第三話:焦燥のシミュレーターと開戦の鐘
ゼタクト基地の地下深くに位置する専用シミュレーションルーム。 完全な暗闇の中、仮想現実(VR)で構築された廃墟の市街地を、漆黒と真紅の影が超高速で駆け抜けていた。
『ターゲット群、アルファからエコーまで沈黙。次波、後方より接近』
「……遅い」
蓮の声には、いつもの冷徹さとは違う、ざらついた怒りが混じっていた。
迫り来る仮想のClass-2『タイタン』に対し、蓮は一切の躊躇なくワイヤーアンカーを射出し、敵の死角へと回り込む。
可変ナノ太刀の赤い軌跡が閃き、首、関節、再生核をコンマ1秒の狂いもなく的確に切断・破壊していく。
完璧だ。軍事教練の模範解答をさらに極限まで研ぎ澄ませた、一点の曇りもない戦闘機動。
しかし、仮想の敵を切り裂けば切り裂くほど、蓮の胸の奥で黒い炎が燃え上がっていた。
――脳裏に焼き付いて離れないのは、数時間前の光景。
『天之浮橋』から放たれた強引で暴力的な逆噴射の炎と、圧倒的な出力でClass-3を内側から消し炭にした『ケイゼル・蒼龍』の姿だった。
軍の作戦行動を無視し、データベースにない非正規武装を勝手に持ち込んだ単独行動。本来なら即刻懲罰モノの軍紀違反だ。
だが、結果は圧倒的だった。司令室で叱責を受けながらも、どこかヘラヘラと笑っていた蒼のあの屈託のない顔が、蓮の苛立ちに拍車をかける。
(俺の『鬼刃』は、単体絶対完結型の戦闘兵器として設計されたはずだ。だが……)
圧倒的な出力を誇り、次々と規格外の兵装を使いこなす蒼龍に対し、自分の鬼刃が明らかに「二番手」に甘んじている。
俺が血を吐くような訓練と規律の中で組み上げた完璧な戦術が、正規の訓練すら受けていないあの男の「天才的な思いつき」と「血筋(適合率)」の前に劣るというのか。
乱暴な挙動で腕部小型レールガンを構え、仮想のClass-1群をまとめて撃ち抜いた瞬間、網膜ディスプレイに警告の赤いアラートが点滅した。
『マスター。バイタルサインに著しい乱れが生じています。心拍数、アドレナリン分泌量が規定値をオーバー』
戦術演算AI・Adamの冷徹な声が響く。
『現在の精神状態では、鬼刃の流体思考フレームとの適合率も減少傾向を辿ります。精神を安定させるためにも――』
「黙れ、Adamッ!!」
Adamが言い終わる前に、蓮は怒鳴り声を上げていた。 自らの焦りを機械に指摘されたことが、蓮のプライドをさらに傷つけた。
怒りに任せた荒い息遣い。それでも、蓮の体は長年の訓練の賜物として、無意識下で完璧に駆動し続けた。
背後から襲いかかってきた最後の仮想ターゲット3体を、振り返ることなくレールガンの三連射で眉間を正確に撃ち抜く。
残存ターゲット、ゼロ。 完全無欠のスコアを叩き出し、仮想空間の敵が光の粒子となって消えていく中、蓮は荒い息を吐きながらナノ太刀を強く握りしめた。
「……俺は、間違っていない。俺の戦い方こそが……正しいはずだ」
消えゆく仮想の敵の向こう側。突如視覚の端にノイズの走り『青い光』が明滅した。
シミュレーションのプログラムには存在しないはずのバグ。いや、それは蓮の脳が極限のストレス下で見せた「幻影」だった。
白銀と蒼穹の装甲。
巨大な武装を構え、軽蔑するように見下ろしてくる『蒼龍』の姿。
「ッ……!!」
本能的な脅威を感じ取った蓮は、反射的に踏み込み、渾身の力で可変ナノ太刀を振り払った。 鋭い破空の音が鳴り響く。
だが、そこには何もなかった。
刃はただ虚しく空を切り、蓮の体勢がわずかに崩れる。 幻影はすでに消え去り、シミュレーションルームには無機質な仮想の廃墟だけが広がっていた。
「……クソっ……」
怒りとも、悔しさとも、得体の知れない恐怖ともつかない感情が混ざり合い、蓮の口から絞り出すような罵倒が漏れた。
自分自身への苛立ちに耐えきれず、ナノ太刀の柄を強く握り直す。
仮想空間の戦闘が終了し、シミュレーションルームに重く冷たい静寂が訪れた。
ただ蓮の荒い呼吸音だけが響く中、Adamがシステムの終了シークエンスを告げようとした――その時だった。
『――緊急警報。緊急警報。第一種戦闘態勢』
突如として、シミュレーションルームの仮想空間が強制シャットダウンされ、現実の無機質な壁面に血のような真っ赤な非常灯が回転し始めた。
鼓膜を劈くような基地全体のアラート音が、けたたましく鳴り響く。
『全職員並びに特務部隊に通達。太平洋上空・成層圏にて、未確認の超巨大熱源を感知。既存のClass-3を凌駕する異常数値です。繰り返します――』
「……なんだと?」
既存のClass-3を凌駕する熱源。それは、人類がいまだかつて遭遇したことのない絶望的なカテゴリーの出現を意味していた。
先ほどまでの私的な怒りと焦燥は、極限の危機感によって一瞬で凍りついた。
蓮はすぐさまCICへと向かって全速力で走り出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、普段は感情を表に出さない蓮が主人公となる回でした。
「努力で積み上げてきたもの」と、「才能や適合率で届いてしまうもの」。
蒼に対する苛立ちは決して嫌いだからではなく、自分の信じてきた戦い方そのものが揺らぎ始めたことへの恐怖でもあります。
そして最後に鳴り響いた緊急警報。
これまで最強クラスだったClass-3を上回る反応――。 人類はまだ、その本当の絶望を知りません。
次回はいよいよ、これまでの常識を覆す新たな脅威が姿を現します。
蓮の信念、蒼の無茶、そしてゼタクトの運命が大きく動き始めるので、ぜひ続きを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
※補足
Adam鬼刃搭載AI
装着者の生存を最優先に判断する冷徹な戦術演算AI。感情に流される蓮を常に論理で制御しようとする。
Karen蒼龍搭載AI
毒舌だが世話焼きなサポートAI。無茶を繰り返す蒼に呆れながらも、最後まで最高の性能を引き出そうとする相棒。




