辺境の地 ニヴェリア
マリエールから船で1週間程。
クレージュは雪の国ペイザージュに入っていた。
ペイザージュは国土こそ広いが寒さが厳しく、針葉樹の木々が多い。山々は人を拒むような急勾配が多く、北部へ行くと氷の大地もある。
多くの鉱石・宝石が採れるため、採掘と加工を生業にしている者が多く、国を支える収入源の一つになっている。
すれ違う人々がこの季節に着用しているフード付きの外套は、動物の毛を布の中に入れて作られている物が多い。色は素材により数種類に分かれるが、彩度の低い物が一般的だ。中には染められた布や糸で柄をつけているものもあるが、派手な装飾はあまり見かけない。街も人も全体的に落ち着いた雰囲気だ。
クレージュももれなく港町で外套を一着購入した。
アイボリー色の少し厚手の外套は、旅に出る際によく着用されているもので、フードを被ると冷え切っていた顔まわりまで保温されるのを感じてホッとする。
この国は閉鎖的な為、あまり文明が発達する事がなかった国だ。
自然を愛する民である事も理由の一つだが、一番はこの国の民が古代からの魔法使いたちの血族であり、魔法が使える前提で産まれてくる事にある。国全体が魔法使いという種族に誇りを持っているため、他国と血が混ざる事を酷く嫌っているのは世界的に知れた話だ。
魔法はとても便利で沢山の道具や知恵を取り込む事なく生活出来るのだが、一定以上の発展を止めてしまう事の要因でもあった。
大抵の人は最初に教えられた当たり前を疑う事をしない。生まれた時から側にあり、慣れる生活習慣になれば尚更だ。
原始的な話をすれば、どの国にもある古い時代、水源から水を汲み上げるという事も肉体的労力を使わず対処出来たということだ。
多くの事が魔法で出来て当たり前であるため、生活をより便利にしようと考える人間はあまり多くない。
とはいえ、開発が好きな人間も一定数居る。それが生活をより便利にする事に間違いはない。
優れた魔法研究、開発者たちに目をつけた王族・貴族達は、彼らを金で雇い研究のための建物に集めている。
この厳しいが美しい自然豊かな国に貧富の差が生まれ始めたのは、その頃からだと言われている。
それが顕著に出るのが二つある移動手段だ。
一つは魔法のゲート、もう一つは乗合馬車となる。
ゲートは潜るだけで移動が完了するのだが、管理者が少し高めの通行料をとっている。
通るたびに払っていては費用が嵩むので、一般人は安い馬車を利用する事が多い。
クレージュは道中共にする人々から国の状況が知れるため、乗合馬車を利用する事にした。
目指す地はここから馬車で6日ほどかかる、ニヴェリアという辺境の町だ。
その昔、と言っても数十年前だが、この国と対照的な土地があった。
街が1つだけ存在する、7日あれば一周できるほどの小さな島国で、他国との交流はほぼ皆無の国だった。
交流が無い理由は、この世界で唯一の機械文明が発達していたからだ。
機械はとても便利だった為、他国の文明など必要無かったのだ。
しかし、あまりの文化の違いから、他国の人間は近寄るどころか忌み嫌う者達も少なく無かった。
そんな狭い土地で機械が爆発を起こし、島は壊滅状態に陥った。
周囲の海を数年間、死の海と呼ばれる状況へと変化させた化学の影響は、さらに他国を遠ざけるには十分だった。
海上遠くから僅かに確認された地上は、土煙のような霞と壊れた建物の影しか見えず、海と同じく壊滅状態で死地になったと考えられていた。
だが、数年後にようやく人が足を踏み入れた時に驚くべき事実が発覚した。死んだ大地の地下で数十名の子供が、機械に生活を保たれて生きながらえていたのだ。
どうして子供だけ残っていたのか、彼らは誰も口を割らないので真実はわからないままだが、その子供達をまとめ、統括していたのは、ジュンという少年だった。
彼らの品性は決して良いと言えなかったが、それでも見事に生存し、一定水準の秩序ある生活を維持していたのは統括していたジュンが恐ろしいほどに優れていたからに他ならない。
どうやって学んだのか、頭の良さには大抵の大人も言い負かされるほどだった。
地上の機械の国がまだ機能していた頃、一番欲したのは資源だった。
それらが豊富である魔法使いの国は、その輸入国として繋がりがあった。
爆発の後、思わぬ事で再び縁を手にした二つの国は一つとなった。
機械の国の統括者だったジュンは現在、目指す地、 ニヴェリア領地の伯爵となっている。
閉鎖的なペイザージュが各国からよく思われていなかった機械の国の住民を受け入れるだけでなく、その統括者であるジュンが第四王女と結婚するという知らせが世界中に伝わった時は、誰もが驚きを隠せなかったのを覚えている。
クレージュは、夕刻遅くにニヴェリアに到着した。
領主の屋敷までは寄り道しなければ徒歩でも15分ほどの小さな町だ。
丸みを帯びて可愛らしい屋根の石造りの家が点在し、街灯代わりの光源は、埋まらないように2階の高さで浮いて町に光を散りばめている。浮いているのはもちろん魔法を使っているためだ。
屋根に氷柱が出来ていないのは、屋根の端の材料に魔法を込めることが出来る鉱石を混ぜ、熱を持たせているおかげだ。
歩いていると、主要な道には雪が残っていない事にも気が付く。
靴裏で地面を擦ってみると砂の下に人工的に造られたと思われる平たい石が埋められていた。踏みしめる感覚は自然のそれと変わりはないが、色は屋根の端に似通っていた。
それに気がつくと、歩き初めてから強い寒さが和らいだ理由にも辿り着いた。
(屋根の氷柱と同じ原理か)
考えたものだと思い、改めて町を見渡す。
町は各所に同じ魔法の鉱石を使用しているので、建造物の同じ箇所が同じ装飾になっている。
それは景観を整える役割を果たしていて、町全体を整然と見せていた。
道すら舗装されていなかった田舎町の生活水準は、ジュンが伯爵となって以降、大きく向上していた。
ご一読ありがとうございました。




