第十四話 愛しい人
長編の始まりです。
太陽に照らされて、光る川と既に葉っぱが落ちてしまった木々や稲を苅られた田んぼ、畑には次の種を埋める為土が掘り返されている所や冬野菜が穿いていた。
そして、点々と建つ家。少し雪が降ったのだろうか?所々白い部分があった。
何日ぶりの故郷だろうか?
わたしが居なくなってから既に八日が過ぎようとしていた。しかし、わたし達は今帰って来た。
まだわたし達が帰って来たのを知らない村人達は自分の仕事に集中していた。わたしはそっと家に帰り、離れにあるわたしの部屋に向かって障子を開けた。
するとビックリする事に、そこには泣き疲れた義母の姿があった。髪が乱れ、頬がやつれていた。何故だか凄く申し訳無い気がした。
自分の後ろに何かがいると感じ取ったのか?義母は後ろを振り返った。そして、大きく目を見開いた。
「おか……」
わたしが「お母さん」と言おうとしたとき、何か頬に火傷したような痛さが走った。一瞬何が起きたか分からなかったわたしは何時の間にか横になった顔を前にむき直して義母を見た。
そこで、わたしは初めて(ああ、わたし打たれたんだな)と理解した。
「お母さん……」
「今は何も言わないで。でも、後で説教だから」
そう義母は言うとわたしを優しく抱きしめた。
「お帰り小春」
「うん、ただいま」
「無事に無事に帰って来てくれてありがとう」
あの後、わたしと霪馬さん達は義父と義母から長い説教をくらった。でも、本当の事は言えなかった。
だから、霪馬さんや鹿威さんと口を合わせて 「夜な夜な村に侵入してきた盗賊にわたしが攫われたてしまって、わたしを助けに鹿威さん達が来てくれた」 と言う事だ。
もしバレそうな事があったら、その時の盗賊役を十二支の皆さんが演じてくれるそうだ。
「全くお前っていう奴は一体どれだけ俺達を心配させるんだ。特に小春」
「でも、盗賊達ってこんな何も無い村に何を盗みに来たんだろう??」
義妹のお彩が首を傾げて疑問を口にした。
「そうねぇ、そもそも何で小春なんかを攫ったのかしら?」
「だよねー。お姉ちゃん、顔は美人だけど中身が……」
「そう、中身がね……」
二人して困った顔をしている。しかし、何故だろう?何気に失礼な事に聞こえるのはわたしだけか?
「あっ、そうかも」
横で口に手を当てた鹿威さんが深刻そうな顔をして、ボソッと呟いた。コイツも何気に失礼な気がする。
それより、わたしの中身が何だって言うんだろう?中身……中身……裸!?いや、性格とか?あれ?それよわたし、どんな性格しているんだっけ?
「ああ、そうだ小春。近々、町に買い出しに行くんだが……お前も行くか?」
町の買い出しとは村に必要な品、例えば、油や味噌、蝋燭を買いに行くのだ。金に余裕があれば時々、着物も買うがそんな贅沢は滅多にない。
「えっ?わたし行っても良いんですか?」
わたし、色々と迷惑事をかなりしているんだけどな。
「ほら、お前もう直ぐだろう?あれ」
「「あれ?」」
横で霪馬さんと鹿威さんが声をそろえて言った。
「お前達には話していなかったかな?」
彼らは頷いた。
「小春の許嫁の命日が近い事だ」
「「いっ、許嫁ェェエー!?」」
鹿威さんと霪馬さんに菖蒲さん三人は揃って絶句した。
「小春っ!お前、許嫁いたのかぁ!?」
「何で教えてくんねぇーんだよ!」
霪馬さんと鹿威さんがわたしに詰め寄った。
「えーと、聞かれなかったから?」
「そんな事、聞く奴いねぇだろ!バ……アホ!」
