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平安時代編第三十二話 : 千年先へ届く星明かり

――暗闇。 血の匂いと、絶望的な破壊音だけが響き渡っている。


『Warning。ケイオニウム残量、規定値を下回りました。強制パージを実行します』


Karenの無機質なアラートと共に、蒼の全身を覆っていた青き流体思考フレームが、まるで硝子細工のように砕け散った。


「嘘だろ……待ってくれ、Karen! まだだ、まだ終わってない!」


叫ぶ蒼の視界の先で、禍々しい巨躯を持った化け物が咆哮を上げる。

その足元には、血の海に沈む景行、迅助、楓の姿があった。

ピクリとも動かない。


「蒼……様……」


絶望の淵で、か細い声が響く。

化け物の巨大な爪が、助けを求める葵の華奢な体を――


「……ッ!!」


心臓を鷲掴みにされたような感覚と共に、蒼は勢いよく上体を起こした。


「ハァッ……ハァッ……っ!」


激しく乱れる呼吸。

全身からどっと噴き出した脂汗が、寝巻きを冷たく濡らしている。

激しい動悸が鼓膜の内側でガンガンと鳴っていた。


『マスター。バイタルの著しい乱れを確認しました。大丈夫ですか?』


左腕のK-GEARから、Karenの静かな声が響く。

蒼は震える手で顔を覆い、深呼吸を繰り返して無理やり鼓動を落ち着かせた。


「あぁ……ただの、悪い夢だ。Karen、ステータスを表示してくれ」


薄暗い部屋の中に、青白いホログラムモニターが浮かび上がる。


【ケイゼル蒼龍:残稼働時間 5時間46分】


蒼はギリッと唇を噛んだ。

本来8時間あったケイゼル蒼龍の稼働時間は、この平安の時代に飛ばされてから僅か一ヶ月で、すでに三分の一近くを失ってしまった。

戦闘はおろか、無駄な変身すら一度も許されない。

ジリジリと首を絞められるようなカウントダウンが、蒼の深層心理に強烈なプレッシャーを与えていたのだ。


(……少し、風に当たろう)


言い知れぬ不安と焦燥感を振り払うように、蒼は床を抜け出し、縁側へと向かった。


スッ……と襖を開ける。


「えっ?」


そこに立っていた影と鉢合わせになり、蒼は思わず声を漏らした。


「ひゃあッ!?」


突然開いた襖に、縁側に立っていた葵が肩をビクンと跳ねさせて驚いている。

夜着の上に一枚薄手の羽織を引っかけただけの彼女は、目を丸くして蒼を見つめ返した。


「葵!? どうしたの、こんな時間に?」

「あ、あの、その……っ! き、急に蒼様にお会いしたくなったと言いますか……気になって、と言いますか……ッ」


葵はみるみるうちに顔を赤くして、パタパタと両手で顔を扇ぐように慌てふためく。


「えっ? 俺に会いたくなって? こんな時間に?」


寝起きで頭が回っていない蒼は、思ったことをそのまま口に出してしまった。

その言葉の破壊力に、葵の顔はさらに真っ赤になり、頭からポンッと湯気が立ち上りそうなほど沸騰している。


「ち、ちちち違うんです! 虫の知らせと言いますか、たまたま夜風に当たりたくなって、たまたま蒼様のお部屋の前を通ったら、うなされているような苦しげなお声が聞こえましたので……だ、大丈夫かと確認しようかと、その……っ」


言い訳を重ねるごとに声が小さくなっていく葵を見て、蒼はふっと表情を緩めた。


「……そうか。ごめん、騒がしかった?」

「……いえ。そういうわけではないのですが……」


葵は恥ずかしさからか、もじもじと視線を逸らしてしまう。

その健気な姿に、蒼の胸を満たしていた悪夢のざわめきが、少しだけ凪いでいくのを感じた。


「ちょっと嫌な夢を見てさ。……俺も夜風に当たりたいし、よかったら一緒にどう?」


蒼の提案に、葵はパッと顔を輝かせた。


「はっ、はい! 是非!」


並んで歩く二人を、静寂が包み込む。

縁側から庭へと続く小道を歩きながら、気まずさからか二人の間にはしばらく会話がなかった。

やがて、その沈黙に耐えられなくなった蒼が、ふと空を見上げて口を開いた。


「この時代の夜空って、本当にいつ見てもすごいな。本物の宇宙も行ったことはあるけど、同じくらい綺麗だ」

「そういえば、前にもお話ししてくださいましたね。蒼様のいた未来は、夜でも明るく光に溢れていると」

「うん。明るい街も綺麗だけど、この時代の星空には敵わないかな。……なんていうか、吸い込まれそうで、少し怖いぐらいだ」


蒼は立ち止まり、夜空を指差した。


「ねえ、葵。あそこにある、ひと際明るく光っている星……見える?」


指差した先には、青白く鋭い輝きを放つ星が瞬いていた。


「はい。とても綺麗な星ですね」

「あの星はね、俺たちの言葉で言うと『一千光年』ぐらい離れた場所にあるんだ。……光っていうのはものすごく速いんだけど、それでも、あそこから地球に届くまでに一千年もの時間がかかるんだよ」

