第二話 夢の言付け
ここから主人公視点だと思う。
小さな家が林の中にあった。もう随分と人が住んでいないのだろう。この家は荒れ果てて人の気配すら感じられなかった。しかしそこに一人、人が居た。
ああ、まただ。またこの夢を見ている。何故…………一体何度見たら
彼は当たりを見渡した。すると家の中から青白い光が光った。そこに現れたのは青白い顔で腰まである長い髪はボサボサ。顔に血が流れ藍色の着物は赤黒く染まり焦点が定まっていない女性だった。
彼女は何かを訴えかけるように話し出した。
ああ、聞こえないよ……全然何も聞こえないんだ
あなたが夢に何度も出てくる理由が分からないんだ───あなたは一体何を訴えようとしているの?
彼女は次第に怒りに満ちた顔つきになった。そして自分の頭を抱え叫ぶように口を動かしていた。しかし、彼女は急に動きを止めると、ふらふらと林のなかえ消えて行った。彼は彼女を急いで追いかけた。
ダメだ。そっちに行ってはダメなんだ!
そっちには────
林に見えるその先には、崖だった。
ダメだ。そこに落ちてはいけない!
彼女はそこに立つとふっと後ろを見、崖から落ちてしまった。
やめろー
彼が追いつくまであと少しだった。彼はその場にしゃがみこんだ。
まただ……また、追い付けなかった。一体何度この場面を見たんだろうか……
そこで彼の夢は終わった。人の声が聞こえたので彼は目を開けてみた。そこには心配そうに彼の顔をのぞき込んでいる義母の姿があった。
「匠次郎大丈夫かい?まだどこか苦しいのかい?」
涙目の義母はそう言った。
───そうか、昨日私は倒れたんだった
「はい、大丈夫です」
微笑んで見せた彼はまださっきの夢のことを考えていた。
「体はどこも痛くないかい?」
「ええ、余り強く打っていないので大丈夫です」
「そう、良かった」
彼はふっと思った。
───随分と白髪が増えたような
「ああ、そうそう匠次郎。お前、今日はずっと寝ていなさい」
「え?」
「仕事のことは私たちに任せなさい」
彼女はそう言ってスウーと襖を静かに閉めた。彼は義母が消えるとこっそり着替えた。
───行かなければ
着替えた彼は裏門からこっそり抜け出した。
* * * * *
朝日がやけにまぶしかった。わたしは目を開けた。
もう、皆起きているだろう。わたしとしたことがこうも寝坊しちゃいられない。
起き上がると素早く寝間着から小袖の着物に着替えお布団をしまった。そして、鏡台に向かい髪をとき始め、鏡台を見ながらわたしは思った。
そうか、わたし本当に瞳が黒くなっちゃったんだ。なんか……違和感があるな~
髪の毛をお団子結びにしたが前髪だけはいくら頑張っても結べなかった。
やっぱり正平達に切られた髪、一週間では伸びないな。
いつものお気に入りの簪をさしてわたしは立ち上がった。
「よしっ、今日も頑張るぞ!」
わたしは襖を開け顔を洗いに行った。そして顔を洗っていると後ろから声をかけられた。
「ああ、お姉ちゃんおはよーう」
大きな欠伸をしながら、ま だ寝間着も着替えていない義妹のお彩が言った。彼女はまだ9つだ。
「おはよう。お彩、顔を洗ったら早く寝間着を着替えなさい。あと、髪もしっかり……」
「はい!親みたいにいわなーい」
彼女とはいつもこの調子から1日が始まる。かなり仲がよい義姉妹なのです。
「って、お姉ちゃん!瞳がぁ!」
やはりそこをツッコムか───
「うん、実はわたしもさっき鏡台を見てビックリしたんだ」
これはウソ。実は夜鏡台を見て気づいていていましてね……
「え?瞳の色変わっているけどお姉ちゃん何ともないの?」
わたしの体を気遣ってくれる良き妹。ああ、ちょっと嬉し泣きしそう。
「うん、大丈夫」
「視力とか落ちていないよね?」
「それも大丈夫。今もしっかり見えるよ」
「なら良かった。本当ビックリした。瞳の色って変わるもんなんだね」
多分それは違うと思う。
「アッハハハ、それはどうだろう?」
「あ、そうそうお姉ちゃんの鏡台借りるね」
「え?もう一人で髪結べるの?わたしがしてあげようか?」
「大丈夫大丈夫!もうあたし9つだよ。子供じゃないって」
手を振りながら家の中へ入って行った。
大きくなったな~
わたしは手拭いを持ち、台所に入って行った。今、朝餉を作っているのだろう。わたしも手伝わなくちゃ。
しかし、台所で母に挨拶した途端ビックリした表情で母が問い詰めて来た。
「こ、小春!どうしたのその瞳」
余りにも悲鳴に似た声だったので父や村人達がまたワラワラ集まって来た。
お母さんの声って、一体どこまで聞こえるんだろう?