鹿威さんは思わず「バカ」と言いかけたが横に霪馬さんがいたので「アホ」に言い直した。う~ん「バカ」の方がしっくりくるんだけどな。
「そうかな?」
「チッ、既に虫が付いていたか」
何処からかそんな言葉が聞こえた。わたしはその声が聞こえた方を見ると、菖蒲さんが親指の爪を噛んで険しい顔をしていた。
って既に虫が付いていたって……
「それより、許嫁の名前は?」
霪馬さんがわたしにたずねた。
「義総さんです。五日後がその人の命日ですね」
「あ……ああ、細かくありがとう」
「それより、義総か……どこかで聞いた事があんなぁ?」
「えぇ?どこで?」
「何処でかな?確か遠い昔?」
ああ、鹿威さんの遠い昔は一体何処までかな?ヘタすれば一千年前まで行きそう。
「っで、三人ともお話しは終わったかな?」
「はい、父さん」
「今から、小春と共に町に買い出しに行く人を三人程決めたいんだが……なに、心配ない。この事は長から任されているから、別に俺が勝手にしていると言う事では無いぞ」
誰もそんな事聞いていないのに、義父は言った。次の義父の言葉を待つ前に霪馬と鹿威さんが揃って手を挙げた。
「「はーい!俺行きます!」」
「ああ、そうか。じゃぁ、二人は決定な」
「小春ちゃんが行くならあたしも行くっ!」
「ああ……って菖蒲さんも行くのか?」
「あたしが行って何か悪いんですか?」
「いや………ちょっと、女には重い荷物があるから」
「大丈夫です。あたし、男二人なら何とか抱えられますよ?」
「えっ?」
今度は菖蒲さん以外の人が絶句した。まさか、女が男を軽々しく抱えられるんだなんて思ってもいなかった。まあ、わたしも、牛の子一匹なら抱えられるんだけども………あれ?そもそも、男と牛の子ってどっちが重いんだっけ?
「じゃ、じゃぁ、決まりだな。俺はこの事を長に伝えて来るから、お前達は先に夕餉を食べてて良いぞ」
「はーい。アナタいってらっしゃいな」
「いってくる」
うん、まあ、中の良い夫婦は宜しいんだけども、わたし達の目の前で抱き締めるのはよしてほしいかな?それより、恥ずかしいとか思わないんだろうか?
わたしがこんな事を考えていると義母が振り返り、少し強めの口調で言った。
「小春。お前は罰として、夕餉の準備が終わるまで、庭の落ち葉掃きと鶏に餌をやってきな」
「えっ?それだけ?」
何時もの罰は、夕餉が出来るまで、山まで薪を拾って風呂焚きなのだが……
「冬は太陽が沈むのが早いからね」
なる程、そう言う事だったか。
「だったら、俺達も手伝おうか?」
立ち上がろうとした霪馬さんが言った。すると、すかさず義母が言った。
「いえ、あなた方も別の罰仕事があるからそっちを優先させなさい」
「「マジかよ」」
* * * *
夕餉も食べ終わり、湯浴みも終わった頃にはすっかり日が沈んでいた。わたしは濡れた髪を手拭いで拭きながら、寝る準備をした。すると、何の前触れも無く急に鹿威さん達が入って来て、先程敷いた寝具の上にドカリと座った。
いい加減一言もかけずに急に部屋に入ってくるのは止めて欲しい。ある時なんか、わたしが寝巻きに着替えている間に入って来たもんだから、思いっ切り殴ってやった時もあった。
「鹿威さん。わたしにも一様、乙女心っと言うモノがあるんですけど」
「デリカシーの欠片も無い奴が言うんじゃぁねぇよ」
「デ、デリカシーって………」
「まあまあ、そうあんまり言うなよ鹿威。小春だって、一様過去に許嫁がいた身なんだからさ、一様それなりの女らしさもあったんじゃないかな?」
あったんじゃないかな?って過去形か!
