平安時代編第二十五話 : 忍びの刃は誰に向く?
ドンドンドンドンドンッ!!!
門を打ち破らんばかりの激しい音に、それまでコメディじみていた蔵の空気が一変した。
蒼と景行が鋭く顔を見合わせる。
二人の目から先ほどの弛緩した空気は消え去り、歴戦の戦士の顔へと戻っていた。
「俺が行く。下がっていろ」
蒼を制し、景行がすぐさま身構えて門へと向かう。
柄に手をかけたまま、警戒しつつ慎重に門の閂を外して扉を開けた。
途端、そこへボロ雑巾のようになった人影が転がり込んできた。
「蒼様! 景行様! 助けてくだせぇ……ッ!」
「吾作!?」
蒼が驚愕の声を上げる。
倒れ込んできたのは、吾作だった。
着慣れた農作業着は泥で汚れ、肩で荒い息を吐いている。
蒼は慌てて駆け寄り、片膝をついて吾作の体を支え起こした。
山道をよほど急いで走ってきたのか、体力の消耗が激しかった。
「おい、しっかりしろ! 何があった!」
「村に……黒装束の集団が、突如襲ってきて……! 6人ばかりの、凄腕の忍びどもだ。あっという間に村人を広場に集めちまって……」
吾作は荒い息を整える間もなく、必死に言葉を絞り出す。
「なんでも、『百鬼夜行を壊滅させたものがこの村にいるはずだ。そいつを連れてこい』って……。オラは、ちょうど裏山に薪を拾いに行ってたから、隙を見てなんとか逃げ出してきたけんど……」
「……人質、か」
景行がギリッと奥歯を噛み鳴らした。
その額に青筋が浮かぶ。
「そうだ。集められた皆は人質に取られて、オラたちじゃどうしようもできねぇ……!」
吾作の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。土にまみれた拳が、己の無力さへの悔しさに小刻みに震えている。
「みんなは無事なのか!?」
「今は、命は取られちゃいねえ。でも……従わなければ、見せしめに一人ずつ殺すって……! どうしよう、俺のおっかあが……長老も、若い娘らも、みんな捕まっちまってる……!」
吾作は涙ながらに、蒼の胸ぐらに縋り付いた。
蒼の脳裏に、村で世話になった人々の顔が次々とよぎる。
(俺のせいだ。俺を探すために、あの村が……!)
蒼の胸の中で、どす黒い怒りと焦燥感が渦巻いた。
ドンッ!!
背後の蔵で、鈍く重い音がした。
振り返ると、景行が縛られたままの迅助の胸ぐらを片手で軽々と持ち上げ、太い柱に叩きつけていたのだ。
「お前らの仲間の仕業か! 答えろ!」
景行の瞳には、一切の容赦のない本物の殺意が宿っていた。
少しでも返答を誤れば、このまま喉笛を握り潰す気だ。
「ゲホッ……違う。俺たちの、仲間じゃねえ!」
迅助が首を絞められ、顔を紫にしながらも必死に弁解する。
「別の奴らだ……! 俺たち以外に、別の忍びも雇っていたんだろう。雇い主の野郎、俺たちの連絡が途絶えた途端に別の部隊を動かしたんだ。この感じだと、どうせ俺たちも使い捨ての駒として始末するつもりだったのかもな……!」
ギリッ、と景行の指にさらに力がこもる。
「……クソッ」
やがて景行は忌々しげに舌打ちし、迅助を乱暴に突き放した。
ゲホゲホと激しく咳き込む迅助。
「どうすんだい?」
柱の反対側に縛られたままの楓が、口の端を歪めて冷笑した。
「村人を人質にとるような非道な奴らにも、あんたらは私らにしたみたいに『温情』をかけんのかい? 悪いけど、忍びってのはそんな甘い連中じゃないよ。……縄を解いてくれるなら、手を貸してやってもいいけどね?」
楓が小悪魔的に笑いながら取引を持ちかけるが、景行はそれを冷酷な一瞥で切り捨てた。
「信用できるわけがないだろう。奴らが仲間じゃないというのも、口先だけの嘘かもしれん。……逆にお前らを人質にして、奴らと交渉するまでだ」
「無理だね」
迅助が、首をさすりながら鼻で笑った。
「そもそも仲間じゃないってのは本当だ。それに、仮に俺が嘘つきで奴らと同じ里の仲間だったとして……目的のために女子供を平気で盾にするような外道が、俺たち『仲間の命』なんかで躊躇すると思うか?」
景行は沈黙した。迅助の言う通りだった。
武士の誇りも通じない、人質交換などという平和的な解決ができる相手ではない。
「……だから、俺が代わりに交渉してやるよ」
迅助が、真剣な目を蒼に向けた。
「俺が敵の前に出る。『例の標的を捕らえてきた』って言って、油断を誘うんだ。同業者の言うことなら、奴らも少しは耳を貸す。その隙に、あんたらが奇襲をかける……ってのはどうだ」
「……」
蒼は迅助の目をじっと見つめた。
先ほどまでの、おちゃらけた態度はそこにはない。
「……時間がない。奴らは一人ずつ殺していくって言ってるんだ」
蒼は決断を下した。
「信用はできない。けど、やってみよう。迅助の言う通り、正面から突っ込めば人質が危ない。お前の『騙し討ち作戦』、乗ってやる」
蒼は迷いなく迅助に近づき、戒めの縄を一息に切り裂いた。
「蒼、って言ったか? アンタ、度胸が座ってんな」
手首に赤く残った縄目をさすりながら立ち上がる迅助。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「まて」 景行が鋭い声で告げた。
「お前が裏切らないという保証がいる。邸にあの女(楓)は残していく。お前が裏切らず、本当に俺たちに協力するのか。そのための人質だ」
「なっ……! 汚ねぇぞ!」
相棒を人質に取られる形になった迅助が抗議の声を上げる。
「不意打ちをするような奴に言われる筋合いはない」
景行は冷たく言い放ち、背後に控えていた葵の方へと歩み寄った。
「葵様。申し訳ございませんが……万が一、この女が妙な動きを見せたら」
景行はそう言って、自身の懐から護身用の鋭い小刀を取り出し、葵の白く細い手に握らせた。
「……わかりました」
葵は小刀を両手でしっかりと握りしめ、静かに、しかし冷たく楓を見下ろした。
村の皆の命がかかっているのだ。
優しくおしとやかな姫君の瞳に、確かな『覚悟』の火が宿っていた。
「ッ姫さん……そんな怖い顔しないで女同士仲良くしようじゃないか…?」
楓が引きつった笑いを浮かべるが、葵の表情は微塵も揺るがない。
「妙な真似をすれば、容赦はしません。……蒼様。どうか、ご無事で」
「ああ。必ず村のみんなを助けて戻ってくる」
蒼は力強く頷き、景行たちに向き合う。
「行くぞ、景行。……それと迅助。作戦の細かい打ち合わせは道中だ」
「へいへい。」
「妙な真似をしたら叩き斬るぞ」
村を救うため、未来の戦士、平安の武士、そして忍び。
決して交わるはずのなかった奇妙な三人組の救出部隊が、夕闇の迫る村へと向かって駆け出していった。




