episode65:未だ遠き道のり
「暑い……」
「そうだなぁ」
「動けない……」
日差しが容赦なく照りつけ、地面から熱気が立ち上る。昼食を取り終えた私たちは、なぜか庭にいた。
私はチラリとアルゼ様を見る。様子は通常運転に戻っていて、昼食の時に感じた妙な落ち着かなさは、もうどこにもなかった。
「おら、立て!」
暑さに耐えきれず、日陰に座り込む私をアルゼ様が叱る。
「わざわざ気温が上がる昼にしなくてもいいじゃないですか……」
遡ることたったの五分前。ご飯を食べ終えた後、突然立ち上がったアルゼ様に庭へと連れ出されたのだった。
昼食後の鍛錬は、別にいいが何しろ暑すぎる。数分で私は日陰に座り込んでしまった。
「どうせすることないだろ」
「……いや護衛試験の勉強を」
「俺様が暇なんだ。相手しろ」
「そんな自己中な……せめて夕方にしません?」
「……ったくよぉ」
仕方がない、というふうにアルゼ様はため息をつく。諦めてくれたか。私が思ったその瞬間だった。
「!?」
いきなり氷魔法をぶち込んできやがった。私は慌てて防御魔法を展開する。
「何してるんですか!?死にますって!」
心臓がバクバク鳴っている。悲鳴を上げる私を見てアルゼ様はニヤリと笑った。
「腕は落ちてないみたいだな。まあ、よし」
「よくないです。心臓に悪いんでやめて貰えます?」
そう言うと、アルゼ様は肩を竦めてまた攻撃をしてきた。仕方なく立ち上がって応戦する。
「おらおらぁ!!」
……ちょっと待ってくれよ?
止まることのない攻撃に私は冷や汗をかく。
「アルゼ様、なんかハイになってません?」
「俺様の特製氷魔法だぜ?涼しいだろ!」
やばい、この人暑すぎて頭がおかしくなってる。
「死ぬ瀬戸際で逆に鳥肌立ってますって!」
防御をしながら必死に攻撃を返していく。しかし、狂ったように魔法を乱射しているくせに防御が固い。
「くっ……!」
飛んできた氷の刃を弾き、私は地面を蹴った。一直線に距離を詰める。
「はあっ!」
魔力を込めた一撃を叩き込む。
「おっ」
アルゼ様はそれを受け止めたものの、ほんのわずかに体勢を崩した。
「……へぇ」
口元が、楽しそうに歪む。
「前よりマシになってんじゃねえか」
何でこんなに余裕そうなんだ!!
「光裂風塵─!」
氷の刃を浮かばせ、防御を崩そうとしていると、アルゼ様は口をあんぐりと開けた。氷の刃を破砕すると防御魔法を解く。
「ち、チビ!短詠唱使えるようになったのか!!」
「あ」と、私は攻撃の手をやめた。
そういえば課外授業の話の時に言ってなかったな。
「まあ、はい。言うの忘れてました」
「え、え……い、いつ使えるようになった?」
驚きが隠せないアルゼ様。目がまん丸になっている。
「課外授業の時です。黒屍結社の下っ端やっつけた時に何かできちゃいました。」
「そういうのはその時に話してくれよ。マジでビビったぞ」
「すみません。うっかり……」
「いやでもすげえな。短詠唱使えたら無敵じゃねぇか。いやぁ、嬉しい嬉しい」
腕を組んでうんうんと、頷いている。その横で私は複雑な気持ちになっていた。
「当たりませんでしたけどね……」
肩を落としてそう言うと、アルゼ様は「はあん?」と私を見た。
「おいおい。俺様に攻撃当てれるとか1000年、いや5000年早いんだよ」
5000年だと……?
私は少し考えて言った。
「……じゃあ、無理か」
「納得すんな。努力しろ」
「いやいや短詠唱身につけたのに、まだこんな差があると思うと落ち込むますよ……」
課外授業での成果だったり、短詠唱の習得で学園生活を通して強くなった気になっていた。少しはアルゼ様に敵うようになったかなとか考えていたけど、まだまだのよう。
「まず今の課題は短詠唱の補強だな。魔力が不安定で見てられねぇ」
「そんな不安定ですか?あんま自覚がないんですけど」
「めちゃくちゃフヨフヨヘニョヘニョしてんぞ。」
「いやそう言われても、短詠唱とか身近で見たことないですし」
そう言いながらアルゼ様をちらりと見る。
アルゼ様はいつも名前のない、基本中の基本である基礎魔法を使ってくる。短詠唱を拝んでみたいものだ。
「チラチラ見やがって。分かってんぞ、見せてほしいんだな」
「さっすがアルゼ様。お手本を見せてください」
仕方ねぇな、とアルゼ様はなぜか室内に戻ってしまう。しばらく待っていると、缶を10個ほど抱えて戻ってきた。
「え、何するんですか」
「言ったろ、短詠唱見せてやるんだって」
「その缶入ります?」
「やるからにはちゃんと見せないとなと思って……おいしょっと」
均等な距離を開けて全ての缶を並べると、私の方に歩いてくる。
「じゃあやるからな。ちゃんと見とけよ」
「はい!」
アルゼ様は、缶と10メートルほどの距離に立つ。そして、人差し指を立てて唱えた。
「光裂風塵─」
その途端、急激に空気の温度が下がり、周りに大量の氷の刃が出現する。
……え、なんか多くない?
