平安時代編第三十三話 : 呪符に眠る奇跡
明け方。
結局、別の意味でモヤモヤと波立つ頭を冷やす暇もなく、蒼はその後一睡もできないまま朝を迎えることになってしまった。
迎えた朝食の場は、いつも以上に賑やかだった。
席に着くなり、迅助は「いやぁ〜星空の恋歌とは恐れ入ったぜ!」と、顔を真っ赤にしてうつむく葵を横目に、ニヤニヤ笑いを浮かべて茶化してくる。
その被害をモロに受けた葵は、蒼の顔をまともに見ようともせず、
妙によそよそしい態度で器をつつくばかりだった。
そんな二人の様子を察知した景行は、「……蒼、葵様に一体何をした!」と、久しぶりに殺されかけた。
唯一の救いは、楓が「まぁまぁ、男ってのは不器用な生き物さね。旦那も色々大変だねぇ」と、半分呆れながらも温かいほうじ茶を差し入れてくれたことくらいだった。
周囲の呆れと冷やかしが入り混じる、どこか平和すぎる朝。
それは、蒼が胸の奥に抱える切実な危機感とは完全に対極にある、あたたかな日常だった。
朝食を終えた蒼は、一人村の広場へと足を向けていた。
視線の先にあるのは、数日前の夜陰陽師との戦いで生じた、痛々しい巨大なクレーターだ。
荒涼とした黒い大地が、あの時の激闘の激しさを今なお生々しく物語っている。
(あの戦いの後……式神の攻撃データから、確かに検出された)
蒼は左腕のK-GEARに視線を落とす。
あの場にあったのは、本来この時代に存在し得ないはずの超エネルギー物質――『ケイオニウム』の反応だった。
理由はわからない。
だが、この平安の世にもケイオニウムが存在しているという事実だけは確実だ。
それが自分にとって救いの恵みとなるか、それともすべてを焼き尽くす厄災となるのかはわからない。
だが、もしこの時代でケイオニウムを採掘、あるいは生成できる道筋が見つかるのならば――蒼龍の深刻なエネルギー問題は一発で解決する。
この時代で出来たかけがえのない人たちを守るために、残りの稼働時間を常に気にして、一歩一歩を躊躇しながら戦う必要などなくなるのだ。
「Karen。もう一度周辺をスキャンしてくれ。少しでもケイオニウムの残留反応が残っていないか」
左腕のK-GEARから、微弱な青白い放射状の光がスキャンラインを描いて周囲の土壌を舐めるように計測していく。
『マスター。スキャン完了しました……が、残念ながら、既にこの場にケイオニウムの反応は一切残っていません』
Karenの無機質な声が、冷たく現実を告げる。
『確かなのは、あの陰陽師が使役していたエネルギー体の攻撃に、ほんの微小ながらケイオニウム由来の数値が混入していたというログデータだけです』
「……だよな」
分かっていたこととはいえ、実際にそう突きつけられると、ずしりと重い肩透かしを食らったような疲労感が蒼の全身を襲った。
蒼はクレーターの縁に腰を下ろし、考えられる可能性を一つずつ頭の中で整理していく。
(可能性としては、いくつかある……)
一番自然なのは、自分がこの時代に引きずり込まれたのと同じように、未来のケイオニウム関連の技術や物質が、時空の歪みに乗ってこの時代へ飛ばされてきたという仮説だ。
――あの戦いの最中、class-Xとの決戦で臨界を迎え、大気圏外で大爆発を起こした衛星ネットワーク『高天原』の残骸。
もしくは、天乃羽々矢で完全に打ち取ったはずのclass-Xが、崩壊しきれずに一部の体組織やコアの破片をこの時代へ流出させたか。
それとも、人類が知らなかっただけで、歴史の裏側では地球にケイオニウム隕石が過去の時代にも飛来していたのか。
「……考えられるのは、せいぜいそのあたりか」
蒼は小さく息を吐き出す。
しかし、どれも決定打に欠ける机上の空論でしかなかった。
――いや。 ふと、胸の奥底で、もう一つの可能性がトゲのように引っかかった。
「……蓮、か?」
未来で共に人類の存亡をかけて戦い、そして散っていった、もう一人のケイゼル。
真紅の装甲を纏う鬼刃の装着者・赤城蓮。
class-Xとの最終防衛戦の最中、消息不明となり、その生存は絶望的だと思い込んでいた。
だが、もしも――奇跡的に彼が生き残っていたとしたら。
蒼と同じように、時空の渦に飲み込まれてこの時代に流れ着いていたとしても、決して不自然ではないはずだ。
「……いや、流石に考えすぎか」
