平安時代編第二十六話 : その刃は誇りのために
村の広場は、重苦しい空気に包まれていた。
松明の炎が風に揺らめく中、一箇所に集められた村人たちは怯えきり、互いに身を寄せ合って震えている。
彼らを冷酷に取り囲むのは、漆黒の装束に身を包んだ六人の忍びたちだった。
少し離れた茂みの中から、蒼、景行、迅助の三人が息を潜めて様子を窺っていた。
「……マズいな」
蒼が歯噛みする。
敵の首領らしき男のすぐ真横には、村の少女である『市』が捕らえられていた。
首領が片手で無造作に掲げる太刀の切先が、市の華奢な首筋にピタリと添えられている。
少しでも動けば、その命はない。
「迅助のスピードと俺の閃光弾で撹乱すれば、村人たちは助け出せる。だが……」
「あの娘は近すぎる。奇襲をかけた瞬間、真っ先に首を刈られるぞ」
迅助が冷静に分析する。
景行も「どうやってあの距離を詰める……」と低く唸り、手詰まりの状況に焦りが募っていた。
「仕方ねえか……」
迅助がそう呟いた、次の瞬間だった。
ドンッ!!
「……ぐっ!?」
景行の体がビクンと跳ね、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「なっ!? 景行!?」
蒼が驚いて振り返った瞬間、視界がグルリと回転した。
「悪いな、旦那」
背後から死角を突いた迅助が、蒼の両腕を捻り上げ、そのまま地面に押し付けたのだ。
手慣れたプロの手つきで、一瞬のうちに蒼の腕を背後に縛り上げる。
「じ、迅助……お前、やっぱり裏切る気か……!」
「うるせぇ。大人しくしてな」
迅助は気絶した景行を放置し、縛り上げた蒼の首元にクナイを突きつけながら、堂々と茂みから広場へと姿を現した。
「おいおい! 同業者の皆さぁん! 人質なんかとらなくても、探してる獲物なら俺が捕まえてやったぜ!!」
広場の忍びたちが一斉に殺気を放つが、迅助は飄々とした態度で首領の前に蒼を蹴り出した。
「都の陰陽師に雇われてきた『本隊』さんだろ? 俺たちの連絡が遅れたせいで見限られたのかと思って焦ったぜ。こいつが、百鬼夜行をぶっ潰した異国の兵法者だ。仕事仲間だろ、協力していこうや」
首領は目を細め、地面に転がされた蒼と迅助を見比べた。
「……チッ、先に調査に向かわせたと言うのはお前か。手柄を横取りする気か」
「手柄はどうでもいいさ。どうせ俺たちも処分しろとか言われてんだろう? 報酬は全部くれてやるから、俺も仲間に入れてくれないか? いい働きするぜ」
迅助の言葉を首領が未だ疑っている、その時だった。
「迅助! 遅いじゃないか!」
広場の入り口から、さらに予想外の人物が現れた。
楓である。
しかも彼女の腕の中には、後ろ手に縛られた葵が捕らえられ、その白く美しい首元に鋭い刃を突きつけられていた。
「!? なぜお前が……葵!!」
蒼が血の気を引かせて叫んだ。
「へっ。あたしをあんな縄なんかで拘束できると思ってたのかい? 逆にこのお姫様を人質にとって逃げてきたのさ! さぁ蒼い旦那、少しでも妙な真似をしたら、この綺麗な顔に傷が出来るよ! これだけの上玉だ。下衆な貴族には高く売れるだろうね。出来れば傷はつけたくない」
楓が下衆な笑みを浮かべる。
「蒼様……!」
葵が、悲痛な声で蒼を呼んだ。
「わたくしは、平気、ですから……ッ」
蒼を心配させまいと、必死に気丈な笑みを浮かべようとする葵。
だが、刃を突きつけられたその華奢な体は小刻みに震え、大きな瞳には今にも零れ落ちそうな大粒の涙が浮かんでいた。
「貴様……!」
縛られた蒼が怒りに震える。
自分が甘かったのだ。
不殺などという甘い選択で、金と欲で動く冷酷な平安の忍びたちを手懐けられると思っていたのは、大きな間違いだった。
自分の甘さのせいで、村人も、葵も、命の危機に晒されている。蒼の体は、怒りと悔しさで大きく震えていた。
迅助が、そんな蒼を冷酷な目で見下ろしている。
首領が下劣な笑い声を上げた。
「クハハッ! 女の忍びは怖いねえ。俺たちが可愛く思えるくらいに下衆な手を使うぜ。いいだろう、その働きに免じてお前らの命は見逃してやろう。その男をこちらへ寄越せ。俺が直々に首を撥ねてやる」
「ありがてぇ」
迅助が蒼の背中を無造作に蹴り、首領の足元へ転がした。
だが地面に倒れ込んだ蒼の耳元に、ほんの一瞬、迅助の極小の囁きが落ちた。
「(……縄は自力で切れ、アンタならできるだろ)」
「(……!)」
「(――娘を助けろ、あとは俺がやる)」
言葉はそれだけだった。
だが、その一言で、蒼の頭を支配していた絶望と怒りが嘘のように吹き飛び、思考が急速にクリアになった。
首領が、ゆっくりと太刀を振り上げた。
「死ね」
凶刃が蒼の首筋に振り下ろされた、その刹那。
「流体思考フレーム、展開!!」
蒼の背中で縛られていた縄が、手首のポートから発せられた超高熱のプラズマによって一瞬で焼き切れる。
自由になった蒼が神速で動いた。
振り下ろされた首領の太刀をすんでのところで掻い潜り、目にも止まらぬ速さで横にいた少女・市を抱き抱え、一息に安全圏へと離脱した。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開く首領。
その一瞬の隙を見逃さず、迅助が首領に襲いかかった。
「旦那! 村人を助けろ!」
見ると、楓が葵をあっさりと解放し、突然の事態に驚いている下忍の集団に向かって呪符を投げつけていた。
ポンッ、と煙幕が弾け、周囲の視界を一瞬にして奪う。
『マスター。迷っている時間はありません! 対象の忍者たちを処分しますか?』
Karenの無機質な声が脳内に響き渡る。
「……捕縛だ。全員捕まえる!」
蒼は空間ストレージから、吉次から譲り受けた『絹玉』を取り出した。
K-GEARの照準システムが、煙幕の中でたじろぐ六人の下忍たちを完全にロックオンする。
(1発120万、1発120万……!)
