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第一話 12年の時を経て

長いです。

 あれから十二年の月日が流れた。


 ここは江戸の町から遠く離れた小さな村。

 山に囲まれ畑や田んぼが沢山あるが、ここに住んでいる人は約三十人程度で、とても人口が少ない。

 空気が澄んでいてちょっと歩けば川がありそこは夏になると蛍が沢山出るとても綺麗な場所だった。


「小春、これを川で洗ってきてくれないかい?」

 大きな籠に芋が沢山入っていた。ここでは薩摩芋とかではなく山芋だ。

「はい」

 小春と呼ばれた少女が籠を持って川の方へ行った。

「凄い!芋が沢山採れている」

 彼女は約十二年前に田沼夫妻にひきとられた養子だ。自分が養子だことは彼女自身も承知。

 童子のころはかなりの不細工だったが今は想像を絶する程の美貌の持ち主で、何色にも染まらない漆黒の黒髪と淡い海色の瞳、雪のように白い肌が特徴的な少女だ。

 また、海色の瞳は病気だと村人たちに伝えてあるため町に行く以外目隠しをしない。

 今や田沼夫妻が営んでいる八百万薬元屋の看板娘的な存在になっている。


「あら、小春。一人で川で何しているの?」

 先程、小春が来た道から一人の女性が来た。

「芋を洗っているんです」

「ふふっ、そう」

「薫さんは?何故こちらに」

「ああ、私は水をくみに来たの」

 薫と呼ばれた女性は口の下に黶がある綺麗な女性だ。今は4人の子供を持つ母親だが彼女を知らない人から見ればまだまだ二十代前後に見えるだろう。

「じゃあ私は向こうで水汲んでくるわね」

「はい、気をつけて」


 洗濯物とかはこのように芋やら洗っている川で洗えるが、飲み水となると木の根から出ている水でないといけないのだ。川だと一体何が流れているかわからないからだ。

 木の根の苔がギッシリと栄えている所から滴るように水が出ている。その下には大きな壺があり、その壺に溜まった水を飲み水として使っているのだ。この水は村人皆が使っている。

 

 先程の女性、薫が飲み水をくみ終わって帰って来た。

「じゃあ、小春。私は先に帰るわね?」

「はい」

 薫が帰り、あとちょっとで芋を洗い終わろうとした時、小春は変な異変に気付いた。

「何だろう?さっきからやけに静か……」

 小春は立ち上がり辺りを見渡した。本来なら、小鳥の囀りやカラスの鳴き声などが聞こえるはずだが今は静かだった。強く吹いている不気味な風以外は。

(誰かに視られている?)

 先程から辺りを見渡しているが誰もいない。


(また、私を脅かそうとする正平達かな?……いや、違う。人間じゃない……獣?……でもない。一体誰?)

 段々と怖くなった小春は芋が入っている籠を抱えて急いで家に帰ろうとした。

 しかし、突然横からガサッと何かが動いた音がした。彼女は驚いた。ゆっくりと横を見た。誰もいない……と思ったその時、黒い物体が飛び出して来た。


「ギャアァァァア!」


 美少女には似使わない悲鳴を上げたが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 芋を放り投げ、家がある方とは別の方へ逃げ出した。あとで、『いけない!』っと小春は思ったが時既に遅かった。黒い物体は彼女を追いかけていたのだ。


 小春は黒い物体が何なのか走りながら後ろを振り向いた。そして、見かければ良かったとあとで思ったのであった。

 小春を追いかけて来たのは墨をぶっかけたみたいに黒く犬っぽいが異常に延びた牙と涎をたらし三つ目の目が赤い物の怪だった。


「ギャアアアア!!だれかー助けて!」

 随分と走り続けているせいで、そろそろ足が疲れてきた。そして、着物なので走りぬくく、足がもつれ、最初より小春が走る速さは遅くなってしまった。

 後ろから異常な速さで追いかけてくる物の怪が迫って来た。

 遂に足が絡まり地面に転けた。小春は後ろを振り向いたのと同時に黒い物体が襲いかかって来た。

 小春は涙目の目を強く瞑った。


(もう、駄目だ!!)



