第二話:ゼタクト司令室・戦果と不協和音
灰色の空の下での激戦から数時間後。
第7特別市街区でのClass-3『カラミティ』撃破を果たし、基地へと帰還した蒼と蓮は、休む間もなく最上階の司令室へと呼び出されていた。
薄暗い室内を照らす巨大なメインモニターには、先ほどの戦闘で蒼が放った非正規武装、『雷』の凄まじい衝撃波とエネルギー放出データが真っ赤な警告色と共に映し出されている。
「作戦後早々に呼び出してすまないが……なぜ呼ばれたのかわかるか、蒼?」
重厚なデスクの向こうから低く静かな声で問いかけたのは、対ゼノフォーム特務機関『ゼタクト(Z-TACT)』の最高司令官にして、蒼の実父である**東雲彗**だった。
眉間に深い皺を刻んだ父の厳格な顔を見ても、蒼は悪びれる様子もなく、むしろ目を輝かせて一歩前に出た。
「いや、それよりあの装備どうだった、父さん? 市街地の被害を出さないように、ゼノフォームの分厚い装甲をぶち抜いてから内側から焼き尽くすように設計してみたんだけど。出力の指向性もバッチリだったし、完璧じゃなかった?」
叱責を予感するどころか、自身の設計した兵器の成果を嬉々として語り始める息子に、彗は深く、重いため息をついた。
「……軍の作戦行動中に『どうだった』と聞く馬鹿がどこにいる。対象の処理であれば、従来装備の『天羽々斬』でも十分可能だったはずだ。データベースにない、衛星リンクすら介していない武装をお前がいきなり実戦でぶっ放したせいで、CIC(戦闘指揮所)はパニックを起こしていたぞ」
「天羽々斬じゃエネルギー効率が悪い。障害物の多い市街地であんなの振り回したら二次被害が広がるし。出力を調整したって、常時ブレイドを展開し続けるより、対象を破壊する一瞬だけケイオニウムを消費する『イカズチ』の方が圧倒的に効率的だ。現に被害は最小限だっただろ?」
一歩も引かずに理詰めで反論する蒼。
親子でありながら、軍の司令官と一介のオペレーター(というより無断で兵器を改造するエンジニア)という歪な関係性が、室内に冷たい火花を散らしていた。
「相手はClass-3だ。万が一、その『イカズチ』とやらで仕留めきれなかったらどうするつもりだった? 『上手くいきませんでした』では済まないんだぞ」
彗は鋭い視線を、蒼の左腕に装着されたデバイスへと向けた。
未来的な超硬度合金で作られた、幅広のバングル状デバイス。正式開発名称、『K-GEAR(ケイゼル・ジェネシス・エナジー・アクチュエーター・リグ)』。
その中央に埋め込まれた微細化された『ケイオニウム・トランスドライブ』の反応炉が、装着者である蒼のバイタルに合わせて、呼吸するように青い光を放っている。
隣に直立不動で立つ蓮の腕にも同型のデバイスがあり、そちらは赤色の光を放っていた。
この小さなバングルの中には、パワードスーツを構成する『流体思考フレーム』用の生体ナノマシンが極限まで圧縮格納されている。
装着者の脳波や音声コマンドによって「インストール」が開始されると、ナノマシンが数ミリ秒で全身を覆い、ケイゼルを形成するのだ。
「……それに、そのAIだ」
彗は忌々しげに、蒼のK-GEARを指差した。
ここにはAIの基幹プログラムもストレージされており、スーツ未装着時でも自律的な思考やサポートが可能となっている。
「パーソナライズが上手く出来ていないんじゃないか? 装着者の思考に合わせるのはいいが、問題行動を助長するようなサポートAIなんて聞いたことがないぞ」
その言葉を受けた瞬間、蒼の網膜ディスプレイ上で、Karenの音声波形がこれまでにないほど鋭く、激しく跳ね上がった。
彼女は創造主である彗の前で直接音声を発することはなかったが、その荒れ狂う波形パターンからは、
『誰が問題行動を助長しているですって!? 私は止めたのにこのバカマスターが強行したんですよ!!』という烈火のごとき抗議が手に取るように読み取れた。
「……ま、まぁ、Karenについては、まだちょっとラーニングが足りていないことは認めるよ。後で俺からよく言い聞かせておくから」
蒼は冷や汗を流しながら、心の中で必死にKarenをなだめた。
彗は再びため息をつき、今度は視線を蓮へと移した。
「蓮、すまない。君にも迷惑をかけたな」
