第十七話 依頼者と犠牲者
途中から自分、何書いてんのとか、思ったり………
ああ、何てことだ………今日はなんて、人から話し掛けられる日なんだろう?一度目は巫女装束の女性に話し掛けられる。わたしの正体バレる。
二度目は近くの茶屋でおばあさんに引き留められる。昔、白髪の男性と茶髪の男性に目の悪い少女の三人組がここに来たことがある。アナタはその少女に似ている。と言われる。
内心それは昔の自分だと思った。
三番目は………
「小春さん?ちょっと聞いていますか?私の話?」
魚の塩焼きを突っつきながら、少女が言った。
「え、あ、うん」
「私ですね、そいつの事色々と調べているんですけど、全然私の知っていることと、他人が知っているそいつの事が全く合点がいかないんですよ?変じゃないですか?」
「えっと、そ、そうなのかな?」
そう、この少女はこの前、父の仇を討つのを手伝って欲しいと依頼してきた少女だ。
彼女との出会いは遡ること半時前、わたしが匠次郎さんと別れて、茶屋のおばあさんと別れた後だ。
話を聞いてみると、匠次郎さんと別れる場面を見て、わたしが彼と親しい中と思ってずっと後をつけていたそうだ。
菖蒲さんは、一人の少女が後を着いてきていると分かっていたそうなんだけど、何せ、普通の少女だから余り重要視しなかったらしい。
そして菖蒲さんはさっさと宿に帰って行った。わたしは内心帰って欲しくなかった。だって、匠次郎さんを義総さんと勘違いして、仇を討とうとしている少女だ。気まずいに決まってる。
「それより小春さんってお幾つ何ですか?見るからに私とそう変わらないような気がしますが」
「わたしは十六だよ」
「十六ですか?私より二つ年上ですね」
二つ年上っという事は、彼女は十四なのか。しかし、わたしより身長が高いのがイヤだな。
「それより小春さん。今日は何でアイツの所に行っていたんですか?」
これはよく鹿威さんが言うプライバシーの侵害ではないのだろうか?あれ?そもそもプライバシーってどんな意味なんだ?
「わたしの親がね、その人の親にちょっとした恩があってね、今日は親の変わりにお礼しに来たの。それを向こうのしょ……じゃなくて若旦那さんが親の代わりに対応したんだよ。別に親しい関係ではないかな?」
全くの嘘である。
「じゃあ、小春さんはどこに住んでいるんです?」
「えっ、あー……うん。江戸からちょっと離れたかぐち村」
ご飯を口に入れた彼女は「あっ」と小さく驚いた。
「私、そこ知ってます。確か江戸から歩いて半日でつく村ですよね?最近豊かになって来た村だと聞いています……あれ?小春さんはわざわざそんな遠い所から、お礼だけをしに来たんですか?」
これは本当の事言っても良いような気がした。
「ううん、違う。ここには買い出しに来たの。早乙女屋には買い出しのついでによっただけだから」
「ふーん」
彼女は納得したように頷いた。そして魚の骨を箸で皿のはしによせる。
こんな可愛い少女が、仇を討ちたいなんて変な感じだ。それも、匠次郎さんにだ。しかし、何故勘違いを?周りの人は彼の事を匠次郎っと呼ぶのに、何故彼女は彼が義総さんと勘違いしているのかな?
直ぐに別人だと分かるはずなんだけど………いや、そもそも義総っという人がこの世に居ないのを知っているはずだ。
「小春さん、食べないんですか?先ほどから全然食が進んでいな気がします」
「あっ、ごめん。ちょっと考え事していて」
「考え事?」
「別に対した事じゃないから……それよりお恵ちゃん。聴きたい事があるんだけど」
「はい?」
「義総っという人がこの世には居なく、その弟が若旦那であったら、あなたはそれでも仇を討つの?」
「それって、どういう意味ですか?」
「簡単に言うと、もしあなたが仇を討とうとしている人が別人だったら?」
「それは有り得ません。彼は義総っという人で、人の良さそうな顔をしていますが、彼は実際人殺しです。他人は惑わされても私は惑わされませんよ」
実際、わたしの知る限りでは二人共良い人なんだけどな。
「それに、ある人が言ったんです。私の父を殺した人は早乙女屋の義総だって」
「待って。もしかしてお恵ちゃん、あなたはお父さんが殺される場面を見てないの?」
彼女は少しムッとした表情になった。
「それが何ですか?私は父が殺された現場は見ていませんが、斬られた後なら見ています」
「あと?」
「まだ生暖かい血が地面に広がっていて、父はその血の上に倒れていました。その父の横には血の付いた刀を持った男が立っていて、それで一言『すまなかった』と言ったんです」
その時の義総さんの表情を何故か思い浮かび、彼は悲しい顔していたに違いないと思った。
「私は怒り、そいつを父が手に持っていた小刀で刺してやりたかった。なのに、出来なかった。父が私の手を掴んだからです」
彼女のお父さんは、彼女が人殺しに成るのを止めたんだ。
「私は、痙攣し始めた父の手を力強く握り、父の再帰を見送りました。しかし、その時にはあの男がいなくて……私は悔しくて悔しくて」
彼女は涙を流し始めた。わたしは戸惑った。こんな人の多い飯屋で泣かれても困るのだ。周囲の視線がそそぐ中、わたしは「あー、このご飯すごく美味しい!……あれ?お恵ちゃんったら、余りにもご飯が美味しいからって泣くこと無いじゃん 」っと一人演技をしていた。
彼女はまた泣きながら話始めた。
「仇を討ち損ねた私は懸命にソイツの在処を探りました。そして六年経ってやっと先週、情報を持っている人が現れたんです」
人……?
