平安時代編第十八話 : 蒼龍、休暇につき
百鬼夜行が一夜にして壊滅してから数日。
洛北の小さな村には、かつてないほどの平和で長閑な時間が流れていた。
しかし、その平穏を切り裂くように、村の広場に男の怒号が響き渡った。
「――東雲 蒼っ!!」
雷鳴のような怒声に、村の空気がピタリと凍りつく。
声の主は、眉間に深い皺を寄せ、殺気すら纏った凄腕の武士・源野景行だった。
人の身でありながら、人智を超えた化け物である『物怪』を容易く斬り伏せるほどの剣術の達人である。
彼はこの時代に落ちてきた蒼と最初に刃を交え、ぶつかり合いながらも、今では背中を預け合う「相棒」として認めている。
だからこそ、目の前の光景が許せなかった。
「仮にも葵様の護衛という立場がありながら、なんだそのだらしない体たらくは……っ!」
景行が指差した広場の中心。
そこにいたのは、青い重装甲を解除し、身軽なインナー姿で村の娘たちにぐるりと囲まれている東雲蒼その人だった。
西暦2186年――。「ゼタクト(Z-TACT)」が開発した超兵器ケイゼルの二号機《蒼龍》の戦術実証装着者である蒼は、未来での激戦の最中、時空を歪めるほどのエネルギー爆発に巻き込まれ、この平安時代へとタイムスリップしてきた。
絶望的な未来の戦場しか知らなかった彼にとって、村を救った英雄としてもてはやされる今の状況は、まさに楽園そのものだった。
「蒼様! 昨日獲れた猪の肉です、どうぞ召し上がってください!」
「蒼様、お怪我はありませんか? 私がお肩をお揉みいたしますわ!」
「お兄ちゃん! これ、綺麗なお花たくさん摘んできたの! いつも村を守ってくれるお兄ちゃんにあげる!」
次々に入れ替わり立ち替わり訪れる村人や娘たちからの黄色い声援に、蒼の顔はだらしないほどに緩みきっている。
「いやいや、大したことないって! お、美味そう! 本当にもらっていいのか? サンキュー市、すげぇ綺麗だな。大切にするよ!」
その賑やかで充実した様子を、少し離れた家の陰から、扇子で口元を隠しながら見つめている少女がいた。
葵である。
平安の世で絶大な権力を誇る藤原家の末姫だが、政略争いの末に都を追われ、権力を失った一族の血筋を一身に支える気高く美しい少女だ。
「……蒼様ったら、ずいぶんと嬉しそうなお顔をなさって。仮にとはいえ私の護衛という大事なお役目があるというのに、村の娘たちにあんなに愛想を振りまいて……少し、はしたないですわ」
丁寧で上品な口調とは裏腹に、扇子を握る白い指先には尋常ならざる力が込められていた。
嫉妬の炎を燃やしている主人の傍らで、景行は胃のあたりを押さえて深くため息をつく。
「景行。あなたは護衛でありながら、なぜ蒼様をお止めしないのですか? あのように娘たちに囲まれて……みっともないとは思いませんこと?」 「は……? いえ、それがしはあくまで葵様に付き従う武士であって、この締まりのない未来人の素行まで管理する義理は……」
「お! 葵! そんな端っこで何してんだ? みんなから沢山ご馳走もらったから一緒に食べようぜ!」
嫉妬の感情を向けられていたことなど微塵も気付いていない能天気な声で、蒼が手招きをする。
「貴様、葵様を呼び捨てにするなと何度も――」 「嬉しい、蒼様! いただきますわ!」
景行の小言を制し、目にも留まらぬ速さでお姫様らしい気品を置き去りにして蒼へすり寄る葵。
「葵様……藤原家の気高き誇りはどこへ……」
景行は頭を抱え、気を取り直すように広場の中央へ進み出た。
「娘たち、その辺にしておけ。蒼、貴様もだ。少し手柄を立てたからといって、腑抜けた顔を晒すな。いつ物怪が襲ってくるか分からんのだぞ」
「なんだよ景行、お前も美味いもん食うか? ほら、猪の肉」
「いらん!!」
呆れ果てる景行に蒼の左腕からバディAIであるKarenの電子音声が流れる。
『……景行殿のストレス指数が危険域に達したことを感知しました。胃壁の保護剤の処方を強く推奨します』
「やかましいわカラクリ女!!」
和やかな(?)空気が流れる中、杖をついた村の長老と、農民の青年・**吾作**が歩み寄ってきた。
「ふおお……蒼殿。今日も大人気じゃのう。……ところで、蒼殿。あの『かれん』ちゃんに、またワシの肩へあの『ビリビリするやつ』をやってほしいんじゃが……」
長老の言葉に応じるように、蒼の左腕のデバイスが青く発光し、冷ややかな合成音声が響く。