「で、鹿威さん達は女の部屋に勝手に入って来て、今度は何の用でしょうか」
「女」と「勝手に」の部分を強調して言ったつもりなのだが、彼らは全く気づいていたない模様だった。
「今日も依頼が一件入ったんだ」
「だったら、わたししませんよ」
「えぇ!何で?依頼は今日しないと……」
「明日は町への買い出しで朝が早いし、どうせ、長く掛かりそうな依頼何でしょう?」
「あれ?当ったり。よく気が付いたな?」
「だって、横で霪馬さんの顔が面倒くさそうな顔になってるし……鹿威さん、依頼の内容はどんなのですか?」
依頼の内容を聞いたわたしだが、何か変な事でも言ったのだろうか?鹿威さんと霪馬さんは揃って顔をしかめた。
「それが……今日の依頼は『父親の仇をとるのに手伝って欲しい』と言う依頼なんだ」
「仇……?」
「それも、変なんだがその相手が、今ではこの世にいないお前の許嫁である、義総と言う人に仇がとりたいらしく、そいつの名前を言っていた」
「言っていたって、その依頼者に会ってきたの?」
「変な依頼だからな。それに神様は人の仇を手助けしない。そう言う私情は個人でやれってんだよ。っとまあ、それは置いといて、その依頼何か裏がありそうなんだ」
「裏?」
「ああ。普通さぁ、長屋住まいの平凡な少女が、親の仇何て討とうとは思わないだろ?」
「うん、そうだね……義総さん、一体何をしたのでしょう?彼は人を殺さない人だ」
「そりゃぁ分かんねーけど、お前の彼さん何しでかしたんだろうな?」
鹿威さんが頭をかきながら言った。
確かにそうだ。昔から何を聞いても笑顔を見せるだけの人だった。
毎度、体中ズタボロで怪我しているのを見て「何があったの?」と聞いても、彼はただ「大丈夫。木から落ちただけ」と同じマヌケな言い訳で通す人だった。
「明日、町の買い出しのついでに、匠次郎さんの家に行っても良いですか?」
「えっ?何で」
「少し、聞きたい事があるので……」
わたしのこの言葉を聞いて、鹿威さんはなる程と手をたたいた。
「お前、アイツに愛を語りに行くのか!」
何勘違いしているのだろうか?彼は目を輝かせて「おー」と歓声をあげながら手をパチパチとたたいた。
「すみません。勝手な勘違いを壊すかもしれませんが、違います」
「違うって?」
「わたしと匠次郎さんはただの幼なじみです。それに、義総さんの事なら彼が一番知っているでしょう」
「あら?何で」
「だって匠次郎さんのお兄さんだから」
「えぇっ!アイツお兄ちゃんいたんか!だから、若干生意気なガキだなと思ったよ」
「少なくとも精神的に鹿威よりはガキじゃないと思うんだが」
ああ、それは確かにそうかもしれない。
「霪馬は黙ってなはれ」
「で、彼とは二人っきりで話したいんですけど、鹿威さん達三人は先に買い出ししときます?」
「何で?」
「正直に言うと、アナタ達がいると話しが色々と厄介になるからですね」
「ええ!オレ達って厄介者扱い?」
「いや、鹿威だけだろ?」
「ウッソおっしゃい」
鹿威さんが霪馬さんに対して、おばさん口調で言った。霪馬さんは横目でジロリと彼を睨み付けている。
明日は町への買い出しだ。でも何故だろう?凄く不吉な予感がするのだ。父の仇を手伝って欲しいと依頼してきた娘と、その相手である義総さんはとっくの昔に死んでいる。
彼が死んでいる事を彼女は知らないのだろうか?鹿威さんの言うとおり、誰かがあの娘の裏で糸を引いている気がしてならない。
その依頼者にも会ってみたいけど、先ずは義総さんに頼まれた事をしなければならい。彼はあの時言った。「弟を……匠次郎を守って欲しい」と。
* * * *
遡ること一日前の夢想空の中で義総さんと再会した時だった。彼は死ぬ前と変わらない姿でいた。長い髪は後ろで結び、背の高さは匠次郎さんと変わらない。
「やあ小春。二年ぶりだね?」
「あ、義総さん。どうしてココに?」
彼は困った顔をした。
「ありゃ?彼から聞かれなかったかい?私は彼に特別に許可を得てから、此処に入ったんだけどね」
亡くなる前と変わらず、笑顔を見せた。その笑顔はわたしにとって、心が落ち着くものである。
二年ぶりの最愛なる人に会ったのだから、その笑顔を見せられたらわたしでも彼に飛びつきたい衝動がわき起こる。しかし、わたしはそれを抑えた。
それに彼は相変わらず、斜め上の返事で返して来る。つまり、わたしが聞きたかった事と違うのだ。
「そうじゃなくて、どうして現世にいるのかです。もしかして、あの時の三人の約束を今更守りに来たのですか?」
少々トゲのある言い方に彼は眉をひそめた。何故こんなにもわたしが怒っているのか、疑問に思っているのだろう。義総さんは笑顔では無く、悲しい表情を浮かべながら言った。
「君は……私が現れた事を好ましく思っていないように見える……君は随分と変わったね?」
この言葉にわたしは心が傷付いた。彼が死んでから、自分だけはあの時と変わらずにいたいと思った。
わたしの長い髪は、彼が「好きだ」と「綺麗だ」と言ってくれたモノだから、他の女性より遥かに長い黒髪を切らずにいた。前髪は正平に切られたが。瞳は青から黒に変わっても、ほとんどの姿は変わらずにいたハズなのだ。それなのに、彼は随分と変わったと言った。
っと言う外見より、性格が変わったと言うのだろうか?