    *  *  *  *



 草木の一部に風が吹いた。がこれは十二年前に田沼夫妻に幼子を届けた神々が走ったあとの風だった。


「全く持ってどうしてオレ達はこうも面倒なことばかり天照大神から押し付けられるんだ?」

 っとブツブツと文句を言っているのが鹿の神、鹿威(かい)。横目でギロリと鹿威を睨んでいるのが馬の神であり十二神の一人、霪馬(いんば)だ。

「ああ、そうだね。俺の場合はお前の巻き添えだがな」

「まあ、仕方ないじゃないか…オレ達は、長い付き合いだし」

「長い付き合いじゃなく腐れ縁の間違いじゃないか?」

 現在彼らは物凄い速さで田沼宅に向かって行った。


「あ~あ、なんで天照大神さんは、オレ達にあの不細工なヤツの力を目覚めさせる手助けを頼んだんだろうな?」

「さぁね、ほったらかしてても、勝手に目覚めるもんじゃないのか?」

「あ、オレもそう思った」

「ん?」

 霪馬が鹿威の方へ顔を向けた瞬間、低い枝が霪馬の顔にぶつかった。

「イダァ!」

 霪馬が顔をおさえながらうずくまる。鹿威が笑いを含んだ言葉を霪馬に言った。

「お、おい、大丈夫か?………ぷっ」

 霪馬が勢いよく立ち上がった。


「お前今笑っただろう!?」

 勢いよく立ち上がった彼の鼻は血が垂れていた。

「おい、お前本当に大丈夫か?鼻血が垂れてんぞ。そんなにこの枝が鼻に…もしかしてお前、あっち系のこと考えいたんじゃ」

「ちげーよ。あいにく俺の頭はお前と違ってね純粋だから……それに、ただこれは枝が勢いよく鼻の穴に入って鼻血出しちゃっただけだから」

 どんな鼻血の出し方(出すきっかけ)だよっと思った言葉は飲み込んで

「そ、それはまた痛そうだな」

「お前も出すか?鼻血を」

 っと言い終わる前に霪馬の拳が鹿威の顔面にヒットした。


「イダァ!お、お前何しやがるんだよ。オレまで鼻血を出すとか……つか、お前が鼻血を出したのオレのせいじゃないよね?!」

 鼻血を垂らしながら鹿威が反発した。

「うん、これで似たもの同士だ」

 爽やかな笑顔で頷きながら霪馬が言った。

「鼻血出しながら何笑っているの?ちょっと気持ち悪いぜ」

 そこまで言ったあと、鹿威はある疑問を口にした。


「そう言えばお前、何でオレの方に顔を向けたの?」

「ああ、それはだな、悲鳴が聞こえたからさ。てっきりお前が出したのかと思ってさ」

「悲鳴?オレは出してないぜ」

「え?じゃあさっき聞こえた悲鳴は───誰の?」

 その時『誰か───誰か助けて!』っと悲鳴に混じった女の声が聞こえた。

「聞こえたか?今の」

「ああ、人間が誰かに追っかけられているな」

「下から聞こえたぞ」

 彼らが今いる場所は山の中の崖の上に居た。


「見に行くか?」

 霪馬は鼻血は垂らしながら鹿威を見た。

「ああ、そうだな」

 ワクワク顔の鹿威が答えた。鼻血を垂らしながらだ。

「お前ってどうして人が何者かに襲われて いる時、ワクワク顔するんだい?」

「え?だって、どんな人が襲われているか楽しみじゃないか」

 霪馬は思った。

(こいつ、絶対病んでいるよ)

 

 崖を下りた彼らは少女が黒い物体に襲われているのを見た。

「ああ、あれは陰獣の豺鬼(さいき)に襲われているぜ」

 のん気に鹿威が言った。

「いやいや、助けに行こうぜ。襲われているのは女だぜ」

「まあ、女だから別に良いけどな……おっと、こけたぜ」

「ヤバいな、行くぞ」

「あいさーー」



   *  *  *  *  *



(もう駄目だ!!殺される!)

 彼女がそう思った瞬間何かが倒れる音がした。

(え?)

 そっと目を開けてみた。彼女の足下の近くに黒くうずくまった陰獣が横たわっていた。

「ひっ!」

 そして、前を見た。見たあと、見てはいけないものを見てしまったと彼女は後悔した。


「「我ら、美少女お助け隊!!」」

 二人して背中合わせの変なポーズをビシッと決めた鼻血を出している変態がそう叫んだ。重い沈黙が流れた。

 そして、ようやく少女が口を開いたと思えば───

「き、ギャアアアア!!変態!変人がでたぁぁあ!!」

 叫びながらまたどっかに行ってしまった。変なポーズの格好をしたまま彼らは固まっていたのであった。

 彼らはポカンとしていた。変人呼ばわりした後、逃げ出すとは思っていなかったからだ。


「鹿威、さっきの子ってもしかして……」

「ああ。目が青かったな」

「こん な直ぐに出会うとは──十二年ぶりだな」

「ははっ。しかし、綺麗な女性になったもんだ。昔は不細工だったのによ」

「昔と言えばあの賭けは俺達、二人ともハズレたな」

「そうだな」


 のん気に昔のことを語っていた。彼らは彼女を追わなかったことに後悔するとは、今の二人は思ってもいなかった。


 小春は走りながら家に帰って行った。ここが自分がよく知っている森で良かったと彼女は思った。

 そしてようやく家についた。家の前には村人全員が心配の顔で小春を待っていた。

「小春ーー!」

 人混みの中をかけ分けながら田沼夫妻が飛んで来た。妻、お春が彼女を抱きしめた。

「まあ、こんなに泥んこになって……良かった!生きていて……」

 消え入りそうな声で言われた。


「小春、心配したんだぞ。お前の悲鳴が川の方から聞こえて───慌て来たが、あったのはお春がお前に頼んだ芋が散らばっていて」

 その妻の夫、辰吾郎が言って、次に村の長が話した。

「そのあと皆で仕事を中断して随分と森の中を探したぞい」

「すみませんでした。皆様まで迷惑をおかけして」

「ほっほ、よいよい。この村は皆で助け合うのが昔からのなりだからな。して、お前は一体何に襲われたのじゃ?」

「えっと、変な黒い物の怪に襲われました」

 周囲がざわめいた。


「黒い物の怪だと?」

「はい、犬のように見えましたがそうではありませんでした。牙が異常に長く三つ目で目が赤かったのです」

「おお、それは……陰獣の豺鬼(さいき)じゃな」

「陰獣の豺鬼?」

 村人皆が首を傾げた。妖怪や妖とかは聞いたことがあるが陰獣と言う言葉は聞いたことが無かったからだ。


「陰獣とは、夜に活動する。たちの悪い妖や妖怪より残忍な物の怪よ。無差別に片っ端から喰いつくし、獣だろうが妖や妖怪だろうが人間、神だろうが無意味に食い尽くす」

 その話しを聞いて顔が青くなったお春が小春の顔を覗き込んで言った。

「まあ。小春、一人で怖かっただろうに……大丈夫だった?どこも怪我していない?」

「う、うん、大丈夫だよ」

「そう……良かった……神様ありがとうございます。この子を守って下さって、本当にありがとうございます」

 彼女は呪文のように呟きまた小春を強く抱きしめた。


「小春、お前はこの豺鬼からどの様に逃げ切った?この豺鬼という陰獣はとても鼻が良くての。見つかったら聖地である神社や寺に入るまで追っかけてくる奴じゃ」

 小春は言って良いのか困った。


────二人揃って鼻血出していた人に助けられましたなんて……ちょっと言いにくいな。それに助けられたらお礼を言わずに逃げ出しました何て言ったら必ず両親や長などに怒られちゃうだろうな?

「小春?」

 お春が心配な顔でまた顔を覗き込んだ。


「えっと、えーと。ふ、二人揃って鼻血出していた人に、た、助けられました」

 ぷっと正平が笑ったが直ぐにおさまった。皆がその人を睨んだからだ。今はそれどころじゃなからだ。

───ああ、やっぱり正平の奴笑ってんの

「小春、その鼻血を出しながら助けてくれたお二人さんは、一体どこに行ったんだ?」

 優しく田沼主人が言った。


「そ、その、あまりにも鼻血を出していて変な格好をビシッと決めていた変人だったから、思いっきり怖くなって逃げ出しました。ごめんなさい」

 小春は怒られる覚悟で本当のことを言った。

───怒られる!

 っと思ったが何時まで待っても両親の怒声は聞こえなかった。

───ん?

