第34話 笑顔を護らねば!(リン視点)
ランちゃんがオンラインゲーム、《Cookring》をプレイしていると知ったその翌日から、私は毎晩悪夢を見た。
それは私の知らないランちゃんだった。
無垢だったランちゃんのメッキが剥がれるように、可愛らしい表情が壊れる。
銃器を持つその手は血で濡れている。
無垢を護れなかった、そんな罪悪感から?
違う。ランちゃんはまだ無垢のままだし、別に《Cookring》が悪い訳では決してない。
でも少しずつ、少しずつ、ランちゃんは無垢ではなくなっていく。そしてそれは間違っていない、正しい道。
回転寿司でミキちゃんと仲良く話す内容は、私は理解できないものが多々あった。
VTuberの話だとか、あとはネット関係の話だったかな。
私が知らないことを、ランちゃんは知っていた。
ごめんねランちゃん、私は弱い人間なの。
これはただ醜い嫉妬心に過ぎない、心の奥底にしまって置かないと。
明日になれば、もしかしたら変わってるかもしれないし。
うん、そうだ、明日になれば何も問題はないわ。
◇◇◇
「リン~おはようなの。今日はどこで営業するなの?」
私よりも先に起きていたランちゃんは、ウトウトとしながら下準備を進めているわ。
「おはようランちゃん、朝から元気ね……」
「えへ、リンはまだ眠そうなの。早く覚めるなのー」
そう言って私のほっぺをつねるランちゃん。
やめてよーと言う私を気にせず無邪気に笑うところを見るに、とてもテンションが上がっているわね。
「今日はね、スーパーの前での許可が取れたから、その場所に行くよー。ちょうど海岸沿いを走るから海も見えるわ!」
「それは楽しみなの!」
そんなランちゃんを助手席に乗せて、キッチンカーを走らせる。
窓から入る冬の風も、温かみを帯びてきていた。
そうか、もう三月になるんだ。
「リン、今日って営業までまだ時間あるなの?」
「そうね~、軽ーく温水プールに行ってはしゃいで来るくらいの時間はあるわね~」
「流石にその時間はあってもプールに行く気力も体力もないなの」
「へへ、そう? 私はへっちゃらだな~」
とぼけたセリフをする私に、ランちゃんは特にツッコミもせずに続けた。
「……今見えている海って、マコを逃がした海なの。ちょっと寄って行きたいなの」
「あ、いいね~。そうしよっか!」
◇
「空気が海の味がするわね!」
「海の味って……一体どんな味なの。まあ海の匂いは感じるなの」
心地よい風の吹く中、私達は海沿いを散歩するわ。
風が私達の髪を靡かせ、朝日の暖かい日差しが海面を照らす……雰囲気ばっちりね。
前を歩くランちゃんは軽いステップを踏みながら楽しそうにしているわ。海岸に来て正解ね。
地平線の向こう側を眺めていると、不意に小学校ちゃんの顔が頭に浮かんで来たわ。
ここの海岸は、小学生ちゃんから貰ったマコガレイを逃がした場所だから、きっとそれで思い出したのね。
───『私、お姉さんたちみたいに立派な護れる人間になるです!』
私が思わず走って助けた、あの可愛い小学校ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
ごめんね、小学校ちゃん。
私はそんな、立派な護れる人間なんかじゃないんだ。
「リン、ちょっとお話があるなの」
前を歩いていたランちゃんが、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「最近、リン、隠し事してるなの」
勇気を振り絞ったように、拳を固く握って、表情も少し固くしているわ。
「……あ」
「リン!? どうして……泣いてるなの?」
私は、恐れていた心に怯んでしまった。
ああ、ここで泣くつもりは無かったのに。
我慢することが出来なかったわ。
「はは……な、なんでもないの。気にしないで」
「なんでもないはずが無いなの!」
ランちゃんは力強く、それでいて寂しそうに言うわ。
「私、リンが無理してるのくらい分かるなの。最近、ぎこちない笑顔がリンらしくなかったし」
「……ほんとに、なんでもないわ」