「その人は、私の事も知っていて、父が死んだその夜も知っていたんです。その人は言いました。「お前の父を殺したのは早乙女屋の義総だ」と。それから、ソイツの今の特徴を教えてもらい今に至るっという事です」
「そう……なんだ。ねえ、お恵ちゃん。その早乙女屋の義総を教えてくれた人の名前か特徴って分かる?」
わたしはその人が怪しいと見た。だって、わざわざ小さな少女に仇をとらせるバカな大人はいるのだろうか?
六年も前で、三人以外知らないことを知っていているなんていかにも怪しい。
「名前は聞いていませんでした。特徴は……笠を深く被って、布で顔を隠していましたよ?だから、素顔と名前は全然分からないですよ」
「特徴は聴けたから良いよ」
「うそっ!」
わたしの胸元から声が聞こえた。ちょうどそこには普通の扇子ならぬ付喪神扇子、カグツチがいる。
わたしは焦った。お恵の顔を見たら、訝しげにわたしを見ていた。
「う、うどん食べたいな~……」
とっさに下手な嘘をついてしまった。それよりうどんって……今、ご飯食べてるよわたし!
「魚よりうどんの方が良かったですか?」
「えっ、そんな!さ、魚も大好き────」
「魚は生臭いからかなんい」
「えっ?」
「あー!えー!……さ、魚って生臭いのもあるよね!?」
こ、こんのー!カグツチめ!何人前で話しているの!?
「そうですね……小春さんは魚苦手でした?」
「えーっ!わたしは大好きだよ!むしろ毎日食べたいくらいだよ!」
「生臭くて構へん」
「ああー!魚の骨ガァァア……ゥブ」
わたしは思いっ切り自分の胸元を叩いた。
「ぐぇっ」
それと同時に息苦しいそうな声が聞こえた。わたしはひれ伏した状態でカグツチを小声で叱った。
「ちょっと黙っててよね!」
「すんまへんお嬢」
「小春さん大丈夫?」
お恵が心配して、わたしに声をかけた。
でも、これ絶対気を使ってくれているよね!?明らかに引いてるよね!?わたし恥ずかしくて顔上げられないよ!どうしてくれるのよカグツチ!
わたしはひれ伏した状態で応えた。
「だだ、大丈夫だから」
何だかんだ言い訳を言った。そして、ご飯を食べ終わるとわたし達はその場で別れた。
宿に帰ったらちょうど夕餉の時刻だった。わたしは、さっき食べたばかり、と思いつつも、食べた。鹿威さんや霪馬さんは「神さんは食べなくても生きていける」と言って膳にはいなかった。しかし、わたしはある事に気づいた。
あれ?そう言えば今日のわたしって何だが食べてばかりだな?えーと、まずは朝餉、だんご屋でおだんご六つでしょ?あとは、おにぎり三つに飯屋の魚に夕餉……
う~ん……随分食べてるなわたし。まっ、良いや。
ご飯も食べ終わり、菖蒲さんと一緒に部屋に戻って見ると、霪馬さんと鹿威さんがゴロゴロしていた。
「ちょっと、あたし達もう寝るんだけど、どっかに行ってくれない?つか消えて」
冷たく、言い放つ菖蒲さん。彼らは体をむっくり起こした。
「やだなー。そんな事言われると居たくなるなー」
棒読みで返す霪馬さんに対して鹿威さんがボソリとツッコんだ。
「お前はドMか?」
ドM?ドMって何だろう?