「小春、お前……目が」
父の辰吾郎が言った。
ああ、大事になってきちゃったな~
わたしは、これ以上大事にならないように説明し始めた。勿論、本当のことは余り言えない為、言い訳をするのに大変だった。
「っというわけ何です」
「そうか、良かった。お前の目の病気が治って」
「良かったな小春。目の病気が治って」
幼い頃、わたしに良く悪戯をしていた、同い年の宗谷が笑いかけてきた。
「あー、うん、そうだね」
「じゃあな、何かあったらまた迷惑かけにこいよ」
手を拭りながら彼は自分の家に戻って行った。
さっきの言葉って一体何?迷惑かけろだって!?
腹が立ったわたしは眉間にシワを寄せた。
「こらこら小春。余り眉間にシワを寄せるんじゃないよ。せっかくの美人が台無しじゃないの」
母が言った。父は苦笑しながら仕事場に戻った。そしていつの間にか村人達がいなくなっていた。
「だって宗谷のヤツ──」
「ヤツだなんて女が余り使って良い言葉じゃありませんよ」
「あ…………はい」
母は言葉遣いにだけは口うるさい人なのだ。わたし達は朝餉の準備をした。しかし、いつものより量が多いことに気づいたわたしはあれ?と思った。
「お母さん、何か今日の朝餉量が多いような気がする」
「ああ、だって今日から」
今日から?何だろう?
不思議に思ったわたしは『今日から何?』と聞いてみたが、母はニコニコするばかりだった。
お膳を皆がいるところに運んだ。運んだは良いのだか何か人が増えていた。そう、増えた人とは鹿威さんと霪馬さんのことだったのである。
どうしてこの人達………帰ったのではなかったのだろうか?
「おはようございます」
絶対作り笑いだろうと思われる笑顔を浮かべて彼らは言った。
「えーと、今日から住み込みで働くことになりました霪馬です」
「鹿威です」
「どうぞよろしくお願いしま~す」
わたしは父、辰吾郎の顔を見た。
「お、お父さん。住み込みって、まさかこの人たちを雇ったのですか?!」
「え、いや、まあそうだな。昨日、しつこいぐらいここで働かせてくれと頼まれてでな、最初は断ったが……ほら、ここは男一人しかいないから、男手が足らなくてでな。彼らが給料はいらないって言ったもんでつい雇ってしまったんだ」
なんと!
