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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第三章:ヴェルディア学園
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episode66:短詠唱への道すがら

「ふわぁ……」


伸びをして朝日を浴びる。木漏れ日が地面に斑点を作り、昨夜の暑さが嘘のように涼しい空気が漂っていた。

次の日の早朝、早く起きた私は短詠唱の自主練に励む。まだアルゼ様は寝ているようだ。


意識しても魔力を安定させるのって難しいんだよなぁ。


プカプカと氷の塊を浮かばせながら考える。


……アルゼ様の真似でもしてみようかな。


いそいそと中に戻って、穴が空いた昨日の缶を持ってくる。同じように並べると少し距離をとった。


撃ち抜くのは無理だから倒せたらオッケーにしよう。


距離を見積もって魔法を唱える。


光裂風塵(リストフ)─」


幾つもの氷の刃が形成され、缶へと向かっていく。しかし、制御しきれずに地面に突き刺さった。10個中倒せたのは2個。こう見ると、やはり制御が出来ていないことに気付かされる。


うーん、今は単発攻撃の方がいいか。


そう思ってやってみるものの、今度は威力が足りなかった。


「んもー……」


こうなったら広範囲攻撃で魔力を多めに込めてみるしかない。制御が全く出来ない訳では無いから当たる数は増えるだろう。


よし、行くぞ。


光裂風塵(リストフ)─!」


その途端に辺りが凍りつき、想像を超える数の氷の刃が現れる。私が手を下ろすと同時に対象に向かって飛んでいく。


おおっ!アルゼ様みたいになれてるかも!


さっきより明らかに制御できている。氷の刃は狙いから大きく外れることなく、次々と缶に当たっていく。


いける……!


もう一度、同じ感覚で。


そう思った瞬間、胸の奥がチリ、と微かに痛んだ。魔力が自分のものではないような感覚を覚える。


「……あれ?」


ほんの一瞬の違和感。けれど、それもすぐに消えていく。


気のせい、か。


今ならいける。この感覚を逃したくない。


私はそのまま、さらに魔力を込めた。刃は土埃を上げながら缶へと命中していく。残るは後四つ。


いける!


しかし、さらに追撃しようとしたその時だった。


「う……」


体内が気持ち悪くなり、私は咄嗟に胸を押さえた。この感じは初めて短詠唱をした時と似ている。もしかしたら魔力が暴走しかけているのかもしれない。


「……っ!」


刃の制御が一切効かなくなり、あちこちに飛び散り出した。


おさまれ、おさまれ……。


必死に体内の魔力を押さえ込んでいく。けれども、絡まりあった魔力は言うことを聞かずに、さらに体内で暴れまくる。息がうまく吸えない。胸の奥が焼けるみたいに熱い。


……あ、なんかやばいかも。


視界が霞み、体が傾いていくのか分かった。この体勢だと顔面を強打する。


「ア……アルゼ、様……」


ツリーハウスに向かって息絶え絶えになって、名前を呼ぶ。しかし、その瞬間視界が反転した。地面にぶつかる、そう思った時だ。


「なーにしてんだよ」


体を支えられ、暴走していた氷の刃が全て叩き落とされた。


「……アルゼ様」


呆れている師匠の顔を見ると、安心して肩の力が抜けた。

 

「起きたらこんなことになっててビビったわ。暴走してたな、大丈夫か?」

「すみません……」


クラクラする頭を抑えて、私は体を起こす。


「まだ動かん方がいい。ちょっと待ってろ、水持ってくる」


すぐにアルゼ様がコップに入った水を持ってきてくれた。震える手で一口飲むと、気持ち悪さは少しおさまった。アルゼ様は、横にしゃがみこんで私の顔を覗き込む。


「まだ気分悪いか?」

「少しだけ……すみません。反省してます」

「いいや、暴走したらどうなるか知れたんだし、いい経験になったろ」


アルゼ様はあぐらをかいた。


「魔法ってのはな、流す量と制御が釣り合って初めて成り立つもんだ。制御ができてないのに流す量を増やしたらそりゃ暴走もする。」

「暴走したらこうなるんですね……体内気持ち悪かったし、なんか視界が霞んで死ぬかと……」

「そりゃ体ん中で魔力が暴れてたからな」


アルゼ様は軽く肩をすくめた。


「本来は外に流すもんが、行き場失って内側に逆流する。そりゃ気分も悪くなるし、最悪気絶もする」

「逆流……」


思い返せば、あの時。外に出すはずの魔力が、どこかに引っかかってぐちゃぐちゃに絡まっていた気がする。


「私、ちゃんと短詠唱使えるようになるんですかね……」


ポツリと弱音が漏れ出た。

一度使えば日常使いできるようになると思ってた短詠唱。まさかこんなに苦戦するなんて。


その言葉を聞いて、アルゼ様は空を見上げた。

  

