうえつけないで欲しい。それより、男でも無いんだから、胸の話題はよして欲しいな。
「あれ?胸が柔らかそうな小春さんが消えました!一大事です」
「チッ、逃げたわね小春!」
わたしは湯を出、着物を着、銭湯屋から出た。まだ上がりそうで無い菖蒲さんを待つため、わたしは銭湯屋の出入り口で待つ事にした。
あの異臭の放つ血の臭いは何とか落ちた。今日の朝、菖蒲さんは血の付いたわたしを見て驚いていた。けど、ただ黙ってわたしに手拭いを被せ、銭湯屋に連れて行ってくれた。趣向は少々変わっているが、彼女は姉貴気質で優しい(女限定)。
わたしはぼーっと行き交う人々を見ていたのだが、その中によく見知っている人がいた。
「あれ?小春さん」
相手方もわたしに気づいた。そうこの人は早乙女屋の匠次郎さんだ。昨日会ったばかりで今日も会ってしまった。江戸というのは高い確率で知人とよく会うものだ。
「ここで一体………」
彼はわたしの髪が濡れている事に気づき、わたしが寄りかかっている建物を見た。
「ああ、お風呂ですか。………まだ昼ですよ?」
彼は首を傾げた。うん、そんなの分かっている。
「お風呂が入りたかったのならば私の家にある風呂をお貸ししても良かったのに」
「そんなっ。他人様のお風呂ですから」
実の所、わたしは彼の家には行きたくないのだ。それは、わたしは彼のお母さん(義母)が苦手なのだ。何故なら彼の家に行った時、義母さんから出る何とも言えない視線を感じて怖いからだ。
「他人様のですか……今頃兄が生きていれば、あなたは早乙女屋の人で、他人様では無くなるはずだったんですけどね?はははっ」
彼は軽く笑っていたが目は笑っていなかった。
「匠次郎さんは、店の方は宜しんですか?」
「私、今日から父に三日程暇を頂きました。その時父からは「お前は体が弱いのに少し働き過ぎだ」と言われましたけど」
「では三日程休みがあるんですね?」
「はい。……それより小春さん。私、あなたに─────」
「小春さん、一体どこに行ったのでしょうか?」
「さあね。あの子、逃げ足だけは速いわね?」
匠次郎さんの声を遮るようにこんな会話が聞こえた。
彼女達は菖蒲さんとお恵ちゃんだ。菖蒲さんは別に匠次郎さんに会っても問題無いのだが………問題はお恵ちゃんだ。
彼女は義総さんに仇を取りたいと願いつつ、一体何を勘違いしているのか?彼女は匠次郎さんの事を義総さんだと勘違いしている。
つまり、匠次郎さんを義総さんだと勘違いしているお恵ちゃんには匠次郎さんを合わせる訳には行かないのだ。
わたしは余り良い案は浮かばなかったので、同じく銭湯屋の入り口で誰かを待っている女性に「“ここに赤髪の女性が来たら、小春さんって子は先に宿に帰りました”と伝えて下さい」と言い、慌てる様に匠次郎さんの手を引き、その場から離れた。
あの訓練の後だとついつい早く走りがちなわたしに彼は息を切らした。
「小春さん小春さんっ」
「うぇっ!あっ、ご、ごめんなさい!」
バッと彼の手を離し、止まったわたし。彼は大きく息を吸った。
「はぁはぁ………小春さん何でまた……はぁはぁ……ゴホッ……こんなに急いでいるんで………ゲホッ……はぁはぁ……ですか?」
息苦しそうな彼は無理して話した。しかし、彼とは反対でわたしは全く息を切らしていなかった。
「すみません。わたし早く走りすぎました」
「いえ……これくらいゴホッ」
言葉ではそう言っているが、身体は正直だった。わたしは此処は何処だろう?と思った。
「小春さん、何故急いで走ったのです?」
「ちょっとした……アレです」
「あれ……?」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「そ、そ、そう!走りたかったのです!……手をつないで」