アルゼ様が指を向けるや否や、刃が唸りを上げて放たれる。ヒュンヒュンと空気を引き裂きながら、容赦なく缶へと叩き込まれていった。
「オラオラオラオラァ!!」
刃は休む間もなく生み出され、一直線に標的へ叩き込まれていく。衝撃で庭の土が弾け、激しい土埃が周囲を包み込んだ。
「ちょ、ちょっと、アルゼ様!?」
それでも止まらないアルゼ様。悪魔のような笑い声を上げながら乱射していく。跳ね返った刃が家の外壁に突き刺さっているのが目に入った。
「ストップストップ!!アルゼ様、一旦ストップ!!」
大声を出し、ようやくアルゼ様は私を見た。
「呼んだ?」
「呼んだ?じゃなくって家破壊するつもりですか!?」
「おっと、いっけねぇ。てか見ろ、標的を全部射抜いたぞ。俺様の操作性に感服したか」
「いや精密射撃ってよりかは乱射でしたけど」
私が呆れたように言うと、アルゼ様は眉をひそめた。
「はあ?あれが乱射に見えたのかよ」
「見えました」
「……目ェ腐ってんじゃねぇのか」
失礼すぎる。
そう思いながらも、私はさっきの光景を思い返していた。
確かに、全部の缶には当たっていた。けれども!
「……なんかめちゃめちゃだったなぁ」
ぽつりと呟くと、アルゼ様がこちらを見る。
「なんだと?」
「全部当ててましたけど、あんなに刃いらないじゃないですか。倍以上出てましたよね」
すると、アルゼ様はニヤリと口角を上げた。
「いいとこ見てんじゃねえか」
……え?
「短詠唱ってのはな、発動の速さと引き換えに制御が雑になる。だから普通は必要最低限に抑えて、一つ一つ精密に攻撃していくのが基本だ」
「……じゃあさっきのは」
「まあ……わざとだ」
「はい?」
「お前、魔力の流れが安定してねぇ。だから暴れたらどうなるか見せてやったんだよ」
私は思わず言葉を失った。
「……めちゃくちゃ楽しそうにぶっぱなしてましたけど?」
「楽しいのは事実だけど……てか全部当ててるからいいだろ。めちゃくちゃに、ぶっぱなしてた訳じゃねえんだぞ。」
「はあ……」
「いいか、チビ」
アルゼ様は、少しだけ真面目な声になる。
「今のお前は、出せてるだけだ。形にはなってるが、握れてねぇ」
「握る……?」
聞き返すと、アルゼ様は指を軽く握る仕草をした。
「魔力をな、自分の手の中にある感覚で扱え。今のお前のは、ただ垂れ流してるだけだ」
「……」
言われて、さっきの自分の詠唱を思い出す。
確かに、攻撃することに必死で制御なんて、ほとんど意識していなかった。
「ということで今日はおしまいだ」
「ふぇっ?」
まだ続けると思っていた私は拍子抜けした。
「そろそろ中入らないと倒れんぞ」
「まだ私は大丈夫ですけど」
あんなに暑かったのに今はちょうどいいくらいだ。そう返すと「あのなぁ」と呆れた声を出された。
「氷魔法使って体がバカになってんだよ。やめ時知らないと死ぬぞ」
アルゼ様は、穴が空いた缶を片付けながら言う。
そう言われて、意識したら喉が乾いてきた。
「はーい」
私はそう答えると、片付けの手伝いに向かう。
穴だらけになった缶を拾い上げながら、さっきの言葉を思い返していた。
─“握れてねぇ”。
……握る、か。
指先に、ほんのわずかに力を込める。確かにさっきは、意識をせずにただ放っただけだった。でも見せてもらった以上、ちゃんと自分のものとして扱えるようにならなくては。
「私ももっと強くなりますね」
小さく呟くと、
「強くなる前にへろへろな短詠唱をどうにかしろ」
間髪入れずに返ってきた。
「……分かってますよ」
膨れっ面で私は返す。しばらく無言で缶を集めていると、アルゼ様がポツリと呟いた。
「けど、チビはまあ……なんというかちゃんと成長してるよ」
「……えっ」
いけない、ぼうっとしてた!
私はバッとアルゼ様を見る。
「え、今何て言いました!?」
「うるせえ、調子乗るな」
「あの、夏魔蝉の鳴き声でちゃんと聞こえなかったんです。もう一度だけ……」
「知らん」
アルゼ様は缶を抱えると、先に家に入ってしまった。嬉しくて口元がつい緩んでしまう。
「……チビ、早く中入れよ」
「今行きまーす!」
じりじりとした夏の空気の中、夏魔蝉の鳴き声だけが響いていた。