「一千年……」


葵は驚きに目を丸くした。

未来から来たという蒼が語る数字の途方もなさに、ほうっとため息がこぼれる。


「そう。だから、今俺たちが見ているあの星の輝きは、実は『一千年前』の姿なんだ。あの星があそこで放った光が、長い長い旅をして、今ようやく葵の瞳に届いたんだよ」


蒼は空を見上げたまま、少しだけ声を優しくして続けた。


「これって、なんだか不思議だよね。……だって、一千年後の俺の時代の住人が、今この瞬間にあの星を見上げたら、彼らは『今、俺が葵の隣にいる、この瞬間』に放たれた光を見ることになるんだから」

「ということは……」


葵は息を呑み、信じられないものを見るような目で星空を見上げた。


「蒼様が未来へ帰ってしまった後も……遥か遠い未来の人々が夜空を見上げれば、そこには私たちが共に過ごした、この時の光が届いているということなのでしょうか?」

「……理屈の上ではね。俺たちの過ごしているこの時間は、消えてなくなるわけじゃない。光になって、千年の時をかけて未来へ運ばれていくんだ」


葵の胸の奥が、トクンと熱く跳ねた。

いつかは未来へ帰ってしまうかもしれない蒼。

その事実がいつも彼女の胸を締め付けていたが、今、星という確かな架け橋が、二人の時を繋いだような気がしたのだ。


「……もし、蒼様が未来へ帰られる日が来ても」


葵は、薄く頬を赤らめながら、真っ直ぐに蒼の目を見つめた。


「私が、一千年後のあなたへ何か伝えたいと思ったら……あの星を真っ直ぐに見つめればよいのですね」

「……葵」


そんな彼女を、蒼も目を逸らさずに見つめ返した。

風が止み、虫の音だけが世界に取り残されたように響く。

惹きつけられるように、自然と二人の距離が縮まっていく。

葵がそっと目を閉じ、二人のまつ毛が触れ合いそうになるほどに近づき――。



ふとジトっした視線を感じた蒼が頭上を見上げた。


「………何してんだ迅助」


ビクッとして目を開けた葵が見上げると、真上の屋根の瓦に這いつくばり、身を乗り出すようにしてこちらをガン見している忍・迅助の姿があった。


「……夜の見張りだよ。今日は俺が当番だからなっ!」


迅助はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて蒼たちを見下ろしている。

ハッと我に返った葵が、顔から火が出るほどの勢いでバッと蒼から距離を取った。


「蒼もやるな〜! 星に例えて姫様を釣るなんてよ。まるでどこぞの貴族さまが詠む恋歌(こいうた)みたいだったぜ!」

「お前なぁ……っ!!」

「ヒューヒュー! 邪魔して悪かったな!」


屋根の上で囃し立てる迅助に、葵は両手で真っ赤になった顔を覆い隠すと、弾かれたように背を向けた。


「すっ、すみません! 少しのぼせてしまったかもなので、頭を冷やしてきますね! 蒼様、おやすみなさいませーッ!」

「あ、葵……!」


言うが早いか、そそくさと小走りで自分の部屋へと逃げ帰ってしまった。

一人残された蒼は、屋根の上の出歯亀をジロリと睨みつける。


「俺にはおやすみの挨拶、なかったな」


迅助の軽口を無視し、蒼は自分の部屋へと戻っていった。

胸の内にあった不安と焦燥感は、気づけばすっかり鳴りを潜めていた。


今回は未来から来た主人公・蒼と、平安のお姫様・葵をヒロインにしようと決めた頃から、ずっと考えていた話しでした。


未来の人間が平安時代の姫に「星の光は千年かけて届く」と語る。そして葵が「未来へ帰ってしまっても、この時間は星になって届くのですね」と受け止める。


この二人だからこそ成立する恋愛模様だと思っています。


あと一歩の距離で邪魔が入ってしまうのも、この5人らしいなと思っているのですが、彼らの恋愛は成就するのでしょうか……


第三章は、この穏やかな時間も大切にしながら、いよいよ物語の核心へ踏み込んでいきます。

明日の更新もよろしくお願いします。

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