「そうですか。次からは先に言って下さい。色々な意味で驚きます」
最後の言葉は俯いて小さく言った。その時の彼の顔何故か頬を染めて拗ねているように見えた。
あっ、かわいいな。と密かに思ってしまったがこれは心の内にしまっておく。
「そう言えば匠次郎さんは今からどこに行くのです?」
「知り合いに会いに行くところです。小春さんも会ってみます?」
「いえっ、わたしは……」
「兄の友である人なのですが」
この言葉にわたしは断りの言葉を止めた。わたしが興味を持つと分かっていたのだろう。わたしは素直に「行きます」とだけ言い、彼の後に付いていった。
そして随分歩いて、周りが大店から長屋に変わり、さらに奥に進んで小さなボロ小屋……いや、家に着いた。
彼はその家に向かって「すみませーん」と叫んだ。程なくすると、中から「入れ」という声が聞こえた。
わたしは義総さんの友がどんな人なのか興味津々だった。
「お久しぶりです、小次郎さん」
「よっ、久しぶりだな?匠ちゃん」
小次郎と呼ばれた人は座禅を組みニカッと笑い、片手を挙げた。彼はまるで浪人の姿だった。
「匠ちゃん。そこの嬢ちゃんはお前さんのコレかい?」
ニヤニヤと笑いながらポツポツと少々はえている顎髭を片手で触りながらもう片方の手で小指を立て小次郎という人が言った。
「いえ、違います。彼女は兄の許嫁であった者です」
「だと思った。内気なお前がこんな別嬪さんを持つはずがねぇ。それに昔から義総から聴いていた許嫁ってお前の事だったのか……お前名前は?」
「小春と申します」
「ああ小春という名前だったな。義総から聴いたとおり、肌が白くて髪が漆黒で美人。こんな別嬪さんを嫁に貰うはずだった義総は死んじまった。全くあの野郎……。小春、お前幾つだ?」
「十六です」
「義総と七つ違いで匠ちゃんと五つ違いか」
悪い人には見えないが、さっきから何を独り言を言っているのだろう?
わたしの考えている事が解っているのだろう、匠次郎さんはわたしの肩を軽く叩き小さく耳元で言った。
「彼の名前は佐々木小次郎で、なぜか十年ほど前、お家取り潰しになった者です」
「はあ」
「それと、すみません。彼、いつもこうなんです」
「ああ、なる程」
兄の友である事は彼の今の独り言で解った。問題は彼の独り言で一向に話が進まない事だ。
「しかし、これは………」
っと彼はまだ独り言を呟いている。匠次郎さんは“いつものこれ”をどうやって止めているのだろう?いや、どうやって話を進めているのだろう?
こんな疑問が浮かんだわたしはチラッと匠次郎さんの方を見た。すると驚く事に彼は立ち上がり、いつの間にか木刀を持ち、小次郎さんの前へ進み出た。
彼は何の躊躇なく木刀を振り下ろした。
「しょ、匠次郎さん!」
わたしが止めようとしたのだが、既に遅し。木刀は小次郎さんの頭の上まできていた。
が、木刀はその彼の頭の上で止まった。小次郎さんが脇に置いておいた木刀で受け止めたのだ。一瞬の出来事にわたしは口を開けっぱなしだった。
「全く、油断のならぬ奴よ」
「油断はここでは禁物。そう昔ここで仰ったのは貴方です。それにこれは貴方の独り言を止める為にした事ですから」
「はん、昔は刀すら……いや、木刀すら握った事の無い奴が、何を抜かしおる」
「それは過去の自分です。今は違う」
二人は一時睨み合い、それから木刀を直した。まだ、口を開けたままのわたし。
「小春さん」
わたしは涎が出てないか不安になった為袖で口を拭いたのだが、名前を匠次郎さんに呼ばれた。
「は、は、はいぃぃい!?」
「おお、美人だからお淑やかと思ったが、意外に元気な娘だな」
お淑やかにしてれば良いのに残念……とでも、本当は思っているんじゃないかな~?
