episode64:再会の余影
次の日となった。大きなカバンに荷物を詰め込んだ私は、カルロスとフィンに見送られる。アナベルとトロイは一時間ほど前に帰省してしまった。
「じゃあ、また二週間後ねー」
「気をつけてね」
「ううっ、またな……」
寂しそうなフィンを見て、私は言う。
「フィン、あなたカルロス困らせちゃダメよ」
「俺を何だと思ってるの……?」
その言葉に私は肩をすくめると、部屋を後にした。
外に出た途端、夏魔蝉の鳴く声が聞こえ、日差しが照りつけてくる。
「うわ、あっつ……」
額に滲む汗を拭いながら歩き出す。
王都に来て分かったが、レーゲルトよりもはるかに暑い。
何年経っても、この暑さには慣れないんだよなぁ……
私はなるべく日陰を通りながら校門へと向かった。
少し歩いて、馬車乗り場にたどり着いた。夏休みということもあって乗り場には列ができている。
乗るまで辛抱だ……。
グッとこらえると、私は最後尾に並んだ。
流れる汗を拭いながら待つこと15分。もっとかかると思ったが、世の中は夏休みムードということあってか、馬車の往来はいつもより多いらしい。無事に乗ることができた。
「グランディス街までお願いします」
「分かりました」
アルゼ様が住む街の名前を告げると、ようやく馬車が動き出した。
馬車の中は涼しく、私はほっと息をついて背もたれに体を預ける。ガタゴトと揺られているうちに眠気が襲ってきて、私は目をつぶった。
数時間後、ぐっすり眠りこけていた私は御者の声で目を覚ました。
「お客さーん着きましたよ」
「はっ……」
慌てて荷物を掴み、馬車から降りる。
「300ヴァンです」
お金を払い、お礼を言うと馬車は去っていった。
……あぁ、帰ってきたんだな。
街の空気を吸い、私は辺りを見回す。様子はまったく変わっておらず、近くの市場では朝にも関わらず賑わっている。
私は笑みを浮かべると、アルゼ様の家の方向へと歩き出した。
少し坂になっている石畳の道を歩き、左に曲がると家が見えてくる。
「……ん?」
奥へと進み、家の屋根が目に入った私は目を疑った。屋根に青いシートがかかっており、風でパタパタ揺れている。
一体何をしたんだ……。
不安になりつつも、私は家へとたどり着いた。久しぶりの再会で、アルゼ様のことを考えると照れくさい気持ちになる。
「よし……」
気持ちを固めた私は、ドアをゴンゴンと叩いた。
「アルゼ様、ルウラです。帰ってきました」
少し待つものの、返事がない。
もしかしていない……?
帰ることは伝えていない。どこかに遠出している可能性も全然ある。それでもドアを叩いていると……
「何じゃい!!」
目の前でバタンとドアが開かれ、私は驚いて後ろに倒れそうになるが、その人が手を掴んでくれた。
「おっと」
手を掴んだのはアルゼ様だった。掴まれた手を見て、私は一瞬目を瞬かせる。
そういえば、弟子入りした時もこうして掴んでもらったっけ。
「えっ」
そんなアルゼ様は私を見て、目が見開いた。安堵と、戸惑いのようなものがまざった表情をする。
「えっ、え……チビ?」
「ただいま帰りました」
「えっ……」
驚きすぎて声が出ないアルゼ様。
「えと、退学……?」
「違いますよ!夏休みです!」
「あ、夏休みか……」
そうつぶやき、アルゼ様は私をジーッと見つめる。
「な、何ですか……」
まじまじと見られて、居心地が悪くなる。アルゼ様は少し考えた後、にっこりと笑って言った。
「なんかフォルムが丸くなったな!」
「あっ、失礼ですよ!!」
「冗談だって!」
ガハハと笑った後、アルゼ様は一瞬だけほっとしたような顔をした。
「……おかえりチビ」
「ただいま!」
アルゼ様は辺りを見回すと、私を中に入れた。変わっていない部屋に安堵を覚える。
「いやー帰ってきてくれるなんて。嬉しいなぁ」
「急にすみません」
「いいのいいの」
そういえば屋根はどうなってるんだろ……。
そう思いながら上を見た私は、あんぐりと口を開けた。
「え、屋根は……?」
上にはぽっかりと大きな穴が空いており、青いシートが代わりに家を覆っている。
何かが起こっていることは予想していたが、屋根の跡形すらないのは予想していなかった。
「あ、ぶち抜いちゃった」
軽く言うアルゼ様に、恐怖を覚える。
「な、何があってこんなことになってんですか!久しぶりに帰ってきて屋根がないなんて……」
「大丈夫だぜ。この前嵐だった時も耐えてたから」
「大丈夫じゃない……」
「とりあえず部屋に荷物置いてこいよ」
不安になりながら、とぼとぼと部屋に荷物を置きに行く。
二週間ここに滞在するつもりだけど、大丈夫なんだろうか……。
「チビー!お茶入れるから降りてこいよ!」
「はい……」
私は荷物を部屋に置くと、一階へ降りた。
「ほい」
「ありがとうございます」
紅茶の入ったカップを受け取って椅子に座ると、アルゼ様は向かい側に腰を下ろした。
「いただきます」
紅茶に口をつけると、懐かしい味が広がった。
「おいし……」
「やっぱり俺様って入れるの上手いな」
自分で言っているアルゼ様。確かに認めるけども!
