平安時代編第十九話 : 牙は知略を帯びる
村から南東へ下った鬱蒼とした森の中。
木々の間から差し込むわずかな陽光すら遮られる薄暗い空間で、蒼と景行は息を潜めていた。
『――マスター。目標を捕捉しました。前方10時の方向、距離40。熱源の数は12です』
「よし、行くぞ景行!」
「……あぁ。気を抜くなよ」
蒼の左腕のデバイスが淡く発光し、硬質な起動音と共に「流体思考フレーム」が手足にのみ展開される。
青白い輝きを放つ装甲が、蒼の四肢をガントレットとグリーブのように覆った。
未来の超兵器ケイゼル《蒼龍》は、西暦2186年の世界にのみ存在する地球外鉱石『ケイオニウム』を動力源としている。
補給の術が一切ないこの平安の世において、ケイゼルの総稼働時間は残り「8時間」を切っていた。
百鬼夜行すら数分にして壊滅させる無敵の兵器だが、だからこそ使う場面は慎重に選ばなければならない。
全身装甲ではなく、手足と動きを補助する関節部のみの部分展開は、生存と節約を天秤にかけた蒼なりの苦肉の策だった。
茂みを掻き分けた先、開けた獣道に十数体の物怪が群れをなしていた。
赤黒い体毛に覆われ、巨大な牙を突き出したイノシシのような姿。
その濁った眼球が、侵入者である蒼たちの姿を捉える。
『グルルルゥゥ……ッ!!』
凄まじい咆哮と共に、物怪たちが突進を開始する。
だが――。
「……?」
初撃を躱すべく身構えた景行は、敵の動きに強烈な違和感を覚えた。
猪突猛進に正面から突っ込んでくるはずのイノシシ型の物怪が、急ブレーキをかけるように足を止め、あろうことか群れを二手に分けて左右の茂みへと散開したのだ。
「待て、蒼!」
「どうした!?」
(あの様相の物怪が、正面からではなくわざわざ迂回して攻撃など不自然だ……)
景行の脳裏に警鐘が鳴り響く。
だが、考えている暇はなかった。
木々や岩が入り組んだ森の中で、四方八方から包囲攻撃を受ければ、いくら手練れといえど不利になる。
「前方の敵は囮だ。あの散開の仕方……おそらく左右、そして後方に回り込んでから一斉に襲いかかってくるはずだ!」
「マジかよ、イノシシのくせに頭いいな!」
「蒼、お前は後方に回った物怪を頼む! 左右と正面は俺が斬る!」
「了解! 背中は任せろ!」
打合せなど一切ない、瞬時の状況判断。
次の瞬間、景行の予測通り、死角である後方の茂みから三頭の物怪が蒼の背中を狙って飛び出してきた。
蒼は振り返りざまに、流体思考フレームに覆われた右拳を叩き込む。
装甲の推進器から瞬間的に青白いプラズマが噴射され、加速した拳がイノシシの硬い頭蓋を粉砕する。
残る二頭が牙を剥いて飛びかかってくるが、蒼は軽やかなフットワークでそれを躱し、回し蹴りで巨体を木の大木へと叩きつけた。
一方の景行。
左右から挟み撃ちにしようと襲い来る六頭の物怪に対し、彼は静かに刀の柄に手をかけた。
鋭い呼気と共に放たれたのは、神速の抜刀術。
銀の軌跡が薄暗い森に閃いたかと思うと、左右から迫っていた物怪たちの巨体が空中で真っ二つに両断され、ドサリと血飛沫を上げて地に落ちた。
刃こぼれ一つない刀を軽やかに返し、景行は残る敵を見据える。
「残りが来るぞ!」
仲間の全滅を意に介する様子もなく、正面で待機していた最後の三頭が地鳴りを響かせて一直線に突っ込んでくる。
「伏せろ、景行!」
景行が瞬時に身を沈めたその頭上を越し、蒼の左腕から強烈な閃光が放たれる。
『ギャァァァアアッ!?』
真昼の太陽のような強光に目を焼かれ、突進していた物怪たちが悲鳴を上げて足を止める。
その無防備な隙を、景行が見逃すはずもなかった。
低く呟きながら地を蹴った景行の姿がブレた。
すれ違いざまに三度の斬撃が閃き、物怪たちは何が起きたか理解する間もなく首を落とされ、絶命した。
村の広場でのいがみ合いが嘘のような、阿吽の呼吸。 12体の物怪を瞬く間に撃退し、森には再び不気味な静寂が戻った。
蒼が装甲を解除して息を吐く中、景行は血振りをして刀を鞘に納めると、転がっている物怪の骸をジッと見下ろした。
「……やはり、おかしい」
「どうしたんだ、さっきから」
「今の物怪、妙に連携が取れていた。群れを分け、迂回して包囲陣形をとる……そんな知能の高い行動をとれる種類の奴らではない」
景行の鋭い観察眼に、蒼も真剣な表情になる。
「こいつらは末端だ。統制する『賢い個体』が別にいるか……あるいは。陰陽術には物怪を使役する法があると聞いたことがある。こいつらを操っている『術者』がいる可能性がある」
「術者ってことは…人間か…?」
その言葉を聞いた瞬間、蒼の背筋に冷たいものが走った。
(人間が、俺たちを……?)
蒼は思わず自分の両手を見つめた。
西暦2186年の未来世界。
蒼が戦ってきたのは『ゼノフォーム』と呼ばれる未知の異星態であり、「人類の存亡を脅かす絶対的な敵」だった。
彼にとって戦いとは、常に「人類を守るため」のものであったのだ。
自分が目覚めたのが平安時代だと確信してから、頭の片隅ではいつか直面するかもしれないと考えていた。
権力争い、領土問題、あるいは未知の力への恐怖。
この時代では、人間同士が殺し合うのが当たり前だということを。
だが、いざ「人間が自分に牙を剥いてきた」可能性を突きつけられ、蒼は身震いした。
兵器を人に使っていいのか。
自分は、人殺しになる覚悟ができているのか。
蒼には、その覚悟がまだ備わっていなかった。
***
凄惨な戦闘の痕跡を残し、二人がその場を立ち去った後のこと。
彼らが戦っていた場所から少し離れた上空。
鬱蒼と茂る大木の枝の陰から、気配を完全に消して下界を見下ろしている「二つの影」があった。
「あっという間に倒しちまったぜ。あの武士、ちょっと強すぎない?」
「……ああ。百鬼夜行を撃ち倒したとなるとあの武士の剣腕なら納得だ。相当な手練れだね」
黒装束に身を包んだ影は一方は頼りなさそうな男の声。
もう一方は木の強そうな女の声だった。
「だが……問題はもう一方の、蒼い服の男だ。景行という武士も化け物だが、あの男はなんだ? 立ち塞がる物怪の規模を接敵前に正確に把握し、見たこともない奇妙な『術』を使っていた。思ったより厄介な連中かもしれないねぇ。」
木々の葉が風に揺れる音に紛れ、二つの影は音もなく森の奥へと溶けていった。
見えざる敵の糸が、確実に蒼たちの運命に絡みつき始めていた。




