辺境の地 ニヴェリア 5
領主の館の応接室は分厚い深みのあるオレンジ色の絨毯が敷かれ、壁や家具に幾つも真鍮の燭台が設置されている。その燭台には蝋燭ではなく魔法力で発光する宝石が置かれていて、弱いが美しい光が乱反射する。これらが絶妙な照明の役割を果たし、魔法使いの領地ならではの神秘的な雰囲気の部屋になっている。
天井にはエントランスと同じく魔力の照明が浮いているが、こちらはシャンデリアの形ではなく、球体の光がランダムに浮いていて光源の足りない部分を照らしている。明るい時間は半数ほどしか稼働せず、必要があれば残りを発光させる仕組みだ。
テーブルは石で出来ていて濃いグレーの天板が美しく磨かれている。岩石としての価値は高くないが、大きな一枚岩は珍しい一品だ。
その左右にソファーがあり、三人掛けが一台、一人掛けが三脚、紺色のふわふわした毛皮のカバーが掛けられて並んでいる。
テーブルは、ジュンがここにきて間もなく、使用するからと鉱山に依頼し買い取ったものだ。しかしそれを自分で磨くと言い出した時には、石工達は、どうせ直ぐに根を上げるだろうと鼻で笑った。
ジュンは魔法が使えない為、手作業でしか作業は進められない。
それは素人が想像するだけでも日数のかかる重労働だ。
最初に協力したのは、当然ながら機械の国からの移住者達だった。
遠巻きに見ていたニヴェリアの住民達は、空いた時間で少しずつ作業を進めるジュン達に、1人また1人と知恵と力を貸し始めた。ついに魔法の力が加わって作業スピードが上がった時は機械の国の出身者達に歓声とどよめきが起こった。そうして完成したテーブルが、今では自慢の一品となって応接室で使用されている。
昼下がりに応接室に入室してクレージュはジュンを待っていた。
この部屋は、廊下と隣の執務室、どちらからも行き来できるようにドアがニ箇所ある。執務室の方からペンを走らせている音が聞こえるので、おそらくジュンは業務中だろうと想像できた。
(魔力の照明、か。仕方ないけど…)
部屋を見渡して、本棚の端にあるランプ型の置き物に触れると照明が全て消える。
ジュンは魔法が使えない。部屋の明かりどころか、魔力で作られたあらゆるものを制御する物が必ず必要になった。面倒がられたり、馬鹿にされたりする事もないわけではなかったが、妻となった王女が協力的だったのと、ジュンがまだ年若かったという事が幸いした。国の指針がどうであれ、日常を協力し合って生きている市民は弱い立場の人間に手を差し伸べたくなる人が多い。
相手が自分達に害がないと知れば尚更だ。そう知ってもらうためには尋常ではない努力が必要だが、ジュンはそれをやってのけた。
しかし実際には努力という言葉では表現に足りない状況だったとクレージュは思い返す。当時のジュンはそれまで持っていた機械の国の統括者というプライドを自ら押し潰し、崩していた様に見えた。
『壊される前に壊す』最大の防御だが、それを知るにも実行するにも若過ぎた。
表には出さなかったが、時折、滲み出る心労は見るに耐え難い時期があった。
窓辺に寄ると景色は朝から一転して、厚い雲に覆われていた。まだ薄く陽の光が届いていて、窓ガラス越しに掌をかざすとじわりと温まる。
それは最高位の魔法使いの存在を思い出させた。彼女は精霊族の中でただ一人、生まれた時から力を持っていた人だと聞いている。白い髪、肌、力の影響を受けた薄グレーの瞳は、どれも彼女、スイをより神秘的に魅せるために、もたらされたように思われた。
スイの力は光だった。攻撃よりも加護や癒しの力に優れていて、唯一、その力で直接物体を転移させられる存在だった。
視界に影が降り落ちてきて窓の外を見ると、雪が降り始めていた。この数分の間に空は重い色へと変化していた。今は風が運んできている雪も、束の間に大粒の雪になって、降り積もるのだろう。
執務室から聞こえていたペンの音が止まり、絨毯を踏む僅かな音か耳に届いた。
クレージュがドアに顔を向けるとほぼ同時にジュンが部屋に入ってくる。
「もう来てたのか、悪い」
「今来たところだよ、公務お疲れ様」
ジュンを迎える為に下ろした掌から瞬間に暖かさが逃げていった。少し残念に思いつつ、ソファーに座り向かい合う。
ジュンは奥の一人掛けに、クレージュはドアに近い三人掛けのソファーに掛けた。座って直ぐに足元に違和感を覚えてクレージュは少しだけ靴裏で絨毯を探った。
(絨毯の下に魔力封じが仕込まれてるのか)
対魔法使いの魔力封じのためクレージュに大きな影響はないが、これを仕組むあたり、自分がいない間に何かあった事が想像できた。
無事で何よりだと心から思う。
程なくワゴンを押してきた従者二人のうち、年若い女性が緊張の面持ちでコーヒーをセットし始めた。あらかじめ挽かれていた珈琲豆は、おそらく執事長が準備したのだろう。
ポットからお湯が注がれると、芳醇な香りが部屋に満ちる。
銀の水差しと新しいグラスを二つテーブル端に、中央に焼き菓子が乗った皿を置くと、ジュンに命じられて二人は部屋に控えることなく退室した。
「午前中に報告が来たよ。豆を貰ったって」
ジュンは淹れたてを一口飲むと、業務中に入っていた肩の力を抜いて息をついた。
「いい香りだ。マリエールにしか卸されていない種類のコーヒーだな」
意訳すると『マリエールに立ち寄ったんだな』という言葉だが、クレージュは返事を返さずカップを口に運んだ。香ばしい香りと心地よい苦味が気持ちを落ち着かせてくれる。
「たまたま見かけたから、これは買っておかないとと思ってね」
最初から買って帰るつもりだったけど。
最初から買って帰るつもりだったくせに。
互いが発しなかった言葉は、それでも双方に届いていた。
ご一読ありがとうございました。
続きは近日中にup致します。