「今“ドM”という言葉の意味が解らなかったそうな小春に、この通称意味不明鹿威の単語を訳す係の霪馬様が教えてしんぜよう」
「いや“意味不明鹿威の単語”じゃなねーだろ。それだったらオレ、単語だけで話している事になってんよ?鹿威が意味不明になってんよ?そもそも通称が長いんだよ」
「だったら通称“意鹿単係”でどうだ?」
「変な略し方してんじゃねーよ!それだとオレ“鹿”じゃなくて“イカ”になってるよ!?」
「では“異国語話す鹿威の通訳”でどうでしょう?」
と、わたしは一つ提案を出してみることにした。すると鹿威さんは、ツッコむのも面倒くせー、とでも言っているかのようにガックリした。
「………そのまんまだけど、何かもうそれで良いよ」
「えー、ではゴッホン」
話しが落ち着いたとして、霪馬さんが話しを戻すべく咳払いをした。
「簡単に言うと、肉体的に言葉的に傷つけられることを好む、ただのド変態のド変人のことだ。……ちなみに俺はMではないぞ?勘違いするなよ?」
うん、要するに痛めつけられる事が大好きな、ただの変わり者って事だな?
「で、話し終わったんならさ、さっさと出て行ってくれない?あたし今スッゴい眠いの?」
菖蒲さんはいかにも眠そうな顔をしていた。でも、この人寝るの早いな?さっきご飯食べたばかりなんだけど……本能的に生きている人だな~?
「小春は?」
霪馬さんがわたしに問う。
「わたしは別に……」
「そうか。じゃあ今から話しがあるが、良いか?あの巨乳女の事はほっといて良いぞ?」
「うっさいわね?女みたいな顔しているバカには言われたくないわよ」
「女を通り越して婆になっている奴が。はしたない格好をしているお前には“バカ”なんて言われたくないね。別にお前の谷間見ても、何も萌えねーんだよ。隠せよ。普通に恥ずかしいだろ?今冬なんだから、風邪ひくぞ?」
あれ?最終的にはただの説教になっているよ?反抗期真っ最中の娘に対するお母さんになっているよ?
「あいにくあたし、生まれてこの方風邪を引いた事ないの」
「フッ、真のバカがここにいたな」
霪馬さんは勝ち誇ったように顔を上げた。そんな彼を見た菖蒲さんだけど、無視を通して、布団を敷きだした。
何時もなら、この霪馬さんに言い返してくるのに………よっぽど眠いんだな。
「さぁ、コイツら二人の口喧嘩が終わったとして、外に行こうか小春?」
鹿威さんが腰を上げた。それより外って暗いよ?……今は冬だからもう暗くなるのは早いし。あっ、でも月明かりがあるからな。
「外ってどこに行くの?」
「また、少し話しがあるだけだから……その辺をウロウロしながら」
「宿から出るの?」
「うん。出るちゃぁ出るな」
わたしはチラリと菖蒲さんを見たが既に彼女は熟睡していた。わたしは静かに立った。
「動きやすい格好にした方がいいでしょうか?」
わたしは一様聴いてみることにした。もしかしたら依頼主に合うかもしれないと思ったからだ。
「袴には着替えた方が良いな。あと、面も持って来い。オレ達は外で待っているから………お前はそこの窓から外に出ろよ」
「えっ?ここって二階……」
「大丈夫。下で待ってるから」
それだけを言い残し、彼らは窓から飛び降りて出て行った。わたしは袴に急いで着替え、面をつけ、その面を頭の横にしてからカグツチを腰にさした。
わたしは窓から顔を覗かせてみると、霪馬さんと鹿威さんが下で手を振った。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。早く下りて来い」
わたしは、彼らが受け止めてくれるだろうと思って、その窓から飛び降りたのだが生憎、彼らは受け止めてくれなかった。
ドスッ
「イッ」
鈍い音がその場に響いた。
わたしはそのまま体を打ち、身体中に痛みが走った。
「っちょっとォ!何で受け止めてくれないのです!?わたしてっきり……」
わたしの言葉を遮るように鹿威さんが言った。
「だれも受け止めてやるとは言ってね一よ」
これに対してわたしはムッとした。
それは確かに、思い返せば言ってなかったけど。でも、普通は受け止めてくれるでしょ!?わたし一様女なんだからね?