 不思議に思って顔を上げた小春はビックリした。村人皆が苦笑を浮かべていたからだ。


「まあ、確かにそんな変人がいきなり現れたら怖くなるだろうね。それも、陰獣とかに追っかけられた後だと、なおさら……」

「ああ、そうだな。俺だって怖いよ」

「あんたは大の男だろうが」

「いや、陰獣の場合、男も関係なく怖いと思うぞ」

 『ははっ』『それはちげーねぇや』と村人達が笑い出した。ただ一人小春だけはポカンとしていた。


「あの、えと、怒らないんですか?助けられたお礼を言わずに逃げ出したわたしを」

「ああ、確かにお礼を言わなかったことはいけないが、変人はちょっとお前が危ないから良いんじゃないかな?」

 その時、父の後ろからコレっと父の頭を竹で軽く叩いた(おさ)が言った。

「いくら変人な人だからと言ってもお礼はしっかり言わんといかん。それが礼儀じゃ」

 しかし、言っている長も笑いを噛みしめていた。


───長だって鼻血出しながらわたしを助けてくれたお二人さんのことを笑っていて失礼じゃないかな?ああ……鼻血を出しながらわたしを助けてくれたお二人さん、ごめんなさい。わたしが逃げたばかりに笑い物にされて 

 しかし、小春は不思議に思った。

───でも、鼻血を出しながら助けたお二人さんのどこが面白いんだろう?まあ、その場を逃げ出したわたしも悪いんだけど。

 真っ昼間からかぐち村人たちの笑い声が聞こえるのだった。


 しかし、その様子を木の上から二人の影が見ていた。その影は何か落ち込んでいるようにも見えた。

「ああ……どうしよう。村人たちの最初の俺達の印象がぁ~」

「霪馬よ、お前のせいだからな。オレまで印象悪くなったのは」

「はぁ?なんでだ」

「お前があの時、無意味に鼻さえ殴ならなければオレの印象はこうでは無かっただろう」

「なら道連れだ。ははっ、良かったじゃないか俺に道連れされて」

「よくねーよ」

 鹿威と霪馬が木の上で暴れたので木がユサユサと揺れてしまった。

「おっと、あぶね!」


 しかし、このユサユサ揺れた木を一人の村の少女が見ていた。

───猿か何かいるのかな?

 まっ、いいやと思った彼女は、いつの間にか笑いがおさまり、自分の仕事の持ち場に戻って行く人達と共に仕事場に戻って行った。


「危うくバレる所だったぞ!」

「お前が突っかかってくるのが悪いんだぞ鹿威!」

 一時、木の上で口喧嘩した後、彼らは勇気を出しながら村えと向かった。

「な、なあやっぱり明日にしようぜ」

 鹿威がイヤイヤ村には行きたくないと言わんばかりの顔をしながら言った。

「アホ、天照大神さんから今日中に彼女の力を目覚めさせろと頼まれてんだろうが。お前にな」

「何で?今日力を目覚めさせるのと明日力を目覚めさせるのに何か違いがあるのかい?」

「俺が知るかい」

 キッと鹿威を睨みながら彼言った。

  

 次第に村が見えて来た。

「おっと、鹿威。もう直ぐ村に着くぜ……何だ今頃に及んで『行きたくない!』とは言うなよ」

「実は今そう思っていたところだ」

「そうか、実は俺もそう思っていたよ」

「似た者同士だな、オレ達」

「俺は似た者同士になりたくないが──今は別にどうでもいい」

 二人揃って鼻の辺りを一生懸命拭きながら村に入って行った。


 村人たちが怪しげな目で彼らを見ていた。今まで、見たことの無い人であり、なおかつ二人揃って鼻の辺りを一生懸命拭いていたのでなおさら怪しいかったからだ。

「おい、アイツらだれだよお前知っているか」

「知らないよ……大体アイツら何しに来たんだよ。見たことのない顔だぞ」

「ああ、町の人かな?」

「町の人だったら田沼さんの薬の元を買いにきたのか?」

「さぁ」

 畑仕事をしていた中年男性がコソコソと話していた。鹿威達は真っ直ぐ田沼の家に向かった。


 本当は嫌だと思いつつも天照大神から頼まれた仕事はしっかりこなさないと後で他の神々が五月蠅い。

 彼らが勇気を振り絞って田沼さんの家に『ごめんくださーい』と言った。間もなくして、家の中から『はーい』と言いながら顔にちょっとシワがあるが、まだまだ若い女の人が出て来た。


 彼女は鹿威達を見ると訝しげな顔立ちになった。

「ああ、新しい早乙女屋さんの使用人ですね。ちょっと待って下さい。今、薬の元を取って来ますね」

 また家に入って行こうとする女性を彼らは慌てて止めた。


「ち、ちょっと待って下さい!私達はそのしゅ……じゃなくて目の青い少女に用があって来たんです」

 彼らが少女の幼少期名を言わなかったのは今は違う名前がついているだろと思ったからだ。

(危うく言うところだった)

「目の青い少女?……小春のことでしょうか?」

「あ、はい。多分その子だと思います」

「えっと、ちょっと待って下さいね」

「はい」

 彼女は家に入って行き、声が筒抜けになる程大きな声で話していた。


「小春、ちょっとあんた。あんたに会いたいと言う人達が来ているよ」

「わたしに会いたい?誰だろう?匠次朗さんじゃないよね?」

「違うよ。匠次朗さんとは全然似つかわない顔立ちよ。以外と格好良い人だったような?」

「格好良いってお母さん……」

「えっ!そんな人達が来ているの?」

 何故か家の中が騒々しくなってきた。そしてようやく目の青い少女が来た。そして彼女は指をビシッと指し─────

「あ、あああ!!!」

 っと叫んだ。余りにも彼女の声が大きかったのか、村人達がなんだなんだと集まって来た。村人達の視線が痛い彼ら。


「ちょ、小春の姉ちゃん。どうしたの?いきなり大声出して」

 二つ結びの女の子が家の中からから来た。その後ろにも田沼夫妻が来ていた。

 鹿威達は凄く気まずくなった。まさか、こんなに人が集まる何て思ってもいなかったのだった。

「コラ、小春。お客さんに人差し指を差してはいけません!失礼でしょうが」

 先程の少しシワのある女性、お春が小春の頭を叩いた。


「痛ァ!」

「で、小春。いきなり大声出してどうしたんだ?」

 薬草を手に持ちながら田沼の主人、辰吾郎が言った。

「え、えっと、この人が……その鼻血を出しながらわたしを助けてくれたお二人さんです」

 やはり言ったか!と思っているのか。彼らは物凄く渋い顔をした。

「え?何。このお二人さんが小春を助けた人?」

 『ええ!』と村人達や田沼夫妻がビックリしていた。彼らは全然想像していたのと違っていた。

 彼らの想像していたお二人さんとは、厳つい顔立ちで背の高い(これは当たっている)お武士様と思っていた。


「小春、この若いお二人さんが本当にお前を助けたのか?彼らはまだ18~20に見えるぞ」

(実はそれより遥かに歳とっています)

