平安時代編第二十四話 : 平安刑事・東雲蒼
太い柱に背中合わせに縛り付けられた迅助と楓の首筋に、景行の愛刀『薄緑・影打』の冷たい峰がピタリと添えられていた。
「吐け。誰の命で我らを狙った? 貴様らの雇い主はどこの何者だ」
「……」
「黙秘か。ならばこの場で首を落とすまで」
氷点下の声で死を宣告する景行。
まさに鬼のような尋問である。
刃が容赦なく楓の首に押し付けられようとした、その時だった。
「ストーップ! 待て待て待て景行! 俺に任せてくれ!」
横から慌てて割って入ったのは、すっかり装甲を解除し、身軽なインナースーツ姿になった蒼だった。
「お前に……? 戦いはともかく、尋問ができるとは思えんが」
「任せろって! 俺だって未来じゃれっきとした軍事組織の主任だったんだぜ! それに尋問なら、刑事ドラマで何度も観たからイメージトレーニングはバッチリだ!」
「けいじ……どらま? いめーじ……?」
言っている言葉の半分以上が理解できず、景行は訝しげに眉根を寄せた。
しかし、何故か無駄に自信満々に胸を張る蒼の勢いに押され、景行は渋々刀を引いた。
「ふう……危ないところだったな。よし、葵!」
蒼が蔵の入り口に向かって声をかけると、おずおずと葵が姿を現した。その手には、炊き立ての飯が入ったお櫃と塩が用意されている。
「蒼様……本当に、わたくしが彼らに握るのですか?」
葵は困惑していた。
自分たちを襲った忍びに手料理を振る舞うなど、平安の常識では腑に落ちない。
「頼む! 愛情たっぷりに握ってやってくれ。これが俺の『尋問』なんだ!」
蒼に真っ直ぐな瞳で頼まれ、葵は「蒼様がそこまで仰るなら……」と小さく頷いた。
(愛情……蒼様のため……蒼様のために…)
葵は塩を手に馴染ませ、ほかほかの飯を両手で包み込む。
脳裏に浮かぶのは、自分たちのため命をかけて戦う蒼の姿。
自然と頬は桜色に染まり、その口元には愛おしさに満ちた、とびきり甘く優しい微笑みが浮かんでいた。
元々、都でも噂になるほどの超絶美人である。
そんな彼女が『恋する乙女』のオーラを全開にして愛情たっぷりにおにぎりを握る姿は、もはや後光が射して見えるほどの破壊力があった。
「さぁ、腹が減ったろ。食うか?」
蒼が、葵の握った美しいおにぎりを迅助の口元へ差し出す。
迅助は、その女神と見間違うほどの葵の姿に完全に目を奪われていた。
「て、天女様……? ああ、俺はこのために生まれてきたのかもしれねぇ……」
迅助の警戒心はゼロとなり。
恍惚とした表情で大きなおにぎりにカプッと食らいつこうとした瞬間――。
ゴツンッ!!
「いっでえええ!?」
背中合わせに縛られていた楓が、後頭部で思い切り甚助の頭をカチ割る勢いで頭突きを入れた。
「このバカ男! 敵の飯なんか食う気かい! 毒でも入ってたらどうすんだい!」
「うるせぇな! あんな天女みたいな姫様の手料理に毒なんか入ってるわけねぇだろ! 俺は食うぞ!」
「どんなお花畑な思考回路してんだいアンタは!」
いきなりの仲間割れ。
刑事ドラマ定番の『カツ丼作戦』は、楓の強烈なツッコミによりあえなく失敗に終わった。
「……チッ、なら次の手だ」
蒼は刑事モードを崩さず、架空の煙草をふかすような渋い仕草を見せた。
「お前さんら、故郷に家族はいるのかい? 親不孝はいけねぇなぁ」
「……とっくに死んだよ。俺たちに帰る家なんかねぇ」
迅助がふてくされたように吐き捨てる。
「そうか……」
蒼はニヤリと笑った。
「実は俺、陰陽術に長けててな。死んだお前のおっかさんの魂を呼び寄せて、声を聞かせてやることができるんだ」
「な、なんだって……?」
「どんなおっかさんだったか、教えてくれねぇかい?」
迅助は目を泳がせ、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……優しくて、いつもニコニコしてて、里で一番美味い猪鍋を作ってくれる、最高のお袋だった。俺の頭を撫でて……あったけえ言葉をかけてくれるんだ。」
「そうか、わかった」
蒼は腕のK-GEARを密かに操作した。
(Karen、今のコイツの証言からプロファイリングして、理想の母親の音声を合成してくれ。悪いことしないでこの人に教えてやってくれ、と優しくな)
『了解。指向性スピーカーにて再生します』
次の瞬間、蒼の腕輪から、信じられないほど優しく、温かみのある女性の声が蔵の中に響き渡った。