「それにお前はそれぐらいで死にやしねぇー」
「もういいです。期待していたわたしがバカみたいです。で、一体これから何をするんです?」
「別に……まあ、夜の町を巡回しながら色々と語ろうぜ。今日は別に陰獣とか闘わなくていいからさっ」
「だったら、外では無く中で話しません?」
「ああ、闘わなくて良いとは言ったが、お前の訓練は無いっとは言ってないぞ?」
後で鹿威さんは付け足した。
「……最初からそう言って下さいよ」
鹿威さんは屋根にひとっ飛びで飛び乗った。人間では有り得ない高さでだ。
「さぁ、小春。お前もこっちへカモンッ」
「と、跳べる訳無いでしょ!」
彼に出来てもわたしに出来るはず無い。わたしは今まで人間として育ってきたのだ。直ぐに超人的な力など出せる訳ない。
「小春、普通に高台に飛び乗る気持ちで、軽い感じで跳んでみろ?」
霪馬さんが軽々らしく屋根に乗った。
「いやいやいや、そんな分かり難い説明されても困るんですけど。てか、わざわざ屋根に乗って話す必要ってあります?下で良いですよね?」
「夜間はな。でも、昼間は人混みが多いだろ?そん時は屋根上を通り道にすると便利だぜ?空いているし」
鹿威さんはしゃがみこんだ。ちょうどわたしを見下ろす感じだった。
「いやいやいや、確かに屋根空いているけど、普通の人間はそこ通りませんから。絶対、普通の人間が屋根上を通っていたら変だから。怪しいからね!それに、わたし達も見つかってしまいますよ?」
「神さんや妖怪ってんのは人の目に見えにくいから大丈夫なんだよ。時たまに見える奴が居るが、その者達は少人数だ。誰もそいつらの言うこと信じる訳ねぇ」
「あと、人の目にとまり難いってんのもあるぞ?」
霪馬さんが人差し指をあげながら言った。
確かにわたしも影薄いし、地味だし。普通の人間と違って微妙になんか違うけど、本当に目に付き難いのかな?
「取り合えずさっさっとジャンプしろ。お前がこっち来ないと話し進まないんだよ」
「鹿威さんはそう言いますけど、今まで普通の人間として育ってきた者にとってはキツい試練何ですよ?」
「じゃあ助走してジャンプしろ。思いっきりな」
だ~か~らっ!鹿威さんはそう言うけど、初めてのわたしにとってはとても勇気がい事だって言っているの!
わたしは渋々、後ろに下がり十分距離をとった後、彼らを見た。
「い、行きますよ?」
「早よしなんし」
「頑張れ小春!お前なら出来るぞ!地味だが、一様お前は神擬なんだから」
何だろう?この違い。鹿威さんは冷たくはなち、霪馬さんは暖かく応援してくれる。まあ、一言なんか多いけど………。
わたしはそんな事を思いながら、走って思いっきり跳んだ。すると何故かお月さまが長く近くに感じられた。が、気づいたらわたしは下に真っ逆さまに落ちていった。
「ギャァァァァァア」
ドスッ
また地面に落ちたのだろうと思って目を開けて見ると、目の前に鹿威さんがいた。のではなく、鹿威さんがわたしを受け止めてくれたのだ。彼はわたしの顔を見てニッコリ笑った。
「まだ加減がコントロール出来てねーが、今回の所は上出来だ」
「あ、ははは。ありがとうございます。次は受け止めてくれたんですね?」
「当たり前だ。落ちたら全身の骨が折れる程の高さまで跳んだんだ。そのまま不時着でもしたら大変だからな。まあ、そのまま落ちて、全身の骨を折っても死なないけど」
結局わたし、これくらいでは死なないんですね?でも全身の骨を折るくらいなら、死んだ方がマシだ。
彼はわたしを下ろして、次は「屋根上を走るぞ」と言った。わたしは一つ疑問が浮かんだので言ってみることにした。
「鹿威さん、神様は走って全国の人の願いを聴きに回るんですか?」
「ん?どゆこと」
「えっ?だから、わたし達みたいに依頼を聴く時です。東の端から西の端まで、走って聴き回るんですか?」
「んー、本当は瞬間移動的な感じ何だが。お前はまだ未熟だから走って体力をつけた方が良いぞ?瞬間移動的なモノはその後だ」
瞬間………って何だ?