『……長老殿。再三申し上げておりますが、当機は対ゼノフォーム特務機関ゼタクトが誇る超高性能AIであり、ご老人の肩こり解消を目的としたマッサージ機ではありません。……仕方ありませんね、今回だけですよ。局所的な微弱電流(低周波治療モード)を流します。マスター、左腕を長老殿の肩へ』
「はいはい。ほら、じいちゃんいくぞ」
蒼が長老の肩に手を置くと、ピリピリと心地よいリズムの微弱電流が伝わっていく。
「おおお……っ! これじゃ、これじゃあ……! 極楽じゃあ……かれんちゃん、お主は本当にええ娘じゃのう……これで生身の娘であれば完璧なんじゃが」
『……二度とやりません、エロジジイ』
毒を吐きつつも施術を終えたKarenの横から、今度は吾作が申し訳なさそうに声をかけてきた。
吾作は以前、 Karenの高度な医療技術によって命を救われて以来、蒼たちを心から頼りにしている。
「あ、あのっ、蒼様! おらの母ちゃんの腰がまた悪くなっちまって……あの、ペタッと貼るだけでスッと痛みが引くっていう、不思議な薬を分けてくださらねぇか?」
「ああ、治療用メディカルパッチのことか。いいぜ、ほらよ。あんまり無理すんなって母ちゃんに言っといてくれ」
「ありがてぇ、ありがてぇだぁ……! 蒼様、本当に毎日ありがとうですだ!」
平身低頭で拝む吾作の横から、爽やかな笑顔を浮かべた仕立ての良い服を着た青年――商人の吉次が実にスマートな立ち振る舞いで進み出てきた。
百鬼夜行が村へ進行してきた際、運悪く道中で襲われていたところを蒼と景行に救われた経緯を持つ男である。
「東雲殿、相変わらず見事なご仁徳ですね。……時に、先ほど吾作殿にお渡しになられたその『めでぃかるぱっち』、実に素晴らしい逸品とお見受けします。もしよろしければ、この吉次にお任せいただけませんか? 東雲殿のその優れた医療の知識を、私が責任を持って正当な価値で流通させれば、都の病に苦しむ多くの人々を救うと同時に、この村の復興資金も一気に作ることができます」
ハキハキとした口調と爽やかな笑顔、そして村の未来まで見据えた理路整然とした提案。
あまりに完璧な「営業マン」のようなプレゼンに、蒼もタジタジになる。
「いや、吉次……気持ちはめちゃくちゃ嬉しいんだけどさ、これ俺の故郷の特殊な技術で作られてるから、吉次でも再現や量産は絶対に無理なんだって……」
「なるほど、秘伝の製法というわけですね。承知いたしました! では量産ではなく、特注の限定品として――」
「商魂たくましすぎるだろ! てか、吉次はいつまでこの村にいるんだよ?」
「私とて帰りたいのは山々なのですが、馬も護衛もなく山を越えるのは難しいですからね。よろしければ東雲殿、ご一緒に都へ行きませんか?」
「吉次殿? 私の大事な護衛を勝手に連れて行こうとしないでいただけますか?」
笑顔のまま静かな殺意を漂わせる葵の視線を受け、吉次は扇子をあおぐ手を止めた。
「し、失礼いたしました。私も居候の身ゆえ、村の皆様のお手伝いでもしてきます……!」
そそくさと退散する吉次の背中を見送りながら、広場には再び賑やかな笑い声が戻ってくる。
蒼はふと空を見上げ、抜けるような青空に目を細めた。未来の過酷な戦場しか知らなかった彼にとって、人々の温もりに触れるこの時間は、かけがえのない充実したひとときだった。
(……このまま、ここでこういう平和な毎日を過ごすのも、悪くねぇかもな……)
しかし――そんな平穏も長くは続かなかった。
『……マスター。南東方面に配置した警戒装置の作動を確認しました。複数の高熱源、接近中』
突如として蒼のデバイスから鳴り響いた警告音に、広場の空気が一瞬で緊張に包まれる。
先ほどまでの腑抜けた表情は消え去り、蒼と景行の顔が一瞬にして刃のように鋭い戦士の面構えへと変わった。
「行くぞ、蒼」
「やれやれ……急ぎますか!」
蒼は左腕のデバイスを起動させながら、景行と共に疾風のごとく立ち上がり、不穏な気配の漂う森の奥へと駆け出していった。
百鬼夜行の決戦後の「平和な日常回」でした。
景行は胃を痛め、葵は嫉妬で扇子を握り潰しそうになり、Karenは肩こり治療からツッコミと大忙し。
戦闘では頼れる相棒なのに、平時は一番自由な存在になってきました。
ただ――そんな平穏も、長くは続きません。
新たな影は、もうすぐそこまで迫っています。
次回から、物語は再び大きく動き始めます。ぜひ、この先の展開も楽しみにしていただけたら嬉しいです。