 何て言えない鹿威達だった。

「うん、だって真っ白(早い白髪)な髪の毛と目つきの悪い人だから忘れられないよ」

 しれっと、彼女は失礼なことを言っていた。


「まあぁ!小春。目つきの悪い人なんて、助けてもらったのに失礼じゃない。男は顔じゃなく心の優しさと強さよ。それに彼らの顔立ちは結構イケているわよ」

 夫の横で小春以上にヤバいこと言っているお春だか辰吾郎は全く気にしていない様子だった。

───えっ!ってことはお父さんは顔じゃなくて内側だったんだ。


「あの、お二人さん。うちの小春を助けて下さってありがとうごさいます」

 二人が揃って頭を下げた。村人達はまじまじと鹿威達を見ていた。鼻血を出していたと聞いていたので、どんなド変態かと思ったが案外背筋をスウッとのばし、真面目そうに見える。ニコニコしながら霪馬が言った。


「いえいえ、ちょうどこの子に用事があったので早く会えて良かったです」

「そうなんですか。では家に上がってゆっくり話しましょう。ついでにもう直ぐ夕餉時なのでどうぞ召し上がって下さい」

 もうそんな時間帯なのかっと思った彼らは外を見た。

 確かにお天とさまが山に隠れていた。辺りが橙色に染まり、収穫し終えた田んぼ。

 鹿威はしみじみと思った。

(ああ、何か最近日が沈むのが早いなぁ~もう直ぐ冬だな)


「え、あ、ありがとうごさいます。えーと彼女と話が……」

 慌てる霪馬。

「それと、もう遅いですし今日はここに泊まっていきませんか?ちょうど一部屋空いていますので」

「あ、別にそこまで気を使わなくて良いですよ」

「いえ、これは小春を助けて下さったお礼ですのでご遠慮せずどうか」

 辰吾郎がふかく頭を下げた。彼らはこういう押しに弱いので断れず渋々了解した。


「ありがとうごさいます。では、どうぞ中にあがって下さい」

「あ、ありがとうごさいます」

 一礼し、家の中へ入って行った。家の中はかなり広かった。部屋が沢山あり、二階もある大きな家だった。

(随時と大きな家だな。農家の家とは思えないぜ)

 鹿威は辺りをキョロキョロさながら一人感心していた。


「どうぞ、こちらへ」

 辰吾郎が襖を開けた。そこは広々とした客室であった。

「どうぞごゆっくり」

 っと辰吾郎が襖を閉めようとした。余りにも早く立ち去る彼を鹿威が慌てて引き留めた。

「あの、待って下さい!」

「はい?何か」

「私達はその、えーと、小春と言う少女に用があって来たんです」

「ああ、小春ですか?ちょっと待って下さいね。今から呼んできます」

 っと言いながら襖をゆっくりと閉めた。


「警戒心のない人だな」

「そうだね、オレ達を信じきっていやがる」

「まあ、そっちの方が楽だけど」

 ダラダラと寛ぎながら雑談をしていると襖かがスウーと開いて少女がいた。

「お茶をもって参りました」

 彼女は頭を下げた。前に進み、そのまま襖を閉め、鹿威達の前にお茶を置いた。


「おお、なるほど。こうも近くで見ると改めて美人になったな……いや、本当別嬪になられたものだ」

「え?」

 鹿威の突然の変態発言にビックリした霪馬と顔が引きつった少女は鹿威を見た。

「お、お前、まずの第一声が変態発言かよ!」 

「いや、正直の感想であって」

「今、別に言わなくても良いだろうがぁ!」

 霪馬が鹿威の耳を引っ張りながら怒っていた。小春は二人の前にお茶を置き少し下がって自分の前にもお茶を置いた。


「さっきのお前の変態発言のせいで彼女が怖がっているじゃないか」

「え?ええぇぇ!」

 鹿威が驚いた声を出した。確かに彼女は彼らと随分離れた場所の隅に座っていた。

「ちょっと、大丈夫だから何もしないから大丈夫だから安心して話が出来る距離まで来てくれないか?」

「あ、これは失礼しました。つい、さっき変態発言が聞こえた様な気がしたので警戒してしまいました──本当に何もしませんか?」

「うんうん、だから大丈夫だってば!」

 一生懸命、霪馬が説得してようやく彼女は渋々話しが出来るところまで来た。

「あの、わたしに何か変なことしをし」

「何もしねーよ!」

 なかなか警戒心を解かない小春に霪馬がツッコんだ。やっとのことで警戒心が緩まって来た彼女はまずお茶を一口飲んで言った。 


「助けてもらったのに失礼なことばかり言ってすみません」

「いや、別になれているし。つか、お前さっきの態度は一体何なの?」

「ああ、あれはですね、わたしが小さい頃よく悪ガキ大将の宗谷に騙されていたんですよね」

「ほぉー」

「ある時、そこに綺麗な石があるっと言って実は落とし穴でわたしを落としたり。変な虫がいると言っては実は大きな蝮だったり。他に色々悪ガキ大将の宗谷に騙されて痛いことばかり体験したから何故か……怪しいニオイがしたらその、反射的に警戒心が出ちゃうんですよ──まあ、今の悪ガキ大将は正平という男の子だけど。ちなみに今は正平から色々と悪戯を受けています」

 長ったらしい話しを聞かされて彼らはあくびがでそうだった。


「それは災難だったな」

「そうですか?わたしはわたしで結構楽しかったですよ」

 一体本音はどっちなんだよっとツッコみたくなった鹿威だが我慢した。

「あ、そうだ!」

 何か思い出したのか?小春は手をパンッと叩いた。彼は、ちょっと内心期待した。

(もしかして、自分が神擬で菊理媛神の生まれ変わりであることを思い出したのか!?)