小春は頭に頭痛を感じた。
「あら。ほらほら早くおまんまを食べないと冷めてしまいますよ」
おっとりとした母が言った。
確かに大事な朝餉は冷めてほしくない。
そして、わたし達は黙々と朝餉を食べた。食べ終わったあと、母はお皿を洗いに、わたしは洗濯物洗いに再びあの豺鬼という陰獣に襲われた川に行った。ありがたいことに一人ではなかった。
「お前がまた襲われるといけなかいから見張りにきてやったぜ」
そう言いながら来たのは鹿威さんで、その後ろからは霪馬さんがいた。
「ありがとうございます。っであなた方はどうしてここに残ったんですか?」
わたしは疑問に思っていたことを口にした。
「えーと、オレ達はだな、お前の力を目覚めさせるべく、お前を修行するために残ったんだぜ」
うんうんと頷いている霪馬さん。
「そういうことで、明日の夜から修行だぜ」
「はい?明日の夜ってどうして夜なんです?」
「それは明日の夜のお楽しみってことで」
彼らはそう言ったあと、左右にわかれて見張りをした。
わたしは洗濯物を一生懸命洗った。途中、後から来た村の娘達と一緒にわいわいと雑談しながら洗い終わった。
「ねえねえ小春。どうしてあの人達、ここにいるの?」
村の娘の一人、彩香が言った。彼女達が言っている“あの人達”とは霪馬さんと鹿威さんのことだ。
「ああ、あの人達見張りをしてるんだって。ほら、昨日陰獣が出たでしょ?」
「へー。そういえば、昨日は小春、災難だったね。で、あの人達って小春のところで住み込みで働くことになったんでしょ?」
恐るべし村の情報網。伝わるのが早すぎる。
「うん、お父さんが雇ったんだ」
「ふんー、あの人達の名前は何?」
「鹿威さんと霪馬さん。茶色い髪が鹿威さんで白い髪が霪馬さん」
「どうして二人とも瞳が黄色いの?小春と同じ病気?」
「そ、そうなんじゃないかな~」
わたしは思った。
言えない。彼ら実は鹿と馬の神様だなんて口がさけても言えない。
わいわいと村に付くまで質問責めにされた。そして村に付いたわたしの所に母のお春が慌てて来た。
「小春。匠次郎さんが来ているよ」
この言葉にわたしだけではなく村の娘達までもが驚いた。
「え?薬の元を貰いに来たの?」
「うーん、違うんじゃないかな?一人だし。小春にちょっと話しがあるって来たんだ」
「あれ?小春達ってもうそんな関係?」
茶化すように村の娘の一人で彩香の友達、お絹が言った。
別にわたし達はそんな関係じゃない。わたしも彼もそんな風に思っていない。っとわたしはそんなことを思いなが家へ行った。
「小春早くおし」
「はーい」
わたしは急いで客室に入った。彼は姿勢良く正座していた。
「お久しぶりです小春さん」
丁寧に頭を下げて彼は挨拶をした。
「どうも………ではなくこちらこそ」
同じくわたしも頭を下げた。
「すみません。お忙しい中」
「いえいえ、いいんです」
わたしは慌てて手を振りながら彼の言葉を遮った。
「あの、匠次郎さん。今日は一人なんですが、一体どうしたんですか?」
「今日はこっそり家から抜け出しましたので、私一人です」
悪戯っぽく微笑んだ彼はまだ子供のように見えたが実はわたしの5歳年上なのだ。
「ってことは近道使ったんですね」
近道とは、町からかぐち村まで来る最短ルートのことだ。本来、半日かけてかぐち村に行くがこの近道を使うと短時間でかぐち村に着くのだ。
しかし、匠次郎さんとわたしとあと一人以外はこの道を知らない。
「ええ、ちょっと急な用事でしたので」
「用事……そういえば匠次郎さん。わたしに何か用事があったのですか?」
ギシっとどこかが軋んだ音がした。
多分誰かが盗み聞きしているのだろうか?
