秘め事 2
破壊された村はどこを見ても、違和感が募るばかりだった。
襲撃を受けたなら建物はあらゆる方向から壊れているはずだし、逆に免れている建物が残っていてもおかしくない。しかし、全ての建物が破損や壊れるというレベルではなく、崩壊という言葉が相応しい状況だ。
襲われたというより天災に見舞われたと言う方がしっくりくる。
しばらく見ていると、建物も、周囲の木々も全てが一定方向に薙ぎ倒されている事に気がつく。到着した時に感じた違和感の正体はこれだった。
瓦礫が厚く重ならず薄く倒れているので、見晴らしが良すぎたのだ。
「魔族の話といい、村の様子といい…合点がいかないな。争った跡らしきものも一つもない」
「爆発系の魔法を使っても、村全体を破壊するなら何度か撃ち込む必要があるわ。でも場所によって出るはずの威力差もない。もし一撃で破壊するとしたら、余程の魔力じゃないと不可能ね」
「それに魔法なら、こんなに綺麗に一方へ薙ぎ倒されることもないはず…まぁとりあえず、聞いてみようか。教えてくれるかは、わからないけど」
村の中心地らしい場所が見えると、レオンハルトは召喚した剣を右手に握った。
自身最高の武器ではないが、ある程度の魔力に耐えられるように造られた彼専用の片手剣だ。
少し後ろを歩くスイから補助魔法の効力が届くのを感じ取る。
魔族の狙いは、元より精霊族の命かもしれない。
近づいた瞬間に攻撃をされる事も考えられる、その為の警戒は欠かさない。
二人に気が付いた兵たちが道を開くと、そこは村の広場だったのだろう、小さな噴水らしき跡が残っていた。
その瓦礫の前、午後の太陽が照らす地面に座っていた黒い人影が、ゆるりと立ちあがった。
魔術師を彷彿とさせるような重い布のローブを纏っている。
周囲を固めていた数名の兵士が一斉に武器を構えた。
魔族の背丈は異常を見る高さではなく、二メートルと少し程に見えた。浅黒い肌、無造作に伸びた長い漆黒の髪と前髪から覗く同色の瞳、そして背には大きな翼。しかしそれは、鳥類のような羽毛があるものではなく、蝙蝠を思い出させる羽だった。
レオンハルトは魔族と幾度か対峙したが、羽を持つものは見たことがなかった。
報告にあったように、両手は体の前で枷をかけられ、両足も同じく枷で拘束されている。
大方の魔力はこれで封じられるはずだが、魔族ともなると簡単に破壊する者もいるため警戒は解けない。
距離にして三メートル程まで近づいた時、魔族が声を発した。静かな低く響く声だ。
「それ以上近づくな」
言葉に足を止めた二人は、次に驚愕の言葉を耳にすることになる。
「そのまま一振りで俺を殺してくれ」
予想外の言葉に周囲を固めていた兵士達は驚き構えを乱した。
魔族から読み取れる変化はない。見えるのは強い光が生んだような影色だけだ。
「それはどういう意味か、聞いてもいいか」
「そのままだ。この村の状況は俺が招いた。理由はそれで十分だろう」
レオンハルトは訝しんだ。剣を握る力を緩めないまま疑問を口にする。
「お前がやった、ではなく状況を『招いた』というんだな」
「問答は必要ないはずだ。甘いな、死ぬぞ」
「生憎と悪運は強くてね」レオンハルトは周囲の兵士へ顔を向けた。「申し訳ないが、入り口の救護に加勢してもらえないだろうか」
「いや、でも……」
「大丈夫です。ここは俺たちに任せてください」
「…わかりました。従います」
戸惑いを見せた兵士たちをその場から引かせると、レオンハルトは視線を戻した。魔族は眉を顰め鋭い視線をこちらに向けている。
「さて、どうしようか。こんなに会話が出来そうな魔族とは初めて会った」
「レオン、あなたの悪い癖だわ。早々に対処すべきよ」
そう言って数歩前に出たスイが違和感に気がついて目を丸くした。
レオンハルトが口角を上げてスイに言葉をかける。
「な?こんな魔族は初めてだろ」
「驚いたわ……あなた、精霊の力を持っているのね」
「俺を殺せばこの力はまた何処かに移る。お前たちにとっては何の損もない話だ」