「さあな」

「さあなって……」


少しくらい慰めてほしい……


「チビも分かってんじゃないのか?もう短詠唱のレベルに来たら、もう個人の努力としか言いようがない。詠唱に比べたら魔力操作のレベルもバカみてぇに上がるし、他人に言われて出来るようになるものじゃないからな」

「……まあ、そうですよね」


簡単にできるようになれば、そこら辺の人みんな短詠唱を使っているだろう。


「けど、チビ。これは勘違いすんな」


思考を遮るように、アルゼ様が口を開いた。


「才能って言葉あるが、俺様は才能って言葉が大嫌いだ。最初から出来るやつなんて一人もいねぇ」

「……え?」

「結局最後に勝つのは努力した奴なんだよ」


アルゼ様は私の方を見ず、地面に転がった缶を軽く蹴る。


「短詠唱なんてのは特にな。途中で折れるやつがほとんどだ」

「……」

「お前、さっき暴走した後やばいって思いながらも、止めようとしてただろ。」


あの時の感覚が蘇る。体内でぐちゃぐちゃになった魔力を、どうにか掴もうとしていた。


「……はい」

「なら大丈夫じゃねぇか」


さらっと言われた一言に、思わず顔を上げる。


「制御しようとしてる時点で、伸びる側だ」

「……っ」


その言葉に胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。


「怖い思いしたけど、どうせ諦めないんだろ」

「……そんなの当たり前じゃないですか」

「さすが俺の弟子……チビだったらきっとできるよ、ってことで朝飯にしよう。立てるか?」


今のは照れ隠しで言ったな?


私は頬を緩めると、足をガクガクさせながら立ち上がる。その姿を見てブッとアルゼ様が吹き出した。


「お前は産まれたての子鹿かっつーの」


人が苦しんでるのに何が面白いんだ!

 

「笑わないでください!足に力が入らないんです!」


「ぎゃあっ!」と体勢を崩すが、すぐにアルゼ様が腕を掴んでくれた。


「もう少し可愛い悲鳴上げろよ……今日の鍛錬はお休みだな」

「悲鳴に可愛いとか入りませんから。これいつ治るんですか」

「知らねえよ、なったことないし」


アルゼ様がゆっくりと手を引いてくれて、家の中にようやく入れた。


「今日、俺様は介護しないといけないのか……」


少し遠い目になってアルゼ様は呟いた。


椅子に座らされ、朝食の準備をしてもらう。チンとトースターの音がなって例の黒パンが出てきた。お礼を言って受け取ると、アルゼ様をチラリと見る。


「あのー当分歩けそうにないので、後で部屋から勉強道具を持ってきてほしいです」

「ったくしょうがねーな」

「あと水をもう一杯……」

「まだあんのかよ」

「……ジャムも欲しいです。あ、ナイフとかあります?」


耐えきれなくなったアルゼ様がバッと振り返った。

 

「欲張りか!」

「だから申し訳なさマックスで話してたんですけど……」


歩けないのがこんなに不便だなんて……!


「勉強道具は後で持ってくるからメモしとけ!」

「ありがとうございます」


何だかんだいって優しいアルゼ様。ニヤニヤしながらアルゼ様を見ていると目が合い、フンッと逸らされた。


仕方ない、今日は鍛錬できない代わりに試験勉強を頑張るか。


脳内で今日の勉強計画を立てていると、


「あ、チビ」


不意に呼ばれ、私は顔を上げる。


「これ追加していいか?」


その手には一斤の黒パン。私は驚愕した。


「丸ごとですか……」

「え、だめ?」

「朝からそんな食べれませんって」

「おいおい、消費に手伝ってくれるんじゃなかったのかよ」


手伝うとは言ってないんだよなぁ。

 

「じゃあ、いいですよ。でもアルゼ様がお礼に貰ったんだし、仕方ないから全部あげます」

「おい?」


フォルムが丸くなったって言われたこと、こっちは地味に気にしてるんだよ!


「……一切れだけなら」

「おし、言ったな!」

「え……?」


鼻歌を歌いながら、アルゼ様は切ったパンをトースターに入れていく。


まあ、いっか。


その様子を見ながら苦笑いをする。こうして、騒がしい朝が始まった。



─この日の無理が、思いもよらない形で返ってくるとも知らずに。

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