「そう言えばまだ名前を聞いていませんでしたよね?」

「え?あっはは。そうだったな」

(そっちかよ)

 鹿威は引きつった笑顔を浮かべながら自己紹介をした。


「えっと、そちらの白髪が霪馬さんで目つきの悪い人が鹿威さんですね?」

「目つきが悪いってオレは、彼女にそんな風に見られていたの?」

 何故か落ち込んでいる鹿威に気付かないのか彼女は自分の自己紹介をした。

「えっと、田沼小春です………えっと、えっと、へ、変顔が得意です!」

 意を決して言ったのだろう。彼女はとても恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。


(そんなものどうでも良いー!)

 霪馬は心の中でツッコんだ。

「せっかくの美人が台無しだぜ」

 横で何故か鹿威が落ち込んでいた。

(お前にいたっては、もはやどうでもいい!)

 手で顔を覆っている二人をみていて彼は呆れてしまった。自己紹介で会話が途切れていた。霪馬は話しを進めた。

「小春さん。その、早く話しを進めましょう」

「え、は、はい!すみません。で話しって何ですか?」

「えーと、うーん……信じるか信じないかアナタの勝手ですが、いや、自覚しろ」

「は?」

 霪馬の最後の『自覚しろ』と言われて彼女はポカンとしていた。


───一体何を自覚しろと?

 彼女がそう思っていた時に霪馬がコホンッと一つ咳をしてからまた話し始めた。

「じゃなくて!率直に言いましょう。アナタは神の生まれ変わりです」

 真面目な顔で言われた。


───意味が分からない

 まずの第一感想だった。そして、彼女は次第にこの人達頭が変なんじゃ──っと思い始めた。

「ちなみに俺達の頭は正常です」

 思っているところ言い当てられた彼女はビックリした。

「あ、あの。正直アナタ方が言っている意味が分かりません」

「だってよ。お前要約しすぎだ」

 今まで黙っていた鹿威がしゃべった。

「要約しすぎか……でも、今までの出来事を言うと長いんだよな~」

「よし、なら半分づつ話そうじゃないか。どっちから話す?」

「お前からでヨロ」

「よし、ジャンケンで決めようじゃないか」

「お前……最初っからそれで」

 二人のやり取りを見ていると何だか可笑しくなってきた彼女は思わず微笑んでいた。


───何か、のんびりとした会話だな

 ジャンケンの勝敗が決まった。負けたのは十二年前と変わらず。

「ああ、何故オレはジャンケンに弱いんだ!」

 鹿威だった。その彼の横で霪馬が拳を握り締めながら言った。

「はっはは、鹿威、お前は俺にジャンケンで勝てない!」

 何を根拠にそう自信たっぷりに言っているのかわからなかった小春は首が傾げた。

「随分と自信があるんですね?」

「あったりめーだ!俺は今のところ279999勝0敗だからな!」

「と言うことは鹿威さんの場合0勝279999敗何ですか?」

「悲しいことにそれが真実だ」

 両手を広げ首を振っている彼の顔には笑みが浮かんでいた。


───全然悲しんでいるようには見えないんだけど……あと、279999勝何て一々数えているなんて、もしかして暇人?

「もしかして暇人?って考えている?」

───よ、読まれたァ!私が思っていることまた読まれた!この人一体何者?

 小春が引きつった顔をした。

「いや、怖がらなくても良いんだけど。別にお前の心の声何て聞こえないよ。聞こえたら嬉しいんだけど。まあ、俺達にはそんな力無いから安心しろって」

「じゃ、じゃあ何で『もしかして暇人?』が聞こえたんですか?」

「ああ、あれは、お前が最後の部分だけ声出していたから」

───わたしっていつの間にか声だしていたのぉ!?

 心の中でそう叫んだ。


「で、話しを始めようじゃないか鹿威」

「え、はあ、そうだな」

 二人は姿勢を正した。そして、鹿威が話し始めた。

「太古の昔、神々は陰獣という、人間の負の気持ちによって産み出された物の怪に悩まされていた」

 まだ話しがこれからっと言うときに小春が手をすぅっと挙げて質問した。

「あの、質問です。えーと、陰獣って何ですか?(おさ)に聞いても詳しいことは余り分からないって言っていたし。わたしずっと不思議に思っていたんですよね」

 長い沈黙が流れた。彼らは質問は話しが終わってから。のような目で小春を見ていた。


───う……な、何か気まずい。

「あの、嫌なら別にしなくても良いですよ…」

「いや、何か説明しないとお前の頭が話しの途中でパンクしそうだから今説明しようじゃないか」

「え、本当ですか!ありがとうございます!」

「いやいや、これくらい良いってことよ」

「そうか、なら早く説明しろよ霪馬」

 横でさっきから不機嫌の鹿威が言った。


「オッホン……陰獣とは、人間の“負の心”から産み出された者だ。まあ、簡単に言えば人間の憎しみや憎悪、悲しみから産まれるそれが陰獣だ。陰獣は、名前のとおり影が好きで、人間の腐った心とかも陰獣の餌とかになるんだ」

「え?陰獣って(おさ)から聞いた話しだと妖とか人間とか神さんだって食べてしまうと聞いたんですけど……心も食べるんですか?それって美味しんですか?」

「まあ、心も食べるし何でも食べる。心が美味しいかどうかは、食べたこと無いから分からない。そんなに興味あるなら直接陰獣に聞けば?」

「聞く前にわたしが食べられちゃいますから!」

「それはそうだな」

「えーと、そろそろこっちのお話しを進めても宜しいかな?お二人さん」

 不機嫌な鹿威が言った。

「どうぞ……」

 そして、鹿威が話し始めた。

「陰獣という物の怪は賢い奴もいる。そして、神々が一番頭も悩ませたのは体に大きさ関係なく皆素早いことだった」


 神々は考えた。一体どうしたら陰獣を素早く倒すことが出来るか?

 そして、あることを彼らは思いついたのだ。人間の負の心によって産まれた陰獣を人間で倒そうと。しかし、ただの人間では、陰獣にすぐに食べられてしまうため神々は各々の力をある一族に注いだ。それが、今は無き一族、御代ノ一族だ。


 その一族の中で最も神々の力を受け継いだ者を神擬っと言った。神擬は神の各々の力を受け継いだ為、神々に匹敵するほどの力を

持った。


 これでやっと素早く陰獣を倒せると思った神々は、ある問題があることを気づいた。その問題とは神擬が神々を越えるかも知れないと言うことだ。いや、実際は越えていた。それを知った神々は恐れた。いつ、自分達を襲って来るか?