「ち……」
「それも、そうかもしれないね。私は本当はこの世に居てはいけない存在なのだから。死者はあの世に帰らなければならない。君が怒るのも仕方ないのかもしれないね」
「違うのっ!」
わたしはやっとここで声が出た。彼はこの声の大きさに驚きつつも、横に部外者がいた事に気が付いた。
「ああ、カルさん。すみませんが少し、二人っきりでお話しがしたいのですが」
「そうだね……部外者の私はここから立ち去るよ」
「ありがとうございます」
「良いんだよ。せっかくの二年ぶりの再会なんだから、赤の他人が居ちゃだめだよね。小春ちゃん、また後でね」
カルさんはわたしに手を振りながら、向こうに消えた。彼が居なくなったのを確認した義総さんはわたしと向き直った。
「さっき私が『君は変わった』と言ったけど、あれは小春の格好を言ったんじゃないよ。確かに、髪型や瞳の色は変わったけど、小春に変わりない」
「性格ですか?」
「性格か……違う気がする。私が言いたいのは、小春は私に再会しても……何か嬉しく思っていないように見てしまうんだ。二年前の君なら、私を見た途端、笑顔を見せていたのに」
「違う。わたしは義総さんに会えて凄く嬉しいよ。でも、許嫁のわたしより、今義総さんに会いたいのは、あなたの弟である匠次郎さんの方ではないですか?」
「……そうかもしれないね」
「それにわたし、本当はあなたに抱きついたいくらいに、泣き出したいくらいに嬉しいんです。だから……そんな悲しい顔しないで下さい」
わたしの視界がかすれた気がした。しかし、それは頬に流れる雫に変わり、わたしは自分が本当に涙を流している事に気が付いた。
涙を拭こうと指で目をこすったが、止まらない涙はボロボロと地面に落ちていく。何時しかわたしは鼻水を出し、号泣した。
愛する人の前では見せられないこの姿でも、わたしは顔を隠さず、片手で目をこすりながら、声を出して泣いた。
本当、女らしく無い泣き方だと自分でも思った。これでは、鹿威さん達に「女らしく無い」と言われるのは仕方がない事だ。
わたしがそんな事を思っていると、フワリとわたしは何かに包まれた気がした。決して温かくないが、どこか懐かしみを感じた瞬間だった。
わたしは涙が滴る目を開けて見ると、義総さんがわたしを抱き締めている事に気が付いた。
「ごめん。私は君を泣かせてしまった」
「ちっ、違う。わたしは勝手に────」
言葉の最後は息が苦しくなって、途中しか言えなかった。彼がわたしを更に強く抱き締めたからだ。
そして、強く抱きしめられて初めて気が付いた事がある。聞こえないのだ。何も………彼の心の蔵の音が聞こえないのだ。
冷たい身体と聞こえない心の蔵。彼が死んで、もうこの世に居ない人と改めて実感させられた。
「私は、皆が私を忘れる事に恐れを抱いた。だから、あの世に行くのが怖かった」
こんな弱音を吐く義総さんは久しぶりに見た。一度は「何もかも投げ出したい」とボヤいていた事がある。
「だったら、何でわたし達の前に姿を見せなかったの?」
「出来なかった……と言って良いのかな?」
「出来なかった?」
「うん。二年間ずっと何も無い真っ暗闇にいた。変でしょ?良く聞く話では、亡者は未練や強い怨みがあると化けて出てくるハズなのに、未練がある私は出来なかった。ただ虚ろながらに、暗闇の世界にいた」
「暗闇?」
暗闇と聞いてわたしはあの時の夢を思い出した。確かあの夢も辺りが暗闇だったはずだ。
「そう暗闇。私はその暗闇で誰かに呼ばれた」
「呼ばれたって……」
「私を呼んだのは小春だよ。あの時、私一人しか居ない空間に君はいたじゃないか」
