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刻の歯車  作者: 春生
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大神殿

 大神殿の裏にある古代樹は、樹齢数百年と言われている。

高く広く分かれた枝葉に自然界の小さな精霊が集まって羽を休めるという伝説があり、今もなお、生命力溢れる美しい大樹だ。

太陽の光を優しく落とすその足元をくぐり抜けると、山肌に階段が見える。そこを登り切ると、神殿高位の者達が埋葬されている墓地に辿り着く。

その中でも一際美しく立派な墓石の前で足を止めると、被っていた法衣のフードを取り払った。

ジュンに贈り物を渡した翌日から一ヶ月半ほど、クレージュは特別最高位、スイ:レンの名が刻まれている墓石の前に立っていた。


 スイは最後の日をスカイゲートで迎えた。

髪色が元々白だった彼女に外見的変化は見られず、それは突然訪れた。

少し調子が悪い日が続いたと思ったら、数日後にはよく眠る様になり、やがて目覚めなくなった。

当時、神殿からスカイゲートに最初に上がった要望は、遺体を特別な形で永久保管したいという申し出だった。

レオンハルトはそれを強く拒否した。

当然だとクレージュも思う。死んだままの姿を永久に保存されるなんて、想像するだけでぞっとする。

だからそんな考えの相手が、ならばせめて故郷である自分たちの土地で弔いたいという次の申し出を出してきた時、レオンハルトが許可を出したのは少し意外だった。

 遺体に長旅をさせるのを嫌ったレオンハルトが、ペイザージュに転移装置の設置を依頼するという特別措置を取った事もあり、その頃の事は良く覚えている。

クレージュも昼夜を問わず忙しかったが、事が落ち着いた頃に大きな喪失感に襲われた。失意の底から這い上がれ無かった自分とは違い、その間もその後もレオンハルトは忙しく職務を続けていた。結局、レオンハルトの隣に並ぶことは叶わなかったといつも思う。

 神殿での葬儀はスカイゲートの国葬を兼ねた異例の形で執り行われた。

あの頃のクレージュは、レオンハルトなら最後の最後までスイは自分の元に、と言うと思っていた。

しかし時が経つにつれ冷静に思い返せば、レオンハルトはスイに対して『聖騎士』として護る立場と『精霊族』としての仲間以上に距離を詰めることはなかったように思える。もちろん二人の全てを知っている訳ではないが、少なくとも自分が知っている二人の間には恋仲の空気は見えなかった。

なんなら少し入れ込んでいた時期があったのは自分の方だったと思う。

(割と若くで成長止まってるから、自然な笑顔がちょっと幼くて可愛いんだよな)

スイは決めた事を最後までやり遂げようとする強さを持っていた。途中で何かを投げ出したのを見たことがない。

拗ねた表情も怒った顔も、屈託のない笑顔も何もかも思い出せる。

でもそれを焼き付けた心の熱はいつしか過ぎ去った。

最近では、スイの表情を思い出せたことに安堵するまでが一連の作業のようになっている。

少し風に煽られて、クレージュは空を見上げた。

瞳を閉じて風に集中する。

古代樹の枝葉が揺れている。

神殿前の湖面が小さく波を立てている。

湖の向こうの町から、生者の暮らす音が聞こえる。

静かに瞳を開くと、大きく深呼吸する。

ここの風は心に訴えかけるように入ってくる。

騒つく。

いつもだ。

ここに来ると落ち着かない。

どこかに行けと言われて急かされている気がするのに、場所がわからない。

おそらく世界中の土を踏んだはずだ。

(スイがいなくなってから行っていない場所なんて……もう一つしかない)

クレージュは墓地を後にして、大神殿の門を潜った。


 この世界でクレージュが目覚めたのが月の聖域なら、出来れば二度と入りたくないと思っているのも、その場所だった。

抱いている感情は恐怖ーーー畏敬に似ているかもしれない。

何故かはわからない。スイはとても優しかったし、癒しをくれた女性だ。とても好感を持っている。

だけど、あの場所は少し体が竦む。部屋の空気に気圧されているのか、過去の記憶からなのかはわからないが、スカイゲートに居る頃に何度か訪問した時は平静を装うのが大変だったのを覚えている。

「クレージュ様、お待たせ致しましたな」

かけられた声で我に返ると相手を確認して頭を下げる。神殿の待合所に現れたのは、付き人の二人を連れた現司祭のニゲルだ。

六十代半ばの恰幅の良い男性で、頭髪の代わりにたっぷりある顎髭を頻繁に手で撫でる癖がある。相変わらず、全身値踏みする様な視線を向けてくるが、気にする事なく挨拶を交わすと、クレージュは月の聖域への訪問を願い出た。

「長らくお顔を見かけなくなったと思ったら、聖域へ、ですか。いやはや、こう見えて私は何かと忙しい身でしてねぇ、クレージュ様はご自由にされていて羨ましい限りです。……して、どのような理由で聖域へ参りたいのでしょうか?」

「仲間であり友人である故人を偲ぶ思いからです。許可を頂けないでしょうか?まだ魔法力が残っていると伺っております。その領域で想いを寄せたいのです」

「確かに魔法力は残っております。精霊水の力は生きていますからな。ただ、あの場所は恒久的に保存するため、限られた関係者しか入れないようになっております」

「……」

「私としても精霊族であられるクレージュ様のお気持ちを大切にしたいのですが、なにせご遺体の保存が叶わなかったものですから、とても貴重な場所でしてねぇ。例外を作ってしまっては後々に締まりが効かなくなります故、許可は出せませんな」

「……。承知しました。貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」

和やかな姿勢でお礼を述べると、クレージュはその場を後にした。

ご一読ありがとうございました。

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