episode66:短詠唱への道すがら
「ふわぁ……」
伸びをして朝日を浴びる。木漏れ日が地面に斑点を作り、昨夜の暑さが嘘のように涼しい空気が漂っていた。
次の日の早朝、早く起きた私は短詠唱の自主練に励む。まだアルゼ様は寝ているようだ。
意識しても魔力を安定させるのって難しいんだよなぁ。
プカプカと氷の塊を浮かばせながら考える。
……アルゼ様の真似でもしてみようかな。
いそいそと中に戻って、穴が空いた昨日の缶を持ってくる。同じように並べると少し距離をとった。
撃ち抜くのは無理だから倒せたらオッケーにしよう。
距離を見積もって魔法を唱える。
「光裂風塵─」
幾つもの氷の刃が形成され、缶へと向かっていく。しかし、制御しきれずに地面に突き刺さった。10個中倒せたのは2個。こう見ると、やはり制御が出来ていないことに気付かされる。
うーん、今は単発攻撃の方がいいか。
そう思ってやってみるものの、今度は威力が足りなかった。
「んもー……」
こうなったら広範囲攻撃で魔力を多めに込めてみるしかない。制御が全く出来ない訳では無いから当たる数は増えるだろう。
よし、行くぞ。
「光裂風塵─!」
その途端に辺りが凍りつき、想像を超える数の氷の刃が現れる。私が手を下ろすと同時に対象に向かって飛んでいく。
おおっ!アルゼ様みたいになれてるかも!
さっきより明らかに制御できている。氷の刃は狙いから大きく外れることなく、次々と缶に当たっていく。
いける……!
もう一度、同じ感覚で。
そう思った瞬間、胸の奥がチリ、と微かに痛んだ。魔力が自分のものではないような感覚を覚える。
「……あれ?」
ほんの一瞬の違和感。けれど、それもすぐに消えていく。
気のせい、か。
今ならいける。この感覚を逃したくない。
私はそのまま、さらに魔力を込めた。刃は土埃を上げながら缶へと命中していく。残るは後四つ。
いける!
しかし、さらに追撃しようとしたその時だった。
「う……」
体内が気持ち悪くなり、私は咄嗟に胸を押さえた。この感じは初めて短詠唱をした時と似ている。もしかしたら魔力が暴走しかけているのかもしれない。
「……っ!」
刃の制御が一切効かなくなり、あちこちに飛び散り出した。
おさまれ、おさまれ……。
必死に体内の魔力を押さえ込んでいく。けれども、絡まりあった魔力は言うことを聞かずに、さらに体内で暴れまくる。息がうまく吸えない。胸の奥が焼けるみたいに熱い。
……あ、なんかやばいかも。
視界が霞み、体が傾いていくのか分かった。この体勢だと顔面を強打する。
「ア……アルゼ、様……」
ツリーハウスに向かって息絶え絶えになって、名前を呼ぶ。しかし、その瞬間視界が反転した。地面にぶつかる、そう思った時だ。
「なーにしてんだよ」
体を支えられ、暴走していた氷の刃が全て叩き落とされた。
「……アルゼ様」
呆れている師匠の顔を見ると、安心して肩の力が抜けた。
「起きたらこんなことになっててビビったわ。暴走してたな、大丈夫か?」
「すみません……」
クラクラする頭を抑えて、私は体を起こす。
「まだ動かん方がいい。ちょっと待ってろ、水持ってくる」
すぐにアルゼ様がコップに入った水を持ってきてくれた。震える手で一口飲むと、気持ち悪さは少しおさまった。アルゼ様は、横にしゃがみこんで私の顔を覗き込む。
「まだ気分悪いか?」
「少しだけ……すみません。反省してます」
「いいや、暴走したらどうなるか知れたんだし、いい経験になったろ」
アルゼ様はあぐらをかいた。
「魔法ってのはな、流す量と制御が釣り合って初めて成り立つもんだ。制御ができてないのに流す量を増やしたらそりゃ暴走もする。」
「暴走したらこうなるんですね……体内気持ち悪かったし、なんか視界が霞んで死ぬかと……」
「そりゃ体ん中で魔力が暴れてたからな」
アルゼ様は軽く肩をすくめた。
「本来は外に流すもんが、行き場失って内側に逆流する。そりゃ気分も悪くなるし、最悪気絶もする」
「逆流……」
思い返せば、あの時。外に出すはずの魔力が、どこかに引っかかってぐちゃぐちゃに絡まっていた気がする。
「私、ちゃんと短詠唱使えるようになるんですかね……」
ポツリと弱音が漏れ出た。