そんな疑問がまた過ぎったが、言わないでおこうと思った。そしてわたし達は、屋根上を走った。
わたしが疲れ始めた頃に休憩を取り、霪馬さんが竹筒に入った水を渡してくれた。わたしはその水を飲み、一息ついた。
「でさ、小春。お前に聴きたい事があるんだけど」
竹筒を渡してくれた霪馬さんが、話しを切り出してきた。
「お前って匠さんの事、どんな風に想ってる?」
「は?」
「匠さんって匠次郎の事な。で、どんな風に想ってる?」
わたしは考えた。どんな風……今まで考えた事が無かったな……。どんな風って言われても、
「幼なじみ?」
「ほ、他には?」
「友達?親友?」
「他には?」
「男友達?知人?」
「他には!?」
「猫好き」
「えっ?あ……ほ、他には?」
「美」
わたしは決め顔で言って見ることにした。
「はっ?」
「いえ、だから美です」
「決め顔で“美”と言われても困る」
ん~、なるほどなるほど。霪馬さんは匠次郎さんの“美”が何なのか分からないんだな?
「匠次郎さんはですね、それはそれはとても整った綺麗な顔立ちでですね、本当───」
わたしの匠次郎さん自慢話を遮るかのように、霪馬さんが止めた。
「俺が聴きたいのは、あいつの事、どんな風に想ってるかだよ。好きか?嫌いか?のどっちだ」
何だ。そんな事か。それだったら答えはハッキリしている。
「好きです」
「おーしゃ」
「友達として」
ガッツポーズをし損なった霪馬さん。彼は肩をガックリ落とした。どうしてかな?
「あいつ、絶対苦労するぜ」
涙の霪馬さん。鹿威さんはそんな彼を見て、哀れんでいる目をしていた。
「っで、小春。そろそろ休憩は────」
────助けて
鹿威さんの言葉とは違う、別の言葉が聞こえた。わたしはハッと当たりを見渡した。
「い、今何か聞こえませんでした?」
「いや、何も」
彼らは二人揃って首を傾げた。わたしは幻聴かと思ったのだが、
────助けて……誰か助けて
やはり聞こえてくる誰かの声。わたしはもう一度当たりを見渡した。そんな、わたしを見て彼らはまた首を傾げた。
「小春、何か聞こえるのか?」
霪馬さんが心配してわたしに語り掛ける。
「霪馬さん達は聞こえません?声……子供の声……」
彼らはハッとして、耳を済ませた。そしてまた声が聞こえた時、霪馬さんは鼻をクンクンした。すると、急に彼は顔をしかめた。同じく鹿威さんもだ。
「臭う……死臭の臭い。この臭いは……」
彼はわたしの顔を見た。彼は獣の瞳が月に照らされて不気味に光った目を見開いた。
「陰獣だ」
わたしはその言葉を聴いたとたん、全身が震える感じがした。あの時の恐怖がまだ残っていた。
「だ、誰かが……子供達が陰獣に襲われているの?」
「恐らく」
「た、助けに行かなくちゃ!皆死んじゃう。喰われてしまう!」
「皆?」
どうやら鹿威さんや霪馬さんには複数の助けを求める声が聞こえないらしい。
「聞こえるの!わたしには。だから早く!手遅れに成る前にっ!」
わたしは声が聞こえる方に急いでいこうとした。しかし、それを彼らに止められた。鹿威さんはわたしの裾を掴んで言った。
「行くのか小春?また陰獣がお前を襲うかも知れないぞ?あの陰獣がまたお前を殺しに来るかも知れないぞ。今度は確実にな。もしかしたら、あの声は罠かも知れないんだぞ?」
「それでも行く。罠だろうが何だろうが、助けを求める声にわたしは救いに行きたいの。わたしは神擬だ」
何故か解らないが、全身から力が溢れ出る感じがした。彼らはわたしの目を見て、驚いていた。
「小春、落ち着け。目が青になっているぞ」
霪馬さんが慌てていた。前に興奮状態に陥るとわたしは元の青い目になる事を彼らに聴いたことがある。だが、今はそんな事関係ない。
「神擬は本来、陰獣を倒す為に神々からつくられた存在。あなた達はその神擬の補佐役ではないのですか?」
「うん……まあ確かにそうだな?」
鹿威さんは頭をかいた後、困った感じで言った。
「しゃぁねぇーな、全く。そんな顔で見つめられっと、断りにきーじゃねえか」
「小春、正確に声はどっちから聞こえた?」
霪馬さんがわたしに問うた。わたしは声がした方を指差した。
「こっち」
「なる程……小春、こっちに来い。行くぞ」
「方向はこっちだよ?」
「お前が不思議そうにしていた、瞬間移動とやらだよ」
だから瞬間移動って何?どうやるの?っと思ったのだが、気づいたらいつの間にか着いていたのだ。
