平安時代編第二十八話 : 火炎の妖狐と龍の咆哮
ゴゥゥゥゥッ……!!
広場の中央に顕現した九尾の妖狐から、鼓膜を破らんばかりの獣の咆哮が轟いた。
同時に、鼻を突く強烈な硫黄の臭いが周囲に立ち込める。
『マスター。大気中の亜硫酸ガス濃度が致死量に達しつつあります。同時に、特殊な電磁波による脳への干渉――強い幻惑作用を確認。かの「殺生石」の伝承と酷似した現象です』
「幻覚作用だと……!?」
蒼がバイザー越しに顔をしかめる。
「……チィッ、なんだこりゃ。すげぇ優しそうな顔したおっかさんが、俺に『温かい飯を食え』って微笑みかけてきやがる……」
毒ガスに巻かれた迅助が、虚空を見つめながらフラフラと足元を揺らした。
「……見たこともない理想のおっかさんか?」
蒼が静かにツッコミを入れる。
「うるせえ! 孤児の願望がダダ漏れで悪かったな!」
悪態をついて頭を強く振る迅助に、景行が鋭く声を飛ばした。
「惑わされるな!息を浅くしろ。ただの妖術だ!」
『死ぬが良い。這いつくばって燃え尽きろ』
漆黒の陰陽師が扇子を振り下ろす。
それを合図に、妖狐の九つの尾が天を衝き、そこから無数の火球が夜空を埋め尽くすように放たれた。
圧倒的な質量と熱量を持った炎の雨が、蒼たちを焼き尽くさんと降り注ぐ。
「こりゃあ、派手な花火だねぇッ!!」
迅助が一陣の風となって駆け出す。
だが、その『神速』をもってしても、全方位から降り注ぐ炎の雨を完全に避けきることは不可能だった。
「熱ぃッ!!」
火球が着物の袖をかすめ、迅助の肌を容赦なく焦がす。
それでも彼は激痛に顔を歪めながら猛炎の中を掻い潜り、両手から無数のクナイを放った。
「そらそらそらァッ!!」
クナイが妖狐の目玉や関節に突き刺さる。
だが、その直後に妖狐の巨大な尾がムチのようにしなり、迅助の小柄な体を容赦なく薙ぎ払った。
「ガハッ……!」
血を吐きながら吹き飛ばされ、地面を何度も転がる迅助。
「迅助!!」
蒼が腕部のエネルギーシールドを展開し、後続の火球を弾き飛ばす。
だが、分厚い装甲越しにすら、肌を焼くほどの異常な熱気が伝わってくる。
『警告。外装表面温度、危険域に到達。冷却システム追いつきません』
「くそっ、なんて火力だ……!」
景行もまた、降り注ぐ火炎を愛刀で弾き落としていたが、その顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。
有毒ガスで呼吸が制限される中での絶え間ない防戦。
さらに、超高温の炎と打ち合い続けたことで、名刀の刀身が赤熱し、今にも曲がってしまいそうだった。
「キリがない! 大元である術者を叩くぞ!」
蒼の叫びに景行と迅助が呼応し、三人は満身創痍の体を鞭打って妖狐を迂回し、陰陽師へと肉薄する。
「覚悟ッ!!」
景行の鋭い袈裟斬り、迅助の小太刀、そして蒼のブレイドが、同時に陰陽師を狙う。
しかし――ガンッ!! という硬質な音と共に、三人の渾身の攻撃は、陰陽師の目の前に突如出現した『超高密度の火の壁』によって完全に弾き返された。
「なっ……炎が、鋼のように硬いだと!?」
強烈な反動で刀を弾かれ、景行が驚愕に目を見開く。
『無駄なこと。麻呂の結界を破ることなど、貴様らごときにできはしない』
陰陽師が冷酷に嗤った。
手立てがない。どんな物理攻撃も、この炎の絶対防御の前には無力だった。
『遊びは終わりじゃ。灰すら残さず消え失せろ』
陰陽師が印を結ぶと、妖狐の口元に周囲の炎が凄まじい勢いで収束し始めた。
それは先ほどの火球の雨とは次元が違う。
三人など消し炭にし、広場全体をクレーターに変えるほどの、巨大で高密度な火炎球だった。
「来るぞッ!」
蒼が全エネルギーをシールドに回そうとしたその時、景行が一歩前へと進み出た。
「景行!?」
「……俺の背中から離れるなよ」
景行は赤熱した刀を静かに上段へと構え、極限まで研ぎ澄まされた集中力で、放たれようとしている巨大火球を見据えた。
次の瞬間、巨大火球が轟音と共に放たれる。
「シィィィィィッ!!」
裂帛の気合いと共に、景行の渾身の一撃が振り下ろされた。
熱風で髪と袖が燃え上がり、両腕の皮膚が焼け焦げるのも構わず、己の全霊を乗せた必殺の太刀。
斬撃が空気を切り裂き、なんと迫り来る巨大火球を強引にこじ開け、左右に両断したのだ。
ゴゥゥゥゥッ!! と割れた炎が轟音を立ててすり抜けていく。
景行の文字通りの「命懸け」の一振りが、巨大な火球の中に、蒼一人だけが通れる
『炎の抜け道』をほんの一瞬だけ作り出した。
「行けッ! 蒼!!」
両腕に酷い火傷を負い、膝をついた景行が叫ぶ。
「……ッ!!」
蒼は迷わず、その炎のトンネルへと飛び込んだ。
(Karen! あいつの再生力と結界をまとめて粉砕する攻撃方法は!?)