一度使えば日常使いできるようになると思ってた短詠唱。まさかこんなに苦戦するなんて。
その言葉を聞いて、アルゼ様は空を見上げた。
「さあな」
「さあなって……」
少しくらい慰めてほしい……
「チビも分かってんじゃないのか?もう短詠唱のレベルに来たら、もう個人の努力としか言いようがない。詠唱に比べたら魔力操作のレベルもバカみてぇに上がるし、他人に言われて出来るようになるものじゃないからな」
「……まあ、そうですよね」
簡単にできるようになれば、そこら辺の人みんな短詠唱を使っているだろう。
「けど、チビ。これは勘違いすんな」
思考を遮るように、アルゼ様が口を開いた。
「才能って言葉あるが、俺様は才能って言葉が大嫌いだ。最初から出来るやつなんて一人もいねぇ」
「……え?」
「結局最後に勝つのは努力した奴なんだよ」
アルゼ様は私の方を見ず、地面に転がった缶を軽く蹴る。
「短詠唱なんてのは特にな。途中で折れるやつがほとんどだ」
「……」
「お前、さっき暴走した後やばいって思いながらも、止めようとしてただろ。」
あの時の感覚が蘇る。体内でぐちゃぐちゃになった魔力を、どうにか掴もうとしていた。
「……はい」
「なら大丈夫じゃねぇか」
さらっと言われた一言に、思わず顔を上げる。
「制御しようとしてる時点で、伸びる側だ」
「……っ」
その言葉に胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。
「怖い思いしたけど、どうせ諦めないんだろ」
「……そんなの当たり前じゃないですか」
「さすが俺の弟子……チビだったらきっとできるよ、ってことで朝飯にしよう。立てるか?」
今のは照れ隠しで言ったな?
私は頬を緩めると、足をガクガクさせながら立ち上がる。その姿を見てブッとアルゼ様が吹き出した。
「お前は産まれたての子鹿かっつーの」
人が苦しんでるのに何が面白いんだ!
「笑わないでください!足に力が入らないんです!」
「ぎゃあっ!」と体勢を崩すが、すぐにアルゼ様が腕を掴んでくれた。
「もう少し可愛い悲鳴上げろよ……今日の鍛錬はお休みだな」
「悲鳴に可愛いとか入りませんから。これいつ治るんですか」
「知らねえよ、なったことないし」
アルゼ様がゆっくりと手を引いてくれて、家の中にようやく入れた。
「今日、俺様は介護しないといけないのか……」
少し遠い目になってアルゼ様は呟いた。
椅子に座らされ、朝食の準備をしてもらう。チンとトースターの音がなって例の黒パンが出てきた。お礼を言って受け取ると、アルゼ様をチラリと見る。
「あのー当分歩けそうにないので、後で部屋から勉強道具を持ってきてほしいです」
「ったくしょうがねーな」
「あと水をもう一杯……」
「まだあんのかよ」
「……ジャムも欲しいです。あ、ナイフとかあります?」
耐えきれなくなったアルゼ様がバッと振り返った。
「欲張りか!」
「だから申し訳なさマックスで話してたんですけど……」
歩けないのがこんなに不便だなんて……!
「勉強道具は後で持ってくるからメモしとけ!」
「ありがとうございます」
何だかんだいって優しいアルゼ様。ニヤニヤしながらアルゼ様を見ていると目が合い、フンッと逸らされた。
仕方ない、今日は鍛錬できない代わりに試験勉強を頑張るか。
脳内で今日の勉強計画を立てていると、
「あ、チビ」
不意に呼ばれ、私は顔を上げる。
「これ追加していいか?」
その手には一斤の黒パン。私は驚愕した。
「丸ごとですか……」
「え、だめ?」
「朝からそんな食べれませんって」
「おいおい、消費に手伝ってくれるんじゃなかったのかよ」
手伝うとは言ってないんだよなぁ。
「じゃあ、いいですよ。でもアルゼ様がお礼に貰ったんだし、仕方ないから全部あげます」
「おい?」
フォルムが丸くなったって言われたこと、こっちは地味に気にしてるんだよ!
「……一切れだけなら」
「おし、言ったな!」
「え……?」
鼻歌を歌いながら、アルゼ様は切ったパンをトースターに入れていく。
まあ、いっか。
その様子を見ながら苦笑いをする。こうして、騒がしい朝が始まった。
─この日の無理が、思いもよらない形で返ってくるとも知らずに。