「早っ」
「小春。お前が助けたいと言った命、救ってみろ」
鹿威さんが子供を木の上に避難させながら言った。わたしは地面にいる。だから、陰獣達は逃げ惑う子供から目を離し、わたしを見た。
「ぅまぞぉぅなやつぃた」
種類は猿鬼が二匹、豺鬼が三匹の約五匹。まだ未熟なわたしには大変な数だが、自分から助けたいと言ったのだ。やるしかない。
「カグツチ」
「はい、お嬢」
カグツチは扇子から大鎌になった。このカグツチはわたしの力の影響で今のところ、大鎌、刀、槍に姿を変えることが出来る。しかし、わたしがカグツチを手離したら、ただの付喪神になってしまうのが難点だ。
陰獣はわたしの方に向きを変え、長い牙をチラツかせ、涎を垂らしていた。
「ぃいにぉい」
「ぅまぞぉぅなにぉい」
陰獣は額の真ん中にある第三の目をギョロギョロして、わたしに定めた。
「ぉまえぅまぞぅ!」
一斉に五匹共襲い掛かってきた。わたしは、ギリギリの所で軽く避けたつもりなのだが、大きく陰獣達と距離をとってしまった。
「あれ?」
一つのお団子結びにしていた髪がパサリと解け、長い髪が夜風になびく。
どうやらギリギリ避けた時、髪を結んでいた紐が陰獣の爪によって切れたようだ。
「小春ー?何逃げてんだよドバカッ」
鹿威さんが泣き声をあげている子供達をあやしながら言った。霪馬さんは子供達を安全な場所に避難させている。
「キッキャキャキャ」
不気味な声をあげる猿鬼。この陰獣……何か変。
後ろで子供達の避難をしていた霪馬さんが、彼らの泣きじゃくる聞き辛い言葉にハッとした。
「小春!そいつ……子供を一人」
その言葉はわたしにとって怒りが湧きあがるものだった。
もっと早く来ていれば助かった命、憎しみと怒りから生まれた陰獣という以上なる暴食に。
「わたしは……」
知らぬ間に拳に力をいれていたのか、開いたその手は血に滲んでいた。
襲い掛かる陰獣達。わたしは────
「許せない」
大鎌を大きく横に振りかぶったとたん、異臭の放つ赤黒い血が顔や袴についた。陰獣達の真っ二つに斬れた胴体がその場に落ちる。
陰獣達の真っ二つに斬れた胴体からは異臭の放つ血が地面に広がり、その斬れた腸部分からはドロっと内臓が出てきた。
────全ては誤解……だ
────は……は……誰も殺していない
────事故なんだ………誤解なんだ
あの時と同じく聞こえてくる幻聴。しかしわたしはこの幻聴に気を取られるにはいかなかった。陰獣はまだいる。斬られたのは四匹。まだあと一匹いる。
鹿威さんが後ろで叫んだ。
「小春!後ろっ!」
わたしは振り向いた。あの変な陰獣、そう、子供を喰った陰獣猿鬼がわたし目掛けて後ろから襲ってきたのだ。
もう大鎌では刃を通り過ぎて斬れない程の距離感。でもわたしはその大鎌のまま、振りかぶる。大鎌の持つ部分が猿鬼の首に届こうとした時、カグツチは刀に姿を変えた。わたしはそのまま猿鬼の首をはねた。
「ギィ」
胴体と切り放された首は遠くに飛び、首が無くなった胴体はその大量の異臭を放つ血を吹き出しながら後ろに倒れた。
ドサッ
静けさが漂う。わたしは血のついた顔を上げ、月を見た。そして聞こえてくる幻聴。
────誤解なんだ………
誤解……一体何が誤解だというのだろうか?それよりこの声の主は一体誰なのだろうか?どこかで聞いたことがある声。
不気味な満月……
冷たい夜風が漂う中、この場には相応しくない音が聞こえた。
パチパチパチ
誰かが拍手をしたのだ。子供達でも鹿威さんでも無いその音は、闇の中から姿を現した。
「良い。実によい。神擬とはこんなも優美で強くて美しいのか?僕は見直したよ」
男は眼鏡を一度弄った。
「だが、何故前回はただ殺られてお終いの君が今回は無傷でいられたのかね?」
「前回って」
「長屋だよ……まあ、今はそんな事などどうでもいい」
長屋……この人、長屋いのか?知らなかった。
「今回、君は前回の時よりも力を発揮してくれた。神擬とはこんなにも成長が早いのか?後で僕の研究に書き加えておかなければ」
研究って、彼は一体何を研究しているのだろう?
「しかし何故前回は力を発揮できなかった君は力を発揮出来たのか……」
彼は一度言葉を止めた。
「そうか……そうかそうか」
彼は独り言のように呟き、わたしを見た。
「前回は守るべき“人”が居なかったからだ。しかし、今回は居た。クックク、餓鬼共には餌以外にも役にたったな」
餌?