「で、でも、わたし、あれは夢だとばかりに思って」
「まあ、どっちでもいいよ。でもわたしはあの時、凄くうれしかったんだよ。まだ、私を忘れていなかった人がいて」
「匠次郎さんも忘れていませんよ」
「ああ、そうだね」
そこで彼は、わたしの体を離した。さっきの悲しい顔は消え、今は何時もの笑顔を浮かべていた。
「立ち話もなんだから、座ろう」
「う、うん………」
彼は先に座り、自分の横に座るよう、わたしの手を引いて促す。強く手を引くモノだから、わたしはその拍子に足がよろけて、倒れそうになる。彼は倒れそうになるわたしを受け止めて、座らせた。
「ありがとう」
「どういたしまして。……あ、さっきの話しだけどね」
一体何のさっきの話なのか?彼には主語がなかった。
「どうして、小春は私を呼ぶことが出来たのか、解った気がする」
「え?」
「ホラッ、小春はアレじゃないか?神擬であり、菊理媛神の生まれ変わり。それに菊理媛神はあの世声を聞くことの出来る神様だからね」
「あー、そうなんです……かって!義総さん、どうしてわたしが神擬だと知っているんですか!?」
「だって、小春と出会ってからずっと君の成り立ちに不思議を感じていたからね。君と出会って死ぬまで、色々と調べていたんだよ」
「えっ、ウソ……」
「でも、凄い骨の折れる事だったよ。全然書物とか無いし……でも、君の正体がやっと解った時、それは自分が死ぬ寸前だったんだ。だから、その事を弟に伝える余裕も無かった」
「……それを、わたしの正体を匠次郎さんに話すのですか?」
「うん。だって、死んだ私が知ってても、何の得も、もう無いしね。それなら、まだ生きている弟に託した方が良いかな?って思って」
この事を聞いてわたしは俯いた。多分、わたしが人ならぬモノと解れば、彼はわたしを避けるはずだ。
「言わないで」
「えっ?何」
「匠次郎さんには、わたしの事、言わないで下さい。彼とは、今までの関係でいたいんです」
「そうか……わかった。でもね、小春。多分、君が思っている事は無いと思うよ。あの子は、小春の本当の事を知っても、君を嫌いになったりしないと思う」
「どうしてそんな事が言い切れるんですか?」
「だって、あの子にはそれより勝る強い想いがあるから……」
「強い想いって?」
「直接本人に聞けば早いよ。その想いは、私より勝るか、あるいは、同等かもしれないしね?」
悲しい顔をしている義総さんとわたしの間に、沈黙が落ちた。そして、わたしはある疑問が浮かんだ。
「義総さんは………一体、誰に何故、どうして殺されたのですか?」
「直行で聞いてくるね………まあ、殺された理由はハッキリ解っているよ。でも、小春。私の仇を捕ろぉう何て思ちゃっ駄目だからね?」
バレてたかっとわたしは思った。
「だったら、理由だけでも」
「理由か……簡単に言うと、君に深く関わりすぎたから。難しく言うと、神擬と神擬同士の因縁の戦いに足を深く踏み入れ過ぎて、その秘密の多くを知ってしまったから、かな?」
「そんな……」
「別に、君に関わらなければ、今頃私は生きていたっと言う事は無いよ。私はあの時、跏琉痲一行の一部の人に弟を人質に捕られてね「弟は殺さない。その限り、かぐち村にいる青い目の少女、神擬の命を差し出せ」と言われたんだ。その時、2日間の考える時間をくれた」
ああ………あの時か。あの時、彼はとても悲しい顔をしていた。最後に彼に会ったその日もだ。
「私は、式神の柊に小春の姿に化けさせ、何とか交渉に応じたんだけど………ああ、心配しなくても柊は後々から助けるつもりだったからね?」