「私はリンの純粋な笑顔が見たいなの」
ああ、私はいつまでも子供ね。
ここまでランちゃんは自分の本心をさらけ出してくれた。私だけが萎縮するのはダメだわ。
「……私はね、ランちゃんの無垢で可愛いところを護りたいって、ずっと思ってたの」
怖い。
「そうなの? あ~確かにそんな雰囲気はあったなの。別に護りたいなら勝手に護ってろなの」
私自身が、怖い。
「でもね、本質は違ったんだ」
「えっ?」
喉につっかえたものが、名もわからない感情が、涙と共に溢れ出した。
「私はね、護りたいんじゃなくて、壊したかったんだっ」
「………………っ」
私は日々を重ねる度、私は自分の本心に気づき始めていた。
ランちゃんの可愛い無垢さが、誰かに壊される恐怖、嫉妬心、独占欲、そしてその自分勝手さに。
本心は置くの底にしまい、背け続けて来た。
でも、一度確信してしまったら、もう頭から離れなくなっていたの。
「誰かにランちゃんの無垢が壊されるなら、いっその事、私が、ランちゃんの無垢を壊したいって思ったんだ……っ」
最低だ、私はいつも自分勝手だ。
気づかずにしても、私の行動で周囲を巻き込んで、傷つける。ランちゃんを傷つける。
そしてそれを、よしとしているんだ。
「だから、ランちゃんの無垢を護っていたの。誰かに壊されないために、私が壊すために……」
私がキッチンカーに誘ったのも、ランちゃんは重荷だったのかもしれない。ランちゃんの人生を縛っているのかもしれない。
もう、私が縛っていてはいけない。
「ごめん、ごめんね。気持ち悪いよね、もう、一緒にいられないよねっっ……」
音にならない嗚咽と共に、私は膝を突いて泣いていた。
ランちゃんの顔も見れない、どんな顔をしているか、怖くて見えない。
そんな自分が情けなくて、どうしようもなくて。
「……それだけは嫌なの」
下を俯いて小さく呟くランちゃんは、小さな手を握り拳にしてぎゅっと力を込める。
ああ、私はまた、ランちゃんを苦しめる。
「ごめんなさい、ランちゃん……私は」
私がランちゃんに言葉をかけたその時。
ランちゃんは海に向かって走りだしたわ。
「ランちゃん!?」
ダメよ、こんな寒い海に入るなんて……
未だ冷たい冬の海に、ザブザブと足を突っ込んで行くランちゃんは、笑顔で私に振り返って叫ぶわ。
「リンがしたいなら、好きなだけ私を壊せばいいなの!」
「……っ!? ラン、ちゃん……!?」
水飛沫をあげながら、ランちゃんは涙を流す私に笑顔を向け続ける。
「リンは私をいつも元気付けてくれたなの! 私がカレイのマコを逃がして落ち込んでいたあの時も、こうやって、海に入って、私を笑顔にしてくれたなの!」
それでも、ランちゃんは泣いていた。
笑いながら、涙ながらに、私を元気付けようと。
「今度は私の番……寒い海なんて、リンの笑顔の為ならいくらでも入ってられるなの……!」
身体を震わせながらもそう叫ぶランちゃんに、去年温水プールに行く前に海ではしゃいだ私と姿が重なる。
「だから、一緒にいられないなんて言わないでなのッ!」
「ランちゃん!!」
気づいたら私も、ランちゃんと一緒に海に入っていた。
寒い海水を浴びて、衣服も普段着だからぐしょぐしょになって肌に張り付いているわ。
「ランちゃん、こんな私でも、良いのかな」
「良いに決まってるなの。私はリンといればこれ以上何もいらないなの。リンが人を笑顔にして来た分、リン自身も笑顔になって、好きなことすれば良いなの」
ランちゃん、私が誰かを笑顔にして来たって言うけど、ランちゃんもたくさんの人を笑顔にして来たのよ?
もちろん、私も含めて、笑顔に。
……そうだ、私は、ランちゃんの無垢な笑顔を護りたいんだ。
決して忘れてはいない、でも、当たり前なことすぎて、ただ無垢なランちゃんを私が勝手に作り上げていたのかもしれない。
「リン、これからも一緒にいるなの。だから、私の無垢を、好きなだけ壊してね」
「うんっ、うん!」
朝日と海水を浴びながら、ランちゃんとはしゃぐ冬日常。
この日常を愛してやまない、だからこれからも護って行くの。