「次は大切な“人”を失った君は一体どんな力を発揮してくれるのか楽しみだよ。クックク」
西洋の服を着たその男性は不気味な笑みを浮かべた。
「だが、まだだ。まだこんなモノじゃないはずだ。神擬とは神を上回る絶対なる力を秘めているはずだ。しかし、君はまだ未完成だ。完全に力が目覚めていない」
「おい、メガネ男。お前は誰だ?カルマの手先か?」
鹿威さんが目を見開いて獣の瞳を光らせた。西洋の服を着た男性は肩をくすませた。
「カルマの手先かどうかは勝手に思っていればいい。でも僕はメガネ男では無い。僕にもちゃぁんとした名前があるんだから。……まあ、でも今の神擬や君達程度に名乗る程でもないけど。ふふっ」
先ほど聞き捨てならない言葉があった。
餌……これはもしかして
「待って。あなたが……仕向けたの?」
「陰獣達を薄汚い餓鬼どもの所に?勿論、僕がしたよ?君達がちょうど餌の近くにいたから、僕が陰獣達を餓鬼どもの所にやったのさ」
「なっ」
「餓鬼どもが襲われて、君が力を見せてくれて本当に助かったよ。お陰様でこちらは今の神擬の力を知ったのだから」
コイツはとんだゴミ以下の人だった。わたしの力の程度を知るため、子供達を陰獣に襲わせたのだ。
「おっと、そろそろ僕は帰るよ。じゃあね」
手を振ってまた闇の中に消えようとするキモ男。
「待てェ!」
「「待ちやがれメガネ男!」」
霪馬さんと鹿威さんが、追いかけようとした時、子供達が彼らを止めた。
「行かないでお兄ちゃん!」
「オレ達を一人にしないで」
「怖いっ!あのバケモノがまた来るかも知れない!」
「イヤだ!置いて行かないで!」
沢山の子供達が彼らにすがった。わたしは追いかけることが出来たのだが、森に入る前に何かにつまづいて、あの男を見失ってしまった。
しかし、男を見失ってしまったよりわたしはつまづいてしまった物体に大きく驚いた。
子供……ちょうど10~13歳ぐらいの子供の遺体があったのだ。腸をえぐられ、顔は潰れ、四肢が皮一枚でやっと繋がっている感じで、もう誰なのか認識出来ない程だった。
「ひっ」
わたしは大きく仰け反ってしまった。余りもの酷さにわたしは吐き気がした。
「うっ」
わたしの後ろで、鹿威さんと霪馬さんが来た。その後ろにはぞろぞろと子供が付いて来た。
「俊平兄ちゃんが!」
俊平……この子の名前は俊平なのか。
「何で……何で無理してバケモノを引き受けたんだよ!」
見た目ではこの子と大きく変わらない少年が涙を流しながら叫んだ。
「綾乃姉ちゃんも俊平兄ちゃんも居なくなっちゃったよ!死んじゃった。ウワァァァア」
「二人ともバケモノに喰われちゃった。ァアァァア」
二人?二人って、この子とあと一人はどこ?
「おい、ちっちゃい毬栗頭の少年、喰われたのは二人なのか?」
鹿威さんが、目の前で泣いている少年に向かって言った。
「そうだよっ!俊平兄ちゃんと綾乃姉ちゃんだよ」
「じゃあその綾乃っという人は?遺体は?」
「綾乃姉ちゃんは食べられたの。最初に襲われたのは綾乃姉ちゃん。もう形なんて無い。綾乃姉ちゃんはあのバケモノの腹の中」
ゾクリとわたしは鳥肌が立った。あの陰獣達の腹には綾乃っという少女が居たのかも知れない。
「俊平兄ちゃんは、俺達からバケモノを遠ざける為に、自分を犠牲にしたんだ」
もしかしたらあの時の声が、俊平という人だったかも知れない。
散切り頭の少女が涙を流しながら言う。
「俊平兄ちゃんと綾乃姉ちゃんは私達の中で一番年長者だったの」
「ん?お前達って兄弟?」
鹿威さんが傾げた。その疑問をいがぐり頭の少年が説明してくれた。
「違う。俺達は皆孤児なんだ。親に捨てられたり、親を病で亡くした奴もいる」
「ここは私達の家なの。小さい小屋だけど、私達の帰るべき場所なの」
「帰るべき場所」
「家。家族」
小さい子達もそれぞれ口に出す。帰るべき場所。陰獣は、あの男はそれを奪った。帰るべき場所を、俊平という少年も綾乃という少女もこの子達から奪ったのだ。それは絶対許すことの出来ないものだ。