 そして、ついに始めの神擬は闇に堕ちた。一体何が原因で始めの神擬は闇に落ちたかは知らないが神擬は高天原に来て神を殺し始めた。


 その神擬は異空間を切り開くことが出来る力を持っていた。その異空間は自由にどこでも切り開き、自由にどこでも行ける。時には、異世界など。また、神擬は陰獣を従え、様々な妖や妖怪を見方につけた。


 初代の神擬と神々の戦いが約二百数十年続いた。神擬は二百年ごとに産まれる。やっと新しい神擬が産まれた。その神擬は始めの神擬によって殺された神の生まれ変わりだった。


 何故殺された神が人間に生まれ変わってくるかは神の端くれである俺達は分からない。が、その神擬は始めの神擬を倒せる唯一の存在だった。


 始めの神擬によって殺された神は神擬として生まれて変わり、殺される前の力と違って戦闘能力が高くなっていた。だが、力の強い初代の神擬を封印する事しか出来なかった。

 二番目の神擬は始めの神擬を封印することによって自分を犠牲にし、始めの神擬を封印したのだった。その死んだ二番目の神擬は後に普通の神として産まれてきた。


 その再び生まれた神は殺される以前の力に戻っていたのだった。

 三番目の神擬は生き残ったが何故かその数百年後亡くなった。


 ここで後半の話が終わった。次に霪馬が話し始めた。


 その二百数十年後、跏琉嘛(かるま)に従えるある妖達は、神擬が産まれてくる御代ノ一族を滅ぼした。

 しかし、全滅したと思われた御代ノ一族だが実は一人生き残っていたのだ。最後の御代ノ一族にして神擬の少女が。

 そこまで話したあと、霪馬は彼女を見て言った。


「小春、君が最後の御代ノ一族にして神擬である少女、春菊……いや、殺された神の一柱、菊理媛神の小春なんだよ」

「え?」

 さすがにそれは驚いたのか彼女は目を大きく見開いた。


「小春、お前のその瞳の色は神擬特有の特徴だ。幼い幼児には神の力には耐えられない。そのため瞳が青くなるんだ」

「そ、そんなこと有り得るわけ……」

「いや、有り得るんだ。現にお前は御代ノ一族特有の何色にも染まらない漆黒の黒髪と透き通って雪のような白い肌を受け継いでいる。力さえ目覚めれば瞳も漆黒の色になる」

「だったら、何でわたしの目、今も青いんですか?」

「言っただろ。お前はまだ神擬として力に目覚めていないんだ」

「霪馬、それより話し進めろ」

 鹿威が横で睨んでいた。

「あ、ああ」


 滅んでしまった御代ノ一族の生き残りの少女を安全な場所に移すべく鹿の神、鹿威は 天照大神に頼まれてある夫妻のところへ届けた。俺もついでにな……


「俺達はお前をここまで届けた」

「そ、そうなんですか」

 彼女の声は明らかに動揺を隠せないようでいた。

「鹿威さんや霪馬さんは、その始めの神擬との戦いを体験したんですか?」

「ああ、体験した。俺達が体験した中で一番酷い争いだったよ。高天原は汚れ、多くの神々が怪我をした。そこらじゅうに陰獣や妖、時には神々の神使の遺体が転がっていた」

 小春は俯いていた。


「小春、お前は跏琉嘛と戦わなくてはならないんだ。それがお前運命なんだ。逃げようとしても逃げられない宿命」

「そんなこと言われても困ります。わたしは───」

「お前が戦わなくてはいけないんだ。神擬は神擬しか封印出来ないんだ。今、跏琉嘛の封印が弱まってきている。時間の問題だ。お前が戦わなくてはこの村や、様々な人が犠牲になるんだぞ」

「そんなこと言われて困ります!」

「お前が戦わなくては……」

 鹿威が霪馬の肩に手を置いて首を振った。


「霪馬、ムキになるな。多分コイツはある出来事で自分が何かを忘れているんだ」

「出来事?」

「オレも十二年間の間に彼女に一体何があったのか分からないが」

「では、一体どうすれば小春は力に目覚めるんだ?」

 鹿威は少し考えたあと、独り言のように『あれをやってみるか?』と呟いた。

「あれ?あれって一体なんだ?」

「うーん、オレが考えた方法だけどさ………ほら、おでこをちょっと叩いて見るんだ。そしたら自分の宿命を思い出すかも」


 霪馬が鹿威に冷たい視線を向けた。真面目に考えろと言わんばかりに睨んでいた。

「もっとましな方法は無いのか?」

「いや、物は試しようだって!」

「そうか、ならやってみれば?あと、余り力込めるなよ」

「わかっているって」

 鹿威が小春に近づいた。彼女は後ずさった。

 彼は、手をあげた。小春が叫ぶ前に鹿威の手が小春のおでこに当たった。

「っだぁ!」

 彼女はそのまま後ろに倒れて気を失ってしまった。


「阿呆鹿威!余り力を込めるなって言っただろうがぁ!」

「えぇ!オレは余り力なんて込めていないよォォ!」

「そんなことはどうでも──」

 運が悪いことにちょうど彼女の義母のお春が襖を開けて入って来た。


「お客さん、夕餉の準備が………」

 彼女は倒れている小春に気づくと顔色をかえて悲鳴にならない声を上げた。

「小春ぅぅ!どうしたの小春」

 駆けつけ小春を揺さぶった。その大きな悲鳴を聞いてか、小春の義父、辰吾郎が駆けつけてきた。

「お春どうした?そんなに大きな……って小春!」

 辰吾郎が母と同じく彼女を揺さぶった。


(おいおい、ヤバいってヤバいって!大変なことになっちまったよ!!)

 鹿威はハラハラしていた。

(おいぃーどうしてくれるんだよ鹿威!大変なことになっちまったじゃやないかぁぁあ!)

