平安時代編第三十話 : 五人になった日常
ーー数日後
村を襲ったあの漆黒の陰陽師の行方は、結局わかってはいない。
不気味な後味の悪さは残ったが、あの襲撃以降、村を脅かす影はめっきりと姿を消し、束の間の平和な数日が過ぎていた。
新たに村の仲間として加わった迅助と楓の存在も大きい。
彼らの協力による復興作業は思いのほか順調で、怯えていた村人たちの心の傷も少しずつ癒え始めている。
「かよちゃーん! この前の猪肉、最高だったよ! 今度二人っきりで川縁でお茶でもしない?」
「ちょっと迅助! あんた誰も彼にも色目を使ってんじゃないよ! みっともない!」
「なんだよ楓! お前には関係ないだろ、俺の愛は無限なんだよ!」
広場の中心で、今日も今日とて呆れた口論が繰り広げられていた。
村の若い娘を見つけては手当たり次第に声をかけまくる迅助に、楓の怒声と深いため息が止まらない。
「葵様〜! この前のおにぎり、また作ってよ! あの時食べ損なったからさ〜、俺、葵様の手作りなら百個は食える!」
「あ、はい……。楓さんも心中お察しします」
「姫さま……すまないね……」
密かに想いを共有している葵が、苦労人の楓をふんわりとした笑顔で慰めている。
その少し離れた場所では、生真面目な景行が「また胃痛の種が増えた……」と腹を押さえてしゃがみ込んでいた。
そんな彼らの賑やかなやり取りを、蒼は少し離れた大樹に寄りかかりながら、穏やかな目で見つめていた。
(……平和、だな)
だが、この平穏がいつまで続くかはわからない。
自分を狙って現れた、強力な力を持った陰陽師。
そして訓練された忍者の集団。
この平安という時代の裏側で蠢く大きな争いに、蒼という「未来からの異分子」が明らかに巻き込まれようとしている。
蒼はふと視線を落とし、左腕に装着された『K-GEAR』を操作した。
ホログラムの青白いインターフェースが、空中に無機質な文字を浮かび上がらせる。
『ケイゼル蒼龍 継続稼働時間 / 推定5時間48分』
未来からこの時代にやってきて、ようやく一ヶ月になろうというところ。
それなのに、生命線とも言えるエネルギーは既に三分の一近くを消費してしまっていた。
(この先、もしあの陰陽師並の敵が襲ってきたら、俺はどこまで戦える……?)
戦いを避けることはできないだろう。
だが、この数字がすべてゼロになった時、自分はどうなってしまうのか。
仲間を守れるのか。
得体の知れない不安が、胸の奥に黒い染みのように広がっていく。
「蒼様〜!」
不意に、銀鈴のような澄んだ声が思考を断ち切った。
顔を上げると、広場から葵がこちらに向かって大きく手を振っていた。
夕暮れの柔らかな日差しが、彼女の笑顔を優しく照らしている。
「これから皆で猪鍋だそうですよ! 蒼様も一緒にいきましょう!」
こちらへ駆け寄り、躊躇いなく差し伸べられた温かい手。
それを見た瞬間、蒼の胸を満たしていた黒い染みが、スッと晴れていくのを感じた。
――そうだ、悪いことばかりじゃない。
偶然か、それとも必然か。
未来にしかないはずの未知の物質『ケイオニウム』の痕跡が、この平安の世に確かに存在していたのだ。
それが自分たちの運命をどう変えるのか、なぜこの時代にあるのかは今はまだわからない。
だが、希望がないわけじゃない。
何より今の自分には、こうして暖かく迎えてくれる仲間たちとの、愛おしい日常がある。
(いつか帰れるかもしれない未来への希望も、この時代で守りたい大切なものも……全部、手放すつもりはない)
差し伸べられた葵の手を、蒼はしっかりと握り返した。
「ああ、今行く! 景行も胃を押さえてないでいくぞ!」
「誰のせいだと思っているんだ、誰の……!」
文句を言いながらも立ち上がる相棒の背中を叩き、蒼は広場へと歩き出す。
見上げた空は、どこまでも高く、澄み切った青色をしていた。
(きっと大丈夫さ……な、Karen)
すぐさま、頼もしい相棒の音声が響いた。
『はい、マスター』
今回は少し短めのお話でしたが、平安時代編・第二章を締めくくる回となりました。
迅助が村の娘に声をかけては楓に怒られ、景行は胃を痛め、葵はそんな皆を優しく見守る。ようやく、この五人らしい空気が出来上がってきた気がします。
ですが、物語が一息つくのはここだけです。
平安時代に存在するはずのないケイオニウム。
さらに強大な敵。
「あのお方」の存在。
そして、蒼たちの新たな力。
第三章では、物語がさらに加速していきます。
書きたいことが、まだまだ山ほどありますので、明日からも毎日投稿していきます。
ぜひ第三章も楽しんでいただけたら嬉しいです。