蒼は頭を振って、冷めた思考を自分で打ち消す。
仮に蓮がこの時代にいたとして、なぜあの平安の陰陽師が、未来の最先端技術であるケイオニウムの力を扱えているのか。
その因果関係がどうしても結びつかない。
それでも、ふと思ってしまうのだ。
「お前がここにいたら……どんなに心強かったことか」
ゼタクトのエリート軍人として訓練を重ね、開発者である父親・彗の影響でたまたま高いシンクロ率を引き出せただけの素人の蒼とは違う。
蓮は、血の滲むような過酷な努力と圧倒的な実力で、自らの手でケイゼルの装着者に選ばれた男だった。
制限時間こそ蒼龍と同じだが、衛星リンクを介さずともシステムを限界まで引き出し、ほぼ100%の戦闘性能を発揮できる「単体絶対完結型」をコンセプトに開発されていた鬼刃なら……
この時代のどんな禍々しい物怪が相手であっても、正真正銘の「敵なし」だったはずだ。
「……今ここにいないあいつを当てにしても仕方ないか」
蒼は自分の膝を叩き、自嘲気味に笑った。
もし今の情けない姿を見られたら、蓮はきっと鼻で笑い、「相変わらず甘いな、蒼」と呆れたように吐き捨てるに違いない。
過ぎた幻影や、届かない仲間に頼る時期はもう過ぎた。
未来から放り出されたこの時代で、今、目の前にあるものを、手持ちのカードですべて守り抜く。
そのためには、無い物ねだりをしている暇などないのだ。
立ち上がった蒼の瞳に、迷いはもう消えていた。
青く光るK-GEARを強く握り締め、思考を切り替える。
「とりあえず蒼龍の消費エネルギーを最小限に物怪たちと戦える方法を考えないとな。」
***
その後。
葵の屋敷の庭で地面に向かい、まるで足元に何か難解な謎解きでもあるかのように「うーんと……」と低く唸り声を上げ続けている蒼。
その背後から、不意にひょっこりと顔を覗かせた者がいた。
「旦那。なに難しい顔して唸ってんだい? そんな地面に穴が空くほど見つめて……金勘定でもしてんの?」
からかうような楓が近寄ると地面には、意味不明な数式の羅列と、まるで幼児の落書きのようにも見える汚い絵や図式が、木の枝でびっしりと描き殴られていた。
あまりのシュールな光景に、楓は思わず「うわぁ……」と引き気味に一歩退く。
「おっと、楓。いつからそこに?」
「来たばかりさね。……にしても、随分と思い詰めた顔してたじゃないか。」
「ちょっとね…武器というか戦い方をちょっと改めて考えてみようと思って」
「そういや…前から気になってたんだけどさ、旦那が変化して、あの葵い龍みたいな姿になる術……あれは一体、何なんだい? どこぞの流派の陰陽術の類いかい?」
怪訝そうに首を傾げる楓に、蒼は苦笑交じりに頭を掻いた。
「いや……あれは科学というか……って、言ってなかったっけ? 俺、未来から来た人間なんだけど」
「……は? 旦那、頭でも打って変なもの食べたかい?」
――だよな。
普通、そんな反応をされるのが当たり前だよなと、蒼は内心でため息をつく。
だが、楓はすぐに「まぁね」と肩をすくめて続けた。
「そう言われてみれば、却って納得かもねぇ。あんなケタ違いの力、この世のどんな術でも説明がつかないもんさ。物怪だろうが、陰陽術だろうが、忍術だろうが……あんなもの、今まで見たことも聞いたこともないからね」
妙に納得した様子の楓は、興味津々といった様子で蒼の左腕のK-GEARをしげしげと眺め回した。 その顔を見ながら、蒼はある重要な思いつきを口にする。
「そういえば楓。ちょっと聞いてみたいことがあったんだ」
「なんだい、急に改まって」
「今、物怪と戦うために、極力エネルギー――あの変身の力を消耗しないで済む方法を探しててさ。で、確か楓って、初めて会った時に物怪を操って俺たちを襲ってきたよな?」
その質問に、それまで余裕の表情だった楓の顔が、途端に気まずそうに歪んだ。
「あぁ……その、なんだい。あの時は……本当に申し訳なかったねぇ」
「いや、過去の話はいいんだ。責めてるわけじゃない。ただ……その原理を教えてほしいんだよ。物怪を効率よく抑え込む方法があるなら、今の俺たちにとってこれ以上ない心強い手札になるからさ」
楓は腕を組み、難しい顔でしばらく唸り声を上げて考え込んだ。
そして、気まずそうにぽつりと声を絞り出す。
「ごめん、旦那。……わかんない」