「それが、ちょっと小春さんに相談したいことがありまして」
「相談?」
「はい」
「それは一体」
「小春さん。あとは、外で散歩しながらお話いたします」
どうやら彼は誰かが盗み聞きしていることに気づいていたらしい。彼は立ち上がると襖を開けた。
開けた途端沢山の人が押し倒された。どうやらかなり後ろからぎゅうぎゅうと押し合っていたらしい。その倒れた人混みの中に母の姿があった。
「お母さん!一体何しているの?」
「ち、ちょっと気になって」
この言葉に皆が頷いた。
「そうそう、小春と匠次郎さんが一体何の話しをしているか知りたいじゃない。ねー、皆」
彩香が後ろの他の娘達を見ながら言った。後ろの娘達は頷いていたが、ほのかに頬が赤いのは匠次郎さんがいるからだろう。
実は彼、町でもかなり人気の高い美青年なのだ。
彼女達はちらちらと匠次郎さんの方を見てはキャッキャッとお互いを突っつきあっている。
「あ、そうだ小春。お前は外で散歩しながら話すんでしょう?」
母が心配の顔で言った。
「はい」
「そう。余り奥まで行ってはダメよ。わかったかい?」
「はい」
娘達が余りにも騒がしかった為、何事かと顔を除かせた鹿威さん達がいた。それを見た匠次郎さんは首を傾げた。
「見たことの無い人達ですねあの人たちは何方ですか?」
「彼らは今日から、うちで住み込みで働くことになった鹿威と霪馬さんです」
鹿威さん達はわたしのそばに寄ってきた。そして見知らない匠次郎さんを見ると彼らはまた首を傾げた。
「誰?」
「お初にお目にかかります。私、早乙女屋の匠次郎と申します」
礼儀正しく挨拶する匠次郎さんに対して彼らは素っ気なく挨拶した。
「そうか。オレは鹿威」
「霪馬だ。よろしく」
「うわー、霪馬さんに鹿威さん。頭ぐらい少しは下げましょうよ」
「アホ、オレ達はそんなことする下級の者ではなくて、人じゃないわ」
「下級って、ただ礼儀正しくないだけではないですか?」
「そんなことより小春。お前、外を散歩するんだろう?外ってどこまでが外何だ?」
「えーと、川を渡ったら外ではないでしょうか?」
「よし、小春にはこれを差し上げてしんぜよう」
っと霪馬さんに渡された物は笛だった。
「何ですかこれ?」
「これはだな、お前が『危険だ!危ない!』っと思った時に吹け。そしたら俺達が直ぐに駆けつけてやる」
「ありがとうございます」
色々と話し終わって鹿威さん達はわたし達を見送った。そして川を渡って一時した時、匠次郎さんが話した。
「そういえば、だだ散歩をするだけなのに皆、心配そうな顔していましたね?何かあったんですか?」
わたしが陰獣に襲われたことを知らない彼は不思議に思っていたらしい。
「あ、それがですね」
っと昨日の出来事を単純に説明した。
「今から引き返しましょう」
彼は、わたしの昨日の話しを聞くと村に帰ろうとした。
「え?えぇーちょっと匠次郎さん。もう帰るんですか?まだ全然匠次郎さんの用事聞いていませんよ!」
慌てて彼のあとを追いかけた。
「しかし、陰獣が出て危ないのでは?」
彼は振り向いた。
「だ、大丈夫です!何か今日は出ない気がします!」
自信たっぷりに言うわたしに彼は眉をひそめた。
「それは何故ですか?」
「あ、えーと、ただの勘です」
「は?」
「だから、ただの勘なんです!」
力強くそう主張するわたしに彼は何か昔のことを思い出したように「ああ」と何かを納得していた。
「そうですか。あと、今更何ですか小春さん随分と変わりましたね」
「へ?」
約1ヶ月前は髪を全部後ろにまとめていたのだが今の小春は前髪が短い。そして青い瞳だったのが漆黒の色に変わっていたのだ。
「これは一週間前に正平たちに悪戯で切られたんです。昼間で。うとうとしていましたら、いつの間にか切られていまして……はっはは。情け無いですよね?あと、瞳の場合、今日目が覚めたら勝手に黒くなっていました」
わたしは前髪をおさえた。
「そうですか…正平君たちもなかなか悪戯を止めませんね」
「はい」
変だろうか?切られたあと、自分でなんとかおかしくないように切ったんだけど。
「そう落ち込まなくても似合っていますよ」
彼はニッコリと微笑んだ。
「そうだ。匠次郎さんが相談したいことって一体なんですか?」
「それは……実は一週間ほど前から同じ夢を見るんです」