その恐ろしい原価を頭の中で反芻し、絶対に外さぬよう目標を定める。
「いけっ!!」
蒼の腕から発射された『天乃蜘蛛網』が、空中で網目状に広がる。
白銀のナノマシン・ワイヤーが自律的に対象へ絡みつき、続け様に六発、見事に下忍たち全員を雁字搦めに捕縛して地面に転がした。
「よしっ!」
同じ頃、広場の中央では首領と迅助の決闘が行われていた。
いや、それは決闘と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
「チィィッ!!」
首領が太刀を振り回すが、迅助はそれを羽虫でも避けるかのように軽々とかわしていく。
迅助の動きはまさに『神速』だった。
風を纏うかのように死角へ潜り込み、手刀、蹴り、肘打ちが、流れるような連撃となって首領の体を的確に打ち据える。
「ぐわっ、がぁっ……!」
防戦一方の首領を、迅助が凄まじい速さで圧倒する。
たった一度の反撃すら許さない、次元の違う身のこなし。
「こ、この俺が防戦一方だと! ありえない!!」
血を吐きながら叫ぶ首領に、迅助は冷たい眼差しを向けた。
「女子供を平気で人質に取るような卑怯者と一緒にするな。俺は自分の技と、忍びの誇りを信じて戦っている。お前らみたいな三流とは格が違うんだよ」
そう言い放つと同時に、迅助は神速の踏み込みで首領の懐に潜り込んだ。
逆手に握っていた小太刀で、首領の鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。
「ガ、ハッ……!」
首領の目が白転し、その場にドサっと重い音を立てて崩れ落ちた。
「…………」
蒼は、トドメの瞬間をただ静かに見ていた。
悩んだ末、迅助に任せたのだ。
この時代を生きる彼らの戦いに、未来から来た自分だけが手を出すべきではないと覚悟したからだ。
「……殺してねえよ」
静寂の中、迅助がぽつりと呟いた。
そう言うと、甚助は自らの小太刀をくるりと回し、刃に一滴の血もついていないことを蒼に見せた。
「峰打ちだよ。肋骨は折ったからしばらく立てないだろうけどな。雇い人の主義には沿わないとな……」
ふっ、と笑う迅助の姿に、蒼は心の底から安堵の息を吐き出した。
「そうだ! 葵!!」
状況が落ち着き、蒼が慌てて振り返る。
「蒼様っ!」
蒼が駆け寄るよりも早く、葵の方から小走りで駆け寄ってきて、そのままドンッと蒼の胸に勢いよく飛び込んできた。
「うおっ、葵! 大丈夫なのか!? 怪我は……」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません!……全て、演技です! 楓さんもわかってて協力してくださいました」
蒼の胸の中で、葵がパァッと花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
そこには、先ほどまでの怯えた様子や涙は微塵もない。
「マ、マジで!? 迫真すぎない!?」
蒼はポカンと口を開けた。
「いや、俺どころかこの場の全員、完璧に騙されてたと思うけど! あの涙とか震えとか、どうやって……」
「ありがとうございます。……実は」
葵が、少し得意げに、数時間前の蔵の中での出来事を語り始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、迅助が主人公の回でした。
前話で「忍びの刃は誰に向く?」というタイトルで掲載しましたが、今回ようやく彼なりの答えを書けた気がします。
迅助は一流の忍びです。
森を駆ける神速の脚、相手を欺く技術、そして土壇場でも冷静に状況をひっくり返す頭の回転。その腕前だけなら、間違いなく作中でもトップクラスです。
でも、彼は非情になりきれません。
女子供を盾にするような外道を嫌い、自分の技と誇りを信じて戦う。そして最後は、蒼の「殺さない」という信念を汲み取り、自分も峰打ちで戦いを終わらせる。そんな甘さも持ち合わせているのが迅助という人間です。
そして、ここ数日のあとがきを書いてきませんでしたが。
この裏切りの展開が、あとがきから勘づかれてしまうのが怖くて、ずっと我慢していました(笑)。
ようやく安心して書けます。
敵だったはずの忍びと、未来の兵士と、平安の武士。
少しずつですが、この奇妙な関係にも変化が生まれ始めています。
次回は楓と葵の裏切りの真相について。
そして…
急展開も待っています!
明日もよろしくお願いします。