「……いえ。作戦が完了したことが全てです」
蓮は感情を殺した声で淡々と答えた。
しかし、その瞳の奥には微かな昏い炎が揺らいでいた。
「ですが、蒼龍の規格外の出力でなければ、あの巨大な目標に迅速に対処しきれなかったのも事実です。現時点での適合率が最も高い蒼でなければ、あの場を無傷で収めることは不可能だったでしょう」
その言葉には、蒼の無謀さへの軽蔑と、それ以上に、認めざるを得ない「適合率」への強烈な焦燥が混じっていた。
彗が設計したK-GEARは、登録されたDNAや脳波の波形が完全に一致しなければ、生体認証・適合性ロックが解除されず起動すらしない。
エリート軍人として血を吐くような訓練を積んできた蓮に対し、蒼は正規の軍事訓練など受けていないただのエンジニア気質の青年だ。
それでも蒼が誰よりも蒼龍を使いこなせるのは、このデバイスが父・彗の遺伝子や、中枢に組み込まれた母・藍の思考モデルと、あまりにも高度に同調しているためだった。
才能と血筋。蓮にとって、蒼の存在は自身の努力を嘲笑うかのような理不尽そのものだった。
「……ここ数日、ゼノフォームの襲撃も立て続けになっている。Class-3の出現スパンも短すぎる。嫌な予感がするな」
彗はモニターの警戒マップに目を落とし、重々しく告げた。
「本日中に報告書と、新装備のデータを回せ。わかったな、蒼」
「了解、司令」
二人が揃って敬礼し、司令室を退出した。
重厚な自動ドアが背後で閉まった瞬間、蒼は先ほどの威勢の良さはどこへやら、大きく肩を落として息を吐いた。
「あーあ、頭硬いな……父さんも元々は科学者なんだから、もっと柔軟に考えてくれたっていいのにさ。現場の状況に合わせて装備を最適化するのは基本だろ?」
「東雲司令の言う通りだ。蒼龍の適合率が高くなければ、俺は今すぐ貴様の装着者交代を進言していた」
隣を歩く蓮が、歩みを止めることなく氷のように冷たい声を投げかける。
「なんだよ。さっきは司令の前で『蒼でなければ倒せなかった』って、俺のこと庇ってくれたじゃないか。素直じゃないなぁ」
蒼が軽口を叩いて肩をすくめると、蓮はピタリと足を止め、絶対零度の視線で蒼を射抜いた。
「……皮肉だ、馬鹿が。少しは行間を読んだらどうだ」
「えっ」
「これ以上、貴様との無駄話に付き合うつもりはない。俺はシミュレーターに戻る」
蓮はそう吐き捨てると、冷徹な足音と共に薄暗い通路の先へと消えていった。
「……なんだよあいつ、やっぱり怒ってんじゃん」
一人残された蒼がぼやいたその時、左腕のK-GEARの青い光が明滅し、小型スピーカーからようやくKarenが沈黙を破った。
『マスター。大学のカリキュラムに「基礎国語」の講義を組み込むことを強く推奨します。ついでに、行間を読むための演算プラグインも脳に直接インストールしましょうか?』
「……お前、さっき親父の前ではダンマリだったくせに」
蒼は呆れたように頭を掻いた。
「……まあ、親父と蓮の言う通りかもしれん。次はもう少し、お前も俺も、大人しく立ち回る方法を考えようぜ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は戦闘よりも、「東雲家の親子関係」と「蒼と蓮の温度差」を中心に描いた回でした。
天才ゆえに無茶をする蒼。
司令官として息子を叱る彗。
そして、実力を認めながらも複雑な感情を抱く蓮。
ここから二人の関係が、物語の大きな軸になっていきます。
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※補足
《ケイゼル・蒼龍》
東雲蒼が装着する白銀の戦闘用スーツ。脳波と同期する「流体思考フレーム」による直感的な高速機動が特徴です。衛星ネットワークとの連携を前提としており、状況に応じて規格外の兵装へ換装できる万能型です。
《ケイゼル・鬼刃》
赤城蓮が装着する真紅の戦闘用スーツ。外部支援を必要としない「単体絶対完結型」で、可変ナノ太刀と精密戦闘を得意とする純戦闘特化機です。
同じ「ケイゼル」でありながら、思想そのものが正反対の二機。その違いにも注目していただけると嬉しいです。
次回、人類史上初めて観測される「架空のカテゴリー」が、世界の常識を覆します。