同じ夢の部分だけは今から同意しようとわたしは密かに思った。
そうか、わたしもこれからカルさんっという人の夢を見るんだろうな。
「その夢は……同じ人が毎日、何かを訴えたあと必ず崖から落ちて死ぬん夢です」
あっ、全然違った。だけど、同じ人だけは共通している。
間抜けなことを思っていたわたしは最後の“死ぬ”の言葉を思い出した。
「今、なんと?」
「だから、同じ人が毎日夢に出てきて崖に落ちて死ぬ夢です」
そう言った匠次郎さんの顔は悲しみに満ちていた。
「死ぬって夢の中ですよね?」
「夢でも、毎日同じ人が───」
匠次郎さんは言葉を最後まで言わずあるところを見て目を見開いた。
「ん?どうしたんですか匠次郎さん」
わたしは彼が見ているところを見た。しかし、そこはただの林があるだけだった。
「匠次郎さん?」
「知っている」
「は?」
「ここ夢で見たことがある。あの夢だ」
「夢って人が崖から落ちる夢のことですか?」
わたしの問に答えず匠次郎さんは何かに取り憑かれたようにスタスタと林の中へ入って行った。
「ちょっ、匠次郎さん。どこに行くんですか?そっちは道じゃないですよー!」
わたしもまた彼のあとへ付いて行った。しかし、流石は人の入った痕跡が無い林。足場が不安定でわたしは何度も転けそうになった。
しかし、匠次郎さんはどんどん林の奥へ入って行く。わたしは彼の後をついて行くのに精一杯だった。が突然彼が立ち止まった。
そのためわたしは彼の背中にぶつかってしまった。
「痛ぁ!」
わたしは鼻を押さえた。
おもいっきりぶつかってしまって鼻を強く打ったせいで涙目だった。
しかし、彼は気にもとめずまたスタスタと歩き出した。
「ちょっと、匠次郎さん!」
後を追いかけようとしたが、わたしは立ち止まった。わたしは目の前の自然化に成りつつあるボロ家を見た。
何か……とても不気味。
匠次郎さんは、その家の中に入って行った。わたしも勇気を出して家の中に入った。
入ったは良いのだが、彼もわたしもそこで固まってしまった。わたし達が見ている家の中は黒いシミが沢山あり中央に大きな黒いシミ。そこからまるで飛び散った血の後のようだった。
これってまさか血?もしこれが本当の血ならば一体何人の人が───
「これは血だよ。わたしはこの中から頭から血を流した女性の夢を何度も見た」
そう言うや彼は部屋の奥へ入って行った。わたしも彼のあとに続いて入った。
辺りを見ながら、『わたしは不気味だな』と思っていた。すると奥から誰かが倒れた音がした。
音がした方に行ってみると、わたしは驚いた。わたしが見ている先には匠次郎さんが倒れていたのだ。
「匠次郎さん!」
わたしは駆け寄った。しかし、彼は息苦しそうに胸をおさえていた。
「どうしたんですか匠次郎さん!どこか痛むんですか?」
弱々しく首を振っている彼は消え入りそうな声で言った。
「逃げて………逃げて下さい。ここから………早く」
しかし、そこまで言ったあと彼は強く咳き込み始めた。
不安になったわたしは、霪馬さんから貰った笛を吹こうとした。その時、わたし達の前が青白く光った。
そこに髪をボサボサにし、頭から血が垂れ、藍色の着物を赤黒く染めている青白い顔の女性が立っていた。
その女性はわたし達を見ると仕切りに口を動かし近づいてきた。
匠次郎さんはまた一段と強く咳き込み、息をするのにも大変そうに呼吸し始めた。
「匠次郎さん!」
わたしは一生懸命彼の名前を呼んでいるが彼は意識が薄れつつあった。
ああ、ダメだ。死んじゃやだよ…
お願い死なないで………
わたしの大切な人がまた死んじゃう……
嫌だ死なないで!わたしを一人にしないで
三人でまた遊ぼうって約束したのに──
一人にしないで!
わたしは彼の名前を呼びながら思った。
何故、一体誰がわたしの大切な人を奪おうとしているの?誰?がわたしの───
わたしは前を見た。彼らの前にはさっきの女性が見下ろしていた。彼女が口を動かすたびに匠次郎さんは息苦しそうに咳をした。
この人がわたしの大切な人を奪おうとしている
しないで!わたしの大切な人を奪わないで!
お願い!奪わないで!
しかし、いくらそう願っても匠次郎は息苦しそうだった。
止めろ!止めろ!止めろ!
消えろ消えろ消えろ消えろぉ!