蒼が思考伝達で叫ぶ。
『腕部レールガンの出力を50%まで高めれば、術者の結界および妖狐の再生核ごと撃破は可能です。ですが――』
Karenの無機質な声が、無情な警告を告げた。
『現在の残存エネルギーから逆算すると、これを撃てば「蒼龍」の稼働時間は残り6時間を下回ります。後の生存戦略において致命的な影響を及ぼす可能性があります。……本当によろしいですか?』
補給のないこの平安時代において、稼働時間の減少は「死」に直結する。
(……ッ!)
蒼の視界の端に、両腕を焼かれながらも自分に道を切り開いてくれた景行と、血塗れになりながら荒い息を吐く迅助の姿が映った。
彼らは自らの命を削って、蒼にこの一瞬の隙を作ってくれたのだ。
迷っている暇はない。
ここで出し惜しみをして彼らを死なせれば、自分は一生後悔する。
(構うもんか! レールガン、出力50%! 照準、術者と妖狐を直線上に固定!)
『……了解しました。出力上昇。目標をロックオン』
蒼の右腕の装甲が展開し、レールガンの砲身が姿を現す。
青白いプラズマがバチバチと音を立てて収束し、周囲の空間が歪むほどのエネルギーが充填されていく。
『な、なんだその光は……!?』
陰陽師の余裕の表情が、初めて驚愕と恐怖に歪んだ。
「これで……終わりだッ!!」
ドギュゥゥゥゥゥンッ!!!!
蒼の右腕から放たれた極太の閃光が、夜の闇を完全に白く染め上げた。
放たれた光の砲弾は、陰陽師の絶対防御の火の壁を紙屑のように吹き飛ばし、背後の妖狐の再生核ごと、すべてを一直線に貫き、粉砕した。
「ギァァァァァァァァッ!!」
断末魔の叫びとともに、九尾の妖狐が跡形もなく消し飛ぶ。
轟音が響き渡り、土煙が晴れた後には、広場の外れまで続く一直線の巨大なクレーターだけが残されていた。
有毒ガスも、周囲を覆っていた妖気も、嘘のように晴れ渡っている。
「……やった、か?」
蒼が右腕から白い煙を上げながら、クレーターの先を睨みつける。
だが、そこに陰陽師の姿はなかった。
レールガンの直撃を受けるほんのコンマ数秒前、顔を忌々しく歪めた陰陽師は、呪符とともに闇の中へと溶けるように姿を消していたのだ。
「……逃げられたか。だが、村は守った」
火傷を負い膝をついた景行に肩を貸し、迅助がふぅっと息をつきながら地面にへたり込む。
「へっ、とんでもねえ火力だな……バケモノめ。とりあえず、追加報酬はガッツリ弾んでもらうぜ……」
ボロボロになりながらも軽口を叩く二人に、蒼は疲れ切った笑みを浮かべた。
葵と楓、そして村人たちの無事を確認し、蒼がようやく安堵の息を吐こうとした、その時だった。
『――マスター。周辺の安全を確認しました。……ですが、至急ご報告があります』
ヘルメットの奥で、Karenの平坦な声が響いた。 しかし、その声はいつになく、どこか不穏な響きを帯びていた。
「報告……? どうした、Karen」
『先程の火球のエネルギーを解析したところ、一部に【ケイオニウム】の反応を確認しました』
「なっ……!?」
蒼は、己の耳を疑い、息を呑んだ。 全身の血の気が一気に引いていくのがわかる。
ケイオニウム。
それは、蒼がいた未来世界にしか存在しないはずの、未知のエネルギー物質だったはずだ。
なぜ、この平安時代の陰陽師が使う妖術から、そんなものが検出されるのか。
驚愕に目を見開いたまま、蒼はただ呆然と、闇の奥へと消えた陰陽師の残り香を見つめていた――。
今回は書いていて熱くなった回でした。
信念の異なるキャラクターたちが、強大な敵を前にして肩を並べて戦う。
未来の兵士である蒼、武士の誇りを貫く景行、忍びとしての技と矜持を持つ迅助。
それぞれ譲れないものを抱えながら、一つの敵へ立ち向かう構図は、ずっと書きたいと思っていました。
特にお気に入りなのは、景行が炎を斬って蒼だけが通れる『炎の道』を切り拓くシーンです。
人間の限界を超え、自分の両腕を焼かれながらも蒼へ道を繋ぐあの一太刀は、景行という男を象徴する場面になったと思っています。
そして未来世界にしか存在しないはずのケイオニウム。
平安の世に何をもたらすのか…
次回もよろしくお願いします。