『――迅助。大きくなったね。母ちゃんは嬉しいよ。でも悪いことは駄目じゃないか…今からでもきっとやり直せる。この優しい人たちお前のことを話しておやり。母ちゃんは信じてるよ……』
「お、おっかぁぁぁーーーーちゃぁーーんっ!!!」
迅助はボロボロと大粒の涙を流し、天を仰いで号泣し始めた。
完璧だ。
見事な自白への誘導。
蒼は「よし!」と心の中でガッツポーズをした。
だが、その感動の空気を、またしても楓の冷たい声が切り裂いた。
「……あのさぁ。アンタ、会ったこともない『理想の母親像』を適当にでっち上げただけなのに、よくそんなに感情移入できるモンだね」
「へ?」
蒼が間の抜けた声を出す。
「私たち、物心つく前に里に買われた孤児だからね。親の顔なんか、どっちも知るわけないじゃないか」
ピタッ、と甚助の涙が止まる。
「え、お前……親の記憶ないの?」
「おう…なんか想像で喋ってたら、頭の中で理想のおっかぁが生まれちまってよ……」
人情刑事作戦、完全敗北である。
後ろで見ていた景行が「……やはり俺が斬ろう」と再び刀に手をかけ始めた。
蒼は頭を抱えた。
「結局、お前らの口をそんなに硬くさせてる理由ってなんなんだよ。親玉はそんなに怖いやつなのか?」
「忍びのあたいらに、今更怖いものなんかあるわけないだろ」
楓が鼻で笑う。
「あたいが信用してんのは『金』だけさ。雇い主が善人だろうが悪人だろうが関係ないね。金払いさえ良ければ、なんだってやるよ」
「……ふーん。金ねぇ……」
蒼はピクッと眉を動かした。
そして、何かを思いついたようにK-GEARの空間ストレージ(圧縮収納空間)を操作し、コロン、と一つの丸い物体を取り出した。
「そういえば……これ、一発120万(円)だったよな……」
蒼の手のひらに乗っていたのは、吉次から譲り受けた、一点の淀みもなく白銀に輝く最上級の「繭玉」だった。
それを見た瞬間、楓の目がカッと見開かれた。
「そ、それは……まさか……ッ!?」
楓の息が荒くなる。
「北陸は加賀の国で献上されるという最高級の絹玉……!? いや、それどころの艶じゃない! なんだいその狂ったような美しい輝きは! それ一つあれば、軽く10年は食い扶持に困らないじゃないか……!!」
楓の目が完全に欲望の形に変わり、蒼の動かす手の繭玉に合わせて、視線が完全にロックオンされている。
「フッフッフッ……」
蒼の顔から、人情派刑事の面影が完全に消え去った。
代わりに浮かんだのは、時代劇で小判の束を前にした悪代官の、あの極悪非道な笑顔である。
平安の世に降り立って以来、間違いなく一番悪い顔だった。
「あんた、これを知ってるかい? 情報一つと引き換えに、この繭玉一つと交換ってのは……どうだ?」
「ふ、ふざけるな!」
迅助が縄の中で吠える。
「そんな取引に、俺たち誇り高き忍びが乗るわけ……!」
「私は楓!! こいつは相方の忍びの迅助!!!」
蔵中に響き渡るような、楓の爆音の自己紹介だった。
迅助が「えっ」と目を丸くして相棒を振り返る。
「なんでも聞いてくれ、蒼い鎧の旦那ァ!!」
楓は目を銭のカタチにして、誇りも掟もかなぐり捨てて完全に寝返っていた。
「……ちょ、楓!? お前、忍びのプライドは!」 「うるさいよ迅助! 旦那ァ! 今すぐ喋るから早くその繭玉をあたいに!!」
先ほどまでの口の硬さが嘘のように、弾かれたようにペラペラと計画の全貌を喋り始める楓。そして、完全に悪徳代官の顔で「よしよし」と笑う蒼。
「…………」
取り残された景行は、あまりにカオスなこの状況を呆然と見ていた。
「で? その雇い主ってのはどこの誰なんだ?」
最高級の繭玉を懐にねじ込み、ホクホク顔の楓に蒼が問う。
先ほどまでの忠誠心はどこへやら、楓はすっかり饒舌になっていた。
「都にいる陰陽師だよ。名前までは知らないけどね。あたいらへの依頼は『数日前に放った百鬼夜行を壊滅させたモノの調査』さ。なんでも、手塩にかけて育てた化け物どもが、全滅したもんだから、雇い主は相当焦ってたみたいだよ」
「百鬼夜行の、調査……?」
蒼は目を丸くした。
「ちょっと待ってくれ。ってことは、あの化け物の大群は、俺を狙ってこの村を襲ってきたわけじゃなかったのか!?」
村を救ったとはいえ、自分が未来からやってきたせいで村を危険に晒したのではないかと、蒼はずっと心の奥で負い目を感じていた。