がなかなか消えない彼女を見て、わたしは強く睨みつけ言った。
「消え失せろ!」
強く言った。その途端どこからか突風が吹いた。すると、血が垂れた女性は霧のように消え、わたしの髪は何故か解けてしまった。長い髪が宙を舞った。
「消えた?」
先程の女性がいないか、辺りを見渡したわたしは女性がいないと確認すると匠次郎さんの様子を見た。
彼は気を失っていたが息はあった。ホッとしたわたしはお気に入りの簪を拾い、匠次郎さんを外まで運んだ。
流石に大人の男性は重かったので、運び終わった後は膝から崩れ落ちてしゃがみ込んでしまった。
一時そうしたあと、彼が目を覚ました。彼は辺りを見渡したあと、わたしの髪が解けているのに気づき驚いていた。
「ここは?」
「家の外です」
「どうして髪が解けているの?」
「それはわたしにもわかりません」
そこまで質問したあと彼はわたしに謝った。
「すみません。あなたまで巻き込んでしまった」
「むしろわたしがいて良かったですね?」
わたしの態度が冷たいことに気づいた彼は何故か申し訳なさそうに俯いた。
わたしの場合、このことで怒っている訳ではないのだ。
別に怖い思いは昔から沢山体験している。悪霊ぐらいでわたしは怖くない。でも────
「小春さん。先に帰っていただきますか?」
「え?」
言っている意味がわからない
「あとは私に任せて下さい」
「な、何を言っているんですか!匠次郎さんも帰らないんですか?」
「私にはまだやらねばならいことがあるのです」
彼は立ち上がって、来た方向とは違う別の林に行こうとした。
「そっちは来た道とは違いますよ?」
「……私はあなたを巻き込んでしまった。これ以上あなたを危険な目に遭わせることはできません」
「では、何故わたしに夢の話しをしたんですか?」
「それは」
彼は黙った。
「わたしも行きます。何か嫌な予感がしますので」
「駄目だ」
「いいえ、匠次郎さん。わたしが居ないと困るはずです。現に匠次郎さん、アナタは見えているのですか?悪霊が」
彼は顔をしかめた。『バレたか』と思っているのだろう。
「だからわたしも一緒に行きます」
「なら……その代わり、危険だと思ったら私をおいて逃げて下さい」
こう言った彼に、わたしは何も返答しなかった。わたし達は林の中へ進んだ。先程の林と違うのが足場が固い土だということだ。
おかげ様で先程よりも歩きやすい。
林が突然無くなった。と思ったが実は崖っぷちに付いてしまった。
匠次郎さんがわたしの裾を掴んでいた。
多分、匠次郎さんがわたしの裾を掴まなかったらわたしはこの崖に落ちていたのだろう。
足下のすぐ下は崖だ。かなり高い。多分ここで落ちたら命は助からないだろうとわたしが思っていたその時、突然強い突風が吹いた。わたしは一瞬宙に浮いた気がした。しかし、それは直ぐに落ちた。
(え?)
匠次郎さんが驚いた表情でわたしを見た。悲鳴さえ叫ぶ余裕が無かった程、わたしは自分が落ちたと理解出来なかったのだ。
ただ呆然とするしかなかった。落ちるわたしの手を彼は間一髪で受け止めた。
しかし宙にぶら下がっているわたしの体重は倍に重いはずだ。
「駄目です。手を……手を離して下さい!」
「離せない。もし君の手を離したなら………私は後悔するだろう。アナタを巻き込んでしまったことと、兄との約束を守れなかったのを」
「今はそんなことどうでも良いのです!早く手を離して下さい。このままでは、二人共落ちます!」
わたしは彼の後ろにあの女性がいることに気づいた。
「匠次郎さん!後ろに……」
そう叫んだが遅かった。先程よりも強い突風が匠次郎さんを吹き飛ばし、わたし共々落ちてしまった。
何てことだ………匠次郎さんまで落ちてしまった。このまま落ちたら確実に二人とも死ぬ!
わたしは首にかけている笛を見て、手に取った。
『良いか?これを吹けば俺達が直ぐに駆けつける』
そんな風に霪馬が言った記憶があるわたしは、笛を思いっ切り吹いた。しかし音が出なかった。
どうして…………
このままわたしは死ぬだろうか?このまま───
なら、せめて匠次郎さんだけは助けてほしい
そこでわたしの意識は途切れた。
色々と修正しました!