死に急ぐ魔族にレオンハルトは苦笑した。
「俺たちと距離を取ってたのは悟らせないためだろうけど、まだ浅くて力の制御が上手くいかないと見える。それでは、もう少し離れていてもそのうち分かる。話を戻すけど、さっきの提案は一先ず却下だ。俺たちにとっては待ちに待った新しい同種……まぁ色々と、どうぞよろしくとはいかない状況だけど」
魔族の背後に崩壊した村が見える。意思の疎通は可能だ。もし仮に手を取るならば、周囲を納得させる相応の言い訳が必要となる事は明白だ。
言葉途中でレオンハルトは剣先を地面につけ、杖のように柄頭に手を置くと続きを告げた。
「聞かせてもらおうか、『招いた』経緯。どうするかはその後だ」
「俺は殺せと言ったんだが」
「一先ず、却下と伝えたはずだ」
「剣を振る状況が必要か」
魔族の手足の拘束具が小さな高い音を立てた。
枷で御しきれない程の魔力が高められて破壊されようとしているのだと気が付き、レオンハルトは剣を強く握り直した。スイが二人の前に作り上げた魔力の盾が鈍く輝く。
ほぼ同時に数メートル範囲で爆風が巻き起こった。
魔族を中心にして円状に地面が抉れた。突風が空高く渦上がると持ち上がった土や木片が数十メートル先で落下していく。
スイの魔力の盾で爆風を免れたレオンハルトは、まだ濃く土煙が舞う中で一気に間を詰めた。
またも少し強い風が吹き抜けると、土煙が一瞬で晴れる。
レオンハルトの剣は魔族の首に添えられるように止まっていた。
意図的に止められたそれに、魔族が強く睨み見る。
「なぜ止めた、一撃でと言ったはずだ!」
「!?」
経験からの勘で反射的に剣を動かすと、重い刃の噛み合う音が響いた。
視線で魔族を伺い見るが、枷は壊れているものの、場所を動くどころか微動だにしていない。
だが、自身の剣が何かを受け止めている事は確かだった。ギリギリと武器同士がせめぎ合う音を立て、徐々に重みを増してくる。
「・・・っ!」
大きく増した圧に吹き飛ばされながら、剣を薙いで重みを弾き飛ばす。飛ばされた何かの直撃を受けて、潰れた家屋が更に薙ぎ倒された。
木片が吹き飛ぶ音の中、腕には衝撃の振動が片手剣の悲鳴として伝わってくる。
もうしばらく受け続けていたら、折れていたかもしれない。両手剣を選ばなかった事を少し悔やんだ。
だが、感覚を確認する様に剣を握り直したレオンハルトの表情は薄く笑っていた。
「面白い攻撃をする。風の斬撃か?」
それは剣士として見えない剣撃への恐怖と興味が混ざり合った表情だった。
「喧嘩じゃないんだから、楽しんでる場合じゃないのよ」
スイの声に魔法の発動に気が付く。魔族の上空を見上げると、白く発光する輪が出現していた。
次々と落下した三つの輪が対象の足、腰、胴、の三箇所に留まる、動きと魔力を封じる魔法だ。彼女の魔法は道具の枷など比べものにならないほど強力で、魔力が強いものほど天地が揺らぐ気持ち悪さを味わう。
現に目の前の魔族は輪に捉えられると、表情を歪め汗を落とし、地面に倒れ込んだ。
「頭を冷やしなさい、レオン。殺す気がないなら戦っても意味がないでしょう。私ね、思いついた事があるのよ。どうやら本当に死ぬ気みたいだし、試しても問題ないわよね」
「スイ、何を考えて・・・」
レオンハルトの不安を他所に動けない魔族に歩み寄ったスイは、手の平を上げて微笑んだ。
「大神殿に行ってくるわ、後よろしくね」
「え、ちょっと待っ」
言葉虚しくスイと魔族の姿が転移魔法でその場から消えてしまって、レオンハルトは血の気が引いた。
スイは強力な魔法を扱う。決して弱くは無いが純粋な力の対決になって仕舞えば、か弱い女性だ。
「何かあったらどうするつもりだ…ていうか大神殿に何の用が。俺も直ぐにーーー」
巡る考えを胸中に留めておく事ができず独り言を吐いていたレオンハルトは、ぴたりと言動を止めた。
口元に手をやると、先ほどとは違う意味で青ざめる。
転移魔法で来たために、移動手段の確保から始まるということに気がついた瞬間だった。
ご一読ありがとうございました。