「ここからは離れた方が良い。陰獣は餌場を常に広げている。人が二人喰われたんだ。その血の臭いも他の陰獣に届いている。ここはもう、陰獣の狩場だ」
冷たく言い放つ鹿威さん。確かにここにずっと留まるのは危ないのかもしれない。
「やだよ。ここから離れたくない」
「俊平兄ちゃんとの思い出の場所」
「綾乃姉ちゃんとの思い出の場所なの」
「離れたくない」
子達はまた泣き出した。しかし、少年は泣かなかった。
「ここを離れよう」
「やだよっ、離れたくない!」
子達はそれに反対する。
「俊平兄ちゃんと綾乃姉ちゃんは俺達を助ける為に自ら犠牲にしたんだ。その犠牲を俺は無駄に出来ない」
「俊平兄ちゃんは?」
「綾乃姉ちゃんは?」
「どうするの?このまま置いていくの?」
「……ここに埋めよう。俊平兄ちゃんと綾乃姉ちゃんの墓をつくってあげよう。今までの感謝を込めて」
彼らは散り散りに散り、石を集める者、穴を掘る者と別れた。わたしは一緒に穴を掘るのを手伝った。鹿威さん達は石集めだ。子達だけでは危ないと感じたらしい。
「お姉ちゃんは?」
散切り頭の少女が言った。わたしは手を止めた。
「お姉ちゃんは人?それともあのバケモノと一緒?」
「両方とも違う。けどわたしはあなた達の見方だよ?」
「やっぱり?あのバケモノを斬る時のお姉ちゃんの目、青かったのに、今は黒だし。でも、あのバケモノを一瞬で倒してくれた私達の恩人」
「あの二人も人間じゃないの?」
「違う」
「そっか……なんかあのバケモノを見たあとは、お姉ちゃん達が人間じゃなくても恐くないや」
そう言っている彼女の声は震えていた。わたしはどうすることも出来なかった。ただ黙って皆で穴を掘った。
そして約一刻ほどで墓が完成した。貧相でありながら立派に見えてしまう墓。
「鹿威、持って来たぞ」
そう言いながら来たのは霪馬さんだった。そういえば彼の姿が石集め以降、見あたらなかった。彼は一体どこに行っていたのだろう?
「ほら、花だ」
彼が出したのは見たことの無い小さな二りんの花だった。
「花……こんな季節に一体どこに咲いていたの?」
「ちょっとした秘密な場所かな?」
霪馬さんは散切り頭の少女に優しく答える。
ちょっとした秘密の場所。そこがどこに在るのか、何となく解った気がする。
全てが終わった後、子供達とはここで別れた。まだすすり泣きが聞こえる中、彼らは行った。
「本当は……誰も犠牲が出ずに済んだのでしょうか?」
わたしは子供達が去っていく方向を見ながらソッと呟いた。
もっと早く駆け付けていれば助かったはずの命。あの時の一瞬の迷いと、無駄な会話……。でも今度は………迷わない。
わたし達もその場をあとにした。
「小春?おいっ!小春聞こえるか?」
後ろから鹿威さんが肩を掴んだ。どうやら彼らより早く歩いていたらしい。
「思う所も色々あるかも知れないが、まずはその血を落とそう」
わたしは自分の着物を見た。確かに臭くて汚い。でも今はそんな事、どうだっていいと思った。
「大丈夫だ。いい温泉場所知ってから」
「そこって、猿が入る温泉ではないか?」
横目で霪馬さんが言った。
「あり?バレた?」
「お前……小春の裸を覗こう何て気起こすなよ?」
「ちょっと興味あるけど見ねえよ」
「あったんだ」
彼らはこんな事を話しているが、風呂なんて、明日入ればいい。菖蒲さんと二人で入ってこよう。
でも今は一人で居たい気分だ。
「鹿威さんに霪馬さん。温泉には二人で行って来て下さい。わたしは先に帰ります」
「なんだなんだ?のる気ねーな小春!?」
鹿威さんはちょっかいを出そうとわたしに近づこうとしたのだが、霪馬さんがそれを止めた。
「鹿威、ソッとしといてやれ」
「ん……あ、ああ。解った」
そのまま彼らはどっかに消えた。わたしは虚ろな目で宿に帰った。部屋には菖蒲さんが腹を出して熟睡していた。
いいな………。わたしも何も考えずにこんな風に寝れたらいいのに。いや、今は何も考えずに寝よう。
わたしは夜着に着替え、布団に潜り込み、浅い眠りについた。