「じゃ、いろいろ聞かせてもらおうか。ヴェルディアはどう?」
「あ!私報告することがありまして」
「ん?」
私は我慢できず、オールAを取ったことを報告した。
「えっマジか!?チビすげーぞ!」
「えへへ」
「よくやったなぁ。さすが俺の弟子だ」
べた褒めされて照れてしまう。
「特待生制度って今もあるんだっけ」
「はい。あとバッジ二つと、校長先生の推薦さえ貰えたら特待生になれます!」
「あんなに小さかったチビが……」
感極まってる……
「それでですね、冬休みに護衛試験を受けようと思ってまして、鍛練をまたお願いしたいんです」
「おう、いいぜ」
軽い調子で、アルゼ様は親指を立てた。
「なんなら今からやるか?」
「今は休ませてください……」
「まあ、そうだな。じゃ、チビの思い出話でも聞くか」
「あ、私話したいこといっぱいあるんです!」
課外授業のことを頭に浮かべながら言う。
「おうおう、聞いてやろう」
久しぶりの帰省はゆったりと時間が過ぎていった。
「チビはいい意味でも悪い意味でも目立ってんなぁ」
私の学園生活を聞いたアルゼ様は、苦笑いする。
「悪い意味って……」
確かに否定はできないけれども!
「そういや、どんぐらいここいんの?」
「あ、夏休み終わるまでだから、二週間ぐらいですかね」
「オッケーオッケー……」と、キッチンに目線を送るアルゼ様。
「食材を買いに行かないとだな」
「ちゃんと食べてました?」
その様子に心配になって尋ねると「あ、ちょっとこれ見ろよ」と、アルゼ様は立ち上がった。手を伸ばしてキッチンの棚を開ける。私が立って覗き込むと、中に黒いパンがどっさりと入っていた。
「何ですか、これ」
「黒パン」
「はっ?」
予想外の物に私は目を瞬く。一体何斤あるんだろうか。奥にもギッシリ詰まっている。
「アルゼ様、何したんですか……」
「いや、何もしてねえし!街でばあちゃんの手助けしたらさ、パン屋の方だったみたいで、お礼にってめっちゃ貰っちゃった」
「お礼で黒パンってなかなか貰えませんよ。良かったですね」
「いやいや消費に手伝ってくれよ」
毎食黒パンとか嫌だぞ……?
「まあ、日持ちするみたいだし、ゆっくり食べてくか」
「仕方ないですね。それでお昼どうします?何か買いに行きますか?」
「いやー」
アルゼ様はポリポリと頭をかいた。何だかすごく迷っている。
「アルゼ様?」
「俺様が買ってくるわ。留守番できるか?」
そんな言葉に私は呆れる。
「そんな子供じゃないんだから当たり前じゃないですか」
「だよな。パパっと行ってくるわ」
アルゼ様は、置いてあった上着を手に取ると振り返って私を見た。真剣な表情で私は少し驚く。
「あ、誰か来ても絶対開けちゃダメだぞ」
「え、分かりましたけど……」
「すぐ帰ってくるからな」
「い、行ってらっしゃい……」
アルゼ様は急ぐようにして家を出ていった。不可解な言動に、私は戸惑って一人ぽつんと立ちすくむ。
何かあったのだろうか。
考えても仕方ないか。
することがないので、私は飲み終わった紅茶のカップを洗うことにした。洗い終わると、ずっと気になっていた冷蔵庫の中を開けてみる。
「あれ……」
中はほとんど何も入っていなかった。前はご飯の残りとか詰め込まれていて私が管理していたのに。
もしかして毎食黒パン食べてたりして……。
苦い顔で黒パンを食べているアルゼ様を想像して、私はクスッと笑う。
美味しそうなんだけど、さすがに量が多いんだよなぁ。
もう一度棚を開けて覗き込む。
てかどうやって持って帰ってきたんだ、これ。
しばらくキッチンを物色していると、突然ドアが勢いよく開けられ、アルゼ様が入ってきた。泥棒に入った気分になり、心臓をバクバクさせながら振り向く。
「お、おかえりなさい……」
「ただいま。泥棒かと思ったわ、何してんだ」
言われてしまった。
「いやー変わりないかと」
「変わったのは黒パンだけだっつーの」
アルゼ様は、テーブルに買い物袋を置く。
「誰も来なかった?」
「来ませんでしたけど」
すると、アルゼ様はホッとしたような顔をした。
やはり様子がおかしい。何かあったに違いない。
「アルゼ様」
「おう」
「何かありましたか?」
アルゼ様は、上着を脱ぐ手を一瞬止めた。
「いや、別に?どした?」
「なんか……慌ててるっていうか」
「まあ……急に帰ってきてくれたからな。バタバタはするだろ」
「……そうですか」
納得はできなかった。けれど、ここでもっと問い詰めたら何かが壊れるような気がした。
「すみません、変なこと聞きました。じゃ、お昼ご飯にしましょうか。何買ってきたんですか?」
「えっとー」
アルゼ様が買い物袋をゴソゴソとし出す。
やはりアルゼ様は何かを隠している。
久しぶりに帰ってきて嬉しいはずなのに胸には拭いきれない不安が混ざっていた。