「誘っといて何なんですが、小春さんは先に帰ります?私はこの人に他に用があるので……」
「何か知りませんが、ここで待ってます」
「そうですか。私は着替えて来るので、ここでお茶でも飲んで、寛いでいてくださいね」
「は、はい?」
着替えて来る?いったい何にだ?そういえば先程から彼は何かが入った風呂敷を持っている。その中に着物が入っているのだろうか?
「おい待てっ!何時からここはお前の家になった?ここは拙者の家だ!お前がこの娘に茶を出すべきだ!」
「見て解らないんですか?小次郎さん。私は今から着替えてくるのです。貴方の方が暇でしょう?」
この二人はわたしにお茶出しを誰にするか、お互いに押しつけ合っている。
「あの、わたしいりません。ここで観ているだけでいいですから」
「いえ、小春さん。私が着替えてから出しますから、寛いでいて下さいね?」
さっきとは全く違う態度の匠次郎さん。
あれ……?
程なくして、茶を持ってきた袴姿の彼の姿。彼らは一体何をするのだろうと思っていたら二人して木刀を持ち中庭に出た。
「私、実は彼に剣術を習っているのです」
「はい?」
急に語り出す匠次郎さんにわたしは耳を傾けた。
「彼は……」
「まだ言ってなかったかのう?拙者の名は伊月小次郎。ある旗本の養子として入るはずだったのだが、とある出来事があってから、拙者は浪人として暮らしておる。ああ、ちなみに義総とは拙者が十つの頃からの付き合いだった」
「っと言う事なんです」
途中から会話に入って来た小次郎さんを、匠次郎さんは睨み付けわたしに言った。
「そうですか」
そして彼らはお互いに構え合った。二人共真剣な眼差しで、何時もの優しい目の匠次郎さんでは無く、険しい目の彼に少々ドキッとした。
彼らはお互い一時に構え合った後、一瞬にして間合いを縮めた。
カチーン
っと木刀同士がぶつかり合う音が響いた。
彼はここで剣術を学んでいると言った。一体何に役立てるつもりか知らないが、護身術を身につけいれるのだろうか?とも勝手に思った。
だが、今までの彼の態度からするてそれは絶対に違うだろうと思った。
あれ?そもそも何で匠次郎さんは、わざわざ義総さんの友にわたしを合わせたのだろう?会話はろくにしていないし……
一体何をしたかったのか?
ガッ
鈍い音が響いたと思ったら匠次郎さんが地面に倒れていた。
わたしが色々と考えている内に一体何があったのだろう?
「まだまだだな……匠ちゃん」
「当たり前でしょ。貴方は剣を持ってきて十四年何ですから。経験の差が違いすぎる」
「ふーん。嬢ちゃんの前だから格好でもつけるのかと思ったが違ったな」
「格好つけたって何も変わりませんよ」
「……」
それからまた稽古し始めた彼らなのだが、匠次郎さんが疲れて来たので休憩をとることにした。
「凄いですね匠次郎さん。剣術習っているなんて」
「別に…兄の方が強かったから、私はまだひよっこです」
「でも、商いを営む人が剣術を習うなんて凄いと思いますよ?わたし、木刀を振るう匠次郎さんが格好いいなって思いました」
横目でチラリと匠次郎さんを見てみたら、彼は正面を向いていた顔を俯きにした。
「……ありがとうございます」
頬を赤く染めた彼に、わたしは熱いのかな?と思った。
しかし、この疑問は小次郎さんのある言葉によって消された。
「よしっ。おい、小春」
「はい?」
「お前も剣の稽古、やってみるか?」
何とんでも無いことを口にする人なのだろう?わたしは女だぞ。それに今は小袖だし、袴ではない。動きにくいに決まっている。
「なに、小袖が動きにくいなら袴貸してやるぞ?」
「いえ、お稽古をご遠慮します」
「そうです。小春さんは女の人だ。きつい稽古は」
「誰もきつい稽古をするとは言っておらん。拙者は少し、剣術というものをしてみるかと言っておるのだ」
剣術か………どうぜ陰獣との闘いでいるから、体験してみようかな?それに、彼はわたしが女だから挑発しているのだ。それなら乗ってやろう。
「体験だけなら」
「小春さんっ!」
横で匠次郎さんが驚いた顔をしたが仕方ない。
「よしっ」
小次郎さんはわたしに一本の木刀を渡した。彼が構えるのを合図に、わたし達は稽古をし始めた。
初めは、避けるのと木刀を交わすのに苦労したのだが、次第に慣れてくると小次郎さんから来る刃が遅く見えて来た。
ゆっくりゆっくりと呼吸を浅くし、集中すると更に刃が遅く見えてきた。
わたしは彼の刃を余裕でかわせる要になった。一歩、一歩とまた一歩と後ろに下がりながらも確実に避けていく。
焦りの感じたのか、小次郎さんは更に早くするも、わたしは避ける。しかし、彼が横に大きく振りかぶった時は、体を曲げて避けた。
ああ、何でだろう?
