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平安時代編第十七話 : 狂瀾の宴と蒼き龍影

夜の平安京。

都の路地には痩せこけた民の屍が転がり、物怪の気味が悪い蠢きに人々は怯えていた。

しかし、一歩内裏・藤原忠通の邸宅へと足を踏み入れたその先は、まるで別世界であった。

眩いばかりの燭台の明かり、焚き込められた香の香り、そして「茶会」と称された豪華絢爛な狂乱の宴が夜な夜な催されている。

庭園の池には酒が注がれ、テーブルにはこの世の贅を尽くした珍味が並ぶ。

貴族たちは顔を赤く染め、下品な笑い声を響かせていた。


「ハハハ! 見ろ、右の奴の足元が狂ったぞ!」

「よいぞ、もっとやれ! 命を賭した舞こそ、最高の余興!」


貴族たちの下劣な歓声の中心。

最高座に沈み込むように鎮座している男――。

この腐敗した平安京において、天皇をも凌ぐ絶対的な権力を握り、国政のすべてを私物化する男。


すなわち、この世の頂点に君臨する摂政・藤原忠通その人である。


天下の富も、民の命も、己を畏怖する貴族たちすらも盤上の駒と見なすこの男の鋭く冷たい眼光の先では、血に染まった回廊でふたりの半人半妖の娘たちが、刃を交え命懸けの決闘を繰り広げていた。


忠通の手元には、二枚の木札。

「勝った者だけを逃がしてやる」――絶対権力者が提示したその条件にすがり、娘たちは生き残るため、互いの肉を裂き、骨を砕く。


「……あ、はぁ……っ!」


ついに一方の娘が、相手の胸元を鋭い爪で貫いた。

倒れ込む敗者。

勝者となった娘は膝をつき、血と汗に塗れた顔を忠通へ向けて伏せる。

忠通は手にしていた盃の酒をゆるりと舐めるように口に含むと、冷笑を浮かべた。

約束が守られる保証など、最初からどこにもない。

平安の頂点に立つ忠通にとって、彼女たちの命など庭の虫螻(むしくず)と同等であった。


「くく……実によい顔だ。絶望と希望の交じり合った、見ごたえのある面(つら)よ」


貴族たちが更なる残酷な結末を期待して盛り上がる中、忠通の背後の影がすっと揺れた。

宴の喧騒をすり抜け、膝をつく一人の忍び。


「……忠通様。北陸へ差し向けた『百鬼夜行』について、ご報告がございます」

「ふん……調子に乗る田舎武士どもへの見せしめか。首尾よく踏みつぶしたか?」


葵達の村を襲ったあの百鬼夜行は、忠通の意にそぐわない北陸の武士たちに警告を与えるため、抱えの陰陽師を使役して意図的に解き放ったものであった。


しかし、忍びの口から漏れたのは予想外の言葉だった。


「……いえ。百鬼夜行は……一夜にして全滅いたしました。途中の小さな村近くの平原にて、突如現れた何者かにより壊滅。……目撃した者の噂では、天へ向かって蒼い龍が駆け上る姿が見えたと……」

「……戯れ言を」


忠通の顔から笑みが消え、場が一瞬で冷え切っていく。


「し、しかし……不幸中の幸いとでも申しましょうか。百鬼夜行の進行上にあったその小村は、調べましたところ、忠通様の姪にあたられる葵(あおい)様が治められている領地であったことが判明いたしました。期せずして、姫様のお命はお救いできたかと――」


「……あおい?」


忠通は怪訝そうに眉をひそめ、薄汚いものを見るような目で忍びを見下ろした。


「誰じゃそやつ。……余の親族に、そのような名がおったか?」

「は……っ、都を追われ、洛北の地に身を寄せている藤原の末姫様にございます……」


「くだらん。聞いたこともないわ。どこの馬骨の産んだ娘か知らんが、そんな下等な蚊の如き小娘の命など、どうでもよいわッ!!」


忠通は苛立ちを隠そうともせず、手にした金泥の盃を、忍びのすぐ脇の石畳へ向けて叩きつけた。


バリーンッ!!


激しい打撃音と共に盃が砕け散り、酒が忍びの顔面と回廊に飛び散る。


「ひっ……!?」「た、忠通様……!?」


先ほどまで下品に嘲笑っていた貴族たちが一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように身を縮こまらせた。


「余が聞きたいのはそのような言い訳ではない!! 北陸の生意気な田舎武士どもへの『見せしめ』はどうなったかと聞いておるのだ! 百鬼夜行ひとつ動かすのにどれほどの金と陰陽師を費やしたと思っている! 目的すら果たせず全滅とは……片腹痛いわッ!」


怒りに任せて手元の机を蹴り飛ばすと、高級な料理や酒器がガタガタと大きな音を立てて床に転がった。

忠通の胸を占めるのは、姪の無事などではなく、己の絶対的な支配と目論見が思い通りにいかなかったことへの理不尽で幼稚な怒りだけであった。


「不快だ……! 不快極まる! 興が削がれたわ! 宴は仕舞いじゃ!!」


忠通は乱暴に立ち上がると、先ほど決闘に勝ち、命乞いをしながら伏していた半人半妖の娘の手に容赦なく泥靴を踏みつけた。


「あぐっ……!?」


娘の短い悲鳴すら無視し、忠通は大股で奥の部屋へと去っていく。

残された貴族や忍びたちは、平安の頂点に立つ男の圧倒的な理不尽と怒気に震え上がり、息を殺して平伏し続けるしかなかった。



静まり返った屋敷の屋根裏。

月光も届かぬ暗がりの中で、じっとその光景を見下ろしている一つの影があった。

血に染まった回廊、怯える貴族たち、そして理不尽に踏みにじられた娘の姿を、冷徹な眼光で見つめる男。


「……クズどもが」


男は短く吐き捨てると、まるで煙のように静かに夜の闇へと消えていった。

今回は、敵側の物語が動き始めました。


実は、藤原忠通を描くにあたって、苦手だった歴史の勉強をし直しました(笑)。

史実をそのままなぞるのではなく、「もし平安の裏でこんなことが起きていたら」という想像を膨らませながら書いています。


そして、最後に登場した謎の男。


まだ本編ではしばらく出番はありませんが、蒼たちの裏側で一本の物語が作れるくらいの超重要人物です。


朝廷に抗う、闇の陰…


彼が動き出す時、物語はまた大きく動き始めます。


と自分で伏線を残しつつ、この先の展開も楽しみにしていただけたら嬉しいです。


次回もよろしくお願いします!

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