「はぁ……」
「話しを戻すけど───カルマの一味が、柊の術を身破いてね、私達は数え切れない陰獣に襲われた。何とか、弟だけは結界の中に入れたげど」
「………」
「私は陰獣の大群から切り抜けようとした時、カルマの一味の一人に私はあっさり殺されたよ。その後は多分……陰獣に四肢を引きちぎられて、見るに耐えない姿になってたんだろうね?」
「そんな───」
わたしはそれ以上言える言葉が見つからなかった。
「私は弟の目の前で死んでしまった。彼は私を見て、まだ動かない体を必死に動かそうとしていたよ。そして、私はそこで意識が途切れた」
まるで他人事のように語る彼。
義総さんの死去をしったのは、彼の弟の匠次郎さんだ。彼はあの時、ただ坦々と虚ろな目で兄の死を告げたのだ。
「小春。君はコレから、残酷な運命を歩むはずだ。いや、歩んでしまう。私はこの時が来てしまう前にせめて、君に人並みの幸せをやるつもりだった。でも、私は君を裏切り、弟を裏切り、先に死んでしまった」
彼は自分の事を裏切り者と言っている。でも、わたしは全然そうは思わなかった。
「情けない。私はあの三人の中では年配者のはずなのに、約束を先に破ってしまった」
「破ってませんよ」
「え?」
「義総さんは、約束の日に出て来た。それは、約束を守ろうとしたからでは無いのですか?」
「そうかな?」
「絶対そうですよ。だから、現世に帰ったら匠次郎さんも呼んで、あの時の約束である大きな……大きな雪兎を創ろうね?」
「ごめん」
「ごめんって?……何で?」
わたしは彼が何故謝ったの解らなかった。何かイヤな予感がした。
「まだ、分からない。私は弟の夢に出て行く事は可能だ。でも、世に現れて、何かを触る事も出来ないかも知れない。もしかしたら、現れる事すら出来ないかも知れない。だから、私はそれを約束出来ないかも」
「じゃあ、あの時の三人の約束は?」
彼は顔を背けた。「無理かもしれない」とでも言っているかのように。
「ごめん。守れそうにない」
「何で……」
「私は死んだ身だ。もう、あの時の三人の約束を守れるなんて、私に出来るわけないだろからね」
「嘘吐き」
「えっ?」
「義総さん、わたしと会った最後の日に言ったくせに。「大丈夫だよ。きっと戻って来るから」って。でも、その約束も破った。あの時の三人の約束も破った。義総さんの約束破りバカ!」
最後は子供じみた言い方だったが、仕方ない。わたしは、また泣きそうになったのこらえた。横で困った顔をした彼は、何か言いかけたが結局は黙り込んだ。
そこで、わたしはある恥ずかしさがでてきた。彼はもう死んだ身なのに、何わたしは約束守れなんて、我が儘な事言っているのだろうと。
「ごめんなさい……我が儘な事言ってごめんなさい。もう、この世に居ないあなたに約束守れ何て、あなたの都合を考えずに言ってごめんなさい」
膝に顔を埋めながら、ごめんなさいを連発して言っているわたしに、彼は更に困った感じで言った。
「別に謝らなくても良いんだよ。悪いのは約束を破った私の方なんだから」
「優しい人……義総さんは優しすぎるよ。だから、わたしはそれに甘えちゃうんだ」
「もっと……私に甘えて来ても良いんだよ?」
「えっ?」
わたしは驚いて顔を上げ、彼の方を向いた。そして、以外と彼の顔が近い事に気付いた。わたしは驚いて、反射的に仰け反ってしまった。
義総さんは傷付いた表情をし、軽く苦笑した。
「何て冗談……」
「わっ、わたし────」
「ああ、そうだ小春。君に一つ頼みたい事があるんだ」
空を見上げながら彼は言った。それより、わたしに頼みたい事?