今になって、それが『冤罪』であったことが判明したのだ。
「でも、なんでこんな辺境の村を狙ったんだ?」
「狙いはこの村じゃないよ。進行上にあった北陸の武士たちさ」
楓が肩をすくめる。
「最近、地方の武士たちが力をつけて、貴族を打倒して武士の世を作ろうって動きが活発になってるって噂だからね。私らを雇った陰陽師も、さらに上の『お偉い貴族様』に雇われて、地方勢力への見せしめと牽制のために化け物を放ったんだろうさ。まぁ、これ以上深入りする気は私たちにもないけどね」
「なるほどな……」
蒼は顎に手を当てて唸った。
地方で勢力を増す武士と、それを恐れて権力を誇示しようとする都の貴族。
(確かに歴史上、この後……平家や源氏が実権を握って、武士の世の中になっていくんだったか。歴史に興味なかった俺でも、それくらいは覚えてる)
思いがけず平安時代の歴史の転換点に触れ、蒼は少しだけ壮大な気分になった。
「それよりさァ、蒼い旦那ァ〜」
不意に、楓が甘ったるい声を出して蒼にすり寄ってきた。
縛られた状態ではあるものの、わざとらしく身をよじり、忍び装束の胸元を不自然なまでに強調して上目遣いで懇願してくる。
「あたいら、正直に話したことだし……そろそろこの物騒な縄、外してくれないかい? 旦那の言うことなら、なァんでも聞くからさァ……♡」
「お、おう……? まぁ、話は聞いたし……」
現代日本の健全な青年である蒼は、突然の色仕掛けにドギマギと顔を赤くし、思わず視線を逸らした。
――ピキィン。
蔵の中に、空気が凍りつくような音が響いた。
いや、実際に温度が下がった錯覚すら覚えるほどの、強烈な『冷気』と『殺気』の発生源。
蒼が視線を逸らした先には、お櫃を抱えたまま、能面の『般若』もかくやというような完全な鬼の形相で楓を睨みつける、葵の姿があった。
「あ、葵……? 顔が、怖い、けど……」
「駄目に決まっているじゃないですか…」
葵の可憐な唇から紡がれたのは、絶対零度の声だった。
先ほどの、蒼へ愛情たっぷりにおにぎりを握っていた『恋する乙女』のオーラは欠片も残っていない。
「蒼様の命を狙っておいて、これくらいで疑いが晴れたと思われては困ります。……景行」
「ハ、ハハッ!!」
名指しされた景行が、ビクッと背筋を伸ばす。
「今度この方達が、蒼様にいかがわしいことをしたり、少しでも妙な素振りを見せたら……斬ってしまっても構いませんよ。四肢の一本や二本、無くても喋れますからね」
「御意……ッ!!」
葵の放つ凄まじい圧と冷酷な命令に、百戦錬磨の武士である景行ですら顔を真っ青にして、キリキリと痛む胃を抑え込んだ。
(葵様……最近、蒼が関わると別人のように容赦がなくなる……!)
「ヒッ……!!」
一番恐怖を感じたのは、当の楓と迅助である。
二人は顔を真っ青にし、慌ててはだけた胸元をピシッと正して、正座の姿勢(縛られているので物理的には不可能だが、気持ち的に)で居住まいを正した。
(ク、クナイの奇襲に最初に気づいたのもこの姫様だったし……もしや、この一団で一番危険でヤバいのって、この姫様なんじゃないの……⁉︎)
楓は冷や汗を流しながら、心の中で悪態をついた。
(蒼い旦那を篭絡して逃げようと思ったけど……目論見が外れたね)
蔵の中に、葵の放つ絶対的なヒエラルキーが完成し、蒼が「あー、葵…ちょっと落ち着こうか……?」と宥めようとした、その時だった。
ドンドンドンドンドンッ!!!
緊迫とコメディが入り混じる空気を木端微塵に粉砕するように、邸の正門が激しく叩かれる音が響き渡った。
ただの来客ではない。
門を打ち破らんばかりの、異常な叩き方だった。
「なんだ……!?」
蒼の表情が、緊張に引き締まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はシリアスな戦いの後ということもあって、息抜き回を書いてみました。
勢いで書き始めたら、おにぎり作戦、母ちゃん作戦、そして最後は悪代官と、蒼の大暴走を書いていて楽しかったです。
そして、今回のMVPの楓。
それに振り回される迅助も含めて、この二人らしさが詰まった場面になりました。
この2人が作中トップクラスに気に入っている理由も感じられたかなと思います。
明日も21時頃に投稿!
次話も、ぜひお付き合いください。




