辺境の地 ニヴェリア 2
領主の屋敷は町の建物とは違い、独特の雰囲気を醸している。
元々別の領主が使用していた館をそのまま利用している為、形状が古いのだ。
外観は町の家と同じ石造だが、イメージは堅牢に尽きる。特徴的なのは全ての屋根の造りで、雪が自然と落ちるように尖頭型をしているところだ。本館、別館、渡り廊下まで、すべてがその様な造りなので、小さな城か要塞に例えられることがある。
内装は外観と変わらない重厚な石壁に太い石柱、天井にはシャンデリアを模した魔法の電飾が等間隔にあり、館内を照らしている。壁には絵画が数点、柱にはペイザージュの国旗を模したタペストリーが飾られている。
この国にはエントランスに必ず、その土地の物で作ったタペストリーを飾るという決まりがあるため、何処を訪れても、素材は違えど同じ様な物が飾られている。
貴族以上の者たちは、いつからか豪華さを競う様になっていったので、今では来客に最初に魅せる一品となっている。
この館のものは以前から飾っていた物で、ベースに白い肉食獣の毛皮を使用している。装飾に金や銀の糸をふんだんに使用した煌びやかなもので、現領主ジュンの好みではない。
好みではないが、すでにあるのに新しい物を作るのは無駄しか生まない上に、この地域でこれ以上の豪華な物は簡単に作れそうになかったため、そのまま使用する事にしたのだが、しばらくの間、ジュンが見る度に心底嫌そうな顔をしていたのを未だに思い出す。
クレージュはエントランスを抜ける前に外套を脱いだ。館内は主だった場所は全て適温に保たれているため、必要なくなるのだ。仕組みとしては魔法力を動力として地下から温めているのだが、住民達が交代で魔法力を貯める事が義務となっていた。それを知って、ジュンはよほど寒い時にしか使用しない事にした。
その代わりに温室を作り、この地方では育たない草花を育てさせた。それは後に、この土地に新薬調合と染色技術をもたらす事となった。
期間限定の暖房と温室を温める為に使う魔法力は館を年中温めるより格段に減り、住民の負担も減らされた。
機械に温度を制御された場所に住んでいたジュンにとって、温度調整の仕組みはなるべく使いたい設備だっただろうに、あの頃のジュンは本当に素直では無かったし精一杯だった。
様子を思い出して微笑ましい気持ちになりながら、クレージュは執務室へと足を向けた。
部屋に入ると、ジュンは正面奥の机でペンを走らせていた。声をかけようとしたが、視線を上げずこちらに掌を向けてくるのを見とめて、クレージュは言葉の無い指示を読み取った。音を立てず待つ事数分、ジュンが大きく息をついた。
部屋の緊張感がふと和らぐ。
「物音どころか気配すら完全に消しすぎだ。気持ち悪い」
「それは申し訳ない。仕事を邪魔してはいけないと思って」
クレージュは応接用のソファーに外套をかけた。横の壁沿いの展示ケースには鉱山で採れた原石がいくつか並べられているのだが、そこに新しいものが数点増えていた。そちらに気を取られていたので、ジュンが僅かに眉を顰めた事に気が付かなかった。
「どこに行ってた名残だ」
「え?」
「声色と喋り方、それから動きも騎士が抜けてなくて寒気がする」
「相変わらず厳しいな。ごめん、懐かしい場所に立ち寄っていたからつい」
「あっそ」
クレージュはいつも立ち寄った場所を決して明かさない。それに対して興味なさそうな返事をしながら、ジュンは書類を不要なメモ紙のように書棚に投げ入れた。
多くの王族、貴族を見てきたクレージュだが、ここでのぞんざいな態度は他では見たことがない。
ペンを納めると椅子から立った彼は、机の前に回って凭れるように浅く腰掛けた。
この国での彼の正装である深緑色のベストはすっかり着なれて定着している。
ジュンは四十歳頃のはずだが、普通にしていると元からの童顔が手伝って、とてもそうには見えない。
機械の国の住人は平均して背が高い方ではなく、骨格も小さいため尚のこと若く見えるのだ。
特にジュンに限っては、成長過程の容姿だけ伝えろと言われると可愛らしい部類に分けられただろう。彼をよく知らないで、外見だけで判断した人間がしてやられたのをクレージュは何度も目の当たりにしている。
それは全て、力ではなく知力でだ。
賢いが横柄なところがあった少年も、今では成長と経験が重なって落ち着きが加わった。目元は知性を宿す鋭さを増し、体躯からは幼さが削れてシャープになった。無駄な動きはなく、静が発せられるような佇まいで声を荒げる所は誰も見たことがない。
その声色も自身の印象を作るために徐々に変化させ、今に至っているとクレージュは気が付いていた。
それにしても、あの粗野な少年が立派な大人になったものだ、と姿を見る度に思う。
領主になった当初は準備した執務用の机が大きく見えたものだ。少し笑ったクレージュを、ジュンが半目で見やる。
「なんだよ」
「いや、変わらないなぁと思って」
「何を見て出た感想だよ…鬱陶しい」
欠点と言えばかなり修正されたとはいえ言葉遣いが綺麗にならなかった事だが、ジュンは外では必要最低限しか口を開かない。会話の最中に、あえてそういった言葉を混ぜて使用することもあるのだが、彼が分かった上でそうしていると理解してから、クレージュは必要な時以外は正さないようになった。
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