これがすごく……
すごくすごく
楽しい
「小春さんっ!」
名前を呼ばれて「ハッ」と意識を取り戻した。わたしは何時、意識が遠のいていたのだろうと思った。
しかし今わたしの状況を見て驚いた。
わたしは小次郎さんに馬乗りし、彼の両手を足の肘で抑え、左手は彼の首を掴んでおり、もう右手は木刀を持ち、いまからとどめを刺す所だった。
小次郎さんは顔を青ざめ脂汗をかいていた。
何時……一歩何時こんな状態になったのか?わたしはあの“楽しい”と思ったところから意識がハッキリしないのだ。
「す、すみませんっ!」
わたしは慌てて立ち上がり、彼に謝った。
「いや、拙者は大丈夫だ。まさか女のお主がここまで強いとは思わなかった。先程のは拙者の不注意もあるからして………」
わたしはそれ以上何も聞いていられず、その場から逃げるように「おじゃましました」と言って帰った。
あのまま匠次郎さんがわたしの名前を呼ばなかったらわたしは……わたしは彼を殺すはずだった。
ただの木刀だが、打ち所が悪ければ死に至る。それをわたしは彼の眼球に突き刺そうとしたのだ。
ああ………なんであの時思ってしまったのだろう?
闘うのが楽しい
と、何故思ってしまったのだろう?違う。闘う事が本当のわたしだ。だから“闘うのが楽しい”と思ってしまうのは闘いにずば抜けた神擬の本能なのかもしれない……。
「小春さんっ!」
後ろから匠次郎さんが走って、声をかけてきた。わたしは立ち止まらず、後ろを振り返らず早足で歩いた。
彼はわたしを追いかける形になった。
「待って下さい小春さん」
息が切れている。袴姿の彼は急いでわたしを追ってきたようだ。
「小春さん……」
「来ないで」
「えっ?」
「来ないで下さい」
「どうしてまた」
わたしは足を止めて、振り返らずに言った。
「匠次郎さんも見たでしょう?わたしは無意識の内に彼を殺そうとしたんです」
「確かに貴方は小次郎さんより強かった。でもあれは事故かもしれませんよ?」
「違うっ!」
急に大きな声を出したわたしに、周囲の人々の視線が集まった。
わたしはまた早歩きでその場から動いた。彼も後ろから早足で付いて来る。
「違う?一体何が違うと言うのです?」
「……」
無言を通した。
「まだ私に真実を話す気は無いのですか?」
再び立ち止まったわたし。わたしは考えた。
このまま彼に真実を言っても良いのか?わたしは“神擬だ”と。彼はわたしが人間でないことを知ったらどの様な態度をとるのだろうか?