 霪馬は鹿威をキッと睨んだ。そして二柱はただ呆然とするしかなくなった。


 次第に村人達が集まってますます大事になってきた。最後に(おさ)が来て小春の様子を調べた。その結果、彼女はただ寝ているだけだと判明。村人達一同、鹿威達も胸をなで下ろした。

「ああ、良かった良かった」

 お春が小春を抱きしめ、そのあと辰吾郎が小春を寝室へと運んだ。

 村人達も次第に自分達の家へ帰って行った。


(ああ、本当に良かったぜ)

 戻ってきた辰吾郎とお春は、鹿威達の前に座った。

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

 丁寧に頭を下げられ彼らは戸惑った。

「いえいえ、むしろこっちが迷惑をかけました」  

 霪馬は手を振りながら焦った。

(むしろ、鹿威のせいだからな)

「多分、あの子は疲れたんでしょう。今日はあんな事もあった後ですから」

(うん、あんな事があった後、俺達は彼女に衝撃的な真実を伝えました………スンマセン)

「いえ、ところで小春は大丈夫何ですか?」

「ええ、今は静かに寝ています」

「そうですか」

「あの、言いたくなければそれで宜しいんですが長い時間、あの子と一体何を話していたんですか?」

「それは………」

 霪馬は困った。

(俺達が勝手に真実を伝えてはいけないような)


「それは、小春さんから聞いて下さい。私達の口では言えません」

「そうですか」

 辰吾郎は納得したように黙ったがお春は霪馬に質問した。

「あの、あの子に良くないことが今起こっているんでしょうか?」

「えっと、それは」

 言葉に詰まった霪馬だが全て彼女の口から聞いて下さいでごまかした。


「いえません。それも彼女の口から聞いて下さい」

「そう───ですか、わかりました。ああ、そうだもう夕餉のが出来ましたので運んで来ますね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 そう言って彼女は部屋から出て行った。


 そのまま、夕餉を頂いた。家の者は寝たが、鹿威達は起きていた。彼らは家の中が静かになるとこっそりと部屋から抜け出し、小春の所に向かった。端から見たら充分怪しい。

(おっと、ここだな)

 彼らは襖をそっと開けた。そこには一人が寝るには充分広すぎる部屋だった。


 文机、鏡台、長火鉢などが置いてあった。随分と農民の家にしては豪華だった。それほど薬で儲かっているのだろうと彼らは思った。


 その真ん中で寝ていると思っていた人が起きていた。彼女は漆黒の長い黒髪をほどいていた。そして襖の隙間から見える満月を見ていた。

「夜分に遅く、わたしに何かご用ですか?」

 彼女は彼らに気づいていたらしく隙間から見える満月を見ながら言った。

「気づいていたのか」

「ええ、気配を感じました」

「調子は?」

 彼らは部屋に入り霪馬は襖を開け彼女の横に座った。

「大丈夫です」

「そうか」

 三人は黙って月を見た。さすがに明日で霜月になる為、夜はさすがに寒かった。


「小春、思い出したか?」

「何となく……鹿威さんがわたしのおでこを叩いたところまでは覚えています」

「そっちじゃなく、自分のことだよ」

「え?あ、はい。少し」

「そっか。あんまり無理に思い出すなよ。でないとまた気を失ってこっちが迷惑だ」

───そっちが無理矢理わたしの記憶を思い出させたんだけど

 鹿威が月を見ながら言った。

「ところで小春。お前鏡見たか?」

「はぃ?」

「お前の瞳………黒色になっているぞ」

 そう言われた途端小春は鏡台の前に慌てて座り自分の目を見た。彼女は驚いていた。


「あ、あの、これって?」

「融合したんだよ。菊理媛神と」

「融合?」

「魂がだ。今までお前の体には二つの魂があった。その魂が今日一つになった。本来なら七つになったら自然に融合するはずだったんだか、何故かお前はオレ達が目を覚まさせるまで魂が融合しなかった」

「え、ということはわたしって」

「神擬の菊理媛神登場ってことさ」

「え、ええ!じゃあ、お母さんや村人達に何って言ったらいいの?」

(そんなもの適当に誤魔化せばよろしいだろう)

 霪馬は思ったがあえて言わないことにした。小春は何か思い付いたように顔を上げた。


「そう言えば、わたしって人間ですか?」

「うーん、人間じゃないけど神擬として完全体ではないし、神ですらない中途半端なヤツかな?」

「え、そんな……」

「ところでお前は何でそんなに余り驚かないんだ?」

 彼らは不思議に思ったこと口にした。真実を伝えたとき驚きの表情ぐらいは見せたが、本来今まで何も知らなかったら取り乱したりするはずなのだ。しかし、彼女の場合酷く落ち込んでいるだけだった。まるで、何となく分かっていたみたいな感じだったのだ。


「そっ、それは、昔母に言われたんです」

「は?」

「昔、この村は凄く貧しかったらそうです」

「え?そうなの」

(何を急に昔話をしだしたんだ?)

 彼らは首を傾げながら彼女の話しを聞いていた。


「この村は、稲などの作物が育ちにくい土地でした。今は、綺麗に透き通って流れている川も昔は緑色の鼻が曲がりそうなほど臭かった川だったっと母から聞いたことがありました」


 しかし、ある時、何故か作物が沢山育ち川も透き通った川になりました。それは青い瞳の童女を田沼夫妻が引き取ったときに起き始めた出来事でした。


 そして、その童女は何故か薬草に詳しく、彼女が採った薬草を田沼夫妻は野菜と間違って味噌汁に入れました。薬草が入った味噌汁を飲んだ夫は今まで頭痛がひどかった痛みが消えました。


 それからも彼女が採って来た薬草は色々と役に立ちました。そして夫妻はある時ふっと思いました『この薬草をある薬屋に売ってみよう』と。

    

 元々、ちょっとした薬草を薬屋に売っていた夫妻はこの効き目の良い薬草を薬屋に売りつけました。そして、それから数日たったある日、薬屋から手紙が届きました。


「今まで寝込んでいた息子がこの薬を飲んだら元気になりました。なのでもっと薬草を下さい」

 と。夫妻は喜びました。それからは田沼夫妻は沢山、薬草を売りました。


 母はこの様々な幸運の出来事は童女が来てから起こっていることに気づきました。

 母は童女がこんなにも運を運んでくれたと感謝したそうです。それからも村は豊かになっていきました。


「そして、その話しを聞いたわたしは密かに自分は普通の人間ではないと悟ったのです………なんて嘘だけど。こういった感じですかな」

 彼女が長い話しをしている間彼らは徐々に襲ってきた睡魔と必死に戦っていた。


「へ、へえーそうなんだ」

「はい、ですからわたしは余りあなた方の真実に驚かなかったとか」

────本当はかなり驚いていたんだがな。

「うーん、そうなのか?まあ、こんな長い話しはもう終わろう。小春、お前も眠いだろう?」

 小春は目をキョトンとしながら首を振った。

「いいえ、わたしは先ほど沢山寝ましたので」

「いい子は早く寝ないといけない。これ、世の常識だから!」

「そ、そうなんですか?」

「うん!そうだぜ」

「えっとじゃあ、鹿威さん達が部屋からいなくなったら寝ます」

 ここで彼らは何故さっきから彼女が寝ないか納得した。

   

(あ、そうか。女の部屋だった。オレ達って今、女部屋に入っていたんだった。これはヤバい。見つかったら終わりだ!)

