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03 ヨーコ(2)

 耳障りなシャクシャクという音にパソコンのキーボードを打つリブの手が止まった。いい加減にしてくれと言わんばかりに、リブは煙草を咥えたままジロリとその音の方に目線だけを送る。その先、ソファに見えるのは、ミルクフレークを嬉しそうに口に運んでいるヨーコの姿。


「……それ、美味いか?」

「うん、おいしいよ」


 リブの顔を見ることもなく、ヨーコが応える。

 「餓死する」とうるさいヨーコに、とりあえず事務所においてあったフレークに牛乳をかけ、与えた所、目をキラキラとさせてヨーコは夢中で食べ始めた。どうやらフレーク自体が初めてのようで、「お菓子がご飯なの? いいの?」と困惑していたようだったが。


「昼にフレークっつーのもどうかと思うが、小悪魔様のお気に召したようで何よりだ」

「うん。あなたも食べる?」


 リブの軽口を気にせずヨーコはフレークが入った器をスプーンでチンチンと鳴らすが、リブは遠慮する、と首を横に振った。

 非常食として事務所に置いていたが、リブはフレークが嫌いだった。食べた気がせず、そんなもので腹をふくらませるのは何処か癪に障るからだ。


「俺は後でにぎり飯でも買うからいい」

「え〜っ、なにそれ。私もおにぎりが良かった」


 先に言ってよ、とヨーコが眉をひそめる。

 なんというか、つくづくこの小娘には呆れ果てる。さっき会ったばかりの自分に気おじもせず我儘を言い放てるこの小悪魔は器がでかいのか、それとも無神経なのか。だが、そのどちらにしても面倒くさい事には変わりないか、とリブはしかめっ面で頭を掻きながらプカリと頭上に紫煙を上げた。


「……お前の分も買ってきてやるよ」

「やった!」


 歳相応に無邪気に喜ぶヨーコを見て、リブさらに困惑した。

 大人びた話し方や考えをしているとおもいきや、子供のような仕草を見せる。わざとやっているようでもあり、素顔のような気もする。背もたれにもたれかかり、もう一つ上に紫煙を上げ様々なパターンをリブは考えた。が、いくら考えても答えはでないので、リブは「子供はよく判らん」という結論で思考を止めた。


「ところでさっきから何をみてんのさ」


 思いふけっていたリブの横からいつの間に近づいたのか、ヨーコが顔を覗かせた。別に見られては不味い物が来ているわけではないが、盗み見られて嬉しいものでもない。ましてはこの小悪魔は「情報屋」だ。何をどう使われるか判ったものではない。


「メール」


 そう言ってリブは「勝手に見るんじゃねぇ」とヨーコの顔にふうと煙を吐きかけた。至近距離から急に吐きかけられた紫煙を避けることが出来なかったヨーコは顔面でそれを受けてしまう。


「きゃ……やめッ……臭ッ!」


 「臭ッ!」の部分にドスを効かせ、顔をしかめながら煙を払いのけるヨーコに何処かおかしくなり、リブはつい吹き出してしまった。


「マジ最悪! 服が煙草臭くなっちゃうでしょ!」

「一週間一緒に居るんだから、諦めたほうがいいぞ」

「あなたねッ! 禁煙しなさいよッ!」

「やんねぇ」

 

 それは依頼に入って無い、と悪びた笑みを浮かべて再度プカリと上空に紫煙を吐いた。

 と、「ポン」という音と共に、メールの受信ボックスに赤く「1」という数字が表示された。また依頼のメールだろうか。まだわめいているヨーコを押しのけ、リブがメールの受信ボックスをクリックする。


「ほう、こいつは……」


 そのメールを開いたリブは顔に冷たい笑みを浮かべた。

 メールの差出人は……「H」。差出人のメールアドレスはブランクになっており、ただ「H」というアルファベットだけがが書かれていた。

 リブはどこか興奮したように煙草をつまみ、灰皿にグリグリと押し付けた。


「おい、見ろ」

「……何よ?」


 服についた煙草の匂いを気にしながら怪訝そうな表情でヨーコが言葉を返す。


「『ハイソサエティのサーバをハッキングし情報を盗んだハッカーへ懸賞金を懸けた。捕らえたものに1億ドル』だと。……これ、お前の事だよな?」

「……えっ?」


 リブの言葉にヨーコが慌ててパソコンの画面をもう一度覗き込む。差出人「H」から送られてきているメール。宛先名が書かれていないことから特定の人物に送られたものではなく、何人かに一斉に送信されたメールなのだろうか。

 そしてメールに添付されていたものにヨーコの顔から血の気が引いた。そこにあったのは……俯瞰で隠し撮りされたような自分の写真。ハイソサエティのサーバにハックをかけた時は幾つかのサーバを経由したはずなのに、こんなに早く顔が割れるとは。

  

「判ってると思うが、この『H』っつーのはハイソサエティだな。んで、これは俺だけに送ってきたもんじゃねぇ。何人かの『同業者』に送られたもんだな」


 「同業者」ーーその言葉にさらにヨーコの顔が引きつる。危なかった。後一日遅れていたら、ゴミとして宇宙空間に放たれていたに違いない。紙一重でリブの元に駆け込めたのは幸いだった。


「同業者って……どんな人達?」


 ヨーコが心配そうな表情でリブを見つめる。


「賞金稼ぎに、殺し屋、傭兵、マフィア。多分、軌道治安警察にも行ってるだろうな」

「……そう」


 一億ドルもの大金をかけられたんだ、その刺客達は死に物狂いで私を探しに来るに違いない。そう思ったヨーコの脳裏に嫌な予感が過った。

 自分がもし逆の立場だったら……舞い込んできた一億もの大金に変わる金づる、「換金」しない手は無い。ヨーコは怯えたような目でリブを顔に視線を移した。


「……クッ、何だその目は」


 だが、ヨーコの心配をよそに、リブは苦笑を浮かべながらメールソフトを消し、パソコンの電源を落とした。


「安心しろ。お前を売るような真似はしないさ。それは『便利屋』としての俺のプライドが許さねぇ」


 その言葉にヨーコの顔に一瞬安堵の表情が浮かんだが、すぐに「小悪魔」の仮面の下にそれをしまい込んだ。


「フン。プライドね。あなたの小さなプライドなんか全ッ然信用できないわ」

「クッ……つくづく小生意気な奴だなお前は」


 そう言ってリブはゆっくりと席を立った。事務所の窓から差し込む日の光に浮かび上がったリブの影がヨーコの顔に落ちる。


「行くぞ。奴らはもう動き出しているはずだ。ここも安全じゃねぇ」


 リブの顔が仕事の顔に瞬時に変わる。


「これから一週間、俺以外、誰も信用するな」 


 冷たく言い放ったリブの言葉に、思わず身構えてしまったヨーコだったが、何処か安心できるリブのその目に彼女は深く頷いた。

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