02 ヨーコ(1)
「……入って良い?」
ジリジリと照りつける太陽に追い立てられるように、少女がぼつりと呟いた。先ほどの発作の後遺症でまだ少し頭がぼんやりとしてしまっているリブの目に、気のせいか少女が何処か焦れ込んでいるように見えた。
「……あ、ああ」
咄嗟に返答を返したリブだったが、少女はリブの返答を聞く前にすでにつかつかと事務所内に足を踏み入れていた。年は12、3歳ほどだろうか。ワインレッドのニットのワンピースに裾が開けたブーツカットのデニム、背中にはピンクのリュック。年の割に以外と大人びた格好ではあったが、別段怪しくはない。……というか、血生臭い依頼を出すような感じには全く見えない。キョロキョロと事務所を見渡す少女を後ろから見て、リブはそう思った。
「大丈夫?」
「……あ?」
「顔色。悪いけど」
じろりとリブの顔を少女が睨む。
多少血色は良くなってきたとは言え、やはりまだ血の気が引いているように見えていたか。子供に心配されるなど便利屋としてどうなんだ、とリブはバツが悪そうに顔をかきながらゆっくりとドアを閉めた。
「まぁ、気にするな」
「気にするわよ。あなた腕利きの『便利屋』って聞いて来たんだけど本当?」
少女の脇をすりぬけ、ソファに腰を落としながら少女の言葉にリブは苦笑した。
大丈夫、と言ったのは「ちゃんと仕事はできるのか」という意味か。身体の心配されるなど、何時以来だろうと一瞬でも思ってしまった自分に腹が立った。
「……人を見かけで判断するのはよくないな。嬢ちゃん」
「心は表に出るものでしょ? 醜い心の持ち主は顔まで醜くなるもん」
そう言いながら少女はリュックを下ろしながら、リブの前に腰掛ける。年齢の割りに大人びた話し方をする小娘だ。煙草を咥えながらリブは少女を見ながらそう思った。どこぞかのお嬢様か、それとも世間知らずの箱入り娘か。
「それで? 腕利きの便利屋に何の用事だ?」
「さっき言ったとおりなんだけど、あたし、命を狙われているの」
あっけらかんとした表情でさらりと、とんでも無いことを少女が言ってのける。だが、少女の顔には特別焦った様子も見えない。
得体のしれないこの少女を見るリブの目が冷たい色を出す。
「ある組織がコンタクトしてくる一週間後まで、あなたに二十四時間体勢での護衛をお願いしたいの」
「ほう」
少女の言葉を遮るように、リブが紫煙をぷかりと一塊吐き出した。少女が怪訝な表情を見せ、パタパタと煙を扇ぐ。
「ちょっとやめてよ」
「嬢ちゃん、幾つか質問してもいいかな?」
「……答えられる範囲であれば」
クッ、とリブは微笑を浮かべた。
「質問は単純だ。何故命を狙われている。そしてお前は何者だ。そして命を狙っている連中は誰だ」
指を一つづつ立てながら、リブゆっくりと少女に質問を投げかける。依頼を受ける前の当たり前の質問だ。便利屋は警察でも、要人警護を引き受けているフリーの傭兵でもない。犯罪組織に狙われているのであれば、軌道治安警察に行けば良い話だ。助けてくれるかどうかは別問題だが。
「ある『やばい情報』を手に入れちゃって」
「情報?」
「そ。情報」
「……お前、情報屋か?」
「まぁね」
リブはこの少女の「大人びて物怖じしない小憎たらしい性格」に合点がいった。この少女は情報を金にして売りさばく自分と同じ裏の世界の人間だ。
「成程。それで、命を狙ってる連中と言うのは?」
「ハイソサエティ」
その名前を聞いてリブの表情が固まった。空の島三号に住む者であれば知らない者は居ないその名前。
軌道都市連合ハイソサエティ。
空の島三号の他に五つ宇宙空間に浮かんでいる軌道都市の間で設立した、主に安全保障政策の共通化を図った国家連合体だ。地球と軌道エレベーターで結ばれた軌道都市は今は独立国家として存在しているが、十年前から続く地球との「いざこざ」が尾を引いており近年五つの軌道都市間でこの共同体が作られた。
ハイソサエティは言わばこの「空の島三号」を統べる国家最高機関とも言える組織だった。
「そんなとこから命を狙われるということは、相当やばいモンか」
「相当、ね」