不気味……気味が悪い、バケモノなんてそんな風に思うかもしれない。
その前にわたしの闘いに巻き込まれるかもしれない。義総さんは、わたし達の事柄に深く入りすぎてカルマ側に殺されたと聞いた。
このままわたしと関われば、彼だって例外じゃない。
ああ───でも
「本能なんです」
わたしはゆっくり後ろに振り返り言った。彼は首を首を傾げた。
「闘う事がわたしの本当の本能なんです」
「それは一体どういう意味ですか?」
「……これ以上言えません。わたしと関わったらいけないから………だから匠次郎さん」
わたしは一度間をおいた。
「もうわたしと関わらないで下さい」
本当は違う。心の奥底では「寂しい。怖い」と叫んでいる。だから顔に出さないように頑張った。
「何故?」
「わたしと関わったら貴方は不幸になってましう。わたしは不幸をよんでしまうから」
こんな言い方で良かったのだろうか?神擬なんて言えない。だから不幸なんて言葉を使った。
元々神擬とは不幸な存在、呪われた存在といわれて来ているのだ、わたしが先程言った言葉は間違っていないはずだ。
わたしはまた歩き出した。ちょうど香ばしい美味しそうな匂いを漂わせる煎餅屋の前を通りかかった時、聞き覚えのある二人の声が聞こえた。
「この煎餅はな、さっきより美味しいだろっ!?」
「全っ然全く違いが解らないんだが?」
「いや、解るだろ!この醤油の味加減っ」
「お前の味覚と一緒にすんじゃねぇよ馬が」
どうやらこれは霪馬さんと鹿威さんらしい。わたしは後戻りし、店の中に入った。
わたしの気配に気がついたのか、二人(柱)は揃って後ろを振り返った。すると、
「「ゲッ」」
「ゲェ」
何故かわたしの方を見るのでは無く、後ろに居た匠次郎さんを見ると、二人(柱)は変な声を出した。ちなみに匠次郎さんもだ。
「ん?どうかしました?」
「いえ」
「「いや、何も……」」
「変なの………ところで鹿威さん達は何故煎餅屋に?」
「ああ、それは」
っと鹿威さんは霪馬さんを指差した。
「コイツの煎餅屋巡りの付き合いだよ」
「煎餅巡り?」
「そう、なんか───」
「各店で違う煎餅の味!醤油の味加減、砂糖を付けた幌甘い煎餅などなど、それぞれの味加減が全く違う!コレが煎餅巡り!また……」
「霪馬さんは煎餅が大好きなんですね?」
これ以上霪馬さんの話しを聞くと長くなりそうなので彼の言葉を遮った。
「歯ごたえがあって大好きなんだー!」
「……子供」
後ろで匠次郎さんがボソッと呟いた。わたしもそう思う。
「小春さんは何か買います?」
「いえ、わたしは良いです。お金も無いし……」
「代金は私が払います。小春さん、朝顔煎餅なんてどうです?美味しいですよ?」
「いえ、だからわたしは要りません」
「遠慮しないで下さい」
「……」
なかなかしつこい。
ちょっとしたやり取りの内を霪馬さん達と店の中に居た人々は黙って見ていた。
「さ、早乙女屋の若旦那さん」
「はい?」
ここの番頭と思われる人物が困った顔をした。
ああ、困るのは当たり前だ。彼は顔立ちが整った美青年。それに、家は大店。ちょうど良い年頃の彼はまだ未婚者。
ここぞとばかりに若い娘たちが彼の所に来てキャーキャー言う。現に今、若い娘たちが店内に溢れかえっている。
「ねぇ、匠次郎さんって朝顔煎餅買うかな?買うならあたしも買おうかな?」
「えー、じゃあ、あたいも買おうかな?」
この話しを聞いていた若い娘達は揃って、私も、私もっと言っているのだ。
「ケッ、ご当地アイドルかよ」
鹿威さんが吐き捨てるように言った。
ん?アイドルって何だ?