「弟を、匠次郎を護って欲しいんだ」
「えぇ?それはどう言う事?」
「彼は力を使いすぎる」
そんな事を言われても一体どんな力を使いすぎるのか?わたしにはまだ解らなかった。
「私達のご先祖様の話は弟から聞いているよね?」
「はい」
「だったら、話は早い。彼は馴れない陰陽師の力を使ってせいで、体が弱ってきているんだ。それに色々と取り憑きやすい体質だからね」
「取り憑かれやすい体質だとは彼から聞いていましたけど……どうして、弱ってきていると判るのです?匠次郎さんは今のところ元気にやっていますよ?」
「外見はね。……でも、髪の色を見れば解る」
「色?」
「匠次郎の髪の色はね、昔は……と言っても二、三歳の時は私や父と同じく、黒髪だったんだよ。それが、今や色素が薄くなり、麦色の髪になってしまっている」
そうなのか。だから、彼の髪色は皆と違うのか。でも、わたしは匠次郎さんの髪色は若干憧れでもあるんだけどな。わたしと違って明るいし。
「何故こうなってしまったんだろう?あの子は妖怪や霊に憑きやすいから、それらのモノが見えないように、力を封じたのに……危ないモノには関わらないようにしたのに」
っと言う事は、匠次郎さんから前聞いた話で、二人で活動していたと聞いたけど、あれは、義総さんが見張っていたから力が使えたのか。
「えっ?じゃあ、その……匠次郎さんは、元は妖や、人ならるモノを見る事が出来たのですか?」
「そう」
「でも、力を使ったって何も害はありませんよね?」
「いや、ある。このまま力を使い続ければ運が悪くて、命を落とすか。運が良くて失明か……だね」
「それって、絶対になるっていう確率は無いですよね?」
「力を使わなければ……だけど彼は使ってしまう。君の為に」
その真剣な眼差しにわたしは戸惑った。
「だから私は君に頼むんだ。小春から、言って欲しい。『普通の生活に戻って欲しいと。何もしなくて良いから』って。頼める?」
「勿論言われなくてもします。だけど何でわたしからです?わたしなんかより、兄である義総さんの方から直接、彼の夢の中に出て言った方が説得力はあると思いますけど」
「私……ではダメなんだ」
また、哀しい顔をする彼。
「どうして?」
わたしは言った。すると彼は、言いたくなさそうに、あわてた口調で言った。
「と、とにかく頼むね小春」
「───はい」
変なの。何かわたしに隠している事があるのだろうか?
「それと、あと一つ言って良いかな?」
「はい、何でしょう?」
「えっとね………コレから私のせいで大変な事に巻き込まれるかもしれない。あと、何度も言うけど、弟を頼む」
「はい。わかりました」
大変な事とはわたしの宿命の事か、それともまた別のものなのか、解らなかった。
それに彼のせいで今後大変な事になるとは一体どういう事なのだろうか?
「もう、そろそろ時間だね───小春は何か言い残した事ありかな?」
彼は一度空を見て、わたしを見た。
「言い残した事………本当は沢山ある……けど、一つに絞るなら」
わたしは体ごと義総さんの方へ向き直り近付いた。そして、彼の背中へ腕を回して軽く優しく抱き、義総さんの首元に顔を埋めてそっと呟いた。
「あなたの事をずっと……ずっと愛しています」
彼はわたしの背中に腕を回して一度強く抱きしめると、体を離し、目と鼻の先まで顔を近付け目を細めた。
「私もだよ」
そのまま、わたしを強く抱きしめた。その刹那、彼は霧のように消えた。わたしの頬に一筋の涙が静かに流れた。
一時、そうしていると、後ろからカルさんが声をかけてきた。
「小春ちゃん、大丈夫?」
「ええ、はい」
わたしは手の甲で涙を拭うと微笑んだ。しかし、カルさんは切なそうな顔をした。
「彼……小春ちゃんの恋人だったんだね?」
「恋人……」
「ごめんね小春ちゃん。もっと長く居させるハズだったんだけど、やっぱりココでは部外者は長く居れないみたいだ。何とか力を使って、彼を長く食い止めていたんだけどね」
「そこまでしていてくれた何て、ありがとうございます」
「いいよいいよ。そんなん畏まらなくても」
カルさんは何時もの様にヘラヘラ笑いながら、言った。
「でも────」
「それに、小春ちゃんも余りここに長らく居ない方がいいよ。帰る方法を忘れちゃうよ?」
「あ、ええ、そうですね。わたしもやっぱり帰らなと行けないんですね?」
「ありゃ?何か帰りたくない事でもあったのかな?」
「いいえ。ただ、まだこの綺麗な世界に居たいなって思って」
「それだったら、一度戻ってからまたこっちにおいでよ?私は小春ちゃんが来るなら大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、小春ちゃんバイバイ」
消えゆくわたしに向かって手を振る彼にわたしも同じく手を振った。
「また、今度」
そこでわたしの意識は途切れたのだ。