 鹿威は瞬時にこう思った。

「そうだね。じゃ、じゃあ、また明日な」

「はい、お休みなさい」

 彼らはスウーっと襖を開け影の中に消えた。


───そっか、あの人達は普通の人間ではなくて神様?

 そんな風に思っていると段々と睡魔が襲ってきた。

───あれ?もう随時と寝たのに……

 彼女の意識はここで途切れてしまった。

 

 彼女は夢を見た。その夢はとても変な夢だった。辺りは真っ白で会ったことのない青年がわたしを見て話しかけてきたのだ。

「こんばんは、お嬢さん」

 爽やかな笑顔でその人はそう言った。

     

 彼は黒髪に黒瞳で後ろで髪を束ねて団子結びで霪馬が来ていた服と同じで狩衣だった。色はさすがに違った。霪馬の場合下の着物の色が青だか彼の場合紫だ。しかし、かなりの好青年だ。

 彼は小春を手招きした。

「警戒しなくても大丈夫。私は何もしないよ小春」

「え?どうしてわたの名前を……ってこれって夢だですよね?」

 小春は自分の服装を調べた。


───寝間着で髪を結んでいない……これって本当に夢?

 彼女は結んでいない踵まで伸びた漆黒の黒髪をみ見た。

「えっと、夢の一種かな?」

「夢って種類なんかあるんですか?」

「うーん、これは私たちだけが入れる空間と言った方が宜しいかな?」

 彼は困って表情をした。

「ああ、余り深く考えないほうがよろしいんですね?」

「そうだね」

「ところで、あなたの名前は?」

「えーと、叔父さんとでも言いたまえ」 

「は?」

 叔父さんと呼ぶにはまだ若いような気がした小春だった。


「あははは、冗談だよ冗談。私は……そうだね。うーん、カルでいいよ」

「カル?カエルのご先祖様か何かですか?」

「違う違う。君、人がカエルのご先祖様なわけないじゃないか。私のカルさんは私の名前の短縮名だよ」

「へー、本名はなんですか?」

「訳あって今は君に教えられないんだな、それが」

「そうなんですか。っでカルさん。わたしをここに呼び出して何か用があるのでしょうか?」

「いや、今日は挨拶でもって思って君を呼び出したんだ。力が目覚めたいお祝いに」

 小春は訝しげに眉をひそめた。


「何故それを」

「いや、別に……君と私は同じだからってなんちゃって。あははは」

「え……はぁ、そうですか」

────この人何だか剽軽な人。


「あ、そうだ、小春。私に君が会いたいと思えばいつでもここで会えるし、私が会いたいと思えばいつでも会えるからね。でも、会える時は君が寝ている時だけだからね?」

「そうですか。私はここで終わってほしんですが」

「やだなー、もう!こはるん!そんな毒舌言わないの!」

 バシッと小春は背中を思いっきり叩かれた。背中がジンジンした小春。

────何なのこの人。わたしの名前を勝手に『こはるん』呼ばわりしたあげくに女の人の背中叩くんだなんて。


「あっ、そろそろ帰る?カル様が送ってしんぜよう」

「ありがとうございます。では明日はわたしを呼ばないで下さいね」

「やだなー、もう。呼ばないかどうかは君か私の勝手だよ。もし君が会いたくないと思っても私が会いたいと思えば会えるってさっき言ったばっかりじゃいの」

 バシバシと小春の背中を叩きながらカルが言った。眉間にシワがよった小春を見てカルは驚いた。


「あり?もしかして痛かった?」

「ええ!さっきから痛いんです!」

「あははは、こはるんが怒ったね」

───付き合ってられない!さっきから何なのこの人。人をバシバシと叩きながら話すんだなんて。最低な人。

「あ、そうそう。この夢のことは誰にも言っちゃやーよ♪」

 とカルは思い出したように付け加えた。


「どうしてですか?」

 むしろ誰かにこの今、心の中に溜まっている自分の愚痴を聞いて欲しい小春だった。


「いやー何となく。でも絶対言っては駄目だよ。もし言ったとしても君が疑われて、ややこしいことになるだけだから」

「何故わたしが疑われるんですか?」

「今は言えない。時が来るまでは。でも小春、絶対夢で私と会ったことは誰にも言ってはいけないよ。これは約束。いいね?」

「え?あ、はい」

 さっきの態度とは全然違う彼に小春は戸惑った。


───何かかわりすぎだな?

 小春の前に小指が出された。


「何ですか?」

「指切りげんまん。ほら、約束事はこれが定番でしょ?」

「そうですね……」

───何だか子供っぽいですなー

 指切りげんまんをし終わった小春はカルから教わった方法でもとの場合に帰ろうとした。

「良いかい?もとの場合に戻るなら自分が寝ている場所を強く思 うんだ」

「はい、あの、ありがとうございます」

 彼は何かを思い出したように慌てて言った。

「そうだ、小春。君は『ここは夢か?』って言っていたね?本当は夢でもないんだよ」

「はあ」

「ここは夢じゃなく私が作った“空間”なんだ。ここは私が作った空間だから……いや、この話しはまた会ったときに。ここの空間の名前、私が付けたんだけど───む、夢想空(むそうくう)と言うんだ!」

 彼は一体何が言いたいのか?小春には全然分からなかった。

「はぁ………」

「じゃあね」

「はい、さようなら」

 彼は別れ際に何故かとても哀しい表情になっていた。

───何がそんなに哀しいのかな?

 彼女はフッと思ってしまった。

 随分と彼に対して腹が立ったことが多かったが、別の面では元気になった気がした小春だった。


ちょっと変更あり

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