「鹿威、俺煎餅買ったから先に帰っているからな?」
「いや、オレも帰る」
先に帰ろうとしている彼らの袖を慌てて引っ張った。
「宿に帰るならわたしも帰ります」
外に出たわたしを匠次郎さんが追う。
「小春さん、待って下さい」
「ごめんなさい。わたし急いでいるんです」
「もしも、今悩んでいる事が兄が関係しているのならば、相談しに来てください。兄事情ならば私も力になるかもしれません」
予感的中。今の受けている依頼内容は義総さん絡みだ。しかし、こんな危険な事を匠次郎さんに頼るわけいかない。
「ありがとうございます。でも、匠次郎さんは商いの方に集中していてください」
わたしはそれだけ言うと、霪馬さんや鹿威さんの後を追うように宿に向かって帰った。
途中、チラリと後ろを見てみたが、彼が追って来ていない事に安堵した。
* * * *
「鹿威さんと霪馬さん。少し聴きたいことがあるのですが……」
と、わたしは宿に帰るなり、彼らの部屋を訪れてきりだした。
「ん?どうした小春?改まってさぁ」
「鹿威がお前の裸を覗いたのか?」
「してねーよっ!馬ッ」
「信じる前に、していないっと言う証拠を見せろ」
「だから、してねーよって言っているだろ!?お前、オレの言葉が信じられないってんのか!?」
「勿論」
「ショック!」
「で、本題から脱線しているので、なおしましょう」
「うえ?あ、ああ」
鹿威さんが間抜けな返事をした。
「小春は俺達に一体何を聴きたいんだ?」
「ああ、それは────」
っとわたしは今日の不思議な出来事を彼らに話した。すると彼らは驚くのでは無く、納得していた。
「まあ、神擬は元々陰獣を倒すために創られた存在だからな………闘うのが楽しいと感じたのは仕方ないかな。先代の神擬も皆、そう言っていたし」
「えっ?」
「神擬の本能では争い好きなんだが、一個人としては先代もお前も同じ、争いが嫌いだったよ。矛盾してるよな」
霪馬は軽く笑った。
「だから小春。あまり気にするなよ。匠さんの前でやってしまった事はチト面倒だが」
「なんなら小春。アイツの記憶、消してやるぞ。ついでに縁も」
鹿威さんがゴロッと横になった。
記憶や縁を消すとなると何故かわたしは嫌な思いが一気に膨らんだ。
「いい。バレた時はバレた時ですから。その時は自分から姿を消せば良いの話しです。何も、記憶を消さなくても良いはずです」
一瞬だが、頬を赤らめて俯き照れ顔の匠次郎さんの顔が浮かんだ。
綺麗な横顔だった。わたしの目にはその横顔が眩しく映った。
今頃になって気づいた事がある。それは、わたしは彼の照れた顔が好きだということだ。ずっと眺めていたいほどにだ。
「そう、上手くいくとは限らないぞぉー」
鹿威さんは横になったまま目を瞑り眠ってしまった。
寝るの早いな……と思いつつ。
「ああ、鹿威さん。風邪引いてしまいますよ?」
わたしは彼にお布団をかけてあげた。畳の上で敷き布団もろくに敷いていないのに彼はスヤスヤと寝息をたてながら寝ていた。
「小春……お前も休めよ。明日は明日で何か色々とありそうだからな」
「はい。……お休みなさい」
「お休み」
わたしはそのまま彼らの部屋を出た。そして自分の部屋に戻ると菖蒲さんがまだ起きていた。
彼女はわたしの分までしっかり敷いていた。わたしは彼女にお礼をいうと、そのまま結わえていた髪をおろした。
わたしの長い髪がパサリと全体的に広がり、底につくかつかないかの所で止まった。
「綺麗……」
「はい?」
「前から思っていたんだけどね、小春ちゃんの髪って綺麗よね?」
「ああ、ありがとうございます」
わたしは素直にお礼をした。
「昼、日に照らされて黒々輝く時も綺麗だけど、夜、月明かりに照らされ、夜でもくっきり分かる黒髪も綺麗だな」
「菖蒲さんの赤髪も綺麗だと思いますよ?確か、異国に赤い石の宝石がありましたよね?何かアレみたいで綺麗です」
「ルビーだったかしら?」
「へー。そういう名前だったんだ。よく知っていますね?」
すると菖蒲さんは静かに辛うじて聞き取れる声で言った。
「アタシ、本当は異国文化が大好きなの。言葉や着るものや、何やらかんやら。この国ではそういうのは禁止されているけど、いつか日の本が開国したらアタシ、海外に出て見ようと思うの」
「夢が叶うといいですね?」
「うん」
わたし達はそれから他愛ない話しをして、お互いが眠くなった頃で、お休みをした。