「……は? わかんなくて、どうやって物怪を操ってたんだよ」
「え〜っとねぇ……多分、陰陽師の術? いや、正確に言うと、あの物怪を縛って操るための呪符は、昔、都の陰陽師からこっそりかっぱらったものなんだよね……」
「盗んだのかよ!」
「そう。だから、その札の在庫がなくなったらもう使えないし、そもそもどんな原理で物怪が従ってるのかも、あたしゃちっとも知らんのさ」
「そうか……」
肩透かしを食らった蒼は、思わず天を仰いで小さく息を吐き出した。
状況証拠からして重要なヒントになるかと期待したが、肝心の術者が盗品で不法投棄されていたものを使っていたのでは話にならない。
「ならさ、せめてその札の残りを見せてくれないか? 解析させてもらいたいんだ」
「……繭玉。」
ふふんと含み笑いをした楓が、すっと小さな手のひらを差し出す。
一瞬呆れたものの、背に腹は代えられない。
蒼は小さく息をため息をついてから、K-GEARの空間圧縮ストレージを操作する。
取り出したのは、現代の価値に換算すれば一つ120万円相当――この時代においては目が飛び出るほどに価値のある、極上の最高級絹玉(むくろじの繭)だった。
「毎度あり〜」
目を銭の形に輝かせた楓が、懐からペラリと一枚の札を取り出して差し出す。
蒼は札を受け取ると、左腕のK-GEARを起動した。
「Karen、この呪符を解析してみてくれ」
『了解です、マスター。スキャンを開始します』
K-GEARのレンズから放射された鋭い青白い光が、楓から受け取った古びた呪符を舐めるようにスキャンしていく。
緊迫した静寂が庭を包み込む。
だが、ほんの数秒の計測が終わった直後――。
『マスター。とんでもない事実が判明しました』
Karenの音声が、いつになく微かな動揺を含んで響いた。
「えっ? なに、怖いんだけど……!」
横で聞き耳を立てていた楓まで、ただならぬ気配を察して小さく肩をすくめる。
「どういうことだ、Karen?」
『そのままの意味です。……おそらく、この呪符に描かれている特殊なインク成分からでしょうが、微量の――しかし確実に『ケイオニウム(ケイオニウム)』の反応が検出されました』
「…………ハァァァッ……!?」
今まで聞いたこともないような、裏返った驚愕の声が蒼の口から飛び出した。
「け、ケイオニウムだって……!? そんなバカな! なんでこんな平安時代の薄汚れた紙切れから……!」
『断定はできませんが、呪符の顔料に混ざる微粒子は、未来の技術体系における精製プロセスと完全に一致しています』
「ど、どういうことだい、一体……!?」
蒼のただならぬ気迫に圧倒され、楓が後ずさる。
だが、蒼の脳裏には、今朝クレーターで感じた違和感と、そして最悪の、あるいは最高の可能性が激しい雷鳴のように結びついていった。
――この時代に、未来の技術や物質が持ち込まれている。
それはつまり、エネルギー問題の決定的な突破口が、すでにこの足元に転がっているかもしれないということだ。
嬉しさのあまり理性が吹っ飛んだ蒼は、目の前にいた楓の肩をガシッと掴むと、勢い余って力いっぱい抱きしめ返した。
「やった……! やったぞ楓!! ありがとぅ、楓! 本当にありがとう……っ!」
「ちょっ……まっ、やめてくれ旦那! いきなり抱きつきなんて、こんなところを姫さまに見られたら、あたし、殺される〜!!」
青空の下、蒼の狂喜乱舞する嬉し涙の叫びと、楓の文字通りの恐怖の絶叫が、賑やかに木霊していくのだった。
これまでずっと蒼を苦しめてきたのが、蒼龍の残り稼働時間です。
戦うたびに減っていく数字は、彼にとって敵以上のプレッシャーでした。
「平安時代の呪符からケイオニウムが検出される」という展開は、蒼にとって初めて掴んだ希望になります。
もちろん、希望が見えたということは、その謎もまた一気に深まりました。
なぜ平安時代に未来の物質が存在するのか。
誰が持ち込んだのか。
そして、今回は久しぶりに蓮の名前も登場しました。
蒼にとって蓮は、頼れる相棒であり、越えられない壁でもあった存在です。
「もしあいつがここにいたら」と考えてしまう弱さも本音ですが、それでも最後には「今いる仲間を守る」と前を向く姿を書きたかった回でもあります。
第三章は物語がどんどん加速していきます。
よろしければ次回もお楽しみください。