どんな情報だ、と口に出しそうになったがその言葉をリブは飲み込んだ。それを聞くのは便利屋としての沽券に関わるし、不用意に依頼主と深く関わるのは得策ではない。情が入ってしまえば、仕事に少なからず影響を与えてしまうからだ。
しかし、情報を手に入れた事で命を狙うということは、ハイソサエティの存在を揺るがしかねない重大な情報と言うことか。
情報が漏れた場合、大抵の組織はもみ消そうと「そっちの道」の方々に依頼を出したり、法律を盾に警察を動かし沈静化を図る。だが、それは逆に「漏洩したその情報は信憑性がある」と自分で言っているようなものだ。
こんな小娘に重要な情報を盗まれ、さらに慌ててもみ消しを図ろうなどと、ハイソサエティもつくづく馬鹿だとリブは思った。
「どんな情報か聞かないんだ?」
「……ん? まぁな。そこは重要なポイントじゃない」
「ふーん、あっそ」
「まぁ、個人としては喉から手が出るほど欲しいがね」
煙草を灰皿にこすりつけながら、笑みを浮かべてリブが呟いた。
「じゃあ、それが報酬でも良いかな?」
「何?」
「今回の報酬。コンタクトしてくる組織と合流した時に、その情報をあなたにあげる。……どう?」
悪くない話だ、とリブは挑戦的にきらめく少女の目を見て考えた。
情報は無形の現金手形のようなものだ。自分のような小さい便利屋がその情報を振りかざした所で、ハイソサエティの権力で握りつぶされてしまうだろうが、その情報を振りかざすことが出来る彼らと同等の権力を持つ組織であれば、莫大な金で情報を買ってくれるだろう。幾ら金を積んでも知ることすら出来ない、ハイソサエティの弱みを握るのは今後生きていく上で武器になる。
「いいだろう。だが、情報の出元も出してもらうぜ」
「勿論」
即答する少女にリブはニヤリと笑みを浮かべた。
「契約成立、だな。お前の命、一週間きっちり守ってやるよ」
と、リブの目に少女の小さな手が映った。
必死に抑えているようだったが……小さな手は小刻みにふるえている。
「心は表に出る」という先ほどこの少女が放った言葉が脳裏に浮かんだ。頭は大人びて小憎たらしいとはいえ、心はそうも行かないのだろう。それ相応の反応にリブは何処か安堵し、硬くなっていた表情が崩れた。
「……リブだ。よろしくな」
「ヨーコ。よろしくね、リブ」
優しく差し出したリブの手を少女、ヨーコが優しく握る。彼女の手は冷たく、か細かった。
リブの手を握るヨーコの表情に柔らかい笑みが生まれる。ボディーガードとの契約が成立したことに安心したのか、先程までのツンとしていた表情からは想像出来ないほど無垢な笑顔。玄関先で感じたものと同じ、それはまるで天使のような笑顔だった。
「ククッ。そうやって笑ってれば助けてくれる奴はごまんと現れるとおもうんだがな」
そう吐いて捨てたリブに、ヨーコは頬を赤らめ、彼の手から急いで自分の手を引き抜いた。
「う、うるさい。もう依頼は始まってるんだから、ちゃんと守ってよね」
「……ククッ」
恥ずかしそうに唇を尖らせるヨーコに再度リブが笑みを零す。
「ご飯」
「……あ?」
「とりあえず……お腹すいたから、お昼ごはん。あたしのお腹、守ってくれるよね?」
ヨーコが放った言葉にリブの笑顔は潮が引くように消え失せた。
先ほどの頬を赤らめた可愛らしい姿から、一瞬でツンとした小生意気な少女の姿に逆戻りしたヨーコがニヤリと良からぬ笑みを浮かべている。
飯? 今、飯と言ったか、こいつ。何か嫌な予感がリブの頭をよぎる。
「……つか、一週間、二十四時間って言ってたよな。さっき」
「そうよ」
「飯も……俺が面倒見るのか?」
「当たり前じゃない。餓死したらどうすんのよ」
馬鹿じゃないの、とヨーコが呆れたような表情を見せる。
「……空腹からも守ってね。リブ」
またコロリとその表情を一変させ、今度は小悪魔の笑みを浮かべた。この小娘、自分の「武器」を使い慣れてやがる。天使じゃない。この小娘、尻尾が生えた小悪魔だ。
ひょっとして先ほど手が震えていたのも演技なのではないだろうか、とニコニコと笑みを浮かべる栗毛の小悪魔の姿を見ながら、リブは早速ヨーコの依頼を受けたことを後悔した。




