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刻の歯車  作者: 春生
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秘め事 5

テオとハンナの話は、森深くで魔物に襲われていた二人を彼が助けた所から始まった。最初は姿を見て怖かったが、怪我を処置してもらい、村の近くまで送ってもらった頃には心を許し始めていた。

二人は、しばらく彼の元へと通っていたが、ある日、跡を付けてきた友人に見つかってしまった。

もう会うなと言われると思ったが、村人達は二人を助けてくれた礼をするからと彼を連れて来させ、村に迎え入れた。

その数ヶ月後があの状況だった。


二人の話を信じず、村人は彼を魔族で悪だと思い込んで策を練ったのだろう。

相手が魔族でも子供達に情があるのなら、その情を盾にすれば対処できるとでも思ったのだろうか。

本物なら、そんな悠長な話になるはずがないというのに。

村人達の魔族に対しての無知さと、子供を守りたいという純粋な思いからの行動からなのだろう。と、最初はそう思っていた。

だから、次にテオが話してくれた村人たちの真実に、レオンハルトは純粋な怒りを覚えた。

村人たちは可能であれば、彼を裏ギルドに売ろうとしていたのだ。

裏ギルドは趣味の悪い人間が魔の者の売買を生業としている団体だ。

人間が人間を売買し虐げれば怒りを露わにするというのに、なんと身勝手な話だろうか。


目の前の彼は知るほどに、心根が優しいのだと知れる。

その彼が多少の情も芽生えていただろう村人達から無数の武器を向けられ、矢を放たれたということになる。

思い出しても腹立たしいが、レオンハルトは努めて平静を装った。

この怒りは、ここに居る誰に対してのものでも無いのだ。

「精霊の力は思いの力に大きく左右される。お前、あの子達だけは傷つけたくなかったんだな」

「俺は風の力を、あまり分かっていない。確実に知っているのは、この力は攻撃を跳ね返すということだけだ。お前に一撃でと言ったのもその為だった」

「じゃあ、あの反撃は無意識から?」

「反撃が分かっているから止めようとしたが、無理だった。何もしなければ瞬時に返る。あの時、間が出来た事を考えると意識で制御出来るのかもしれないが、正しい方法はわからない」

「なるほど…じゃあ俺はお前の作ってくれた間のおかげで怪我を負わずに済んだのか。速い斬撃だったもんな」

「風は大気そのものだ。刃が作れると仮定すると、この距離にいてもお前の死角から切りつける事が可能かもしれない」

「それは……怖い話だな」

自分の真横に突如刃が現れる状況を想像して、苦笑いを浮かべる。戦闘中なら反応するのは可能だと思うが、不意打ちなら避けるのも精一杯だ。角度によっては間違いなく傷を負うだろう。

「……あの村は、二人にとって大切な村だ。死者は出したく無かった。結果的に村を破壊してしまったが、人だけは避けるという意味で制御が成功したというべき……なのだと思う」

「俺の勝手な見解だけど、純粋な攻撃反射だと仮定すると、村の人達からの攻撃反射にしては村を破壊する程の威力は大き過ぎると思うんだよ」

「それは俺も考えていた。先のお前の言葉を借りるなら、俺の思いが掛かったのかもしれない」

彼は僅かに視線を逸らした。

「腹が立った……」

「それは、当然だと思う」

新しい力を手にしたと言えば聞こえは良いが、こうして誰かと話し合って学ぶことができなければ、これまで相当に扱いを持て余しただろう事が想像できた。

その対象だったはずの仲間と散り散りになった理由が、人間のからの加害である事に加えて、酷い裏切り行為をも人間から受けたということになる。

それでよく、死者は出したく無かったと言えたものだと胸中で舌を巻いた。

「大体の答え合わせができた、話してくれてありがとう。けど、一つだけ言わせてくれ」

改めて彼に視線をまっすぐ向ける。

「あの状況には同情するが、それだけ誰かを思う気持ちがあるなら、自らの命を投げる事だけはするべきじゃなかった。お前が命を失ったと知れば、テオとハンナは大きな悲しみに襲われる」

「……」

「残念だ。もう少し早く出会えていれば、こんな結末にさせなかったのに……」

レオンハルトは唇を噛み締めた。

風が彼の耳に、悔しさに震えた声色でそれを届けた。

彼は自分の中に湧き上がった言葉を風に乗せる事が出来なかった。

『どうしてお前がそんな表情(声色)になる』

乗せられなかった分、少しだけ深くなった呼吸が熱を帯びたのは、レオンハルトには届かない変化だった。

これがどんな出会いであろうと、自ら望んだ消滅への歩みはもう止まらないところまで進んでいる。

「また様子を見にくるよ。何か願いがあるなら聖霊の力に願ってみるといい。ここは力に満ちている。もしかしたら奇跡が起きるかも知れない」

レオンハルトは椅子から立つと、スイのいる小部屋へと移動した。


自分以外の存在が消えた聖なる部屋の中で、彼は熱くなった息を肺から吐き出した。

高い天井を見上げると、見えない空の代わりに月と星空をイメージした天井画が広がっている。

美しかった。

何度か見上げたはずなのに、今まで気が付かなかった。

視線を下ろして、自身を強く映している精霊水を見つめる。

吸い込まれそうだ、と思う。この水はこんなに透明だっただろうか。

テオもハンナも無事でよかった。誰も、皆、生きていてよかった。

自分という異物が無くなれば、また元の揉め事のない日常に戻るだろう。

人は忘れる生き物だ。

『酷い話だった』

『もう少し早く出会えていれば、こんな結末にさせなかったのに……』

自分の為に発せられた言葉は、強い怒りと悔しさと悲しみで大気を揺らしていた。

それを嬉しいと思ってしまった事に、冷笑する。

短い時間で多く入り込んできた情報と感情を上手く逃すことが出来ず、彼はもう一度深く息を吸いこんだ。

清浄な空気を肺に取り込むと、これまで感じなかった呼吸が詰まるような感覚を覚え、少し驚く。

希望通りの生き方など、この世界の誰が出来ようか。

この部屋に満ちる力が、本当に思いに左右されるというなら、残された期間で何を願うべきだろうか。

ご一読ありがとうございました。

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