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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第三章:ヴェルディア学園
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episode67:翳る道標

「今日も暑いなぁ……」


朝にも関わらず、外は日光が降り注ぎ、夏魔蝉が鳴いている。ぼうっとしながら黒パンを食べていると、


「おい、チビー。鍛錬始めるぞ!」


外からアルゼ様の声が飛んできた。

あれから数日。しばらく体の調子も戻らなかったが、ようやく動けるようにはなった。


「今行きまーす」


最後の一口を呑み込むと、私は庭へと出る。久しぶりの鍛錬だ。


「遅いっ」


庭でアルゼ様が待ち構えていた。


「いやいや朝ご飯食べてたんですよ」

「言い訳をするんじゃない」


どこが言い訳なんだ……。


「それにしても鍛錬久しぶりですね。治って良かったです」

「そうだな。まさか三日も介護しないといけないなんて……」


どこか遠くを見るアルゼ様。

 

「その説はありがとうございました」

「まあ、いいけど……てことで久しぶりだからバシバシにやってやるよ」

「そこは優しくお願いします……」

「始めるぞー」


アルゼ様は、体の前に小さな防御魔法を張った。


「今日は、ここに短詠唱で攻撃を当てる練習だ」


そう言われて私は目をパチパチさせた。


「え、外れたら死にますよね?」

「当たり前だろ。だから外さないようにここに当てるんだよ」


そんな無茶な……。


私のへっぽこ攻撃では死にはしないことは分かってるけど、それでも怖いものは怖い。


「おらおら、俺様が怖いのか?」


……煽ってきやがるぞ!


「なら行きますよ」


私はアルゼ様に向けて手を掲げた。詠唱をしようとしたその時─


「……っ!」


全身がぞわりと震えて、息が一瞬止まった。形成されかけていた氷がパリンと割れて砕け散る。氷の破片が地面に落ちた。


「え……」


何が起こったのか理解できずに私は固まる。手がカタカタと震えていた。


「……どうした?」


アルゼ様が怪訝そうに私を見る。


「い、いえ……」


……嘘だよね?


もう一度構えて手のひらに魔力を集めようとするが、結果は同じだった。


─魔法が使えない。


はぁ、はあと呼吸が乱れる。


……どうして?


何度も魔力を流そうとする。けれど、その度に氷は形になる前に崩れた。次第に体の奥で魔力が絡まるような、あの気持ち悪さが蘇ってくる。


「……チビ」


気付けば、アルゼ様が私の側に立っていた。カタカタと震える私の手を掴んで下ろす。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……」

「今日はもうやめにしよう」


その言葉にわたしはふるふると首を振った。


「まだ五分も経ってません。もう少し……もう少しやらせて下さい」


既に三日も鍛錬ができていない。せっかく短詠唱の課題が分かったのに、ここでやめたくない。


そんな私を見てアルゼ様はふぅーと息をついた。


「後10分だけな。危なくなったらすぐ中断するから」

「……ありがとうございます」


アルゼ様は数メートル先に立って、さっきと同じように防御魔法を展開する。


……落ち着け。


自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。ゆっくりと手を掲げた。魔力を集めようとすると、また体内が気持ち悪くなってくる。


……お願い、耐えて。


気持ち悪さに耐えながら詠唱のために口を開くと─


「いたっ……」


次の瞬間、胸の奥が焼けるように痛んだ。


「っ……!」


息が詰まる。うまく吸えない。その時ぽたり、と何かが落ちた。


「……え」


視線を落とすと、地面に赤い滴が広がっていた。遅れて、鼻から血が流れていることに気付く。


「な、なんで……」

「チビ……!」


その動揺のせいか、集めかけていた魔力が一気に乱れた。形成されかけた氷が歪み、弾けるように周囲へ飛び散る。


「あ、おい!」


慌ててアルゼ様が、私の周りに防御魔法を展開してくれる。飛び散ってきた破片が防御魔法に当たり、カツンといって地面に落ちる。


「だ、大丈夫か!?」


アルゼ様が駆け寄ってきた。珍しく声が上ずっている。


「す、すみません。お庭汚しちゃって……」


ドクドクと心臓が早鐘を打っている。


「バカ!そんなことどうでもいいんだよ!そこ座ってじっとしてろ」


ウッドデッキに座っていると、アルゼ様がティッシュを持ってきてくれた。


「まだ止まらねえか?」

「……はい」


アルゼ様は、私を横目で見ると隣に腰を下ろした。座ったまま、静かに聞いてくる。


「チビ、正直に言え。さっき何が起こってたんだ?」

「魔力が……上手く練れなくて」

「……そうか。原因は自分で分かってるよな」


私は俯いてコクリと頷いた。

あの感覚は暴走する前と同じだった。三日も経っているはずなのに魔法を使おうとすると、暴走した時が蘇ってくる。体が震えていたのは、それを思い出したからだろう。

チラリとアルゼ様を見る。眉をひそめて何かを考えていた。

自分でもどうしたらいいのか分からない。こういうトラウマって治るものなんだろうか。


黙っていたアルゼ様が顔を上げた。


「……んまあ、三日で治る方がおかしいよな」

「え……?」

「だってお前死にかけたんだぞ。そりゃあトラウマにもなるわ」

「でもそれで魔法が使えなくなるなんて……」


「それに」と私は下を向いた。


「夏休み明けには課外授業もあるんですよ。こんな状態じゃ皆の足を引っ張っちゃう……」

「……チビ。とりあえず中入るぞ」

「え……あの鍛錬は……」


恐る恐る言うと、何言ってんだこいつというような顔をされる。


「今の様子だと余計に悪化するだろーが。ほらとっとと中入れ」

「はい……」


渋々腰を上げて中に入る。


「体調は大丈夫なのか?」

「はい。魔法を使う時以外は問題ないです」

「なら良かった」


それだけ言うと、アルゼ様はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。私も鼻を抑えたまま座る。


「なんだかなぁ……チビは色々と思い詰めすぎなんだよな。」

「そりゃあこんなことになったら誰だって思い詰めますよ……」

「そうかもしれねえけどよ」


アルゼ様は頬杖をついた。


「お前、自分ができないことばっか見てるだろ」

「え?」

「自分の欠点ばっか探してる。そんなに周りは頼れないヤツばっかりなのか?」

「……そんなことないです」

「なら抱え込む必要なんかねえよ。今出来ないことは周りにカバーしてもらったらいい。焦る気持ちは分かるけどな。今は治す方が先だ」


私はギュッと手のひらを握って頷いた。


「今日は大人しく部屋で休んどけよ。明日の鍛錬は様子を見て考えるからな」

「……はい」


少し不満は残るけど、さっきの状態を思い出すと強くは言えなかった。

そのまま部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろす。そっと手のひらを見た。


「……」


試しに、ほんの少しだけ魔力を流そうとする。けれど─。

 

「っ……」


胸の奥が、また嫌な感覚でざわついた。慌てて魔力を引っ込める。


……夏休みが終わるまでに治らなかったらどうしよう。


どうしてもいけない方向に考えてしまう。はぁと大きなため息をついて、両膝を抱え込んだ。


でも、こんなところで落ち込んでいられないよね。


私はベッドから降りると、護衛試験の過去問を広げた。

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